第39話 ≪氷炎戦争≫の終わり
『平等院さん、死んじゃった……』
ぽつりと呟くような、元気のない千草の念話。
「……いや肩入れしすぎだろ。フランシスさんとヴェルゼさんもな」
人の死をネタにしている……と言うほどでもないが、そこだけピックアップして扱う事柄かよ、と思いツッコんだ蓮。平等院という男性が清流人としか思えない名前をしているため、気になってしまうのは分かるが。
「まぁ、たまにそうやって意識してもらえるのは、死んでいったあいつらにとっては喜ばしいことかもしれん」
だが、その仲間であったアシュリーがそう言うのであれば、何も問題はないのだろう。
マリアンネ、アシュリー、ビルギッタ、アンリ。この歴戦の戦士たちは押しなべて心が強靭というか、過去の悲しい話をすることに躊躇いがない傾向にある。
蓮にも思い出すだけで気分が盛り下がるような経験はいくつかあるが、それをこうまで淡々と、出会って間もない人たちに語りたいとは思えない。もっと大人になれば、それが平気になるのだろうか。
場が落ち着くのを待ったあと、エリナが口を開く。
「マリアンネさん、続きをお願いします」
マリアンネは首肯し、大きく息を吸い込んだ。この先は、語り手である彼女にとってもとても辛い話だった。
語られる物語の端々から感じられることではあったが、このマリアンネという吸血鬼からは、炎の初代龍ルノードへの敬意が感じられる。ルノードは吸血鬼を創出した龍ではないが……面識があるのだろうか。
マリアンネには「炎竜ルノードは決して悪の面しか持たないような存在ではなかった」という想いがあり、この物語を聴いた相手にも、そうした側面を感じて欲しいのかもしれない。
「――国家が傾くほどの、前代未聞の大量虐殺。こうなってはもはや、ルノードとの和解は考えられない。レンドウはそう思って……ルノードを倒し、彼の暴走を止めた功績をもって。アニマという種族の存続を、人間界に対して訴える方法を考えたの」
ルノードによる暴走、≪シルクレイズの変≫から半年間、レンドウは魔王軍の一員として動いていた。
人間界は、魔王ルヴェリスが送った親書によって≪ヴァリアー襲撃事件≫、≪エスビィポート襲撃事件≫、≪シルクレイズの変≫の真実を伝えられたが、それに対し懐疑的な目を向けた。
“焦土の魔王”と呼ばれはじめていた真紅の竜、つまりはルノードもまた魔王ルヴェリスの仲間なのではないかと疑い、人間界とベルナティエル魔国連合はまさに一触即発の様相を呈していた。
最初は自分の首を差し出すことを考えていたルヴェリスだったが、時世を鑑み、それではこの状況は変えられないと判断する。
千年近く起きていたことで、ついに彼にも訪れようとしていた寿命に抗うように、己の死後にも配下たちが路頭に迷わぬよう、あらゆる引継ぎを行った。
レンドウもまた、多くの時間ルヴェリスと対談し、彼が持つ沢山の知識に触れた。これが、レンドウが選ぶ最後の決断に繋がっていくことになる。
そうして、魔王ルヴェリスが多くの配下たちに見守られながら最期を迎えた後、彼らは最終決戦への準備に追われた。
ルノードは、今度こそ最低限の仁義を通そうとしたのか、人間界に対して宣戦布告をした。
とは言っても、どこぞの国と直接やり取りをしたのではなく、魔王軍に対しての使者により伝えられた情報だったのだが。
既に人間界にもアニマ側にも、自陣営に訪れた相手側の使者を殺してしまいかねない程にお互いを憎む民がいたと思われるので、間に魔王軍を挟むのは確かに、そう悪い方法では無かったと言える。
レンドウは戦闘に長けた仲間たちと共に、戦争が始まる前にラ・アニマへと攻撃を仕掛ける計画を立てる。
その要となったのが、魔王ルヴェリスをして「ルノードを倒せる存在として、上位存在が力を与えた存在なのかもしれない」と言わしめた、氷の初代龍アイルバトスだった。
