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【3章終了後に修正予定】黄昏のイズランド  作者: カジー・K
番外編2 帝国教育機関≪ランドセル≫
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竜の時代九七六年


 イェス大陸、オリエンタル山脈からなる人類未踏の地≪アネクスプロード≫と、サンスタード帝国の間に存在する紛争地帯。


 その紛争地帯の最北端。


 サンスタード帝国、竜信仰の国ガイア、イーストシェイド自治領(黄昏の時代(ラグナエイジ)ではイーストシェイド公国)の三ヶ国に密接したような位置に、その機関はあった。


 ――帝国教育機関≪ランドセル≫。


 年齢が満六歳になった者から住み込みを前提とした入学が義務付けられている、一般教養や戦闘技術を学ぶための施設である。


 が、これには例外もある。


 帝国の都市に住む貴族は勿論のこと、上流階級の市民もまた跡継ぎを安全な城壁外に出すことを嫌う者が多く、国に申請すれば、存外簡単に入学の義務は免除される。当然その場合も、家庭教師等を雇って勉学を修めることが推奨されているが。


 よって、≪ランドセル≫に入学するのは基本的には平民であり、貴族であれば長男長女以外、あるいは男爵・騎士爵といった下級・準貴族の子供のみとなる。


 有難いことに学費は無料であるため、帝国の各地にある孤児院からも、毎年沢山の少年少女が入学している。


 十五歳のアシュリー・サンドフォードもまた、そこで暮らす子供たちの一人だった……。



 竜の時代(ドラグエイジ)九七六年、十月。


 深夜一時、アシュリーは館内放送の前触れとなるベルの音を聴くと、即座に目を覚ました。


 罰則を受けて喜ぶ趣味はない。ここで暮らす学生のほぼ全てが、このベルの音を聴くと自然に目が覚める身体になっていくのだ。


 もっとも今回に関して言えば、近々深夜帯に訓練を行うと予め予告されていたため、アシュリーと同じようにベッドから身を起こした相部屋の三人にも、苛立ちはあまり見られない。


『――以上である』


 放送は落ち着いた声色で、高等部一年生に対し食堂に集合することを指示すると、再びベルが鳴り、沈黙する。


 初等部とは校舎が別れているので問題ないだろうが、同じ校舎に暮らす中等部の子供たちもこの放送によって叩き起こされていると思うと、他人にあまり興味を持てないアシュリーであっても、「なんとかならないのか」と思わずにはいられない。


 自分もまた、中等部に向けた放送で無駄に起こされることが多々あるためだ。


「ふわぁ……おはよう、アシュリーくん」


「……あぁ」


 体格がいい上に無口なアシュリーは、同年代の子供からは敬遠されがちである。


 そんな彼にも臆せずに起床の挨拶をしたのは、栗毛色の髪をした小柄な少年、ロビン・キースリーだ。


 アシュリーと並べば頭一つ分以上の身長差があるが、常日頃から「アシュリーくんに護ってもらっている」と感じていたロビンは、いつの間にか恐怖に打ち勝ち、感謝と憧れを持つようになっていたらしい。


「ちくしょう、よりによって今日かよ……」


 卓上ランプを点けながらぼやいた、金髪のくせ毛をした少年がリチャード・クイグリー。卓上ランプの脇には一冊の小説。その上に誇らしげに置かれたしおりは、彼がその本を読破したばかりだということを示している。


「お前なぁ、だからその分厚い小説は明日に回せってぇ忠告してやったのによぉ」


 東部訛りのある発言は、灰色の髪をしたやせ型の少年、クラーク・キムラ・プレイステッドのものだ。リチャードに対して呆れた声を掛けながら、部屋の入口で照明のスイッチを切り替える。


「あれ、点かねぇな?」


 不思議そうに首を傾げるクラークだが、リチャードの枕元にある卓上ランプのみでは、その動きすらも酷く見えにくい。


「……恐らく、意図的に電力を遮断されているんだろう。そのランプを見るに、全ての電力が落とされている訳ではないようだが。……今日は、暗闇の中で戦闘訓練でもさせられるのかもしれん」


