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【3章終了後に修正予定】黄昏のイズランド  作者: カジー・K
番外編2 帝国教育機関≪ランドセル≫
58/96

勝機


 ――ついに現れた怪物、電気羊。


 その登場に二人は暫しの間声を出せず、しかし、アシュリーのそれは恐怖によるものではなかった。


(湾曲した角はオスの証……だったか。歩みは止めないが、こちらを遠巻きにするように、斜めに歩いている。すぐに突進してこない理由はなんだ……?)


 対敵から目を逸らすことなく、観察によって窮地を脱する手段を探していた。


 四足歩行にして、アシュリーの腰ほどはありそうな体躯。ただでさえ野生の獣の膂力は凄まじく、人間などは猪の突進を受けただけで大腿部に大穴が空き、出血死するというのに。


 近隣住民や、もしかすると既に多数の学生の血を吸った角。その鋭利な先端を正面から受ければ、金属製の剣ですらも砕かれてしまいそうに見える。


 だが、アシュリーは絶望ではなく、違和感を覚えていた。


(何か、さっき窓際で見下ろした時とは違う、ような……)


 黒い顔面。蹄を持つ有蹄類(ゆうているい)にして、二つに割れたそれを持つ種は偶蹄目(ぐうていもく)に分類される。……いや、アシュリーは別に動物好きという訳ではないため、そこまで細かい分類についてまでは知り得ないのだが、一応読者に向けた豆知識として。


 その毛並みは黄金のような輝いて……は、いない。


 これだ、違和感の正体は。


 アシュリーは僅かに高揚感を覚えつつ、後ろのロビンへと声を掛ける。


「――ロビン。背中を向けないようにしながら、ゆっくり武器庫へ向かえ」


「ア、アシュリーくんは……?」


「もしものときは俺が止める」


「でも、電撃を受け止められるはず――」


「――考えがある。信じろ」


 反論を封殺するように畳み掛け、有無を言わさぬように背中で彼のことを押す。


「わかったよ……」


 ロビンがじりじりと後ろに下がっていく気配を認識すると、そちらからは意識を逸らし、前方の電気羊に集中する。


 嘘だ。対策と言える対策などまるでない。希望的観測に基づいた、苦肉の策だ。だが、時間稼ぎの壁としては、自分が一番の適役であろう。


 やがて沈黙にしびれを切らしたように、電気羊が床を蹴った時。アシュリーは既に取るべき行動を決めていた。


「グェェッ!」


 まさに野生の獣といった雄たけびを上げ、アシュリーの下半身を食い破らんと湾曲した角を差し向ける電気羊。その頭部は角を正面に向けるためにか、少し下げられている。


 たとえその頭部を踏みつけにしたところで、多少のダメージを与えこそすれ、勢いを止めることは叶わないだろう。脳震盪を起こす程の一撃でも加えてやれれば、アシュリー自身の命を捧げることで一匹の電気羊を再起不能にできるかもしれないが……さすがに割に合わない。


 人間一人の活躍で、何匹もの電気羊を討伐できなければ、作戦や対策などとはとても言えない。


(命は捨てずに、諦めずに対処する……!)


 突進によって貫かれる寸前、アシュリーは後方へと跳んだ。そのまま両足を半分曲げた状態で前へ。


 ……空中で、電気羊の両角の湾曲部分を踏みしめた!


 ここならいつまでも角に貫かれることなく、勢いを殺せる! だが、それが永遠でないことをアシュリーは理解している。このまま勢いを上げて電気羊が突進を続ければ、最終的には廊下の終端に突き当たり、壁に激突させられてしまう。


 そうなれば、幾つもの臓器が再起不能なダメージを受けることになるだろう。


 ……ここでそもそもの話だが、なぜアシュリーは感電していないのだろうか?


 電気羊はその大角に電気を溜め、受け止めた人間を感電させてしまうという触れ込みだったはずだが。


(――こいつの体毛は、さっきグラウンドで見た群れと違って発光していない。恐らくは、溜めていた電気を使い果たした個体だ……!)


 この個体に初めて遭遇した人間が自分であれば、とうに殺されていただろうとアシュリーは考える。


 どこかの誰かが犠牲になったことで、自分は生き延びているのだ、と。


 せっかく拾った命、無駄にはできない。


 電気羊は怒り狂っているのか、はたまた恐怖しているのか。そのどちらにせよ、突進の勢いを緩めることはなかった。このままだと、アシュリーは背中から壁に激突コースとなる。


 もう武器庫の入り口は通り過ぎている。ロビンが突進に巻き込まれなかったことを見るに、彼は無事に武器庫の中に入れたのだろう。


 なら、次にあるのは……。アシュリーは膝を伸ばし、電気羊の角の上から跳躍する。


 天井に張りつけられた、古代生物の骨格……レプリカ標本だ。その骨を掴み、鉄棒のように身体を持ち上げる。厳重に管理されていた標本は、アシュリーの体重を支えてもびくともしなかった。


 骨を掴んだ時に腕に少し痛みが走ったが、勢いは殺せた。手を離し、着地したアシュリーの足にダメージはない。


 すぐさま振り返り、電気羊の後を追うように走る。電気羊は敵の姿が後方に消えたことで、突進をやめようとしていた。チャンスだ。


 人間の為に造られた建物、その廊下は野生動物が駆けまわるためには狭すぎる。速度を出していれば直角の角を曲がることもできない。電気羊自身が壁に激突しないためには、一度止まる必要があると考えたアシュリー。それはまさに、大当たりだった!