ラ・アニマの戦いにおいてレンドウらはルノードによって全員気絶させられてしまったが、その際にレンドウの記憶を覗いたルノードは、氷竜アイルバトスが迫っていることを知った。
ドラゴンの姿へと変態できる炎竜ルノードの本体には、己が創出した種族であるアニマの記憶を読むことが出来たのだ。
ルノードもさすがに分が悪いと判断したのか、アイルバトスを避けるように、早々にラ・アニマを後にした。
その後ラ・アニマに到着したアイルバトスは当然のように残ったアニマたち……族長シャラミドを含むそれを制圧し、ラ・アニマを護り続けていた結界を破壊した。これによって現代を生きるアニマは、ラ・アニマという聖域を失ったのだ。
意識を取り戻したレンドウはアイルバトスや氷竜の戦士隊と合流し、その場にいたアニマたちを説得して回った。
多くのアニマは炎竜ルノードというシンを恐れ、彼に歯向かうことを想像したことすらなかったが。
氷竜アイルバトスというもう一つの頂点を見て、更にレンドウが「俺たちがルノードを殺し、俺が次代の炎竜になって、お前らを護り導いてやる」と宣言したことで、その殆どがレンドウ派となった。
それには、レンドウが炎竜ルノードの竜門にて、新たな力と共に封印されていた全ての記憶を取り戻したことも大きいだろう。
その時は既に「傍若無人にして素行不良」といったレッテルを貼られてしまっていたレンドウだが、「里一番の緋翼の使い手にして、好青年」と称されていた幼少期の人格も統合され、誰が見ても“持ちすぎ”な人物へと変貌していた。
もっとも、かつて本を読んで憧れた、ダークヒーローのモノマネのような口調は変わらなかったが。クセになってんだ、乱暴者演じて生きるの。
そうして、ルノード派として彼と共にエイリアへと向かったアニマたちの気配を追える協力者として、ラ・アニマからセリカを仲間に加え。
レンドウらはエイリアへと……かつて≪ヴァリアー≫の仲間と過ごした地へと舞い戻った。
エイリアに到着した一行は、驚愕を覚えることになる。
既にベルナタから親書が届いているはずなのに、一般市民が一切避難していない。≪ヴァリアー≫は……それを支配する金竜ドールは何を思ったのか、市民に迫る脅威を伝えないことを選んだのだ。
一般市民をそのままにしておくことで、炎竜ルノードの覚悟を鈍らせることが狙いか。
それとも、街中に配置した自らの憑依体となる金竜の“龍の力を持つ者”を、その中に紛れさせることが狙いか。
どちらにせよ、吐き気のする策だった。この時点で、レンドウたちからの金竜ドールへの好感度は最低を下回っていた。
宣戦布告の際に告げられた期日……三月四日までは、まだ二日の猶予がある。
金竜ドールが配置した金鎧兵により、アニマであるレンドウはエイリアに近づくことができなかったため……人間や氷竜の仲間たちが前もって潜入し、親しい人間から外へ逃がしたり、≪ヴァリアー≫内部の人間に接触し、状況を正しく把握しているのかを確認しようということになった。
そうして一行がバラバラになったあと……今度は炎竜ルノードの方も、好感度を更に下げてしまう暴挙に出る。
――三月四日を待たずして、突如エイリアへの攻撃を開始したのだ。
もうどうなっているのだ、金竜ドールと炎竜ルノードは「どちらがよりレンドウたちに嫌われることができるか」というレースにでも参加していたのだろうか? とは、さすがに冗談だが。
ルノードがそうした暴挙に出たのは、配下であるアニマたちに謀られたことが原因だった。
……ゲンジというアニマを発端に、種族の現状を嘆き、怒りを抱えたアニマたちは……彼らのシンであるはずのルノードに相談もなく、地下から≪ヴァリアー≫へと侵入し、虐殺を開始していたのだ!
