第41話 ≪居合≫と≪しばき姫≫
この世界に次々と龍が生まれるようになった、竜の時代の始まり。
そこから続いた悲しみの連鎖。
無形のルヴェリス、氷竜アイルバトス、炎竜ルノード、金竜ドールの最期。
無統治王国の終焉、女王エヴェリーナの即位。黄昏の時代の始まり。
≪氷炎戦争≫の後、幻竜によって炎竜グロニクルと氷竜ナージアが辛酸を嘗めさせられたこと。
そのさなかに蓮の兄である神明守は呪いを掛けられ、人としての外見も、精神すらも失ったこと。
――聴いているだけで気落ちしてしまうような、ハードすぎる話の連続ではあったが。
『あの、真衣お姉さんは無事なんですか?』
千草の念話に、アシュリーは頷いて返した。
「ああ。少なくとも、幻竜との戦いは問題なく生き残ったと聞いている。“便りが無いのは良い便り”とも言うしな。今も無事でいるはずだ」
神明真衣は孤児出身にして神明堅の養子であり、神明守にとっては「姉のようであり、妹のようでもある」少女だった。
千草を始めとした、幼馴染組との面識も当然ある。
『良かったです……』
「この世界に、解けない呪いなど存在しないはず。守さんを助ける方法が、例え幻竜を倒す以外に存在しないとしても。……いつかきっと、それを為せるはずだと。今は信じましょう」
エリナも己の胸に手を当てて、自らに言い聞かせるように呟いた。
(……そうだな、良いことも確認できた。……いや、事実から目を逸らしても仕方がない。悲しいことでも……知れただけ、良かったんだ)
蓮は重く、それでも頷いた。
「ありがとうございます。オレたちに……色々と、教えてくださって」
自分に何ができるのかは、まだ分からないけれど。それでも、人生の目標を果たす為に、進むべき道を見つけよう。蓮は決意を新たにした。
「そうだ、これはとても大切なことだから、よく頭に叩き込んでおいて欲しいんだが」
アシュリーは腕を組み、蓮たちの顔を見渡すと、
「お前達はこれから、何度となく≪レンドラン≫を……いや、炎竜一派を悪し様に言う人間に出会うだろうが。絶対に、それに食って掛かろうなどとは思うな。むしろ、自分もアニマを憎んでいますという姿勢を徹底するんだ。……お前たちが思うより遥かに、アニマと人間の断絶は深い」
「ン……≪レンドラン≫って名前も聴かせない方が良かったかもナ。ポロっと出ちまいソーだし」
ビルギッタも同意見らしい。いや、口には出さずとも、マリアンネとアンリもそう考えているのだろう。
「えっと、好きでも嫌いでもない……じゃあ、駄目なんですか?」と蓮。
「それじゃ足りネーナ。アタシがアニマ混じりだってことが街中でバレたら、それは石を投げられるとかいう次元じゃナイ。人々が金切り声を上げて恐怖に竦み、あるいは一目散に家へと逃げ込み、兵隊が討伐に飛んでくル。……そういう情勢なんだヨ」
諭すような口調で言ったビルギッタ。
だが、それももっともなのだ。アニマの頭目とはすなわち、炎竜グロニクルその人である。先代の炎竜ルノードが、二度にも渡って街を崩壊させた際。それは突如として現れ、夥しい数の死人をもたらした。対策など、しようもないのではないかと思えるほどの暴虐。
その先兵であるアニマが自分の住む町に現れたということは、住民にとっては死刑宣告にも等しく感じられるものなのだ。
実際、レンドウと共に行くことを選ばずに離反したアニマのグループが、帝国領の町に食料を求めて出没したことがある。
町の住人たちはパニックを起こし、切羽詰まったアニマたちもまた動揺し、多くの死者が出た。アニマたちは早々にその場を後にしようとしたが、駆け付けた帝国軍と交戦し、しんがりを務めたアニマも数人が命を落としたという。
そうした痛みを伴う小競り合いが起こるたびに、人々は炎竜一派への恨みを募らせていくのだと……。
