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【3章終了後に修正予定】黄昏のイズランド  作者: カジー・K
番外編2 帝国教育機関≪ランドセル≫
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放送室へ


(……よし、電気羊の生態とその対策について、レポートを掛ける程度には情報が集まった)


 片腕に鎖を巻きつけ、電撃をそこに集中させるように受けるという荒業。それは不死身とも言える生命力を持つ者にしか扱えないため……電気羊というモンスターの対策として数えていいのかは甚だ疑問だが。


 少なくともヴィンセント当人には、既に自分が敗北するイメージは浮かばなかった。


 敵の動きを見るためにわざと手加減することをやめ、≪クラフトアークス≫を解放したヴィンセント。


 彼に向かっていた電気羊は、その前脚に絡みついた黒翼に足を取られ、前のめりに転倒する。ヴィンセントは己の眼前に首を差し出すように姿勢を低くした電気羊に向け、無感情にサーベルを突き下ろした。


(もうこの剣は駄目だね……)


 既に三十五匹もの電気羊を斬り捨てたサーベルの片方は、何度か硬質の角と打ち合ったこともあり、刃こぼれが酷かった。電気羊から引き抜いたそれを横に放り捨てると、もう一本のサーベルを見る。


(こっちはまだ使えそう)


 だが、時間が無かったこともあり、鞘までは回収していない。片手が埋まるのも避けたい……と、ヴィンセントは無造作に残ったサーベルをもその場に落とした、ように見えたが。


 ずぷり、と。しかし音は無く、ヴィンセントの足元、影の中に飲み込まれるようにしてサーベルは消えた。吸血鬼が操る黒翼特有の特殊形態……≪カームツェルノイア≫の中へと格納したのだ。


≪クラフトアークス≫すらも一般には伏せられているこの時代において、その更に深みである特殊形態を人目に晒すようなことは、帝国からのヴィンセントへの評価を下げる要因になる……。それが分かっているが故に、ヴィンセントは今も周囲に目を光らせていた。


 ――せっかく生き残りの生徒がいたとしても、これを見られたせいで処分せざるを得なくなってしまえば、本末転倒だ。


 警備隊長の遺体から回収したガンベルトに引っ掛けるように銃剣を背中に担ぎ、その上からマジックテープ付きのベルトを「Xの字」に止めてやることで落下を防ぐ。


 あまり激しい動きをすれば落ちてしまいそうにも見える程度の留め具でしかないが、有事の際に素早く武器を手にするためには、あまりがっちりと固定しすぎるのもよくないのだ。これであれば、銃剣を掴んで力任せに引っ張るだけで自然と取り外せる。


(さて、この階を占領していた電気羊は狩り尽くした。次は…………ん?)


 電気羊の群れを統率する魔人が存在するとすれば、それがいるのは果たしてどこだろうか。生徒たちの多くが目指しただろう屋上か、それともマドリン教官が攻撃されたと思われる放送室か。


 そう考えながら階段に足を掛けたヴィンセントの動きが、止まる。


 ――上の階から、水が流れてきている。


 階段を滴るそれは、とめどない。何者かがわざと、水道の水を溢れさせていることが察せられる。


 まず最初に考えるのは、それが自分への攻撃か否か、ということだ。


(違う。これは人間側の誰かがやったことだ)


 誰かは分からないが、電気羊の電気への対策なのだろう……果たして対策になるのかは、実験不足のため疑問が残るが。


 ヴィンセントは躊躇なく水溜まりを踏みしめ、階段を駆け上る。


 考える脳みそを持っている人間たちが策を弄し、籠城を計っているのであれば朗報だ。生き残りがそれなりにいる可能性が高い。


 それらを保護してやるべきか……と考えるも、二階にある放送室を確認することの方が、やはり先決であると思い直す。


 二階の廊下を駆け抜けるが、魔人の姿も、電気羊の一匹もいない。


(二階は授業のための学科別教室で埋められていて、人間の数が少ないからスルーした……? そんなことよく知ってるね?)


