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【3章終了後に修正予定】黄昏のイズランド  作者: カジー・K
番外編2 帝国教育機関≪ランドセル≫
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ガキのバトルと監督者


 観客となる生徒たちには禁止されているが、模擬戦を繰り広げる生徒本人は、懐中電灯で照らす場所に制限を設けられてはいない。


 つまり、相手の顔面に直接光を向け、視界に攻撃することが禁止されていないどころか、むしろ推奨されていると言えた。


 それにいち早く気づいていたリチャードは、模擬戦の開始を告げる教官の声が響き渡るや否や、対戦相手であるエルマー少年の顔目掛けて、左手に握る懐中電灯を向けていた。


「うっ!?」


 エルマーは怯み、内部構造はとうに破損したマイク……ヨッパーを握る右腕で自らの視界を覆いながら、左手の懐中電灯を振り回すように前方に向ける。


 咄嗟にこちらもやり返し、リチャードの顔に光を照射しようとしたのだ。だが、自分で自分の視界を制限してしまっているが故に、上手くリチャードの顔を捉えることはできなかった。


 ――生徒に支給されている懐中電灯の型は古く、せいぜいで二百五十ルーメンほどの光量しか持たない。


 それを直接眼球に照射されたところで、短時間であれば後を引くようなダメージは発生しない。


 最新型の懐中電灯は、一時的にではあるが驚異の四千ルーメンを叩き出すことも可能である、と。生徒たちの間にもそういった噂が存在する。


 夜闇(やあん)に紛れて狩りをするモンスターは非常に危険だが、奴らに備わった“光量を集めることに特化した眼球”は逆に強力な光に対して脆く、人間よりもずっと簡単に失明する。


 強大な戦闘力を持った魔人や、夜行性の獣などに対しそれを用い、視力を奪いながら戦う夜戦部隊は、帝国軍におけるエリートなのだと。


 そうした噂を踏まえてみると、なるほど確かに。


 片手に武器を、片手に懐中電灯を持っての模擬戦は実戦的というか、将来に役立つ訓練と言えるだろう。


 もっとも、本当に極わずかな上澄みの精鋭兵には最新の兵器である“銃剣”が与えられるため、その際には改めて訓練する必要があるのだが。


「ふっ!」


 リチャードは折れた木刀を振り上げ、エルマーが持つヨッパーを下から打つ。エルマーも全身で踏ん張っていたためヨッパーを取り落とすことはなかったが、ガードは上がった。


 そのまま一歩踏み込み、リチャードが折れた木刀をエルマーの喉元に突きつけた時点で、「そこまで!」教官からのストップが掛かる。


 僅か三手、懐中電灯の照射を除けば僅か二手で勝利をもぎ取ったリチャードに対し、しかし観客となる生徒たちから歓声が上がることはなかった。


 それはリチャードが嫌われているという訳でも、リチャードの取った行動が卑怯だと判断された訳でもない。


 ただ単純に、皆が驚いていたのだ。「こんなに一瞬で勝負が決まるのか」と。そもそも、相手の顔面に光を当ててもいいことに気付けていなかった者もいただろう。


(とりあえず一勝、と。……あー……ねむ)


 当の本人は義務感から一戦のノルマを果たしただけであり、明日はどの本を読もうかと考えているレベルで平然としていたが。


「教官。俺、もう抜けていいですか」


「……まぁ、壁で観戦しているならいいが。あ、勝手に部屋に戻るなよ?」


 やる気が感じられないリチャードに呆れながら返したマドリン教官。


 知性も実力も悪くないが、向上心がない。それが教師陣からのリチャード・クイグリーに対する評価だった。


「――模擬戦に勝利にした者は、まだ戦い続けるかどうかを最寄りの教官に伝えるように。そこで終わりにする場合、使用していた武器はこちらで預かる。それから、敗北した者の武器もだ」