「まぁ、「その人間の町を襲ったアニマと、炎竜グロニクルたちは無関係なんです」とは言えないものね」
窓の外の景色を見ながら、感情の薄い言葉で零したマリアンネ。
そう、受け入れられる筈がない。信じてもらえる訳がない。
――アニマとは、絶対悪とはそういうものだ。
「いいか、もう一度はっきり言うぞ。炎竜一派のことは、悪だと思え。そう思い込んで生活するくらいでないと、いつかボロが出る。≪ヴァリアー≫の連中は基本的にはお前たちを守ってくれるだろうが。お前たちがアニマに対して友好を示せば、帝国陣営はすぐさまお前たちを断罪しようとするだろう」
アシュリーの有無を言わせぬ論調に、
「わ、分かりました」
「……承知しました」
『はいっ』
蓮、エリナ、千草は短い返答で恭順の意を示した。
蓮は取り戻した右の掌を開いて、上向きにした。このタイミングで「金出せ」などと相手を脅迫する筈がないので、何らかの質問をする際のジェスチャーだと思われる。
「でも、そもそも今回の旅で、ビルギッタさんたちと仲良くしているところをヴィンセントに見られちゃってる訳ですし、もう今更じゃないんですか?」
純血の吸血鬼の力を手に入れたことを隠しながら、人間界で生活することになるという体で話が進んでいたが。そもそも、と蓮は疑念を呈した。
「確かにそうですね。私たちはロストアンゼルスに到着した後、私の姉が嫁いだトレヴァス家に向かう予定でしたが。普通に生活を送って、大丈夫なのでしょうか」
はたと気づいたように、エリナも疑問を重ねた。
アシュリーは、「ふんっ」と鼻を鳴らしたが……不機嫌さからくるものではないらしい。
「いや、そうはならない。今回のお前たちは、たまたま俺たちという、“厄介事を背負い込んだハズレの傭兵”を引いてしまっただけの、哀れな清流人でしかない、と。こっちでそうする」
何らかの伝手があるのか。まるで、帝国勢力の一部を抱き込んでしまえるかのような発言にも思えるが。
(それにしても、ハズレの傭兵って)
自分で言っているとはいえ、あまりにも酷い表現ではないか。彼らはこんなにも人格者だというのに。蓮はそう思った。
「大人しくしていれば、お前たちは英雄の民族の、それも貴族だ。犯罪さえ犯さずにいれば、むしろ安全な身分となる。たとえ帝国とメロアラントの戦争が始まったとしても、≪ヴァリアー≫に在籍していれば、無関係だと白を切れる」
「オレたちは≪ヴァリアー≫に入らなければならない感じですか? あ、別に嫌とかじゃないんですけど」
蓮の問いに、アシュリーはふむ、と顎に手を当てて思考する。
「必ずしもそうしなければならないという訳ではないが。≪ヴァリアー≫の連中はレンドウの為に動き、決して裏切ることのないメンバーで構成されている。見知らぬ街で生活することになるお前たちにとって、己の腹の内を隠さずに接することができる……そんな相手しかいない場所というのは、貴重だと思うぞ」
「……確かに、そうかもしれませんね」蓮は納得した。
初めてのアラロマフ・ドール王国、初めての首都ロストアンゼルス。
人間と魔人が入り乱れ、その中には帝国人も存在する。いや、帝国人以外の外見をした、帝国勢力の者も間違いなく存在するだろう。
これまでのように、どこでもしたい話をできる環境ではなくなるのだ。壁に耳あり、障子に目あり。そんな緊張感から解放される場所があるというなら、それを拒む理由はないように思えた。
「基本的に、守の弟とその仲間たちというだけで、お前たちは好意的に見てもらえるはずだ」
(――わー、すっげぇ。兄貴の七光りだ……)
神明家に愛想を尽かして家出した兄だが、その兄がアラロマフ・ドールで獲得した信頼によって、数年後に弟の自分が恩恵に与れるらしい。
