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【3章終了後に修正予定】黄昏のイズランド  作者: カジー・K
番外編2 帝国教育機関≪ランドセル≫
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あたりがでたらもう一本


 ヴィンセント・E・パルメ。


 サンスタード帝国における特権階級、侯爵待遇である≪四騎士≫の一人を父に持つ彼が、なぜ庶民と同じく≪ランドセル≫に通っているのかは謎に包まれている。


 行儀悪くもテーブルに腰かけ、手の中で折れた木刀を弄ぶその姿は、どこまでも自然体。周囲の生徒の様子などに全く興味を示さず、自分だけの世界に浸っていた。


 すぐ傍まで寄って見れば、その瞼が閉じられていることが分かっただろう。彼の顔立ちが整っていることを加味しても、近寄ろうと考えるような生徒は存在しないが。


 高めの身長に、ジャージの上からでは分かりにくいが引き締まった肉体。


 金色の髪がポピュラーとなる帝国人のコミュニティにおいてはどうしても目立ってしまうその赤みがかった髪は、地毛なのだとすればデル人の血を想像させる。


 例外的に、中等部一年からの入学となった彼は。


 ――入学時の十二歳時点にして、既に多数の魔人を殺めた経験を持ち。


 そして、その中には伝承に残る超種族である、吸血鬼すらもが含まれている、と。


 そう、まことしやかに噂されている。



 だが、そんなヴィンセントに対しても臆せず近寄れる、奇特な人物も存在する。


「――ちょっと男子ー。またヴィンセントくんが孤立してるじゃない」


 と、少々テンプレじみた、まるで“委員長キャラ”が人の形を取ったかのような台詞と共に。


 色素の薄い金髪をボブカットにした中肉中背の少女……パトリシア・フローリーが、ヴィンセントが一人で占領しているテーブルの上に一枚のプリントを置いた。


 彼女は右腕で未だ大量のプリントの束を抱えており、それを皆に渡す役目を担わされていることが伺える。また雑用を押し付けられているらしい。


 ちなみに、彼女は別に学級委員長ではない。


「や、そいつぁ自分から孤立してるっつぅか、別に現状を嫌がってねぇんだって……たぶん……」


 パトリシアに懐中電灯を向けられたクラークが、ゴミもどきを漁りながら言い訳した。


「おおっ、完全体だ! この木刀、折れてねぇぞっ!」


 お宝を掘り当ててご満悦のクラーク。ロビンとアシュリーは遠くからそれを見て(あんまりいいモノを持ってると、逆に集中攻撃されそうだけど)などと考えていた。


 パトリシアはため息をつくと、


「……クラークくん。私たち女子は先生たちの手伝いをしていて、今ようやく到着したところなんだけど。自分だけ先にいい武器を探していて……何か、罪悪感とか感じないの?」


 彼女の言葉の通り、女子寮側の入り口が一気に眩しく、かしましくなった。高等部一年の女子の集団が到着したのだ。


「ん、ああ。だって俺、ここまでやっても成績上位に入れねぇ始末だから、仕方ねぇんだって」


 悲観している訳でもなく、そう淡々と悪びれずに述べたクラークに、ロビンがまた小さく噴きだした。いや、ロビンだけではない。周囲の男子生徒の中にも、ちらほらと笑っている者たちがいる。


 その内の何割がクラークの実力を笑っているもので、何割が委員長キャラのパトリシアがにべもなくあしらわれたことを笑っているものなのかは不明だが。


 パトリシアは短気ではない。それどころか、そもそもクラークに建設的な答えを期待していなかったようで、プリントの束をクラークの胸に押し付けた。


「うおお、お」


「良い武器を見つけたんだから、きみはもういいでしょ。これ、皆に回していって。言っておくけど、一人の生徒が所持していい武器は二つまでだから」


 パトリシアの言葉の意味を脳内で吟味していると、アシュリーとロビンの元までプリントが回って来る。


 アシュリーは手元のプリントに書かれた文章を一字一句逃さぬよう、じっくりと眺めた。


 暗闇の中での――懐中電灯の使用は勿論ありだが――模擬戦。


 戦闘の際には一対一で正面から名乗りを上げる必要があり、側面や背後からの不意打ちは禁止。


 教官の許可が出次第、戦闘開始。戦闘は教官が命じるまで続行すること。


 一人最低一回の戦闘が必須。相手が見つからない場合はハーヴィー・ゲッテンズ教官が代役を務める。


 敗者から脱落していく。脱落した者は壁際に下がり、残った試合を観戦すること。


 観戦者が懐中電灯で意図的に戦闘中の者を妨害した場合、厳しい罰則あり。


 武器以外での攻撃は禁止。


 一人が所持していい武器は二本まで。


 急所への攻撃は寸止めを徹底すること。怠った場合、厳しい罰則あり。


(二本まで……そうしておかないと、相手の武器を奪うことが反則になるからか)