彼らは力によってルノードに統治されてきたため、そもそも信頼からなる、絶対の忠誠を誓っていた訳ではなかった。
己を裏切ったとも思える配下を、ルノードは問いただす。
「何故こんなことをしたのか」と。
それに対し返されたのは、怒りに燃えるゲンジの言葉だった。
「俺らで前もって騒ぎを起こし、なし崩し的に劫火様も戦線に引きずり出す。語ってしまえば、それだけですよ」
「何故……。なぜ、そうする必要があると考えた?」
「そうしなければ、この戦争には勝てないと考えたからです」
「己の力が信じられないと?」
「――こんな風に話さなくったって、勝手に俺の頭ン中でも覗いてくれりゃあいいんじゃないですか? ……ラ・アニマでレンドウの前に姿を現した時に。あいつの頭ン中を読んだって。そこで氷竜アイルバトスとやらの存在を知ったって。そう我らに教えてくださったのはあんたでしょう」
「己は氷竜アイルバトスの存在を前提に動くことができた……」
「それが……それじゃあ、全然足りてねェっつってンだよ!! じゃああんたが里に仕掛けた布陣で、向こうの戦力が削れたかよ? 削れなかっただろ!? あいつらは五体満足でここまで来た! それどころか、大多数の同胞がレンドウに付いた!!」
「……………………魔王ルヴェリスとの約束を反故にしたことを悔いている。今度こそ……戦争だとしても。戦争だからこそ……不意打ちのような真似は避けたかった」
「――そのあんたのエゴが、俺達全員を滅ぼすんだ。……いい加減にしやがれ。いつまでも死んだ魔王ルヴェリスなんかに縛られやがって。今を見ろ、向こうは氷竜アイルバトス、あんたに相性抜群の野郎が、あんたの対策をして来ているんだ。……あんたに道連れにされる全ての同胞のために、約束も誇りもかなぐり捨てて、勝つことだけを考えるべきなんじゃないのか。あんた自身の名誉を勝ち取るためじゃなく。俺達の未来を本気で繋ぎたいと思ってくれるなら、どうか。悪に堕ちてくれよ。我らがシン」
初めは激昂し、感情的に。しかし、最後には悲痛な声で締めくくられた、ゲンジの言葉。
自分が首を斬られることを覚悟した上で、創造主へと掴みかかった男。
その想いに何よりのダメージを受けた、炎の初代龍は、
「わかった」
――そう、受け入れるしかなかった。
間違え続けたルノードは、最後に配下の指示に従い、共に絶対悪として歴史に記録されることを容認した。
ちなみに、これらの会話はルノード陣営の内部で行われたものであり、この会話を直接聴いていた四十人ほどのアニマは、その全員が命を落としている。
では何故マリアンネがこうして蓮たちに語り聞かせることができるのか。それは、≪氷炎戦争≫の終盤で、命を落とす寸前のルノードが、レンドウに自らの記憶を託したためである。
ゲンジが立案した作戦は、彼自身の命を使ったものだった。
だからこそ、その場にいたアニマたちは彼の覚悟に打たれ、道を同じくする決意を固められたのだ。
ルノードによって過剰なまでに力を与えられ、暴走して死ぬ運命を背負ったゲンジ。彼は生涯で一度切りの竜化を果たすと、炎竜ルノードの竜体の振りをして、エイリアの中心に現れ、街を焼き払った。
レンドウらも、氷竜アイルバトスもまんまとそれに騙された。
竜化したアイルバトスは、その能力の相性も合ってルノードだと思われたドラゴンを無力化し、あっという間に殺してしまった……そのはずだった。
しかし、上空から現れた本当のルノードに先制攻撃を仕掛けられ、状況は混迷を極めた。
エイリアの街には炎と氷が吹き荒れ、建物が倒壊し、土煙が充満し、何もかもが見えなくなった。
それらがようやく晴れた頃、氷竜の戦士隊の多くが絶命し、地面に染み込む血の染みと化しており。
――氷竜アイルバトスもまた、二百年余りの人生に幕を下ろしていた。
ルノードも当然、無傷ではなかった。
むしろ満身創痍というより他にない、今にも死にそうなほど憔悴した姿を見せていたが。
竜体を保つことも出来ず、左腕を根元から失い、再生すらされない状態で。それでもルノードは、≪ヴァリアー≫の内部へと歩を進めていた。
金竜ドールの憑依体となる人間を殺して回り、最下層にいるドールの逃げ場を奪うように、血に塗れた道を進み続けた。
この際のルノードは、
「金竜ドールを殺す。そして時代を変える。それを成せば、己という怪物が生まれたことにも何か意味があったのだと。……きっと、そう思えるはずだ」
という想いだけで動いていたのだと、後にレンドウは語った。
――後の時代で民草の誰もが知っているように、結果だけを見ればこの日、「氷竜アイルバトス、炎竜ルノード、金竜ドール」の三体もの龍が命を落とすことになるのだが。
