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【3章終了後に修正予定】黄昏のイズランド  作者: カジー・K
第2章 悪路編 -サバイバルな道中と静かなる破壊者-
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第44話 王都ロストアンゼルスにて……

 第2章最終話です。



 黄昏の時代(ラグナエイジ)六年、八月三日。


 ――アラロマフ・ドール王国、王都ロストアンゼルス。


 女王の宮殿であるプレシデンスドールパレスの内部にある、本代公爵の執務室にて。



 ――もう何日に渡って本邸に帰れていないのだろうか。


 いや、宮殿には大浴場もあれば、睡眠時間自体は細かく取らせてもらっているため、今にも過労死しそうという訳ではないのだが。


 しかし、起きている間は常に次の仕事を処理することを考え続ける必要があるし、執務室の机には今も大量の書類が署名捺印を待っている。


 ゆっくりと入浴を楽しむ時間もなければ、半年前に自身が許可した劇場の公演を見に行く暇すらない。最新の公演では≪氷炎戦争≫を扱っているという話だし、是非とも自分の目で確認しておきたいところだった。


 劇はいい。千年前に多くの文明が失われて以降、他国を含め娯楽の少ない世の中が続いている上に、劇を通じて民草に世界史を広める効果も期待できる。


 もっとも、場合によっては劇団が恣意的な表現を用い、脚色された内容に観客が踊らされてしまう場合もあるが……。


 少なくとも、自身が許可した劇団ホースウッドに関しては、公演内容ごとに先んじて部下に内容をチェックさせているし。劇場好きな部下の何人かは、わざわざ命じずとも休暇を使って自発的に通うようにまでなっている。


 自由に行動する時間がない自分に気を使って、新規の娯楽施設をいち早く体験し、問題が起きていないかを確認してきてくれる……そんな優秀な部下たちを持てて、自分は幸せ者なのだろう。いや、単純に部下が遊び好きなだけかもしれないが。


 そんなことを考えながら、バティスト・J・モトシロは柔らかい背もたれに身を委ねつつ、両手で持った資料に対し、入念に目を通していた。


 正午を過ぎた頃、控室からのノックを受けた時、彼は(昼食の知らせか、それとも緊急の案件か……)と考えた。可能性としては、半々だろう。


 今日の昼食の時間が遅れようとも、あるいは消え去ろうとも、今更驚きはしない。


 もっとも、ノックの回数は四回。通常の礼儀作法に乗っ取った回数でしかない。これが王都内で強盗殺人事件でも発生していたならば、ノックの回数は五回を超えても止まらず、要件についても既にドア越しに叫ばれていたことだろう。


 手にしていた資料を紙束の上に戻し、机の上にあったベルを鳴らす。その高い音を受けて、ノックをした者は入室を許可されたことを知る。


 別に喉が枯れている訳ではないため、「入れ」などと声を張ってやることはできる。ただ、この宮殿にはバティストより目下の人間が多いが、目上の人間も多少は存在している。


 そうした人物がわざわざ出向いてくれた場合がある可能性を考慮すれば、「お入りください」と礼節を尽くした声を発するのが安牌ではある。が、それは百分の一にも満たない割合のことである。


 己が部下が「お入りください」と上官に言われた形となり、微妙な表情で入室してくることに気付いた彼は、すぐに音色の異なる二種類のベルを用意させ、それらを鳴らし分けることで可不可の判別方法とすることを周知させた。


「――失礼いたします!」


飛乱(ファイロン)か」


 入室してきたのは警官の制服一式を身に着けた、灰色の髪の青年だった。


「はっ! 閣下、こちらをご確認いただきたいのですが……」


 飛乱と呼ばれた警官はバティストの机まで進み出て、その上に数枚の紙を読みやすい向きで提出した。


 入国審査書類。八月三日付け。本日の日付である。どうやら受理されたばかりのものの写しを、庁舎より貰ってきたらしい。


「こちら、以前に閣下より伺っていた氏名ではありませんか?」


「ふむ……」


 目を細めたバティスト。確かに、そこには意識せざるを得ない姓名が綴られていた。


 ――レン・ジンメイ。


 一番上に重ねられていたそれをずらし、下の二枚も確認する。


 ――エリナ・リヴィングストン。


 ――チグサ・アケボノ。


 バティストは顎に左手を当てて思案する。


「これはまた、やんごとなき身分の奴らが入って来たな」


「身分証明にはこの街の住人である貴族が呼ばれたため、入国審査はすぐにパスされたようですが……問題はありますか?」


「その貴族が誰かによるな」


「ラナ・リヴィングストン・トレヴァスです」


「……なるほど。ラナ・トレヴァスの妹がエリナ・リヴィングストンという訳か。まあ、トレヴァスなら問題ないだろう」


「了解しました」


「それぞれの素行調査は必要だろうがな。その連中はどこに寝泊まりすることになっている?」


 豪奢な家を用意してやれるかは別としても、身分の確かな者に対しては相応のもてなしをするのが現在のロストアンゼルスの在り方だ。土地はいくらでも余っているというか、開発の余地がある。