元々優秀な兄ではあったが、この世界にはそんな形での弟の助け方も存在するのか。
半分呆れ顔になりつつも、蓮は(やっぱり兄貴は凄い人だ)と思うのであった。
――その頃、テュラン城の尖塔にて。
「二人とも、おいでなすったみたいよ」
ヒルデがそう、セリカとルギナに向けて警告していた。
声を掛けられた二人が弾かれたように移動し、ヒルデの隣に並ぶ。
北西の空に、黒い点が幾つも見える。彼女たちの優れた視力は、それが翼を持つ生物だということを即座に看破した。
セリカが口元に左手を当てながら口を開く。
「ドラゴン……ではなく、ワイバーンね。総数は……二十。どれも、武装の類は身に着けていない」
「ちっ、多いわね……」
苛立ちを声に乗せながら、ヒルデは懐からダガーを取り出した。
「――もう一分もしないうちにここまで来そう。とりあえず、私たちで対処する。マリーたちはそのまま動かないで」
そう言葉にしながら、セリカは口元から手を離す。その左手には黒い≪クラフトアークス≫が揺れていた。それはうねり、一匹のカラスを形作ると、聖堂に向けて飛び立った。
セリカは自分の声を影のカラスに覚えさせ、マリアンネたちへの伝令として飛ばしたのだ。≪クラフトアークス≫によって生成された生物は、基本的には機械的に命令を遂行した後、エネルギーが切れ次第消滅することになっている。
余談だが、かの炎竜グロニクルなどが生成した緋翼による生命体は、なまじ高度な自我を獲得してしまうがために、逆に扱いが難しいこともあるという。例えば、強大な相手に対して怯えてしまうが故に、戦闘には向かない、など。
「飛竜の丘方面から来る訳じゃないのが不思議ですねぇ」
東から飛んでくるなら分かるんですけど、とルギナ。
「帝国勢力……もとい、幻竜によって送り込まれたものだってんなら、納得できる方角じゃない」
「装備品で鉤爪の攻撃力を上げてたり、人が乗ってたりしないのは幸いですかね~」
「竜騎兵なんて、物語の中だけの存在でしょ……と、言い切れないのが最近の怖いところね」
「そういう決めつけのせいで、何度となく帝国と幻竜、それに金竜には煮え湯を飲まされてきましたからね……」
ヒルデとルギナの会話を聴きながら、セリカは壁に立てかけていた大太刀を鞘ごと左手で抱えると。大きな穴が開いているだけの窓から身を躍らせ、下に見える連絡通路へと飛び降りた。
「ちょ、そうやってすぐ独断専行するんですから~!」
上からルギナの声が振ってくるが、セリカはどこ吹く風だった。冷静沈着なこの女性は、迫りくるワイバーンの群れの前にわざと姿を晒し、攻撃を自分へと誘導するつもりだ。
ルギナは年上の二人に比べれば多くの能力で劣る。大人しく塔の内部に残り、弓矢を用いて援護する構えを取った。
そうこうしている間に、既に先頭のワイバーンはラ・アニマの敷地内へと侵入しようとしていた。
ワイバーン。飛竜とも呼称されるそれは、猛禽類のように獲物を捕らえることに特化した鉤爪を持つ強靭な後ろ脚に、翼と一体化した両腕が特徴的だ。
翼と一体化しているといっても、このワイバーンたちには手首が存在し、四足歩行の形態を取れるタイプである。故に、その前腕でも鋭い爪による一撃を振るうことができる。空中にいる際の翼は羽ばたくことで忙しいため、それを攻撃に回すことはできないだろうが。
体長は三メートル程度。暗い鱗は、太陽を浴びて緑がかった色を覗かせる。濡羽色、と表現すればいいのだろうか。
空を飛ぶための生物の例に漏れることなく、ワイバーンの身体も軽さを重視しているのだろう。各部位が随分と細い。それでも、その巨躯をもって振るわれた一撃が、人の肉など容易く粉砕してしまうことは想像に難くない。