その裏には、まだ一般には知られていない秘密が多くある。
崩壊したエイリアに足を踏み入れ、敵となった同族の多くを斬り捨てていた頃。
レンドウには既に「ルノードをわざと先へと進ませ、ドールとぶつけさせる。今日この日、人間の為を想って行動しているとは到底思えない、金竜ドールも死ぬべきだ」という思想が生まれていた。
≪ヴァリアー≫の地下へと足を踏み入れたルノードだったが、彼には「レンドウに嫌われたくない」という想いがあったらしく、それ故にレンドウの仲間達は見過ごされていた。
副局長アドラスの妹はドールによって憑依体にされていたが、ルノードは即座にそれを殺すことはせず、アイルバトスから氷の龍を引き継いでいたナージアが、その憑依契約を上書きするのを待った。
憎き炎竜、誰もが恐れる炎竜。しかしそれと対話し、交渉を持ちかけた本代ダクトという戦士の功績だった。
(あ、やっと出た。本代ダクトさん……)
兄の手紙でも褒めたたえられていた、凄腕の戦士の名前。蓮はそれを聴くことが出来て、少し昂揚した。
エイリアでの決戦以前の戦いから、ずっと活躍し続けていた人物のはずだが……不思議とここまで名前が上がることはなかった。
そうして、ルノードはレンドウの仲間たちを殺さずに通り過ぎると、ついに金竜ドールの竜門へとたどり着いた。
その内部での戦いは……この場でつまびらかにすることは難しいだろう。
ドールはレンドウの仲間である大生とアシュリー、それにレイスを人質として拘束していた。
それはルノードが攻撃を躊躇うことを期待しての人質ではなく……一足先に解放されたレイスに、ルノードと戦うことを強制するためのものだった。
なぜ、金竜ドールという龍がレイスという一人の魔人をそこまでの戦力として見込んでいたのかは不明だが……。
レイスはルノードに敗北しながらも、確かにその力を大きく削り、一部を封印してのけた。レイスはかつてレンドウと戦い、その血を体内に取り込んだ日から、白い謎の≪クラフトアークス≫に目覚めていたが……他の龍の力を抑制する働きを持つそれが、どこから来たものなのかは分かっていない。
レンドウと仲間たちも金竜の竜門へと駆け付けた。
ルノードとドール、どちらに与するべきか。どうすれば両者をこの世から排除することができるのか。それらのプランは綿密に組まれてなどいなかった。
むしろ、ぶっつけ本番だった。
竜門に足を踏み入れたレンドウは、ルノードの目を見て……彼が死にたがっていること、その命を燃やし尽くすことでドールを殺そうとしていることを感じ取った。
それ故に、レンドウたちはルノードに助力する形で、ドールが操る金鎧兵の群れと戦うことになったのだ。
その結果……最終的に、ルノードは己の命の全てを以て、ドールの竜体を消し飛ばした。
レンドウに対して記憶を受け渡しながら、世界から消失するルノード。
しかし、ドールはまだ完全には終わっていない。
その場に残された黄金の結晶体。それがある限り、ドールは直に復活してしまう。本能的にそれを察知したレンドウは、それを破壊しようとする。
――その瞬間、時間が止まる。
彼らは、黒竜イズが座す“龍の花園”へと招待されたのだ。
レンドウたちがいた金竜の竜門と、その他にも……世界中に存在する、龍が座す景色が、花園を中心に接続されていた。
――背の高い木々に囲まれた、森の世界。それは、木竜ストラウスのもの。
――海の底を思わせる、蒼い世界。それは恐らくは、海竜レメテシアのもの。
――雷が断続的に瞬く世界。崖を背にした二つの強大な気配は……片方が災害竜テンペストであり、もう片方は分からない。
――奇妙な程に勢いのない、巨大な滝が流れている世界。それは蓮たちも良く知る、水竜メロアのもので確定だ。
――最後に、光なき暗闇の世界。それは幻竜のものであり、意図的に隠されていた。これは後から推察されたことでしかないが、その後ろに存在した帝国の重鎮と、鹵獲された地竜ガイアを他の勢力に見せないためだと思われる。
世界に現存する全ての龍が集められ、黒竜イズによって何かを求められていた。
恐らく何体かの龍は休眠から無理やり叩き起こされており、状況を把握することに努め、だんまりになっていた可能性が高い。水竜メロアもそのタイプだった。
積極的に発言してくれ、レンドウたちに対して好意的に見えた、ボクっ娘な木竜ストラウスにより、黒竜イズが彼らをこの場に呼び寄せた理由が推察された。
それは、「金竜ドールがこのまま殺されてもいいのだろうか? 誰か、それを阻もうと考える者はいるだろうか」という問いかけだろう、と。
