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【3章終了後に修正予定】黄昏のイズランド  作者: カジー・K
番外編2 帝国教育機関≪ランドセル≫
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水浸し作戦


「――次の電気羊がいつ現れてもおかしくない。俺の作業を見ながら、一度で覚えてくれ」


 言いながら、アシュリーは自室から持ち出した学習机を廊下の壁にぴったりとつけた。ロビンと二人で持ってきたものだ。だが、一つでは幅が足りない。廊下を封鎖しようと思うのなら、もう一つの机を隣に並べる必要があるだろう。


 アシュリーの視線を受け、ロビンとエルマーが部屋の中へと戻る。事前の打ち合わせ通り、次の机を運び出しに掛かってくれているのだ。


 校舎というものは大体そういうものかもしれないが、扉が簡単に取り外せるスライド式で助かった。そうでなければ、学習机を分解せずにそのまま廊下へと持ち出すことは難しかっただろう。


 アシュリーは机の向こう……廊下の先、先ほど電気羊が現れた階段の方向を睨みながら、自分の後ろに集まった二十二人の男子生徒たちへと話しかけていた。


「でも、教官がまだ……」


 反対意見を出そうとする学生の気配を察知するや否や、


「俺よりも!」


 アシュリーは一度だけ、一度だけ大声を出した。電気羊を呼び寄せてしまう危険性がある以上、本来であれば大声を出すべきではない状況なためだ。


「……俺よりも成績上位の者が。責任を取ってくれるというなら、それに従うが」


 筆記試験に関して言えば、アシュリーよりも成績のいい人物が何人か混じっているような気はしたが。誰も声を上げようとはしなかった。


「うんしょ、よいしょ……」「モノ詰め込みすぎだろこの机、クッソ重いぞ……」


 既にロビンとエルマーが作業に当たっていることも、異を唱えにくい理由の一つだっただろう。


 二つ目の机が並べられると、一つ目の机との間に出来た隙間は十センチにも満たないものだった。


(調整がしやすいし、悪くない)


 アシュリーは小さく頷いた後、男子生徒たちの方を振り返る。


「これで安心だと思うな、後ろからも電気羊が現れる可能性はあるんだ。……時間がない、責任は俺が取ってやるから、聞け。説明さえ終われば、俺が最前線で命を張ってやる」


 アシュリーは、学生仲間たちに恐れられていることの有用性を、この日初めて実感した。


「まず、それぞれの部屋から学習机を廊下に出して、いくつも繋げることで重いバリケードを作る。電気羊が立ち入れないようにするんだ」


 軽く威圧してやるだけで、皆が自分の言うことを聴いてくれる。生徒たちから恐れられがちなコワモテ教官の存在も、もしやこうした効果を狙った演出なのだろうか。


「それが終わったら、それぞれの部屋のシャワー室からシャワーヘッドを限界まで伸ばして、部屋から廊下まで、全てを水浸しにする。これは、電気羊の使う電撃を無効化するための処置だ」


 水やお湯を無尽蔵に用意できる環境ではないため、基本的には大浴場を使う決まりがある≪ランドセル≫ではあったが、一応部屋ごとにシャワー室も用意されている。感染症の蔓延を予防するためだろう。


「水は、電気を通すんじゃ……」


 勤勉な男子生徒の一人が、そろそろと手を挙げながら言った。アシュリーは頷いた。それに関しては追加の説明が必要だと考えていたため、特に怒りを覚えることは無い。


「そうだな。純水でもない水をぶち撒けたところで、電撃への防衛手段にはならない……本来ならな。だが、俺が電気羊の死骸を調べてみた所……」


 アシュリーはそこで言葉を切って、男子生徒たちの視線を、彼らの背後へと誘導した。


 そこには、先ほどアシュリー、ロビン、エルマーの三人で倒した電気羊の死骸がある。


 ――そう、彼らは既に、一体の電気羊を倒しているのだ。


 これによる情報アドバンテージは計り知れない。これから語ることの多くが、アシュリーの推測に過ぎないとしても。


「……奴らの身体の仕組みは、酷く歪だ。確かにその膂力と電撃は恐ろしいが、少し間違えれば自分で自分を感電死させてしまうような生物なんだ。その上、一度に溜め込める電気の量も、そう多くは無い」


 何人もの人間を連続で感電死させることは出来ないだろうというだけで、最初に突進されることになる一人目の人間がほぼ確実に感電死してしまう時点で、恐ろしい生物すぎるが……。


「俺達はバリケードの上に乗るから、感電する心配はない。まだ電気を保有している電気羊どもに電力を浪費させることと、安全なバリケードの上から奴らの頭部を狙えるようにする……二重の策だ。反対意見が無ければ、早速取り掛かってくれ」


 説明を受け、お互いに顔を見合わせる生徒たち。


 ――本当に、この作戦で上手くいくのか? アシュリー・サンドフォードの言うことを信じていいのか?


 誰も言葉にせずとも、そういった疑念が浮かんでいることは想像に難くない。


 何か、あと一つ後押しが足りないか……と、アシュリーがもう一度全体に圧を掛けるべきか考え始めた時だった。


「……既に街中や階下で犠牲になった人が多くいるからこそ、僕達には生き残れる芽があるんだ。ふうっ、このチャンスを無駄にしていいわけがないよ……」


 肉体労働のせいで息が上がっているロビンの言葉が後押しとなり、男子生徒たちはようやく一丸となって動き始める。


 その脳裏に共通して浮かぶのは、「死にたくない」という想い。


(助かった、ロビン)


 集団を統率する際は、怖がられる役だけでは不都合があるか。アシュリーは新たな学びを得ながら、バリケードの上に登った。


 次に現れる電気羊の脳天をかち割る、そのイメージを固めるためだ。


 ……敵は電気羊だけに留まらず、マドリン教官が放送で言っていたように、魔人の類が現れる可能性もある。


 その場合は、このバリケードがあまり意味をなさない可能性もあるが……アシュリーはそれは言わないことを選んだ。こういう状況で一番恐ろしいのは、集団がパニックに陥ることだ。


 多少騙す形になったとしても、せめてこの場に集った男子生徒たちを生かしてやること。それくらいが、今の自分にできる精一杯だろう。アシュリーはそう考えていた。


 それでも、雑念は消えない。


 階下に居た人間たちが、あの電気羊の群れに襲われて無事だったとは思えない。だからこそ、電気羊の群れへの対策として“水浸し作戦”を実行する訳だが。


 ……もし階下にまだ生き残りがいて、電気羊と死闘を繰り広げていたとしたなら。アシュリーのこの作戦によって、感電死する者が出るかもしれない。


(考えるな。余計なことは)


 念じるように下唇を噛んでいると。


 階段を上って、ついに新たな電気羊が姿を現した。


(……助かる)


 その角は、既に帯電していないらしい。


(殺し合いの中にいれば、余計なことを考えずに済む……)


 先端のみが金属製で、柄は木でできている……今は柄の全体に何重にも渡って絶縁テープを巻きつけられたウォーハンマーを手に、アシュリーは電気羊を見下ろした。


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