痩せ型とはいえ、これだけの巨体が空を飛び続けるためには、せわしなく羽ばたき続ける必要がある。滞空している間はコウモリのように上下せざるを得ないワイバーンの主な攻撃方法は、滑空して獲物に迫りながら構えた後ろ足によるものか、地に足を着けてからの前腕の爪、噛みつきなどが有名である。
幸いにもと言うべきだろう、ワイバーンどもはマリアンネたちがいるシュレラム聖堂へと襲い掛かることはなく、やはり姿を目立たせているセリカへと向かってきた。
(こちらの内情を全て把握しているという訳ではない? 幻竜かその憑依体が指揮しているにしては、随分と野性的というか)
思案しつつも、セリカの身体は止まっていなかった。
腰を落とし、鞘に納めたままの大太刀を左手で握り、後ろに下げる。彼女の身の丈程もある、細身の女性が片腕で振るえるとはとても思えないような得物だったが。
右手で柄を握ると、鉤爪を開きながら迫りくるワイバーンに向け、冷静な視線を浴びせ……左手が、そっと鯉口を切る。
内側に特殊な加工を施された、専用の鞘から繰り出される必殺の一撃……≪居合のセリカ≫の二つ名に相応しいそれが、先頭のワイバーンの両足を断ち切った。
摩擦を契機として発生した火花が、セリカが纏わせた黒い形態の緋翼を喰らい、燃焼する。刀身に炎を纏わせた状態で振るわれる高熱の刃は、あらゆる肉を断ち、獣を恐怖させる。
「グギャアァァァァッ!?」
両足を失ったワイバーンは空中でバランスを崩し、頭から突っ込むように地面へと墜落した。ルギナがそちらへと弓を向けている気配を察知すると、セリカはそのワイバーンから意識を外した。
(ルギナは決めてくれる。私が対処するべきは、次)
ワイバーンは引っ切り無しに襲い掛かって来た。抜刀術はその一撃目だけに殆ど全てを賭けた武術である。二撃目以降を繰り出すことが出来ない訳ではないが、他の流派に劣る面が多いことは否めない。
しかし、セリカが振るう燃え盛る刀身は、それだけで高い威力を保っている。
大きく振りかぶる必要ない。舞うような動きでワイバーンの鉤爪、噛みつきを躱しながら、セリカは右手一本で大太刀を振るう。そして時には、左手に持った鞘で攻撃を防ぐ。どうやら、鞘のサイズに比べれば、その大太刀自体は細身らしい。どこまでもセリカのためだけにチューンされた逸品だ。
多くのアニマは緋翼という≪クラフトアークス≫の名に反し、黒い状態でしか扱うことができない。これは、アニマという種族が吸血鬼を元に創られたことに起因している。
炎竜グロニクルは勿論として、真なる力を覚醒させるまでに至ったアンリなどは、緋翼を赤い状態で振るい、それを燃焼させ炎へと変えたり……あるいは、他者が起こした炎すらも、思うがままに操ってみせることも可能なのだが。
セリカもまた赤い緋翼を振るうまでには至っていないが、優れた操作精度により、別方向からのアプローチで炎を扱うことができるようになっていた。
――つまるところ、天才肌のアニマなのだった。
燃え盛る刀身に肉を焼かれ、脚を失い。元々統率が取れているとは言い難かったワイバーンの群れは浮足立ち、セリカから離れようとする。
(面倒)
セリカはどちらかと言えば待ちの戦術を得意としている。街中に拡散していくワイバーンたちを口惜し気に睨みながら、一度大太刀を鞘に納める。もう一度必殺の一撃をチャージできたのは、強敵との戦いの最中であれば願ってもないことではあるのだが。
ワイバーンの一匹が尖塔の内部から弓を射るルギナに気付き、急襲する。その鉤爪で塔を掴み、身体ごと体当たりを敢行する。塔の外壁は容易く崩れ、石の欠片が内にも外にも散乱する。
「うぎゃああんっ!!」
ルギナによる情けない悲鳴。
その力強い体当たりは、ワイバーン自身の肉体にも大きなダメージを与えているはずだが。