 通りがかりに職員室の中を覗くが、開け放たれたドアの内側に人の姿はなく、また血痕も無い。大人の誰もこの部屋に居なかった訳はないのだが。


(全員拉致された? あるいは残っていた教師は敵方に内通していて、だからこそ無傷で逃げおおせた、とか……)


 別に、騒動の背景を推察し、黒幕を見つけ出すことはヴィンセントの仕事ではないのだが。そういうのは後で、帝国から送られてくる調査員に任せればいいことだ。


 放送室に辿り着くと、その扉は閉まっていた。鍵がかかっていたので、ヴィンセントは鎖が撒きつけられたままの左腕を閃かせ、扉に嵌められた窓ガラスを撃ち割った。


 そのまま、窓枠に残ったガラスの幾つかが二の腕に食い込むのにも構わず、無理やり内側の鍵へと手を伸ばす。


 ――もしも周辺、もしくは部屋の内部に敵がいるなら、ここでもたつく訳にはいかない。更に素早く侵入を果たすなら、扉を蹴破るという方法もあったが……今回は、出来るだけ内部の状況を荒らさない方を選んだ。


 左腕を引き抜きつつ、右手でドアをスライドさせる。周囲の気配に気を配りながら放送室の内部へと侵入すると……。


 放送関係の機材は壊されていないようだ。煙や火花は起こっていないし、細かいガラス片が乗っている以外は普段通りか。このガラス片も、ヴィンセント自身がたったいま散らばらせたものだろう。


 マイクの手前、椅子に隠れて上半身が見えないが、倒れ込んだ女性。近づいてみれば、マドリン・ブリーン教官に間違いない。


 喉を一撃で貫かれて絶命させられた、そんな風に見える。しかし、首や腕には縄のようなもので強く拘束され、擦れたような痕も見られる。


(手際がいいな……これ、一人の襲撃者で可能なのか?)


 マイクの向こうは、グラウンドに面した大窓。その中央が大きく割られている。しかし、何か違和感がある。


(違う。遠距離からの狙撃で、こんな風に大きく窓が割れるはずがない。少なくとも、実弾なのであれば)


 この窓の割れ方は、偽装だ。ヴィンセントはそう判断する。窓の向こうに首を突っ込んでみれば、やはり。砕けたガラス片は全て、ベランダ側に飛び散っている。


 ――これは、内側から割られたものだ。


 部屋の内部からは、これといって生命体の気配は感じられないが……。ヴィンセントにも悟らせない程に、己の気配を消せる敵が存在するのかもしれない。


 ヴィンセントはその不死性故に、「一発くらい、先に不意打ちされちゃってもいいさ」という考えを持っている。もし、襲撃者が未だこの部屋の内部に潜み、ヴィンセントへ攻撃を仕掛けるタイミングを計っているのだとすれば……。


「時間がもったいない。早く仕掛けてくれないかな……」


 とすら思う。というか、小さく口に出していた。それが何者かに聴こえたにしろ聴こえなかったにしろ、どこからも攻撃が飛んでくることはなかったが。


 部屋の中を見渡す。トロフィーが飾られたガラスケース。ジュークボックス。戸棚、扇風機、ソファ……には血が掛かっている。血痕はむしろ、部屋の入口方面にばかり集中している。


 ――マドリン教官は拘束され、殺された後で放送機材の前に改めて転がされたのだ。放送中に、遠距離狙撃で仕留められた訳ではない。


 入口近くで、不思議と血に塗れすぎたもの……あれか。ヴィンセントは銃剣を右手に取り、構えた。


 銃口を向けた先は、入り口の横に設置された観葉植物。大きく育ったオーガスタ。その鉢植に向けて発砲。


 命中し、壁に激突してから跳ね返ったオーガスタが、床に転がる……寸前だった。


 ――オーガスタの十五本も生えた茎のうち、五本がうねり、ヴィンセントへと伸びた。


 その先端にある大きな葉は、槍のような形状へと変貌していた。


 ヴィンセントの左右の二の腕がそれぞれ葉先の槍によって貫かれ、両足には茎がまるで魔物のように……ローパーのように巻き付いた。エロ同人みたいに!