(……捕まえた、ぞ)


 電気羊の後ろ脚の上。尻を覆い隠すように、長い尻尾が垂れていた。


 家畜化された羊は一般的に、断尾(だんび)と呼ばれる手術を受け、尻尾を短く矯正されるものだ。


 それは排泄物で汚れがちな尻尾を、羊を管理する側の人間が嫌ったためである。だが、この電気羊には野生のままの長い尻尾が存在する。


 このモンスターの群れを統率する魔人がいたとして、その集団は電気羊の衛生面にはあまり気を配っていないということになるのだろうか。それとも、家畜の身体の一部を切除するなどという発想を持たないのか。


 どちらだろうと、現状、その尻尾が長いことはアシュリーの味方となった。


 アシュリーは電気羊の長い尻尾をむんずと掴むと、


「ぐ、おおおおォォォォオオァァアアアアアアアアアッ!!」


 裂帛の気合いと共に振り回した。いや、持ち上げられてはいない。


 痛みに呻く電気羊が、尻尾が千切れることを嫌うように、自らアシュリーに引かれる方向へ移動しただけだ。


「――オラァァッ!!」


 アシュリーの右足による全力の蹴りが、電気羊の腹部を救い上げるように打った。それによってようやく持ち上がった電気羊の身体を制動するように。


 両手で掴んだ尻尾を起点に、床へと叩きつけるように投げ飛ば……違う、アシュリーは投げ飛ばそうとはしていなかった。


 単に叩きつけようとしたのだ。だが、電気羊の尻尾はついに千切れ、アシュリーの眼前には大量の血が舞っている。


 まずい、電気羊から距離が出来てしまった。体の左側面から床へと打ち付けられた電気羊。しかし、頭を打った訳ではない。


 意識がまだある以上、獰猛なモンスターであれば、ダメージを受けたことで更に怒り狂う可能性が高い。


(まだだ、畳み掛けて……このまま殺さなければ!)


 焦燥感に駆られたアシュリーが足を踏み出そうとしたところで。


「う、おおおおおっ!!」


 電気羊の向こう側で、何かを振り上げた金髪の生徒が見えた。


 エルマー・スタイナーだ。


 彼が振り下ろしたのは、長く直立した洋服掛け……いわゆる、ポールハンガーと呼ばれるものだった。それを逆向きに持ち、重量のある土台部分で殴りつけられた電気羊。


 その頭蓋骨は、一撃で大ダメージを受けていた。それによって生命活動が永久に停止するかは定かではないが、少なくとも脳震盪は確実だろう。


「よっ……しゃぁぁぁぁああっー!!」


 快哉を叫ぶエルマー。


「……やるな……」


 思わず、アシュリーも小さく賞賛を送っていた。あまりでかい声を出すな、次の敵が来るかもしれないだろ、とも言いたくなったが、我慢した。


 全く気づかなかったが、エルマーはどこかから戦いの様子を見ていたのか。ポールハンガーを武器にしたということは、自室から出てきたと見るべきか。


「――とどめはこれでっ!」


 そこに、武器庫から飛び出してきたロビン。彼は緊張の為か、腕に抱えていた刀剣の類を廊下へとぶちまけた。まぁ、もしかするとそうしてアシュリー達に武器を渡す方が手っ取り早いと思ったのかもしれない。


 それほどに、彼が一人で抱えるには欲張りな量だった。


「慌て過ぎだ、ロビン……ふっ」


 諫めるような言葉を掛けつつも、アシュリーの口元には小さな笑みが浮かんでいた。


 いける。最初はどうなるかと思ったが、勝てる流れが来ている。


 彼はロングソードを鞘から抜くと、電気羊の右前脚を持ち上げ、心臓へと刃を突き立てた。


 その時にはもう、彼の脳裏には次に取るべき作戦が考案されていた。


「ロビン、エルマー。俺が考える……これから俺達が取るべき行動を手短に説明する。聞いてくれ」


 その言葉に間髪入れずに二人が同意の言葉を返してくれたことを受け……。


 人々の信頼を獲得しておくことは、有事の際にとても役に立つんだな、と。


 もう少し情熱的に生きてみてもいいのかもしれないと、そう思ったアシュリーだった。


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