 一般的に、住まいが決まるまでは宿屋に滞在してもらうことになる。それ故に、王宮からの指示で宿屋の数は増加傾向にあるのだが。


「それが、宿屋への紹介を断られており、そのままトレヴァスの邸宅へと招かれたようです。つまり……その、閣下の生家の向かいですね」


「……ほう、それは丁度いいな。神凪(カムナギ)の連中に、それとなく監視するように指示を出しておいてくれ。本代の旧邸は自由に使って構わん、とな」


「はっ! では、そのように。失礼いたします」


 飛乱が退室したのち、バティストは目を閉じ、右手の人差し指と中指で目頭を押さえた。


「メロアラントの貴族の子女が入国した、か。旅慣れない若者が二人に、未成年者が一人……」


 護衛の類が同行していないのはあり得ない。しかし、入国管理局が同行者を把握しておらず、そもそも門番からの簡易的なチェックを抜けられている以上。元から王都への通行を許可されている傭兵が同行しており、庁舎に入る前に別れたと考えるのが妥当か。


(誰がここまで連れて来た……?)


 考えを巡らせつつ、バティストは今朝方に伝書鳩によって届けられたばかりの、机の引き出しの中にしまっていた書簡を取り出した。


 帝国の紋章を象った判で封蝋を施されていたそれには、新たに罪人として指名手配することになった人物の名が記されている。


(お前らなのか)


 ――ビルギッタ・バーリ。


 ――アンリエル・クラルティ。


 ――アシュリー・サンドフォード。


 罪状はビルギッタとアンリがアニマであったことと、その隠匿に関わったこと。


(ふん、運のいい奴らだ……)


 バティストがそれを今朝の内に部下に渡していれば、恐らく蓮たちは悠々とロストアンゼルスに足を踏み入れることは叶わなかっただろう。


 彼らは帝国の早馬が相手でも先んじて入国を果たせると考えていたが、帝国が最新の情報伝達手段として、伝書鳩という技術を復活させていたことは知り得なかっただろう。


 本当に重要な案件には、こうして最新の技術が用いられる。そして、それは一般には秘匿されていることが殆どである。


(俺が「確認が遅れた」体でこれを止めておけるのは、多めに見積もっても今日の夕刻までだ。せいぜい急いで脱出するんだな)


 バティストは書簡を再び机の中にしまうと、次の仕事を片付けるために、書類の山に手を伸ばすのだった。



 翌日、八月四日。


 ――王都ロストアンゼルス、第二区。


 準貴族街と呼称されるそこに、新生≪ヴァリアー≫の事務所はある。


 街並みに沿うように、白を基調とした洋風の建築で造られた、三階建ての小さな城といった風貌だ。


 事務所とは言っても、その大部分が貴族のための居住空間として造られ、そしてその用途で使われている。そのため、≪ヴァリアー≫に所属するメンバーだとしても、全員が二階以上へと足を踏み入れる権限を持っている訳ではない。


 一階部分、待合室を改装して使っている事務所にて、客人用のソファに座った蓮とエリナ、千草の三人は。


 ――局長殿が発した威圧するような視線に、気圧されていた。


「……テメェらか、ウチに入りてェっつゥガキどもは……」


 少女らしさが残る高音を掠れさせた、ストレスを溜め込んでいそうな声色だった。


 透明なテーブルを隔て、向かい側のソファにどかっと座った人物。


「――は、はひ」


 蓮はなんとかそれだけ返した。


 メロアラントできちんとした教育を受けた三人からしてみると、それは到底客人を迎える態度ではない。


 ――アラロマフ・ドール王国ではこれが普通なのだろうか?


