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【3章終了後に修正予定】黄昏のイズランド  作者: カジー・K
第2章 悪路編 -サバイバルな道中と静かなる破壊者-
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第36話 イズランドレガシー


「まずは、この世界の成り立ちについてから。順を追って話していくわね」


 そう切り出したマリアンネ。


(何も、天地開闢の部分から話さなくても。それじゃあ、吸血鬼の血の力を秘匿する理由も、オレの兄貴についての話にも。いつになったら到達できるってんだよ)


 蓮はそう苛立ちを覚えたものの。水竜メロアによって語られた世界の歴史と、炎竜一派が語る歴史には差異があるかもしれない。あったとすれば問題だ。それを指摘できるようにも、しっかりと傾聴する必要があると理解していた。


 水竜メロアを疑う訳でもなければ、信頼できる人物だと判断したガーランドや、その仲間であるマリアンネを疑いたい訳ではないが。歴史とは、得てして記録する側の都合のいい様に書き換えられるものだ。


 炎竜一派にとってどうしても曲げられない部分があるのなら、それをいたずらに刺激しないための配慮も必要となる。


(外交……みたいなもんなんだろ、今のこの状況は)


 自分が親世代に代わって炎竜一派とファーストコンタクトを取ることになるとは、夢にも思っていなかった蓮ではあるが。


 右腕を失ったやるせなさと、そこから湧いて来る苛立ちのせいか、吸血鬼やアニマと関わることになった現状でも、恐れのようなものは殆どない。脳内麻薬が出ているのかもしれない。


 現在の蓮は危うくも逞しい、不思議なバランスの上にあった。


「この世界を創り出した存在……なのか、それとも、それよりはまだ格下。この惑星を管理する存在に留まるのかは、分からないけれど」


 とにかく、この惑星に存在する龍という超常的生命体。それらを選び、力を与えた管理者。


 ――上位存在、黒竜イズ。


 それがまず、イズランドのトップに君臨しているとされる。その根拠は、原初の龍と共に行動した、とある少女の経験によるものだ。


 一本槍優子(いっぽんやり ゆうこ)


 後の時代では「ユウ」と呼ばれている人物。


 約千年前、竜の時代(ドラグエイジ)の始まりとされる頃、金の初代龍によってイズランドに創り出された、地球人の複写体の一人である。


 金の初代龍によって――というより、それを利用していた悪の科学者たちによってだが――地球という惑星から様々な生き物が、外来種ならぬ外星種としてこの惑星に流入した。


 蓮が好んで食べていたアユやメヌケも、元を辿れば地球出身の生物である。他にも、アメリカザリガニやミシシッピアカミミガメなども、同じく地球の日本国からコピーされたものらしい。


 日本国からコピーされたという割に、地球における他の国名が冠されていることを不思議に思う者は、今この話を聴いている中にはいなかった(気になってしまった地球人のキミは、「外来種問題」でゴゴってみよう!)。


 イズランドへと連れて来られた地球人たちは、主にペットとして扱われることになった。


 地球人の複写体の多くは、「自分たちは誘拐されてこの惑星に来た訳ではなく、本当の自分は変わらず地球で暮らし続けている。自分たちには帰る場所など存在しない」という真実を知ると、絶望した。自死を選ぶ者も多かった。


 そんな中で、ユウは自分たちに対して同情的だった魔人のコミュニティと、またその対極にある……魔人たちを憎み、復讐を誓うレジスタンスの双方に接点を持つ、稀有な少女であった。


 その自分の特異性を活かし、双方の和解を目指して奔走したのが、ユウの物語であるが……それの全てを語ることは、当時を直接知る訳でもないマリアンネには、さすがに難しかった。


 ちなみに、ここで言う魔人とは、当時はこの世界において「人間」と定義されていた者たちだ。その惑星に根差した種族……≪純人≫であった。その理論で行くと、地球人は地球においての≪純人≫となる。