「うおっ……」


 為すすべなく地面に引き倒されたかと思えば、床を引きずるようにヴィンセントの身体は廊下へと引っ張られ、そのまま廊下の壁へと背中から激突させられた。


 後頭部は窓ガラスがある位置に達していたため、それを突き破り、首の後ろがズタズタになった。


(はぁ、空が綺麗)


 青空と、その中に浮かぶ太陽を感じられたのは一瞬であり、すぐにヴィンセントの身体には影が掛かった。


 校舎裏に並んでいた楓の樹たち。それらが先ほどのオーガスタと同じように変貌している。幹がギリギリと音を立ててうねり、枝は戦士が太腕を振るうかのように蠢き、校舎二階の壁を破壊した勢いのまま、ヴィンセントの身体を押し潰した。


「がはっ……」


 瓦礫と楓の枝に抑えつけられ、碌に身動きの取れないヴィンセント。彼は全力で首を左に傾け、後ろを睨む。


 そこには楓の枝の上を歩き、崩れた壁から校舎の中へ侵入してくる人影があった。


「――ギャハハハハッ、鉢植に擬態してるとでも思ったのかよォ!? 見立てが甘ェなァ!!」


 開口一番、ひび割れた怒声を放った人影。太陽を浴びた部分が白くも見える、輝く薄緑の長髪が乱暴に広がっている。


 身長はそこまで高くない。百六十センチにも満たないだろう。少年、なのだろうか。


 動きやすそうな灰色の装束は、イーストシェイドのシノビに似た雰囲気を感じるが……帝国の監視下にあるかの国に、魔人がいるという報告はない。


「もっと注意して索敵した方が良かったんじゃねェかァ? あんな風にドッタンバッタン大騒ぎしてたら、敵を呼び寄せちまうことになるに決まってんだろォ?」


(いや、それはわざとだけど)


 と思うが、反論する気は無かった。というか、あまり会話をしたいタイプの相手ではない。


 ヴィンセントは粗暴で声の大きい相手を嫌う。話が通じないこともそうだし、多くの場合、大海を知らぬ蛙であるためだ。本物の強者は静かなことが多い……ヴィンセントはそう考えている。


 だが、この破壊力に、マドリン教官を暗殺してのけた手腕は認めざるを得ない。


 この手のタイプが全軍を指揮する指導者であるとは思えない。より上位の魔人が後ろに控えているのであれば、情報収集しない訳にはいかない。そして、情報収集の最たるものは、やはり会話なのだ。それがどれだけ面倒だとしても……。


(植物を操作する能力を持った魔人……? そんなの、聞いたことがない。新種……いや、人類が今まで出会わなかっただけで、ずっと存在はしていたのか)


 魔法の特異性もそうだが、電気羊という強力なモンスターを統率していることも、脅威度を上昇させる要因だろう。


 間違いなく、特級に認定していい危険種だ。この、吸血鬼にすら匹敵するほどの圧は……。


(これ、≪クラフトアークス≫の気配……? ははっ)


 ガララ、と瓦礫が音を立てる。ヴィンセントが動き、左腕が露わになった。


「――動くんじゃねェ!」


 少年の言葉と共に、ヴィンセントの左腕が床に縫い留められる。目の前に転がっていたオーガスタの枝の一本が再び伸び、ヴィンセントの左手の甲を貫いていた。


「テメェ、状況が分かってねェのか? オレが植物を操ってるって、見て分かんだろフツー。いつでも殺せンだよ……」


 少しずつ手の内を開示してしまっていることに気づいているのかいないのか、ドスの効いた声でヴィンセントを威圧する少年。彼自身は瓦礫を抑えつける楓の枝の上にいるままで、床にまでは降り立っていない。


