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【3章終了後に修正予定】黄昏のイズランド  作者: カジー・K
番外編2 帝国教育機関≪ランドセル≫
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つまらない方


 自分よりも体格に恵まれた男子生徒が振るうパーフェクトな木刀に、ロビンは後退しつつ虫網の網部分を合わせる。


 ロビンは既に懐中電灯を手にしていなかった。


 周囲の生徒によって足元を照らされ続けている現状、自分の戦闘力を最大限に引き出す為には、両手を攻撃に当てることが最適だと判断したのだ。


 強烈な一撃に武器を取り落としてしまうことのないように、腰を落とし、腹部に寄せた虫網を両腕でがっしりと掴む。


 ――結果、男子生徒の放った一撃は、ロビンの虫網の網部分を切り落とし……いや、砕き落とすこととなった。


(……わざとだね。自ら加工したんじゃなく、戦闘中に壊れただけだっていう言い訳の余地を残したのか。別に咎められなさそうな気もするけど)


 己のノルマとなる戦闘を終えた大多数の生徒に混じり、しかし自分は一歩も動かぬままのヴィンセントも注目する中。


 ただの細長い木の棒を手に入れたロビンは、その棒を反転させると――ささくれだった危険な面を、相手に向けないためだ――、男子生徒の右手の甲を打った。


「うっ!」


 ロビンが両手で振るう棒と打ち合ってみて初めて、男子生徒は両手で木刀を振るうべきだったことを悟った。


 片手に懐中電灯を、残った片手で木刀を振っていたせいで、やせ型のはずのロビンとの筋力差が逆転していたのだ。


 リチャードの戦い方を利口だと感じて模倣しようとしていたことも、その戦い方から離れられなかった要因だろう。


 悪あがきのように突き出された懐中電灯が、ロビンが振り回す棒に弾かれ、床に転がる。軽く作られたおかげで、それが破損することはなかったが。


 ロビンが跳ね上げた棒が、男子生徒の木刀を逸らす。その直後には、男子生徒のみぞおちに棒の先端が吸い込まれていた。


「ぐっ、あっ……」


 ロビンはそれほど強く突いたつもりは無かったが、男子生徒はその場に蹲った。


「そこまで!」


 教官からストップが掛かり、ロビンの勝利が確定する。


 一・五メートルほどの木の棒……槍として振るうには完全な木刀よりも相応しいそれはロビンの手に実に馴染み、彼に木刀の所有権を放棄させた。


 パーフェクトな木刀は再び教官の管理下となったが、それの所有権を求めて声を上げる勝者はいない。既にほぼ全員がノルマとなる試合を終え、後は観戦に回る旨を教官に申し出ていたためだ。


(槍捌きの鮮やかさもそうだけど。二手三手先を読んでいるかのように動くなぁ。キースリー孤児院出身……案外、本当の生まれは由緒正しい血筋だったりするのかな)


 平和な時代の価値観ではヴィンセントの思考は階級主義が強すぎるように感じられるだろうが。実際、この時代の貴族というものは戦争で武功を上げた戦士が取り立てられたものであることがほとんどで、つまり戦いに秀でた人物=貴族の血脈、という考え方は的外れでもない。