 マドリン教官の言葉を聴き終わる前から、リチャードは教官の近くのテーブルに折れた木刀を置いて来ていた。


「これ以降試合に勝利した生徒は、その時点で我々が管理している武器を一つ、己が持っていた武器と交換することを許される」


 もっとも、リチャードが使っていた折れた木刀はいくらでもそこら中のテーブルに積み重なっているゴミレベルなため、所望する生徒がいるはずもない。よって、わざわざ教官側で管理する意味もないのだが。


 その頃、リチャードとエルマーの試合の裏で始まっていた、別の教官が監督していた試合も終わる。クラークだ。宣言通り、一回目の戦いには問題なく勝てていた。


 クラークもその時点でリチャードと同じように武器を放棄して観戦に回ってもよかったのだが、当たり武器を引いたこともあり、欲が出たらしい。


「おめぇらに渡すにゃあこのパーフェクトな木刀は惜しすぎる。このまま暴れてやらぁ!」


 これまた周囲の生徒たちからヘイトを買う台詞を吐きながら、クラークはテーブルの上に立った。目立ちたがり屋か。テーブルの上に散乱したゴミもどきを踏んで転べ。


「じゃあクラークくん、次は私とお願いできる?」


「うげぇっ!?」


 イキり散らしたクラークだったが、真面目で堅実な委員長(委員長ではない)……パトリシアに勝負を挑まれ、慌てることとなった。


 パーフェクトな木刀を持つクラークに対し、パトリシアが手にしていたのはその半分にも満たない長さの木刀。


 圧倒的に優れた武器を持っているクラークだが、パトリシアは彼の打ち込みを綺麗に受け、かわし、過ぎ去った刀身の背を追うように折れた木刀を叩きつけ、パーフェクトな木刀を弾き飛ばした。


 そこで、試合会場が極端に暗いことが関係してくる。


 観戦者は模擬戦中の二人の顔に光を当てることを禁止されており、その禁を犯さないためにも、足元あたりに懐中電灯を向けている。


 彼ら観戦者はクラークの手からパーフェクトな木刀が弾き飛ばされた際、内心で「ざまぁ」と思っており、故に弾き飛ばされた木刀のある方向を照らさない。再びクラークがそれを拾うことが出来ないように。


「――ちっ!」


 このままでは、折れた木刀を急所に当てられ、なす術なく敗北する。クラークはダンと音を立てて両手でテーブルを叩き……なりふり構わず、テーブルの上に乗り上げた。上に散乱していたゴミもどきたちが押し出され、床へと落下してガラガラとやかましい音を立てる。


「行儀も、往生際も悪いわよ!」


 ぷんすかと怒るパトリシアの声も、落下物たちが立てる音にほとんどかき消された。


「なんとでも言いやがれ!」


 身軽であることは間違いなくクラークの強みだった。パトリシアは無理にテーブルに登って彼を追うことはせず、一度じっくり周囲の床を照らして回った。


 そこで、パトリシアは気づく。周囲の生徒のうち何人もが、ある場所の床に光を集中させていることに。そこにはパーフェクトな木刀が転がっていた。クラークをコテンパンにのしてほしい者たちが、積極的にパトリシアにパーフェクトな木刀を渡そうとしているのだ。


 彼女はそれに対し呆れつつも、勝利を収めるための合理的な行動として、やはりそれに手を伸ばさない訳にはいかなかった。


(クラークくん、だから周りを挑発しない方がいいのよ……)


 パーフェクトな木刀を右手で握り、前方でゆったりと構えたパトリシア。彼女の腕力では片手で振るうには少し重すぎるが、両手であれば高い実力を発揮できる。


 パトリシアは左手に持っていた懐中電灯を消すと、そのままポケットに突っ込む判断をした。


 木刀を十全に振るうことを優先し、足元を照らすことをやめたのだ。


 わざわざ自分で照らさずとも、観戦者たちの懐中電灯により、足元はある程度照らされている。


 例え顔や手が見えずとも、こちらの方が圧倒的にリーチの長い武器を手にしているのだ。相手の動きを気にするより、こちらの木刀を相手の胴に添えることを優先すれば、勝てる。