 アシュリーは頭の回転が早い。現在の状況を整理し、合理的な結論を導き出す才能は、この頃から顔を見せていた。


 その言葉にうげ、と反応したリチャードとクラークだが、この二人は特にアシュリーを嫌っている訳ではない。


 初対面の頃こそ怖がっていたが……さすがに同室になって三年も経てば、アシュリーが理由もなく他人を攻撃するような人物でないことは理解していた。


「まじかよ、わざわざ校舎内でやる意味あるか……?」


「ま、不測の事態を避けたいんだろぉ。外じゃモンスターが出るかもしれねぇ訳だし。昼間ならそれでもセンコー達で対処してくれるだろうけど、夜の闇の中じゃあなぁ……」


 紛争地帯に指定されたエリアに造られた≪ランドセル≫は、度々モンスター絡みの事件事故に巻き込まれる。そうした危険のある場所だからこそ、優秀な人材を選別できるという意図もあるらしいが……。


 実際、アシュリーの在学中だけでも。夜間に校舎外での演習を行っていた際、紛れ込んだヘルハウンドに生徒が連れ去られ、食い殺されるという痛ましい事件が過去にあったのだ。


 生徒が死亡した位置は校舎から離れており、その事件を目撃した生徒全員にも緘口令が敷かれたため、殆どの生徒がそれを知り得ないのだが。


 偶然にもその事件に居合わせたアシュリーとロビンは、無言で視線を交わした。リチャードとクラークの二人は、この様子を見る限りでは近年に死亡事件が起きていたとは思ってもいないようだ。


 ともかく、そんな事件があったことで、教師側としても夜間の演習の在り方を考え直さざるを得なかったのだ。


「月明かりもそんなにだし、緊急時用の懐中電灯を使っていい案件だよな?」


「とりあえず廊下に出て、他の部屋から出てきた連中の様子を見ようぜ」


 手早くジャージ姿へと着替えを済ませた四人は、クラークを先頭に廊下に出る。


 そこで他の部屋の学生たちと顔を合わせ、やはり懐中電灯を使用してもいい場面だと判断し、それぞれが自身に支給された懐中電灯を持って食堂へ向かうことになった。



 食堂。この学舎に暮らす中等部と高等部のどちらかであれば、一度に全生徒が余裕をもって着席できるほどのそれは、大食堂と表現してもいいだろう。


 現在は中等部が三百五十人ほどで、高等部が四百人ほど。グラウンドを隔てた反対側にある別校舎には、三百人ほどを抱える初等部が存在する。


 年齢の低い部ほど人数が少ないのは、誰しもが六歳になった時点から≪ランドセル≫に通う訳ではないことと、一度は入学したものの、初等部での共同生活が肌に合わなかった生徒の中には、早々に実家に帰るという選択を取る者もいるためだ。


 そこで実家に帰るという選択肢がある時点で、まだ恵まれた方の出自だと言えるだろう。


 サンスタード帝国においては一代限りの爵位となる男爵家、それも妾の子であるアシュリーには、到底縁のない話であった。自分が生まれた家を心底毛嫌いしている彼だ、例え≪ランドセル≫で人間関係のトラブルに巻き込まれようが、帰りたいとは思わないだろうが。実際、そう思ったことなど一度もなかった。


 一般的に思い浮かべられるであろう体育館よりも広い食堂は、そこに集まった生徒たちが手に持つ懐中電灯でのみ、思い思いに照らされており……全体像を把握することが難しい。


