第40話 マモルの功績
――金竜ドールが消滅し、長い戦いが終わった後。
副局長アドラスはすぐに状況を整理し、幻竜が地竜ガイアや帝国の重鎮を、レンドウたちから見えない様に操作していたと推察した。
その上で、「近々、帝国によって全てのアニマが絶対悪とされ、命を脅かされる」ことを警告し、すぐにレンドウに残ったアニマを掌握するように指示した。
レンドウはエイリア、そしてラ・アニマから自分に付き従う意思を持つアニマたちを集めると、ロストアンゼルスから船に乗り、暗黒大陸へと移動した……。
ちなみに、この時エイリアで拾われたアニマの一人が、現在周辺の監視に当たってくれている黒髪の少女、ルギナである。
ラ・アニマで加えられた仲間の一人が赤髪のヒルデだが……彼女は元々親の代からルノード派であり、≪氷炎戦争≫においてはどちらに付くこともできず、ラ・アニマに残った者だった。
彼女の両親は≪ヴァリアー≫内部の戦いで命を落としており(幸いにも、レンドウによって殺された訳ではない)、半ば自暴自棄になりながら、レンドウの下に付くことを決めた。現在では精神面の不調は改善されている。
暗黒大陸を目指す最中、吸血鬼の里や魔王城を通ったレンドウたちだが、その際に自分たちが辿った顛末を語り、協力を取り付けた相手は少ない。
シャパソ島の魔王城では、魔王ナインテイルや、ジェットの既知である妖狐の面々に事情を説明したが。
暗黒大陸本土にあるベルナティエル魔国連合は、とてもではないが一枚岩と言える国ではない。
魔王ルヴェリスの代から、魔王率いる人間融和派と、過激派による対立が常に起こっていた国である。
信頼関係を構築できていない相手にまで内情を話してしまっては、むしろサンスタード帝国に情報を売られかねない。
ベルナタの南部にあるという大森林を目指しながら、空を飛べる氷竜の面々に協力してもらいつつ、人間界の情報を集めていた。
ちなみに、レンドウたちが大森林を目指した理由は、“龍の花園”に招かれた際、別れ際に木竜ストラウスが「大森林に会いに来て」と言葉を残していたためだった。
戦争終結から二週間後、当時は無統治王国を自称していたアラロマフ・ドールが変化を迎える。
金竜にして国王であったドールの死を受け、新たな女王が即位し、正式に統治を開始するというのだ。
サンスタード帝国がその即位を承認し、先代の≪四騎士≫の一人、アレクシス・アシュバートンがエヴェリーナ・イスラ・ドールに王冠を被せた。
新たな時代の訪れを察知し、アドラス以下≪ヴァリアー≫の面々、特に帝国に攻撃される理由を持たない人間のメンバーはイェス大陸へと戻り、人間界の動向を監視する役目を担うことになった。
ビルギッタやアンリといった吸血鬼とアニマのハーフなど、特に吸血鬼の外見的特徴が強いものは、アニマでありながらも人間界で活動しやすい者として、スパイの適性が元から高かったという訳だ。
百名を超えるアニマを束ねる立場となった、レンドウの元に残ったそれ以外の種族の者は、総勢九名。
マモル・ジンメイ。蓮の兄だ。
マイ・ジンメイ。神明家の養子であり、正しい年齢は不明。マモルの姉とも妹とも言えるような少女だった。
アストリド・コウジナ。≪ヴァリアー≫の医療班に所属していたナース。ここまでの三人が人間。
レイス。白い≪クラフトアークス≫を発現させた、謎多き魔人。
クラウディオ・サルガード。吸血鬼随一の戦士。
ナージア。二代目の氷王その人である。世間的にはレンドウら炎竜一派を追撃し、暗黒大陸へと追いやったことになっているが、実際は仲間として行動していた訳だ。
レイネ。新たに氷竜のナンバーツーを引き継いだ女性。現在ではイェス大陸に戻り、リーオン公レイネとなった。
スピナ。氷竜の戦士隊の中では中堅、第五位だった少女。
テサー。≪氷炎戦争≫に参加した氷竜の戦士隊の中では最下位の、第十位だった少年。最下位とは言っても、氷竜という種族の中で戦士隊に選ばれるということは、既に大きな力を持った存在であることを意味する。
彼らは大森林にてエルフという≪名有りの種族≫と、それを統治していた木竜ストラウスと無事に邂逅を果たした。しかし、そこでの会話は明かすことを許されていないそうだ。
アシュリー、ビルギッタ、アンリ、マリアンネの四人は、ドラゴンの姿を取ることで空を飛んで移動できる氷竜の面々とは、別れて以降も度々再会している。それでも、「エルフという種族がいた」以上の情報はもらえていない。