 そう考えたパトリシアは、焦らずゆっくりとクラークを追おうと、テーブルを避けて大きく回り込んだ。


 完全にビビッていたクラークは、ゴミもどきをバラバラと床に落としながら逃げ回るように動きつつ、新たな当たり武器を探しているようだった。


 本当に往生際が悪い。その割に“相手の顔に懐中電灯を向ける”という攻撃方法を取らないのは……単純に、まだ思いついていないからだろう。彼はリチャードの試合を観戦できていなかったのだから。


 ハーヴィー教官がクラークの逃げっぷりに呆れ、そろそろ「それ以上逃げ続ければ失格とする」と声を掛けるべきかと悩み始めた頃だった。


 ――事故が起こる。


 パトリシアが己自身で懐中電灯を使うことをやめ、光源を周囲の生徒に任せていたことが原因だろう。クラークによって散らかされたゴミもどきの一つ……ガットの外れた球技用ラケットだ。


「――うっ!?」


 パトリシアは見落としてしまったそれを踏んで滑り、後ろ向きに転倒する。


 壁際で観戦している生徒たちよりも近くで監督していたハーヴィー教官が咄嗟に駆け寄ろうとするも、間に合わない。


 後ろに転倒すれば、打ちどころが悪ければどうなるか分からない……女生徒の中から小さな悲鳴が上がった、が。


(……っ! ……えっ?)


 転倒したパトリシアに怪我はなく、その状況に最も驚いていたのは当人だった。


(まるで、柔らかいクッションに包まれた、ような……)


 不思議に思い、頭を落としたあたりをまさぐるも、そこにはゴミもどきがいくつか落ちているだけ。


 一瞬のうちに、痛みに耐える覚悟を決めていたというのに。


「パトリシア、何ともないのか?」


 ハーヴィー教官がパトリシアを抱き起こし、その後頭部を触診しながら問うた。


「は、はい。全く問題ありません」


「それは良かった。だが、こうして試合を止めるような状況になってしまった以上、こちらとしてはお前を敗北扱いにせざるを得ないな」


「……はい。それは……戦場で転べば、死あるのみでしょうから。構いません」


 パトリシアはハーヴィー教官の言葉を素直に受け入れ、パーフェクトな木刀を差し出した。


 それを回収しにでもきたつもりだろうか。さすがにパトリシアを心配した顔つきで現れたクラークが、パーフェクトな木刀に手を伸ばし……ハーヴィー教官にその手を叩かれた。


「いてっ」


「クラーク、戦闘終了時にこの木刀を持っていたのはパトリシアだ。よって、これの所有権は私に移った。お前にはない」


「はぁっ!? ひでぇよ教官!」


「何も酷くはない。どうしても取り返したければ、私と戦うという方法もあるぞ」


 そういえば、模擬戦の相手が決まらない場合、ハーヴィー教官が相手を務めることもできるとプリントに書いてあったな、と周囲の生徒たちは頷いた。


「え、遠慮しときます。俺ぁもう二試合しましたし、充分っしょ」


 クラークは即座にビビり、壁際へと逃亡した。教官たちはそんなクラークにため息をついた。


 ブーイングこそ起こらなかったものの、周囲の生徒たちからも、クラークに対し好意的とは言えない視線が突き刺さる。「お調子者だとは思ってたけど、もしかしてクラークってガチクズ寄りなのか?」などと考える生徒もいた。


(……悪ぃとは思ってるよ。でも俺は、落第生になるのだきゃあ、避けなきゃなんねぇんだよ)


 とても実力があるようには見えないのに、無駄に運の良さを発揮し、成績中位を保ち続けるのがクラーク・キムラ・プレイステッドという少年だった。


 ただ、ギャンブル好きな教官一人だけが、壁際で愉快そうにくつくつと笑っていた。だからやめちまえそんな教官。



(さっきは助かった、ヴィンセント)


