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【3章終了後に修正予定】黄昏のイズランド  作者: カジー・K
番外編2 帝国教育機関≪ランドセル≫
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大健闘


 ヴィンセントが屋上のへりに手を掛けた時、頭上で銃声が轟いた。彼が身体を持ち上げ、その視線が状況を捉えた時……。


 ――屋上は既に地獄絵図だったが、しかし全てが手遅れという訳でも無かったらしい。


 教育機関である≪ランドセル≫は当然、殆どのエリアの利用権限が性別によって分けられている。


 学習に用いられる教室が揃えられた共有部分……一階と二階、そして六階から上れる屋上のみが、女子寮と男子寮を繋いでいる。


 故に、教官によって避難誘導されたこの場所には性別を問わず多くの生徒たちが集まり、そして……だからこそ知性を持つ魔人、エルフに狙われることになった。


 屋上の壁際、落下防止の柵の周りにばかり、吹き飛ばされて叩きつけられたかのように生徒たちの死体が固まっている。ヴィンセントの眼前でも、柵を隔てた数センチ向こうには女子生徒が山になって倒れている。全員、既に息は無いだろう。柵の上部に指を喰い込ませ、一息に駆け上がる。


 驚いたことに――本当に驚いたことに――屋上では一部の生徒たちの奮闘により、一人のエルフを殺害することに成功していたようだった。


 仄かに硝煙が立ち上る銃剣を、安定したしゃがみの姿勢で構えている大柄な少年……ヴィンセントは名前を憶えていないが、アシュリー・サンドフォードである。


 アシュリーに向けて、みちみちと音を立てて差し向けられる楓の枝。校舎の表側に植えられたものが、エルフの能力によって伸びてきているのだ。


「……て、てめぇッ、クソッ……ブチ殺すァァッ!!」


 たった今、仲間のエルフが銃弾によって即死させられたことで激昂したのだろう。フォレストグリーンの短髪をしたエルフが、口汚く叫びながら己の後ろ髪の束を引き抜いた。


 ……違う、あの男は短髪なのではない。恐らく、やむを得ず()()()()()()のだ。伸ばしていた髪を千切り、それを消費することでエルフ特有の≪クラフトアークス≫を振るう為の対価としてきたに違いない。


(肉体の一部を消費することで強力な魔法を使える。それは既に帝国でも研究されていたことだけど……)


 自分たちよりも魔学に精通している可能性があるなら、やはり指揮官クラスを生け捕りにしたい。ヴィンセントの中に、欲が芽生えた。


 音を抑えられずに柵を乗り越えたヴィンセントだが、誰も彼もが現在の戦闘に集中しているせいか、こちらに目を向ける者はいなかった。


 エルフの男が髪の毛だったものを振るう。それは瞬く間に若葉色の光を放つムチに変形すると、アシュリーの首を貫くように伸びていく!


 刺々しい外見をしたそれを――音速に迫ると言われるムチを止めることがそもそも難しいが――手で受け止めようものなら、ズタズタに引き裂かれてしまうことは想像に難くない。


 だが、学生たちの血だまりに着地したヴィンセントの眼前で。


 ――生まれて初めての発砲。その衝撃に腕が痺れているアシュリーを、一人の戦士が護る。


「ふぅぅっ!」


 聴く者によっては力が抜けてしまうような声を上げながら武器を振るうのは……ロビン・キースリーだ。


 突撃兵に与えられるスピア――金属製故か、今は持ち手から刃までかなりの部分を黒い絶縁テープで覆っている――を両手で構え、まるでマーチングバンドのカラーガードがフラッグで行う演舞のように、輝くイバラムチを巻き取った!


(いい動きだ。けど……)


 ただの人間が、≪クラフトアークス≫の優位性をそう簡単に覆せるはずがない。ヴィンセントが思った通り、エルフの男は邪悪な笑みを浮かべ、


「――甘ぇんだよ死ねッ!!」


 スピアに巻き取られたように見えたイバラムチだが、そのスピア全体に染み込んで……侵食するように薄く覆い、ロビンの手に迫る!


 若葉色の発光する、生まれて初めて見るそれが肌に触れれば、何か良くないことが起こるのだろうということは誰にでも想像がつく。なにせ、相手は勝利を確信しているかのような笑みを浮かべているのだから。


 ロビンが迷わずそれを投げ捨てようとしたところで、


「――あ、捨てなくていいよ」


 とヴィンセントは声を掛けた。


「ああッ!?」


「えっ」


「っ……」


 エルフの男、ロビン、そしてアシュリーがヴィンセントに気付き、ぎょっとする。その時、既にロビンはスピアから手を放しかけていたが――、


 ヴィンセントが差し向けた右手の先から、漆黒の≪クラフトアークス≫……黒翼が伸び、瞬く間にロビンの右手ごとスピアを包み、強制的に保持させた。


 それどころか、若葉色の輝きを黒く染め上げて尚、その勢いは止まらない。パイプの中を水が逆流するかのように、イバラムチの全てを黒く染め上げ、エルフの男の手まで黒翼が迫る。ヴィンセントが持つ≪クラフトアークス≫の方が格上なのだ。ヴィンセントは、エルフの男から発せられる気配でそれを確信していた。