 ユウと彼女を保護した魔人たちと、過激派のレジスタンスによる戦いが激化した頃のこと。


 レジスタンスに所属していた地球人、≪人喰いマリィ≫と呼ばれていた少女が、金の初代龍に襲い掛かり、その肉を喰らった。


 それは金の初代龍の生命を脅かすことは到底不可能な一撃だったが、彼女の肉体には変化をもたらした。


 超常的生命体の血に宿る、力の一端を手に入れたばかりではない。その瞬間、マリィは黒竜イズに見初められたのか、龍としての力を与えられた。


 現代では災害竜テンペストと呼ばれ恐れられ、この世界を“嵐の海域”で包む、最凶の初代龍である。


 このままではマリィがその憎しみを糧に、世界そのものを滅ぼしかねないと判断したユウと仲間たちは、自らも金の初代龍の血肉を喰らい、新たな力へと手を伸ばした。


 悲しいかな、全員がテンペストに対抗できるほどの大きな力に目覚めることはなかったものの。


 ユウの仲間であった地球人の少年と少女がそれぞれ、無形のルヴェリス、地竜ガイアとして龍に覚醒した。


 その後、テンペストが過激派側の戦力増強を見込み、自分の元に集った者たちに血を分け与えると……一人の少年が、炎竜ルノードとして覚醒した。


 四体の龍による戦争は、苛烈を極めた。


 テンペストとルノードは他二体の龍を圧倒できるだけの力を持っていたが、炎竜ルノード――人間だった頃の名前を一本槍(いっぽんやり)修二(しゅうじ)という――がユウの実の弟だということが大きく作用していた。


 端的に言えば、ルノードは迷っていた。大好きな姉と傷つけあってまで、魔人への復讐を続ける価値があるのかと。


 最終的に、テンペストはユウとの交渉の席に着いた。


 これ以上の戦いはやめようと訴えるユウに、いくつかの条件を認めさせることで、テンペストは憎き人類への怒りを飲み込んだのだ。


 テンペストはその力で二つの大陸――イェス大陸と暗黒大陸のことだ――を嵐で囲うと、「魔人は以降この中の世界だけで暮らし、嵐の外の世界へと出ることは許されない」と宣言した。


 元はこの世界における人間であった魔人たちを「魔人」と定義し、亜種生命体へと堕としたのも、テンペストの怒りによるものだ。「私たちが人間で、お前たちは怪物だった」とは、テンペストが怒りのままに吐露した内容であったという。


 その頃には既に、≪名無しの魔人≫の全人口は十万を切ると言われる程に殺し尽くされており、もはや誰も、テンペストに歯向かおうという者は残っていなかったのだ。


 そうしてテンペストは、こちらの世界よりもずっと広い、地球人のみが残った外の世界を統治した……と思われるが、そちらの世界のことは誰も知らないため、想像の範疇を出ない。


 そして、この一体の龍が行ったにしては、余りに途方もない地形変動。それを成し遂げられた背景にこそ、黒竜イズの力があったという。


 ユウが集めた交渉の場……金の初代龍、テンペスト、ルノード、ルヴェリス、ガイアが揃っていたそこに、異なる空間が接続され。美しい花畑と共に、黒竜イズが姿を現したのだという。


 そこで黒竜イズとユウたちの間にどんな会話があったのかは、後の世に伝えることを許されていない。ただ、イズの助力があってこそテンペストは“嵐の海域”を創り出せたこと。イズという謎めいた上位存在が実在することだけが、彼女たちに記憶された。


 ルノードは魔人を殺すことをやめ、自らが作り出した種族であるアニマたちを護りながら、ひっそりと暮らすことになった。


 金の初代龍は精神を病み、最終的には自死を選んだものの……後継者として選ばれた次代の金竜が、地球人に対する贖罪を背負い。その協力の元、サンスタード帝国や、無統治王国アラロマフ・ドールが興り、発展していくことになった。


 ユウは地球人と魔人の間に残った不和の種を解消して回ることに人生を捧げたが、それでも友好的な魔人達に囲まれ、幸せな生涯を過ごしたらしい。


 ルヴェリスはユウの死後、人間からも≪名有りの種族≫からも迫害され始めていた≪名無しの種族≫を憂い、両者を平和的に束ねるため、魔王の座を目指して奮闘することになる……。


 余談だが、当時の世界を席巻していたのは≪名無しの種族≫たちであり、地球人たちに対して酷い扱いをしたのも彼らであった。


 それ故に地球人たちは≪名無しの種族≫ばかりを恨み、吸血鬼やエルフなどの、地球人に対しての差別(道具扱い、ペット扱い)に加わらなかった≪名有りの種族≫たちへは攻撃を仕掛けなかったという経緯がある。


“名有り”が“名無し”を迫害した歴史の裏には、「お前達が余計なことをして地球人という鬼をこの星に放たなければ、平和だったのだ」という怒りもあったのかもしれないと、マリアンネは語った。