 ルールをそのまま読めば二刀流も可能ということだが、そもそも二刀流はあまり利口な戦い方とは考えられていない。


 人間は多くの場合、重い武器を両手で振るった方が上手く戦えるようにできている。


 そこそこ以上の重量の武器を両手にそれぞれ持つことで有用に戦えるのは、人ならざる筋力を持つ種族だけだろう。軽い武器に限れば、人間にも可能だが。


「これ、絶対クラークくん、すぐに吹っ掛けられるよね」


 呆れ声でロビンがアシュリーに向けて言った。


「だろうな」


 完全な姿をした木刀が他にも何本か眠っているのかは分からないが、とりあえず現在引き当てているのはクラークだけだ。


 プリントから顔を上げた生徒の多くが、クラークが脇に挟んでいるそれに視線を送っている。


 かといって、当の本人は委縮するでもなく、


「はっはー、おめぇらこれが欲しいんだろ。でも残念だったなぁ、これを使って最下位になるほど、俺は弱くはねぇんだよぉ~! 最初の一人にはぜってぇ勝つ自信があるからな! 死にてぇ奴からかかってこいってやつだぜ!」


 めちゃくちゃイキっていた。


「俺は絶対最下位にはならねぇっ!!」


 ――イキっている割には目標が低かった。


「ヴィンセントくん、あのクラークってやつと最初に試合してあげてくれない?」


「はぁ。……まぁ、僕はなんでもいいけど……」


 パトリシアの要請に、ダウナーなヴィンセントの声が返されると。


 クラークは無言で早歩きをして、対角線の角際まで逃げて行った。その様子を見たロビンとリチャードは、静かにテーブルに突っ伏して身体を震わせていた。


 ――そこで唐突に、生徒たちの間に流れていた空気感が変わる。


 ピリついた感覚に、アシュリーはすぐに気づいた。


「生徒諸君、静粛に」


 教官が到着したのだ、と。


「これより訓練を開始する」



 ハーヴィー・ゲッテンズ教官は、帝国人の中でも特に体躯に恵まれた軍人である。白い肌に筋骨隆々とした肉体。その頭部に短く刈り揃えられた金髪が無ければ、「ハゲ教官」といった不名誉な呼び名が裏で流行った可能性もあるが……。


 あいにく彼はハゲておらず、そしてとても厳格なことで有名だった。彼に対して面白おかしいあだ名を付けていることなど明らかになれば、どのような報復が待っているか。


 生徒たちからしてみれば、想像するのも恐ろしい。


 逞しい大胸筋に押し上げられたタンクトップには汗が滲んでいた。隙間時間にも筋トレをしていたと見える。


 腕は通さず、羽織るだけになっているジャケットは、彼が本気を出して戦う際には脱ぎ捨てられることで有名だ。多くの場合、それはただの荷物入れになっている。


 ハーヴィーがジャケットの胸ポケットから取り出したのは……カラーインクが装填された、ペイントガンだ。


(うわ~。あれ臭いし、色も中々取れないんだよね……)


 と、ロビンは自らのジャージの脇腹のあたりをつまむ。そこには、以前に戦闘訓練で敗北した際、ペイントガンで撃たれたピンクの痕が薄く残っていた。


 彼らが着用を義務付けられている白いジャージは、土などの汚れも目立つし、ペイントガンで付けられた敗北の印も目立つ。


 もっとも、それらは生徒たちに対する嫌がらせの意図があるというよりは、ただ単に白いコットンに着色する手間を省いているだけだと思われる。


 敗者にペイントガンを撃つことは虐待ではないのかと問われれば……この物語はそういう時代なので、としか言いようがないだろう。


「我こそは、という生徒は名乗りを上げろ。誰もいなければ、こちらから指定するが」


 ハーヴィーの野太い声に蹴り上げられたように、一人の男子生徒が「はいっ!」と声を上げた。


「エルマー・スタイナーです!」


 そう名乗った男子生徒の右手には、ヨッパーと呼ばれる細長いマイクが握られていた。


 まさかそれ単体でマイクとしての機能が果たせるはずもなし、恐らくは壊れているそれを鈍器として使うしかないのだろうが……。


(なかなかどうして、メイスに見えなくもないな……)


