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【3章終了後に修正予定】黄昏のイズランド  作者: カジー・K
番外編2 帝国教育機関≪ランドセル≫
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おとぎ話の種族


「……えっ……………………エルフ?」


 ところで、賢明な読者諸君は既にお気づきかもしれないが。


 これが相手の魔人が耳にする、ヴィンセントの最初の言葉であった。ここまで、ヴィンセントは無駄な会話を一切していなかったためだ。


(――いや、まるで東陽人のような肌の色は、伝承のエルフそのものと言うよりは……)


 そうして、そこから繰り出される次の言葉。魔人の少年の外見的特徴を口にしたものが。


「…………ダークエルフ?」


 ――ここから先の展開を決めることになった。


「……………………んだ、よォ……………………」


 少年の声に滲むは、明確な怒り。


 それも、激昂に近い。爆発寸前だ。


「なにが……ダーク、エルフ……だ、と?」


 ――これが帝国人でなければ、何かしらの感慨を抱いたかもしれないが。ヴィンセントは帝国人であり、異種族への差別が思考に根付いてしまっている。


 それ故に、少年の怒りを鎮めるべきだなどという発想は浮かばず。


 むしろ、敵対者に怒りの芽が生えたのなら、戦闘を有利に進めるためにもそれを育てようと画策する。してしまう。


「あー……あっ、ダークエルフくんあれやってよ。腕から黒い影をブワーッて出すやつ。漫画で読んだことがあるんだ」


 ヴィンセント流、煽りの呼吸。


 それが何番の型かは不明だが、分かりやすく名付けるなら……≪オタクくんあれやってよ≫、といったところだろうか。


 ――少年が腕を振り上げた。


 楓の枝の一本がぐにゃりとうねり、ヴィンセントの首に巻き付いた。そのまま絞め殺すつもりだろうか。


「肌がッ……白くねェからって邪悪なもの扱いかよッ!!」


 否。少年は足場にしていた枝を踏みつけると、ヴィンセントへのとどめを狙うように、その顔面に向けて木製のナイフを突き立てようとしている!


「――テメェらこそ……外来種のヒトモドキだろうがァァァァッ!!」


 木製とは言え、先ほどからの攻撃方法を見ていれば、そこに手加減が存在するはずもない。


 激昂した上での行動なのだ。植物由来の物質を振るうことこそが、少年の本気の一撃であると考えるべきだろう。


(……どういうこと?)


 まさか自分の方が人間ではないと反論されるとは、ヴィンセントも思ってもみなかった。ヒトモドキなどという言葉を、この人生で言われることになるとは。


(どういう文明で育つとそうなるんだろう。……いや、魔人だけのコミュニティだと「人間は悪」として教育されることもあるだけ、か……?)


 この当時のヴィンセントは、この世界の成り立ち、その真実を知らない。今は魔人と呼ばれている者たちこそが、この惑星に根付いた人間……≪純人≫であったことを。それ故に、少年の怒りの殆どを理解することができなかった。


 理解できたとしても、彼の行動は鈍らなかっただろうが。


 仰向けに倒れ込み、首を絞めつけられたヴィンセント。その右肩の下あたりから、床が漆黒に染まった。≪カームツェルノイア≫を発生させたのだ。


「ア…………ッ?」


 ヴィンセントの顔面に木製のナイフが突き立つ寸前、少年はそれに気づいていた。だが、それでも動きを緩めることはなく、怒りのままに対敵の命を奪うことを優先した。


 何かがあるにしろ、殺した後でそのまま右に回避すればいい、と。


 しかし、木製のナイフがヴィンセントを抉るよりも早く。≪カームツェルノイア≫から打ち出されたサーベルが、少年の首に突き刺さっていた。丁度左半分を埋めるように突き刺さり、それは柄の護拳ごけん部分まで到達する勢いだった。


 衝撃によって少年の身体からは勢いが抜け、ナイフはヴィンセントの左頬を薄く切り裂くに留まり、そのまま床へと落下した。


 首に巻き付いていた枝の勢いが緩まったことを察するや、ヴィンセントは力任せに起き上がる。残っていた枝がブチブチと音を立てて千切れるが、彼の首も無事では済まない。


 肉が擦り切れ、首の左右から血を流しながら、ヴィンセントは左手で少年の右肩を掴んで引き寄せた。


 床の上で上体を起こしているヴィンセントが、少年を抱き寄せたようにも見える光景だ。少年の首にサーベルが刺さり、鮮血が周囲の床を染め上げていなければ。


(……あー、ダメだ。もう死んでる)


 少年の鼓動と、呼吸を確認したのだ。


 ヴィンセントが考えていたよりも、ずっとやわい。エルフという種族(推定)は、生命力に優れた種ではないらしい。


 首に剣が突き刺さっただけで即死してしまうのであれば、普通の人間と変わらないではないか。


 ヴィンセントは落胆を覚えつつ、亡骸になった少年を己の左側に、転がすように押し退けた。


(銃剣は……瓦礫の下敷きになっちゃったか)


 回収する時間が惜しい。こんな斥候程度ではなく、もっと大物のエルフに出会いたい。


(屋上に行けば会えるのかな?)


 ヴィンセントは少年の亡骸からサーベルを引き抜くと、今一度≪カームツェルノイア≫の中へと潜ませた。


 そうして、瓦礫を踏み越え、破壊された壁から身を乗り出すと。


(素直に階段を登るより、こっちの方が早い。それに、不意打ちが必要になる可能性もある)


 外壁の凹凸を確認しながら、排水パイプへと手を伸ばした。


 本来であれば不意打ちなどしたくはない。だが、尋常な立ち合いを楽しむことよりも、功績を挙げることの方が重要だ。


(エルフ……未知の魔法を使う種族。それを発見し、報告できるなんて……最高だ。できれば何体か生け取りにもしたい。そうすれば、僕が次代の≪四騎士≫に成るための功績として相応しい……)


 静かに野心を昂らせながら壁を登り始めたヴィンセントの頭上で、屋上から切迫した叫び声が響いたのはその時だった。



無双というか、瞬殺でしたね……。

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