「んだよ、ちくしょうッ!!」


 慌ててイバラムチを手放し、左手でロビンを指し示すエルフ。思い出したように、巨木の幹が先端を槍のようにしてロビンへと迫る。


 どうやらこのエルフの男は、複数の能力を併用することができないらしい。手元で若葉色の≪クラフトアークス≫を使っている間は、周囲の植物を操る方がおざなりになっていた。


「ロビンくん、その黒い槍なら何にでも通用するから、恐れずにやっちゃっていいよ」


「わっ……かったよ!!」


 迫り来る楓の枝に対応しなければならないのだから、わざわざ返事をしてくれなくともよいのだが。内心呆れるヴィンセント。


 だが、ロビンの動きには非の打ち所がない。突如として黒いもやに覆われてしまったスピア……一般人にしてみれば全く馴染みがないはずの≪クラフトアークス≫を目にして、よく迷いなく行動できるものだ。


 中位の黒翼に覆われたスピアは、低位の若葉色の≪クラフトアークス≫に侵食されることは無い。むしろ逆に向こうの構造を侵食し、魔法による強化を打ち消す。ただの楓に戻りかけた枝を斬り落とし、己とアシュリーに差し向けられる枝がすぐ近くには無くなったと判断するや、ロビンは前方へと駆けだした。


(判断が早い。生粋の戦士だ。その割に性格は穏やかすぎるけど……)


 魔物を殺めたことがあるかも怪しい、魔人や人を傷つけたことなど無さそうなロビンだが、その迷いのない足取りで向かった先で……エルフの男に容赦のない一撃を加えられるのだろうか?


 興味深げに視界の端にそれを入れつつも、ヴィンセントはアシュリーへと近づいて「銃剣を貰えるかな。……弾は何発残ってる?」と質問した。


 アシュリーは弾かれたように銃剣を差し出し、「……さ、三発だ」となんとか答えた。さすがの彼も、学友の死を見すぎたせいか、疲弊が色濃い。


「どうも」


 そんなアシュリーを有象無象としか認識できないヴィンセントは……立ったまま銃剣を構え、エルフの男へと向ける。


 この世界の銃器は、実のところ半分魔道具である。人間に与する金の竜、ドールが生成した黄金火薬(おうごんかやく)を用いて作られた弾丸が装填され、引き金を引く使用者の意思に呼応して火を吹くというシステムである。ごく稀に、使用者に魔法・魔術への適性が全くない場合、発砲に失敗するという報告もあるが……今はそんな例外の話はせずともよいだろう。


 ロビンを援護するように銃剣を構えているヴィンセントだが、必ずしも撃つ必要があるとは考えていない。


 何らかの感情によってロビンが男に止めを刺せない様であれば、自分がやるしかない、と。そう考えているだけだ。


 ――ロビンが実力で男に負けるとは、全く考えていなかった。


「来るんじゃねえぇッ!!」


 エルフの男は叫びながら、慌てたように口元を右の掌で覆い……違う、右手の肉を嚙み千切ったのだ。


 年若く、≪クラフトアークス≫の扱いに未熟なものがよくやる手段だ。わざと自傷してやることで、その負傷を治癒しようと立ち上る≪クラフトアークス≫を戦闘に利用しようとしている。確かに、一時的に普段よりは強い力を振るうことはできるが。


(魔法の力で拮抗したくらいで、技術が足りなければね。僕の“推し”には勝てないよ……)


 ヴィンセントに勝手に推されているなどとは思いもしないロビンは、漆黒のスピアを左腰で構え、突撃している。防御を捨て、速度と攻撃力に極振りした一撃に見えるが。


 エルフの男は左の掌にも噛みつきながら、右手を振るう。その五指は光を帯び、まるで長い爪のような武器を備えていた。


 おとぎ話のエルフは“森の種族”というイメージで固定化されているが、なんだかこれを見ると物の怪の類というか、狼男のようじゃないか。銃口を男の顔面へと向けながら、ヴィンセントはそう考えた。


 ロビンはなんと、スピアから手を離した……否、投げつけたのだ。その刃が男に突き立つ寸前で、だ。


 長く伸びた爪による一撃を回避するための苦肉の策のようでいて、次に繋がる動きだった。そもそもスピアは投擲用にも用いられる武器なので、武器の使い方として間違っている訳でもない。


 男はロビンが立ち止まると考えていたのだろう、右の脇腹にスピアが突き立ち、苦悶の声を上げる。仰け反りながら、こちらも爪が伸びつつある左手をがむしゃらに振るう。


 ロビンは一瞬だけ動きを止め、それを見送った後ですぐにまた前進した。振るわれたばかりの、その輝く左手……そこに触れればどうなるかは分からないにも関わらず、恐れる様子もなく接近し。