現実では肉体を失って滅びかけているはずだが、金竜ドールもいた。やはりその場所は現実の時間が流れていない、別の次元にあるようなものだとその場に招待されていた者たちは考えた。
金竜ドールは決して善では無かったが、その行動が「人類全体の発展を目指し行われていたもの」であることもまた確かだった。
このまま彼が死ねば、世界は大きく変遷を迎えることになる。黒竜イズがそう判断したのだとすれば、確かに簡単には結論を出せない問題なのかもしれなかった。
しかし、ドールが「こいつだけは自分の味方をするはずだ」と縋った災害竜テンペストは、無情にもそれを撥ね退けた。
それによって心の拠り所を失い、精神を病んだドールが暴れ出し。幻竜もそれに便乗するように、レンドウたちを煽り、心に付け入ろうとした。
それに怒ったジェットがまず、魔王ルヴェリスが亡くなってから空席になっていた、無形の龍の力に覚醒した。
怒りによって他の龍が発するプレッシャーを撥ね退け、幻竜へと突撃したジェット。黒竜イズはそれを見て何かを感じ、彼に力を与えることにしたのか。
そして、ドールのことを終わらせてやるという覚悟を表明したレンドウもまた、劫火の龍へと覚醒した。
まだまだ遊び足りないという様子の幻竜も含め、用件は終わったとばかりに接続された世界たちが解け、消え去った。
元の世界に戻ったレンドウたち。
復活の兆しを見せたドール……黄金の結晶体に向け、ジェットとレンドウが≪クラフトアークス≫を放ち。
――ついに、金竜ドールは世界から消失した。
「……ふぅ。本当に長かったわね。これで≪氷炎戦争≫の戦いは終わりよ」
「まぁ、瓦礫に埋もれた人々の救助活動とか、そういうのはまだ続いたけどね」
息をついたマリアンネと、それを補足したアンリ。
「まさか、この間お会いしたジェイさんが、魔王ルヴェリス様の跡を継いだ、無形の龍だったとは……」
驚愕の声を漏らしたエリナと、
『メロアさまと、……? こほん。メロアさまとは全然オーラが違いましたよね、ジェットさんは。いえ、強そうではありましたけど。魔人の範疇を超えるものではなかったというか……能力を隠すための方法があるんでしょうか?』
念話を飛ばしながら、脳裏に浮かんだ謎のイメージに戸惑った千草。
雷の力を操る、強大な龍の残滓が少しだけ脳のどこかに残っていたのかもしれない。だが、その戸惑いすらもすぐに霧散した。その龍の存在を知る者はこの場には誰一人としておらず、誰も気にも留めなかった。
「そうだな。特に、レンドウの分まで人間界で活動することを担っているジェットの場合は……龍としての強大な力を隠す為の技術は、必要不可欠なものだった」
アシュリーの解説はもっともだった。他者をいたずらに怯えさせたり、他の龍を刺激することを避けるためには、強者のオーラを隠すことは大切だろう。
水竜メロアのようにその存在を喧伝し、一国を統治しようと思うのであれば、必要ないのだろうが。
悲しみの連鎖による歴史、その情報の洪水に叩きつけられっぱなしであった蓮たちではあるが。
(――この先、この先なんだ)
蓮には内なる高揚感を抑えることが、もはや出来そうになかった。
「…………それで、その後、レンドウさんたちはどうなったんですか。オレの兄貴は……?」
肉親の無事を確かめたくて仕方がない。そんな様子の弟を、誰にも責めることはできないだろう。
アシュリーは頷き、
「いいだろう。マリアンネも疲れただろうし、ここからは俺が代わってやる」
――緋色のグロニクルの、その先を語り出した。
本当に、長くなりすぎてごめんなさーい!
前作の振り返りだけで何話使うんだこれ!? って感じでしたが、これにて終了です。しかし、こうでもしないと今作から読み始めた方がこの先の物語を理解するのが難しいと感じたので、仕方のない措置でした。
前作履修済みの方でも復習がてら楽しく読んでいただけるようにと、時々蓮や千草、エリナによる感想を挟みましたが、いかがでしたでしょうか。
「創造主を謀り、首を差し出すつもりで嘆願する(キレ気味)」ゲンジと、「中途半端に善であろうとした己を恥じ、配下に従って悪に堕ちることを決めた」ルノードのシーンがお気に入りすぎて、前作から台詞をそのまま持ってきて再現しちゃいました。
前作の第200話がこのシーンにあたりますので、もし興味があれば読んでみてください。
また余談ですが、炎竜ルノードがエイリアに攻撃を仕掛ける筈だった本来の日付は三月四日。……つまり、今日なんですね。今回の投稿日と被っているのは、全くの偶然です。