 全生徒が普段から利用している施設なため、当然間取りは把握できているのだが。


 入口から向かって左側の壁沿いには、厨房の職員が料理を提供するためのカウンターが設けられており、その奥には調理器具が吊るされているのが見える。


 カウンターの上には急ごしらえの張り紙があり、でかでかと文字が書かれていた。


 多くの生徒がそこに向けて懐中電灯を向けているため、少し眩しい。


「……侵入禁止。厨房の器具を破損・紛失させた生徒には罰則あり。場合によっては連帯責任も問われる……っと」


 心底嫌そうな声でリチャードが読み上げた。本ばかり読んでいる彼だが、幸いにも視力を落としてはいないようだ。


「残念、ちょっと向こう側を見てみたかったのに」


 戦いよりも料理の方が好きそうなロビンがそう零したことで、クラークが「はっ」と笑った。


「ほんと、これで俺より強ぇんだから悲しくなってくるぜ」


 ロビンは身体が華奢ではあるが、武器の扱いに秀でている。その槍捌きによって武器を叩き落されてしまい、彼への認識を改めることになった生徒は数知れない。


「テーブルの上に色々とゴミが置かれて……いや、ゴミじゃないのか、これ?」


 リチャードが手近なテーブルから、謎の物体を一つ持ち上げた。


「折れた木刀か、そりゃあ」


 言いながら、クラークもまた一つのゴミもどきを拾い上げる。それは弦の切れた弓のようだった。


「どれかを選んで戦え、ってことなのかな」


「まぁた、わざと不平等にしてきてるかもしんねぇぜ。どっかに立派な武器も紛れてっかも」


 ロビンの推論に、クラークは目をキラキラさせながら周囲を照らし、見渡している。そうした行動に出ている生徒は少なくない。


 ここに勤める教官には何人か“小賢しい行為を嫌う人物”がいることを知っているアシュリーとロビンは武器漁りに参加する気が生まれず、遠くまで遠征しにいくクラークを心配そうに眺めていた。


 いや、心配そうなのはロビンだけだ。アシュリーは基本的に、何事においても興味が薄い。今は、すぐ近くにあるテーブルに手を置いて、その感触を確かめている。


 ちらりとテーブルの上に積まれているゴミもどきたちに目を向ければ、まず折れた木刀が大半を占めることが分かる。それらはどれも折れた面を削ってあり、人体に刺さることが危惧されるようなささくれは見られない。一応、安全面に配慮された品物ではあるらしい。


 他にはガットの外れた球技用ラケット、内部にくしゃくしゃの紙が詰められたラップの芯……などなど。


 ラップの芯を手に取ったリチャードが「ガキのチャンバラごっこかよ」と呟いたことで、ロビンが「ぶっ」と噴き出した。


(……ゴミもどきで戦闘訓練をさせておけば、安上がりでいいってことか)


 アシュリーはそう結論付けた。わざわざ折れた木刀以下のゴミまで用意されているあたり、「素手での攻撃は禁止」というルールでも設けられるのかもしれない。


 あとはクラークが期待していた通り、当たりの武器が紛れているかどうかだが……アシュリーとしては、その可能性は高いと感じる。


 教官の中には“博打を好み、訓練に運要素を持ち込みたがる人物”がいることを知っているためだ。いや、やめちまえそんな教師。


 食堂のテーブルは床に接着されている訳ではないが重く、少しぶつかった程度では倒れない。せいぜいが横にずれる程度だ。


 本当にこの場所で戦闘訓練を行うのだとすれば、かなり動きにくく苦労させられるだろう。


 それに厨房に限らず、明日も着席することになるであろうこのテーブル群も、大きく破損させてしまうと後が怖い。どうせいつものように、「成績の悪かった者は居残って掃除をしろ」と教官に命令されるのだろうし。


 アシュリーは文武どちらも成績が良い方ではあるが、それでもその怪力に任せて備品を壊してしまえば、片づけを担当する生徒に恨まれてしまう。極力ものを壊さないように動こうと考えるのは、恐らくほぼ全ての生徒に共通することだった。


 そのほぼ全てに該当しない……自由すぎる人格をした人物も中にはいる。


 遠く、当たり武器を物色するクラークのさらにずっと向こう、食堂の角際に、暗いスペースが形成されている。


 その周囲には生徒が立ち寄らず、またその場所を照らすことも避けられているためだ。今、その場所に何があるのか確認しようと一人の生徒が懐中電灯を向けたが、即座に逸らされる。


 ――ヴィンセント・E・パルメ。


 全ての生徒に恐れられ、あるいは警戒される怪物がそこに座しているためだ。



 久しぶりに予定を守れての投稿です。


 ただ、いざ書き始めてみたら文量が膨れ上がるいつものパターンに入ったので、最大で四分割くらいになりそうです。

(この一回目で戦闘訓練が終わるところまで書く予定だったのですが……)


 調子が良ければ来週に更新します。

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