 左手で男の脇腹から伸びるスピアを掴み、捻じりながら。右手の肘を男の左の肘窩(ちゅうか)へとぶつけた。左腕が破壊されたとまでは言わないが、激痛だろう。


「ガあァああああああ――――ッ!?」


 男の絶叫が響き渡る。


 両手で握り直したスピアを引き抜くと。ロビンは再びカラーガードのように美しい演舞を披露した。


 エルフの男の両腕が、それぞれ肩口から切断された。絶叫したままの男は、床に溜まった血液に滑ったように後ろへと転倒する。


 その首に向けてスピアを構えたロビンが……動きを止めて二秒が経過した時点で、


 ――ヴィンセントが発砲した。


 エルフの男の頭部、その左側が抉れ、絶命した。


 戦場では何が起こるか分からない。新手による横槍が入るかもしれないし、死に際のエルフが何かに覚醒しないとも限らない。


 これ以上戦いを長引かせるのは、屋上にいる全ての生き残りにとっての損失だ、と。そう考えた上での、ヴィンセントの決断だった。


「あっ……」


 呆けたように、そしてほっとしたように息を吐いたあと、振り返ったロビンは恥じ入るような表情を浮かべた。


 それをなじる趣味など持たないヴィンセントは、銃剣をアシュリーへと返すと、パンパンと手を叩いた。


「……さあ、安心している暇はないよ。今の男が指揮官な訳はないんだ。もっと強い奴が現れると考えて行動しないと……」


 周囲に視線を巡らせ、生き残りを数えながらのヴィンセントの言葉。


「…………確かに、その通りだ、な」


 それに同意したアシュリーだが、未だ膝が笑って、満足に立ち上がれないようだった。


 ヴィンセントは周囲の様子を観察しながら、思案を巡らせる。


(銃の類は便利だ。僅かな訓練で、弱者が強者を殺し得る。魔人との戦争で役に立つレベルの兵士を量産できる兵器ではある……けど)


 ロビンとアシュリー以外にも、息のある者の気配を見つけた。血塗れで息も絶え絶えな高等部生の少年と、彼が抱きかかえるようにして守っている、中等部生と思われる少女だ。


 この屋上には二百人以上が避難したと思われるのに、生き残りはたったの四人。しかし、ヴィンセントは悲しむでもなくただただ事実確認を進めつつ、脳内では別のことを考え続ける。


(やっぱり、より重要なのは銃器を使う兵士を護り、白兵戦を担う戦士だよ。ロビンくんのような人材を集めた部隊を編成して、その全員が≪クラフトアークス≫を操れる……そんな時代が来れば。帝国は、魔国領を落とせる)


 いつかの未来に繰り広げられる、サンスタード帝国とベルナティエル魔国連合の全面戦争。


(そしてその時、部隊を率いるのは僕だ)


 淡々と空想するヴィンセントに油断はなく、新たな強者の気配が接近していることに気付いたのも、彼が最初だった。はっと空を見上げ、それから男子寮方面の扉への道が塞がれていないことを確認し。


「――皆、聞いて。さっきのとは比べ物にならない脅威が近づいて来てる。すぐに避難してほしい、数秒以内にここは――」


 ――破砕音。


 衝撃が、屋上の床を揺らす。


 ヴィンセントですらも、言葉を断ち切らざるを得なかった。


 何者かがどこかから跳躍し、この屋上の床を割るように着地したのか。そんなことをして、脚は壊れないものなのか。


 はじけ飛ぶ瓦礫から咄嗟に身を守るようにしていた少年たちは、ヴィンセントの警告に対し返答こそ出来なかったものの、素直に従おうとしていた。


 新たに登場した脅威――今は砂煙に包まれて見えない――を確認しようとすることはせず、一目散に逃げようとしていた。


 アシュリーは血塗れの少年……クラーク・キムラ・プレイステッドに肩を貸し、ロビンはクラークが命懸けで守っていた彼の妹を抱え、移動を始めるところだった。


 だが、そんな人間たちの友情をあざ笑うかのように。


 砂煙の中から二度目の衝撃波が叩きつけられると、屋上にいた全ての人間は為す術もなく吹き飛ばされた。落下防止用の柵を破壊し、それと共に校舎の外へと投げ出された。


 ……否、ヴィンセントだけがただ一人、己の影と両足を≪カームツェルノイア≫で連結させ、僅かに屋上の床に身体を沈めるようにして耐えていた。それでも、ギリギリだった。なんとか間に合った。


 ――ロビンたちを助ける余裕など、全く存在しなかった。


(……これは……まいったね。想像以上だ)


 生き残れる生徒の数を減らしてしまったことは、間違いなくヴィンセントにとっては失点だった。だが、それだけはない。彼は今日初めて、命の危険を感じている。


 砂煙が晴れた先から姿を現したそのエルフは、尋常ならざる長い髪をしていた……。



 お久しぶりです。毎度自分で決めた締め切りを破り続けるダメダメ男ですみません。ようやく、今回の短編における大ボスの登場となります。強者のエルフ、一体どんな戦術を使うキャラなのでしょうか。


 また、この世界における銃器の設定を開示してみました。引き金はあれど撃鉄は存在しない、使用者の意思と素質が大切になる武器。“黄金火薬(もちろん現実世界には存在しない物質)”を用いた魔道具の一種です。これも前作では語る機会がなかった設定の一つですね。やっと出せてよかったぜ。

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