 リチャードは「ううむ」と唸りながら手元の折れた木刀を眺めた。


 恐らく、手持ちの武器を相手によって弾かれたり、あるいは武器を急所に押し当てられた時点で敗北扱いになるのだと思われるが。


 確かに自分が今持っている折れた木刀より、エルマーが持つヨッパーの方が長いし、丈夫そうだ。


 中々の当たり武器を引きやがって……などと考えていると、


「リチャード、いけるか?」


「はいっ…………えっ?」


 近くにいた女性教官、マドリン・ブリーンに唐突に話しかけられ、咄嗟に「はい」と声に出してしまった。


 かくして、リチャード・クイグリーは折れた木刀を手に、第一試合に参加させられることになってしまったのだった……。


 こうして教官より声を掛けられた状況で断るのは評価を落とす行為であることを考えると、即答で参加の意思を表明した形になったことは、別に悪いことではないのが幸いだ。



 ――広い食堂内には教官が四名いるらしく、同時に複数の試合を進行するらしい。


 リチャードの試合を観戦したい思いもあったが、ロビンは周囲に視線を走らせ、自分の得意武器になり得るものを探していた。


(少しでも長い、棒状の武器が欲しいんだけど……)


 自らの腕の半分の長さすらない、折れた木刀を槍として扱うのはさすがに無理がある。


 あんまり遠くまで武器を探しに行くのは醜聞が悪いし、手近なところで……視線は自然と、他の生徒たちが既に手に持っている武器へと向かった。


 その中に、一見頼りなさげだが確かに長い道具を見つけると、ロビンは交渉するためにその人物の方へと歩いて行った。


 両手に別々の道具を持ち、どちらを採用するべきか悩んでいる様子のその生徒なら、それを譲ってくれる可能性は高いと考えたのだった。



 ――特にやりたいことなど存在しない。


 目覚ましい活躍を上げ、教官に目を掛けてもらいたいなどと考えたこともない。


 己の将来に明確なビジョンなどなく、ただ流すように生きているだけだ。


 アシュリーは所在なげに、隅のテーブルの椅子に腰かけた。


 その行動が逆に教官の目について呼ばれるようなことがあっても、それはそれで従うだけだ。彼には別に、戦闘訓練に対する恐れはない。


 年の離れた兄たちにいじめられていた経験のせいか、同年代の子供たちを怖いと思わない。同世代で比べた場合、自分が特にがたいがいいことも起因しているのだろうが。


 他の生徒によって漁られた後なのだろう、乱雑に積まれたゴミもどきの山。そこから零れ落ちていたものが、アシュリーの爪先に触れた。


(なんだ……)


 おもむろに身をかがめ、机の下からそれを引っ張り出してみる。それは黒く……長い靴下の中に、砂を詰めて縛ったものだった。ブラックジャックと呼称される類の武器だ。


(いや……これは結構実用的で、危険な武器じゃないのか)


 その砂の込められた靴下をブラックジャックと見なすならば、完全体の武器の一つと言えるだろう。完全な木刀に続く、当たり枠の一つだろうか。


 しかし、アシュリーよりも先にこれを見つけた者は、どうしてこれを武器に選ばなかったのだろうか。


 この価値に気付けなかったのかもしれないし、あるいは使ったことのない武器種を避けたのかもしれない。


(扱いが難しい武器であることは間違いないだろうが)


 扱いが難しい武器と言えば、例えば、鞭などがある。


 ベルトでも似たような使い方が出来るが、素人が考え無しに振るった場合、戻って来たそれが自分の身体を打つだけに終わることも多い。


 ブラックジャックは鞭に比べればリーチが短いが、今回はちゃんとしたブラックジャックではなく、あくまで靴下による代用品でしかない。


(思い切り振り抜いて外した場合、自分の腕を打つことになるだろうな)


 と、ブラックジャックを諦め、机の上に置こうとしたところで……アシュリーは閃いた。


(何を馬鹿なことを。いや、だが実際、二本までは武器を持ってもいいということは……反則には当たらない、のか)


 何事にも関心が薄いアシュリーであるが、逆に言えば、周囲から「勝ちに貪欲すぎる」と謗られることを恐れることもない。


 自分は頭の回転が早い方だという自覚はある。せっかく思いついたのだから、と。


 彼は何やら工作を始めるのだった……。



 書けば書くほど展開が伸びてしまう!!

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