(痛みは感じているようだし、怯えも抱いている。それでもこの街に攻撃し続けるのは、どういう命令を……いや、暗示を受けた結果なのか)
セリカが思案を巡らせながら大太刀を斜めに背負い、塔の外壁を登ってルギナたちの元へ戻ろうとしたところで。塔に開けた穴から内部へと頭を突き入れようとしたワイバーンの喉に、ヒルデの靴裏が当てられていた。
「フッ……」
呼気と共に、ヒルデの身体が宙を舞い、塔の内部へと戻る。ヒルデに喉を蹴られたワイバーンはぐらりと後ろ向きに墜落する。
――その途中で、そのワイバーンの首は零れ落ちていた。
鋭い刃物を用いたかのような、滑らかな切り口だった。それは、蹴りによって為されたものではない。
接近した状態から、ヒルデの頭部、右側で結ばれたサイドテールが鞭のようにうねり、ワイバーンの首を斬り裂いたのだ。緋翼を通すことで自らの髪の毛を武器とし、まるで三本の腕を持つ武人のように振る舞う。
「ああもう、また髪を洗わないといけないじゃない」
それが≪しばき姫ヒルデ≫が得意とする戦法だった。人でも対処することが難しいそれに、知能で劣る野生動物が咄嗟に対応できる筈もない。
「――ギュアァッ! ギャアアッ!!」
口々に騒ぎ立て、尖塔から距離を取るワイバーンの群れ。複雑な言葉による意思伝達を成す程ではなくとも、警戒音を互いに躱す程度の知能はあるらしい。知能の発達は脳の大きさに比例するため、巨躯に応じて大きな頭部を備えたワイバーンがその程度のコミュニケーション能力を持っていることは、驚くほどのことでもない。
セリカとヒルデという脅威に恐れをなしたワイバーンたちは、それでも何者かに与えられた暗示により、この場から逃げ去ることは選択肢に入らないのか。
未だ無事に上空を飛び回っていた残り十六匹のワイバーンたちは、優れた視力によってか、それとも聴覚によってか。到底敵わない相手であるセリカたち以外の気配を察知したのだろう、その頭部をシュレラム聖堂へと向け始めた。
より命を奪いやすい相手を求めて。
「まずいわ!」
ヒルデの声を、セリカは塔の内部に戻ったところで聞いた。
その通りだ、状況は良くない。マリアンネは純粋な吸血鬼であり、太陽光の下での活動を苦手としている。その他の面々も、疲れ切っているはずだ。肉体的には多少回復できた者もいるかもしれないが、精神の方が。
彼女たちがマリアンネらの身を案じ、尖塔から飛び降りようとしたところで。
聖堂の救護室の窓が音を立てて開けられたかと思えば、そこから大量の闇が噴き出した。
「マリー……?」
懐疑的な声を漏らしたセリカ。地面に降り立ち、その窓へと突撃しようとしていたワイバーンの機先を制したその闇は、マリアンネが振るったにしては、洗練されていないように感じたのだ。
まるで、≪クラフトアークス≫の扱に慣れない子供の吸血鬼が、力任せに撒き散らしたかのように。
だが、その気配はまさに、純血の吸血鬼の力そのもので。
「――ガアアアァァッ!!」
怒号と共に闇の中から姿を現した白髪の少年が、ワイバーンが振るう前脚を飛び越え、それを踏みつけて跳躍。
そのまま振り抜かれた長剣は、透明な水を纏っているようだった。ワイバーンの首は綺麗に切断され、前側へと落下する。それが音を立てるより先に、少年は次なる獲物に向けて駆けだしている。
「……なんなんですかっ、あのバケモンはっ!?」
ルギナの驚愕の叫びが、ラ・アニマに響き渡った。
「ちっ」
ヒルデは状況を即座に看破し、舌打ちをした。
(また世の中に混乱を撒き散らしそうなやつに……マリー、よく考えて血を与えたんでしょうね?)
鋭い眼光が蓮を見据え、値踏みする。
力は手に入れたところで終わりではない。
その使い方を誤る者ではないか、強者たちは注意深く観察を始めていた……。