 ハーヴィー教官はただ一人、誰がパトリシアを救ったのかを理解し、その人物がいる方へと視線を向けていた。


「……別に。……前にも言ったでしょう。できる範囲でなら、協力くらいしますよ」


 陰鬱なオーラを纏いながら、ヴィンセントは誰にも聴こえないような声量でぶつぶつと呟いていた。


 そう、後ろ向きに転倒したパトリシアを受け止めたのは、ヴィンセントが操る≪クラフトアークス≫、黒翼(こくよく)によるものだった。


 それも、ただ黒翼を伸ばしただけではなく、物質を優しく飲み込み、その場に縫い止めたり、移動させることすらできる特殊形態、≪カームツェルノイア≫だ。


 既に何人かの吸血鬼の肉を食べていたヴィンセントは、この当時から人ならざる能力を備えていた。


 もっとも、この時代にはまだ≪クラフトアークス≫や≪カームツェルノイア≫といった専門用語は存在しない。


 ヴィンセントの事情をパルメ家から聞いている教官側も、それを振るうヴィンセント本人も、深くまでは理解していない。


 ただ、ヴィンセントは既に感覚で、ある程度望む事象を黒翼によって引き起こすことができるようになっていた。つまるところ、天才児なのだ。なぜ人間として生まれたのかが不思議なくらいに。


(退屈だ。わざわざ見るような試合はない。僕が戦う意味のある生徒なんて……)


 四騎士として帝国に仕える未来に比べると、ずっとダウナーなヴィンセント。


 漫然と訓練場と化した食堂を見渡し、全域の床に薄く散布した≪クラフトアークス≫に意識をやっている彼は、そこで繰り広げられる模擬戦のレベルの低さに辟易していた。


 直接視線を向けずとも、自分が支配する黒翼が踏みつけられる感触だけで分かる。足運びからしてなっていない。


 ヴィンセントの攻撃を貰えば、一撃で武器を取り落とし、衝撃で動けなくなるような生徒しかいない。


 それどころか、ほとんどの生徒はヴィンセント・E・パルメという名前に怯え、戦闘前からパフォーマンスを落とす。


 そんな環境で、彼が本気の戦いを楽しめる筈もない。


 大人と同じか、むしろそれ以上の実力を発揮できる隠れた監督側の人間として、こっそりと会場の安全整備に携わる日々。


(これもパルメ家の責務だから、仕方ないと分かってはいるけど)


 以前の演習中にモンスターが乱入し、生徒が食い殺されてしまった事件。ヴィンセントはそれを防げなかったことに多少の責任を感じており、それ故に退屈を覚えながらも、真面目に生徒たちの安全を守っているのだ。


 そんな彼が唯一、自然と視線をそちらに向けてしまいそうになる気配がある。


 やせ型の少年の体重は、しかし他のどの生徒よりも存在感を放っている……少なくとも、ヴィンセントにとっては。


 大多数の生徒たちからしてみれば、どうだろう。


 その人物を劣等生として見る者はいないだろうが、しかし優等生だと判断している者も少ないだろう。


 座学の成績は少し悪めだが、得意の武器種を許された戦闘訓練では無類の強さを発揮する。言葉にしてみれば、ただの人間としてそう珍しい特徴ではないが。


 何故かヴィンセントの視線を引きつける少年、キースリー孤児院出身のロビンは。


 ……虫取り網を片手に、戦場へと現れた。



 この過去編は「最大で四分割くらいになりそうです」と言ったな。

 ……あれは嘘だ。


 いや、わざと嘘をついた訳ではないですが。当初はアシュリーとヴィンセント以外の生徒の事情は省いてさっさと書き切ろうと思っていたのですが、予想以上に書いていて楽しかったので、リチャードとクラーク、ちょっぴりパトリシア、そして次回はロビン回です。


 既にバレていると思うので言ってしまいますが、こうやって地味に設定の露出があるモブキャラたちは、いつかの未来に再登場させるために書いています。というかパトリシアはもう「設定資料:王都ロストアンゼルス周辺地図」にて六区長として名前が出ています。


 もうこの過去編が最大で十分割まで膨れ上がっても驚きませんね、作者的に。なぜならこの模擬戦のシーンは本来オマケ程度で、この後の展開がメインの予定なので……。

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