 いや、そんなはずはない。入国管理局の方々はもっときちっとしていた。恐らく、ただ単にこの女局長が荒れた性格をしているだけだ。


 女局長の向こうで、机に座って作業していた男性がため息をついた。赤い眼鏡をかけた、象牙色の髪をした人物だ。女局長の横暴な態度に呆れているのであれば、彼の方はまともな人物であることに期待したいところだが……。


「ン……」


 テーブルに足が触れるか触れないかという位置で乱暴に足を組み(右足が上になっている)、すらりとした美脚を見せつけるようにしながら、女局長は右手で机の上に広げた紙を指差した。


「≪ヴァリアー≫局長のリバイアだ。まずはテメェらの名前と要件をそこに書け。……ゆっくりでいいぞ。それまでオレ様は寝てるだけだからなァ……」


 そう言うと、女局長は冗談でも何でもなく、本当に目を閉じてしまった。


 これはさっさと書いて呼びかけるべきなのか、それともわざと時間を掛けて記入するべきなのか? それすら判断に困る。


(……マジでこの人がリバイアさんなのかよ。――何がどうなってんだよ兄貴ィッ!!)


 水色の長髪をした女局長の名を聞き、その人物こそが兄からの手紙に書いてあった少女であることが確定すると、蓮は脳内で号泣した。


 ――≪ヴァリアー≫の素晴らしい仲間たち、もうどこにも存在してないんじゃないのか!? と……。



【第2章】 了



 お読みいただきありがとうございました! これにて第2章は終了となります。


 ここまでで本文の合計は30万文字超え。一章ごとに15万文字前後で、丁度ライトノベル一冊分(最近の基準だとかなり分厚い方かも)をキープできるかもしれませんね。第3章でしれっと20万文字とか行きそうな雰囲気を感じてはいますが……。


 以下、第2章の内容に触れます。


 まず、本作のあらすじがこれです。

「蓮がまず足を向けたのは、かつて兄から届いた手紙に書かれていた国、アラロマフ・ドール王国。当時であれば放置国家と呼ばれていた国は、五年前の≪氷炎戦争≫を機にその姿を大きく変えていた。首都ロストアンゼルスにて、兄の足跡を辿るように治安維持組織≪ヴァリアー≫の門を叩いた蓮は、既に何もかもが手紙の内容からは変わってしまっていることを知るのだった……。」


 ――いや、第2章のラストでやっっっとあらすじの内容を書くんかい。遅すぎだわ! もう2023年6月26日で投稿から一年経っちゃってるんだわ! って感じですよね。申し訳ありません。


 でも仕方ないんです。前作のあらすじでも「人間にエルフ、ドワーフに吸血鬼、果ては悪魔やドラゴンまで。」とか書いてた癖に、ドワーフも悪魔も登場させられなかったダメ作者なので……。


 という訳で話題を変えます。


≪静かなる破壊者≫という章タイトルにも抜擢されている大ボスのヴィンセントですが、その大ボスとの戦いを第2章の序盤に繰り広げ、そこからフェードアウトしていくという珍しい構成にしてみました。尻すぼみスタイルとも言う(言われたくない)。


 前作の物語のまとめなんかにダラダラと付き合わせてしまって申し訳ありませんが、どうしてもこの先の為には必要でした。逆に、これ以降はここまで「前作のおさらい」感のある解説回は二度とないため、読みやすい王道のストーリーを展開して、読者の皆さんにはスカッとしていただける作りにしようと考えています。本当に、一生分の解説をした気がします、作者からしても。


 以前に仄めかした通り、ガーランドやジェットが偽名を使っていましたが、果たして前作の読者さんは「こいつアシュリーか?」「こいつジェットだよね?」などと予想をつけることが出来ていたのでしょうか。気になります。


「未熟な主人公たちがボロボロになりながら成長していく」というストーリー構成が好みなため、第1章では蓮の師匠である功牙による叱責があり、第2章でもマリアンネによって蓮は諫められてしまいました。蓮に共感・自己投影して読んでくださっている方がどれくらいの割合いらっしゃるのか不明ですが、そうした方には自分が責められているような感覚を抱かせてしまっているかもしれません。ちょっとだけ作者としても気にしています。次章あたりからは蓮が周囲に認められて、気持ちよく読める展開を増やしたいと考えています。


 それか、この作品は群像劇として書いていく予定なので、蓮以外の「最初から大人として考え方が成熟しているキャラ」を推してもらうのもありかもしれません。まだ序盤なので、どうしても視点を蓮にばかり絞ってしまっていたのが、現状で群像劇感が薄い要員かと思っています。


 今後の予定ですが、設定資料として「王都ロストアンゼルスの簡易マップ」を近日公開予定です。


 その後、「番外編2」として≪ランドセル≫時代のアシュリーやヴィンセントが出てくる過去編をできるだけ早めに更新したいと考えています。


 第3章の投稿開始時期に関しましては、また追ってお知らせさせていただきます。


 ではでは、またお会いできる日を楽しみにしています。バイバイ!

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