(複数の植物を同時に操れる、と。まだ……遠い。意外と馬鹿なだけでもないのかな。……それに、そう言いながらもすぐに殺そうとしないってことは……)


 少年がヴィンセントが突っ伏している床を踏みしめていれば、一瞬と言える間に≪カームツェルノイア≫を伸ばし、何とかしようと思ったのだが。いかんせん距離がある。ヴィンセントが真の力を見せ、少年を拘束し返す前に。校舎の外へと逃げられてしまう可能性が高い。


 ヴィンセントが今までに喰らってきた吸血鬼の肉は、そこまで格の高いものではない。それ故に、太陽の下ではその強度を大きく落としてしまう。それでは勝てない。


 この少年を圧倒するには、校舎の中に引き込むか。あるいは、黒翼に頼らない勝ち方を模索する必要がある。


(というか、こっちが≪クラフトアークス≫を持っていることも気配でバレている。だから警戒されているんだ……)


 少年が手を払うと、ヴィンセントの左手の甲からオーガスタが抜け、普通の観葉植物の形を取り戻して床に転がる。


「……テメェ、その治癒能力の高さはなんなんだ。まさか……吸血鬼を喰ったことでもあンのか?」


 どうやら、ヴィンセントの傷の治りを観察したかったらしい。


(喰ったことがある、というレベルじゃないんだけど。どう答えたものか。……うん? こっちの≪クラフトアークス≫の種類は分かってないんだね)


 向こうは確信を持っている訳ではない。それはつまり、ヴィンセントが≪カームツェルノイア≫を用いて電気羊を殺めている場面を目撃された訳でもなければ、各地に放たれた電気羊の視覚を、この魔人が共有していた訳でもないことを意味する。


 放送室内部への攻撃も、廊下側の窓の向こうから目視で確認し、予め設置された観葉植物を操ることで為したものなのだろう。準備が無ければ……周囲に植物が存在しない状況を作ってやれれば、大きく弱体化させられるはずだ。


(絶望的な強さ、という程でもないか)


 そもそも、諦めるつもりなど毛頭ないが。ヴィンセントは全身に力を入れ、「ふんっ」声と共に一息で身体を仰向けにした。


「動くなッつッてんだろォが……!!」


 少年は怒鳴りつつも、ヴィンセントの命を奪おうとするような、致命の一撃を繰り出す様子はない。伸びてきた楓の枝がヴィンセントの頭の左に突き立ち、床を抉っただけだ。鼓膜には多少、ダメージがあったが。


 どうせこっちは死なないのだから、当ててくれても構わないのだけど。


 死んだと思った相手が生き返るところを見て動揺でもしてくれれば、突破口になり得るのに。そう考えるヴィンセント。


 ――恐らくこの少年は、敵陣営の中では斥候にあたる。


 情報収集がしたくて、ヴィンセントを中々殺さずに……否、殺せずにいるのだ。


(つまりは僕と同じか。親近感が湧くね)


 少年とヴィンセントに限れば、情報アドバンテージはヴィンセント側にあると言える。何故なら、ヴィンセントは不死身もどきであり……ほぼ確実に、少年は違うのだろうから。 


 こうしてしっかり向かい合ってみると、少年の外見的特徴……その特異性がよく分かる。長い髪のせいで気づくのが遅れたが。


 その、おとぎ話に出てくるような、横に長い耳は……、


「……えっ……………………エルフ?」


 ――千年近く続いた帝国の歴史にも登場したことのない、森の種族。


 あのヴィンセントが、驚愕の声を漏らすことになった。



二月中に完結を目指すと言ったな。あれは嘘だ(いつもの)。

……いや、頑張りはしたので全てが嘘ではないはず。


やっと敵勢力の魔人を登場させられました。さて、ヴィンセントは今回も無双できるのか、それとも苦戦してしまうのでしょうか……。

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