 既に五回もの模擬戦に勝利し続けているロビンだが、彼はそれでもまだ戦いを降りようとしない。彼にとっての当たり武器を引けたことも関係しているのだろうが。


 彼は将来キースリー孤児院に恩返しをするために、学生時代はとにかく好成績を収めようと努力している。


 現時点で模擬戦のノルマを果たしていないのは、隅のテーブルに腰掛けたヴィンセントのみだった。しかし、それを臆病さの現れだと馬鹿にできる生徒など存在しない。


 ――あの退屈を嫌う怪物は、最も強い獲物をこそ求めている……。


 生徒たちの中には、そんな共通認識があった。教官らもそれを理解しているからか、ヴィンセントに試合を急かすことはない。


 ロビンとヴィンセントの視線が交差したところで……いや、懐中電灯を向け合っている訳でもなし、互いに相手の目が見えている訳ではないのだが。


 少し離れた場所で行われていた模擬戦の決着がついた。勝者はアシュリー・サンドフォード。


 アシュリーとしては、そこで観戦に回ってもよかったのだが。手持ち無沙汰な様子のロビンを見ると、自ら口を開く。


「……やりたいか、ロビン?」


 その声に振り返ったロビンの顔は、嬉しそうだった。


「……うん。やろうか、アシュリーくん」


 素直なロビンは、一般的に敬遠されがちなアシュリーにも臆せず歩み寄り、むしろ彼のいい部分を探し、優れた部分は吸収しようと励んでいる。


 その性格はとても好ましいものではあるのだが……。


 ――いかんせん、戦いには相性というものがある。


 アシュリーの武器は、そこら辺に転がっていたラップの芯……ではない。いや、元々はラップの芯であった。


 だが、内部にブラックジャックを通されたそれは、硬質の棒と化していた。本質的には、少し短めの警棒に近いだろう。


 一人が同時に持てる武器は二本まで。提示されたルールを逆手に取り、二つの武器を合体させたのだ。一つ前のアシュリーの試合を見て、多くの生徒が驚きの声を上げていた。


 ロビンはそれを持ったアシュリーを見ても別段驚きはしなかった。アシュリーのこうした閃きはいつものことであり、それに驚いていてはスタートラインにすら立てない。


 どんなに理不尽に見える状況であろうとも、まずは状況を受け入れることから始めるべきだ。きっと、そうした心構えを持つ者が、≪ランドセル≫を卒業した後でも長く生き残れるのだから。


 ロビンが素早い槍捌きを披露し、アシュリーを近づけまいとする。だが、アシュリーはそれを拘泥しないかのように、左半身を前にして前進した。


 アシュリーの身体の何か所かをロビンの棒が打ち据える。しかし、アシュリーの身体は揺らがない。仮にロビンの攻撃が人体の急所に添えられていたなら、教官からストップが掛かることもあったかもしれないが……。


 無為に突進しているように見えて、急所への攻撃だけは防げるようにアシュリー側も考えているのだろう。あまり勝負ごとに熱くなるタイプには見えないが、ロビンに対して手加減するのも悪いと思ったのだろうか。


 左手の懐中電灯でロビンの顔を追いながら、横薙ぎに振るわれる警棒もどき。


 ロビンは肘を曲げ、両手で回転させた棒で相手の武器を跳ね上げ、弾き飛ばすことを狙うが――、


 アシュリーの一撃は片手で振るわれたにも関わらず、両手で持ったロビンの槍を打ち砕いた。


 あまりにも圧倒的な筋力差。


「そこまで!」


 手元の部分で折れてしまったロビンの棒を見て、教官がストップを掛けた。


「――はぁーっ、やっぱりアシュリーくんは強いね。何にも通用する気がしないよ」


「いや……」


 自らを誉めそやすロビンに対しアシュリーは謙遜しようとして、(それも悪い気にさせるか?)と思い直し、やめた。



(……はぁ。つまらない方が勝ち残っちゃった)


 技術で言えば、どう考えてもロビンの方が上であるのに。


 年齢に対して身体の成長速度が早いという理由で、今日もまたアシュリーがロビンを下してしまった。そうして、アシュリーの成績だけが盛られていく。


 ヴィンセントはそれが気に食わない。


 ただの腕力に任せた戦士など、いずれ限界が来る。それが通用するのは訓練用の武器を手に戦う、学生時代だけだ。


 注意力が強くなければ飛来する弾丸などの飛び道具に気付けないし、素早さがなければ大型のモンスターの一発目の攻撃で人は沈む。世の中には“受け止めることなど考えられない攻撃”があまりにも多いのだから。


 この先、生まれ持っての筋力差など意味をなさない、精密な操作が求められる“神秘の力”が戦場を支配する時代が、必ずくる。


 その時勝ち残るのは、ロビンのような技術を持つ人間だ。


 ――そして、自分もそうでなくてはならない。


「……じゃあやろうか、のっぽくん」


 内心に反し、ヴィンセントはロビンに期待していたことも、アシュリーに期待していないことも窺わせない、いつも通りのダウナーな調子で声を上げた。


 いつの間にか立ち上がり、アシュリーの背後まで歩いて来ていたらしいヴィンセントに、生徒たちが息をのんだ。もっとも、訓練である手前、いきなり背後から不意打ちを仕掛けてくる訳はないのだが。


 それでも、誰もその動きの()()()に気付けなかった。誰もが畏怖を抱くような人物であるはずなのに、意図的に存在感を消せるのだ。それが尚更恐ろしい。


「…………ああ」


 アシュリーはそっけなく返しながら、


(やはり、有象無象の名前を覚える気がないのか、こいつは)


 と考えていた。


 自分が雑兵の一人としか認識されていないことに仄かな苛立ちのようなものが沸き起こるが、しかし実際、戦う前から(勝てる筈がない)と思ってしまう相手であるがゆえに、それもすぐに霧散した。


 その後、わざわざ文章にするまでもないかもしれないが、アシュリーはヴィンセントに敗北した。



 ――それから、一月ほどの時が流れ。


 竜の時代(ドラグエイジ)九七六年、十一月九日。


 この日、≪ランドセル≫を未曽有の危機が襲うことになる。


 多くの生徒が犠牲になった、≪ランドセル襲撃事件≫、もしくは≪一一〇九(ひとひとまるきゅう)事件≫と呼ばれる惨劇である。



 ようやく訓練回が終わりを告げました。

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