「……と、始まりの物語に関しては、こんなところかしら。何か抜けているところはあった?」


 仲間たちを見渡すマリアンネ。


 ふむ、と顎に手を当てたガーランドではなく、


『地竜ガイアさんはその後、どうされていたんです?』


 千草が念話で質問した。知的好奇心を抑えられなかったのだろう。しかし、その体調が良さそうなのでマリアンネは叱ることはしなかった。


「地竜ガイアのその頃のことは……そういえば、私は知らないわね。現代のあたりになってから、またガイアについての話も出てくるわ」


 千草は『わかりました』と念話を飛ばすことはなく、こくりと頷いて応じた。


「――話を挟む用ですまないが。報告だけしておく。俺にも、今の千草の念話が聴こえたぞ」


 そう言ったガーランド。蓮やエリナは驚いたが、マリアンネ達は頷いた。


「吸血鬼の血は、やはり始まりに龍が関わっているんでしょうね。アシュリーにも≪クラフトアークス≫の才能が身に付いたんだわ」


「さすがに、まだ自分の意思で黒翼を出せる気はしないがな……」


 そう零したガーランドに向けて、「やりましたね!」とばかりに千草がピースサインを両手で送った。ぴすぴす。蓮は千草が楽しそうにガーランドに笑いかけている光景を見て、少し嫉妬した。お前は普段からめちゃくちゃ笑いかけられているだろうが。


 マリアンネは咳払いすると、


「じゃあ、話を続けるわね。次はもう少し、現代に近い頃。水竜メロアや、海竜レメテシアが関係した戦争が起きた頃……」


 約三百年前の話に移った。


「その辺りに関しては、私たちの方が詳しいかもしれませんね」


 というエリナの言葉に、マリアンネは頷いた。


「ええ、そもそも私は、その戦争の真の事情には疎いの。アシュリーやビティは、事前に宝竜功牙から聞いていたらしいけど」


「ああ。今回の旅が始まる前にな。蓮たちが水竜メロアの竜門で聞いたという話は、俺にも共有されている」


 肯定したガーランド。


(そっか、師匠、ガーランドさん達と、夜通し情報共有してたんだな……)


 てっきり連日、酒を飲んでいるだけかと思っていた、とは口には出せない蓮。いや、功牙は飲まない派だったはずだが。ビルギッタはめちゃくちゃ飲んでそうだ。それも、今から禁酒が義務付けられる、護衛任務が長く続くともなれば。


「だから、私が話すのは≪レメテシア戦役≫の話ではないの。その際に……帝国の英雄。“人間の英雄”と言われたゴットフリート王についてよ」


 ゴットフリート王……海竜レメテシアとの戦いの際は、まだアラロマフ・ドールの王では無かった。


 サンスタード帝国の公爵家の嫡男だったという彼は、リヴィングストン、オールブライト、蛍光院、曙といった、エリナたちの祖先を率いて戦った。


 しかしその際、リヴィングストンら≪ゴットフリートの四騎士≫と異なり、ゴットフリート自身は頑なに、水竜メロアが与える血の力――水翼のことだ――を受け取ることを拒んだという。


 人の身でありながら、それを受け取らずとも海竜レメテシアを倒せたというのは恐ろしいまでに英雄的な話ではあるが……。


 マリアンネが語るには、どうもそれには裏があるらしい。


「ゴットフリートは、水竜メロアから水の≪クラフトアークス≫を受け取る必要が、そもそも無かったのかもしれない。彼はその時既に、海竜レメテシアに通用するだけの、黄金の≪クラフトアークス≫を手にしていたのかも」


「いずれかの金竜から貰った力が、ゴットフリート王の血筋には既に流れていた、ということでしょうか」


 エリナの言葉に、マリアンネは頷いた。


「ええ。その当時には既に金竜の位に就いていたドールに貰ったのか、それとも……金の初代龍が生み出した種族、オーロスの血をずっと前から受け継いできた家系だったのかは、分からないけれど」


 なるほど、とエリナは思う。


 既に金の≪クラフトアークス≫を持っていたゴットフリートは、水竜メロアによる力の受け取りを拒んだ。それが意味するところとは。


「……複数の≪クラフトアークス≫をその身に宿すことには、何か……不都合があるんですか?」


 右腕を失った蓮に対し、しかし吸血鬼の血を受け取ることに待ったをかけたマリアンネ。複数の≪クラフトアークス≫を身に付けてはならない、と言えるほどに大きな不都合が起きるのなら、もっともだとエリナは考えた。