「信頼できる奴らが話せないと言うのだから、俺たちはそれを受け入れるだけだ」とアシュリーは語る。
その後、レンドウたちアニマは素性を隠しつつ、表向きは氷王ナージアが率いる集団として暗黒大陸の東端を目指した。
災害竜テンペストがいると思われるレピアトラ以外の、“嵐の海域”がどうなっているのかを確認するためであった。
結論として、暗黒大陸の東端は大陸ごと引き裂かれており、やはり絶え間なく吹き荒れる嵐によって隔絶されていた。
旅をしつつ、ベルナタ各地に住む魔貴族たちの動向を探っていたレンドウたちだったが、その中で突如として、幻竜の襲撃に会う。
それは恐らく、幻竜の本体によるものではない。≪ヴァリアー≫副局長のアドラスも、「幻竜は本体を現さずに戦うタイプでしょう」と予め予測を立てていた。
幻竜もまた、金竜ドールと同じように多くの憑依体を持ち、それを世界中にバラまいておくことで、各地で唐突にレンドウたちを襲撃することが可能だったのか。
僅かな時間離れていただけのはずだった面々が分断され、それぞれが攻撃を受け、非常に危険な状態に陥った。
まともにやり合えば、憑依体を操作している龍の一体程度、龍の本体であるレンドウとナージアの二人がかりなら、難なく撃退できるはずだった。
しかし、幻竜という龍は、姑息な手段を好んで用いる、最悪の性格をした龍であった。
同士討ちを誘い、人質を取り。ベルナタでは表立って暴れ回る訳にはいかない百名余りのアニマや、レンドウを挑発し。
その戦いの最中、人質にされたカーリー・グランバニエを助け出した代わりに、マモル・ジンメイは精神を破壊され。
――幻竜によって、人としての尊厳まで奪われたのだという。
その結果残ったのは、呪いによって人とは形容しがたい、モンスターのような姿に変えられてしまった肉体のみ。
意識は攻撃的になり、記憶は混濁し、仲間たちのことを仲間と認識できなくなり、ただ暴れることしかできない怪物。
「負傷兵をわざと残してやることで、相手の軍に更なる負担を強いることができる……とは、よく言ったものだな」
重い口調でそう語ったアシュリー。
「そんな…………」
とりあえず、兄が生きていてくれて良かった。そう口に出すには、話に聞く状況は悪すぎた。いや、これでもマイルドにされている方なのだろう。怪物にされたとはなんだ。一体、どんな姿に変えられてしまったというのだ。
精神を狂わされ、仲間に襲い掛かる兄など……想像もしたくない。だが、幻竜という、話に聞くだけでも邪悪すぎる存在は。
きっと容赦なく、兄を人ならざる化け物に変えたのだろう。その方が、レンドウたちを困らせることができるのだから。
その目論見通り、マモルを見捨てることなど選択肢にも入らない仲間想いのレンドウたちは、マモルを無力化しつつ暗黒大陸を横断し、海を渡ってイェス大陸の南部へと移った。
帝国が≪アネクスプロード≫と呼称する、人類未踏の地のずっと奥地である。
彼らは、人間も魔人も存在しない場所なら、幻竜に襲われることは無くなると考えたのだ。
それは確かにその通りだが、人間界、魔国領の双方から隔絶した生活を送ることを意味し、事実上レンドウたちは文明社会からドロップアウトした形となってしまった。
レンドウやナージアを殺せていない以上、全てが幻竜の計画通りに進んだという訳ではないのかもしれないが。
レンドウたちは、幻竜との一度目の戦いに敗れた形となる。
やはり、無敗の幻竜は只者ではないと分からされた、最低の初戦となった……。
――それでも、炎王妃カーリーと、その当時お腹にいた子供を護り切ったことは、他ならぬマモル・ジンメイの功績である。
と、アシュリーが蓮を慰めるような情報を追加したのは、先にエリナから「そういえば、ルギナさんが口を滑らせてしまったのですが……私、炎竜様にお子さんがいらっしゃるということを知ってしまっています」という情報を聴いていたためだ。でなければアシュリーは、情報の流出を避けるためにも、レンドウに子供がいることは秘密にしていた可能性が高い。
ある意味ナイス、ルギナ! ……かも、しれない。
第20話から長らくお待たせしました、マモル・ジンメイがああなった理由でした。
本来40話あたりで第2章は終了している筈だったのですが、前作部分の振り返りが想像以上に膨れ上がったため、まだもうちょっとだけ続くんじゃ。