「そうね。それだけではないけれど、それも理由の一つではあるわ」


 一人のヒト族が保有できる≪クラフトアークス≫の種類や最大量には、限度がある。


 例えばアンリの場合、吸血鬼としての影と言えばいいのか、闇と言えばいいのか……ともかく黒翼と呼ばれる黒い≪クラフトアークス≫を使い、己の影の中に武器を仕込むことができる、だけでなく。


 緋翼と呼ばれる、アニマ特有の赤い≪クラフトアークス≫をも操り、それを燃焼させることで炎として振るうことができる。


 どちらも便利すぎる二つの力を扱えることで、他人からは羨ましがられることが多いのだが。


 その二つの力はお互いの居場所を取り合うようにアンリの中で喧嘩を繰り返しているような有様であり、お互いがお互いの力の成長を阻害しているようにも感じるという。


 つまるところ、複数の≪クラフトアークス≫を身に付けたものは、どちらも最大限に極めることは不可能と言えるほどに難しくなる、ということだった。


 まぁ、アンリの場合は既にどちらも並の吸血鬼やアニマを超える程度には扱えている故に、現状から成長が一切見込めないとしても、それを大っぴらに嘆いていては、同族たちから白い目で見られてしまうだろう。


 アンリとビルギッタはハーフという出自故に、生まれ持って二種類の力を宿して産まれた訳だが……蓮はそうではない。


 蓮の場合、せっかく水の≪クラフトアークス≫の才能に大きく恵まれたのだから、簡単にその境遇を捨ててもいいものか……というのが、マリアンネが血の受け渡しを拒む理由の一つらしい。


(いや……でも、それって片腕を失った状況を我慢してまで、貫く価値があるもんか?)


 蓮は懐疑的だった。


 確かに、このまま水の力を極めて……それこそ、水竜メロアの跡を継げる程の使い手を目指せば、最終的には自然治癒能力もある程度は伸び、右腕を取り返せる日もくるのかもしれない。


 龍たるメロアは身体に負った傷など瞬時に治癒してしまうのだというし、理論上はあり得なくはないのだろう。


 しかし、蓮は自分よりも遥か先を行く、他ならぬエリナ・リヴィングストンを目にしてしまっている。


 エリナでも、失った腕を取り戻すだけの治癒能力は持っていないはずなのだ。ならば、自分がそこに到達するまでに掛かる時間は、どの程度だ。その間に、剣士としての黄金期は過ぎてしまうだろう。それどころか、一生掛かっても右腕を取り戻せない可能性が高い。


(――そんなことに悩むくらいだったら、初めから黒翼を持って生まれたかった)


 同じく高い自然治癒能力を有するものとして、アニマが持つ緋翼もあるが……そちらは、保有していることが明らかになった時点で、帝国にアニマ容疑を掛けられ、処分されてしまう可能性すらある。


(高い治癒能力を持っていながら、帝国に悪とされない≪クラフトアークス≫。羨ましい。それを手にできた、ガーランドさんが)


 蓮は言葉を弄して、自分もそれを手にしたいと望む。


「いやでも、オレよりもエリナの方がずっとメロア様に近い訳で。皆そう言ってるし。オレが水翼を極める必然性なんてないですよ。……それに、そもそもオレもエリナも、自分の代でメロア様が亡くなることなんか望んでないし。代替わりするための力なんて……」


 あんたらは水竜メロアがそう簡単に死ぬと思っているのか? と言われれば、マリアンネとしても返答に困らざるを得ない。他国の神を、ぞんざいに扱えるはずもないからだ。


 蓮の発言は意地が悪い上に、子供っぽかった。


(ここに功牙がいれば、どういう風にこいつを叱ったんだろうな)


 ガーランドはそんなことを考えながら、しかし黙っていた。彼の中には、あくまで蓮たちは護衛対象であり、功牙の代わりに厳しい教育を施してやる対象ではないという想いがある。


 ガーランドもいい大人だとは言え、子供に嫌われたくないと思ってしまうのもまた、人間として仕方ないことだろう。彼は教育者ではないのだ。


「……あなたがすぐにでも右腕を取り戻したい気持ちは、こっちとしても分かっているつもりよ。でもね、この血の力を渡したくない理由は、他にもあるの」


 複数の力を得ることで、水竜メロアの期待には応えられなくなるだろうということ。それ以外にもあるという理由に触れるために、マリアンネは話を再開する……。


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