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【3章終了後に修正予定】黄昏のイズランド  作者: カジー・K
第2章 悪路編 -サバイバルな道中と静かなる破壊者-
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第35話 拝領


 蓮と千草がダウンしている以上、自分が二人の分まで頑張らなければ。


 そうした意気込みを胸に無理をし続けていたエリナには、やはり相当な疲労が溜まっていたのだろう。


 結局、ビルギッタによってしつこく頬をツンツンされるまで、自然に目覚めることはなかった。


 頬をツンツンされただけでなく、至近距離から食べ物の匂いを浴びせかけられていたことも、目覚めに一役買っていた。


(身体が重い……この匂いは…………)


 一度寝入ってしまったせいか、空腹すらも忘れ、このまま横になり続けていたいという欲求が脳内を席巻していたが。


 軽く顎を引いた際に、起き上がって食事を取っている蓮と千草が視界の隅に映ったことで、エリナは即座に覚醒して飛び起きた。


「蓮っ! 千草ちゃんっ!!」


「ちょ、ステイステイステイ、お粥が零れル!」


 慌ててビルギッタが、左手に持ったお粥の盆を後ろのベッドに避難させつつ、右手でエリナの腹部を抑えて阻止した。


「――大丈夫だ、エリー。オレたちはもう三十分前くらいには起きてて、自己紹介も済ませてるから」


 蓮は既に食事を終えているようだった。左手だけでは満足に食器も扱えないだろうが、誰かに食べさせてもらったのだろうか。


『外で監視に当たってくれているお三方には、まだ会えてませんけど。あ、お先にいただいちゃってます』


 千草は今まさに、自分のために用意された茶碗を持ち、お粥を口にしている最中だった。彼女の性格を思えば、自分が食べるよりも先に、蓮に食べさせてあげた可能性が高い。


 蓮と千草より、それぞれエリナを安心させるための声が掛けられ、ホッと一息を……いや待って、とエリナ。


(千草ちゃん、結局あの時のまま、声は戻っていないんですね……)


 千草が意思を伝達する方法は、念話によるものだった。食べながらでも問題なく意思を伝えられるのは大変便利なことではあるが。


 マリアンネによればそれもまた魔法の一種となるため、肉声よりもずっと体力もしくはマナを消費する行為であることは間違いない。使わずに済むなら、そうした方がいいのだ。


「チグサ、あなたは体力が落ちているのだから、あまり念話を多用しすぎては駄目よ」


 エリナの考えを裏付けるように、マリアンネがそう指摘する。千草がそれに対し再び念話で返事をしようとしてしまったことを察したのか、マリアンネは自らの唇に人差し指を立ててみせる。千草は無言で、こくこくと頷いた。


「とりあえず、成長期の子供たちにはお粥をゆっくり食べてもらうとして――、」


 マリアンネは身体を回し、部屋の中の面々を見渡した。


 現在の時刻は、午前十一時前。体調が良好に見えるのは、マリアンネとビルギッタの二人のみ。


 アンリもベッドの上で上体を起こしているが、その顔には疲労が見える。ヴィンセント戦にて、普段は使わずに秘匿している、アニマとしての炎の力を酷使したことが尾を引いているのだ。


 エリナは、ビルギッタに渡されたお盆を太腿の上に置き、暖かいお粥をスプーンで掬った。問題なく身体は動くし、食欲も湧いてきた。


「――アシュリー。あなたのその大怪我を、なんとかしましょうか」


 マリアンネが目を向けたのは、ガーランドだった。


 水竜メロアの加護によってか、右腕を切断されたことによる痛みの殆どをカットされている蓮とは異なり。


 ガーランドは今も、その左腕から想像を絶するほどの痛みを感じ続けているはずだ。


「……あぁ。……だが、本当にいいのか?」


 いいのか、とはどういった意味なのか。


 エリナはお粥を少しずつ口にしながら、包帯で縛られたガーランドの左腕を見る。


 水竜教会にて怪我人の治療に当たることの多かったエリナは、ちょっとやそっとの怪我人を見た程度では、食欲が減退することはもはやない。それに比べると、蓮や千草は明らかにガーランドの痛々しい患部を見ることに抵抗があるようだった。


 もっとも、痛みがないだけで、蓮の右腕も同じような大怪我を負わされているのだが……。


(……蓮は、少し不調を脱したようですね……?)


 エリナはそれを不思議に思う。利き腕を失うなど、剣士としては一生を棒に振ってしまう程の大怪我。もっと荒れていて然るべきだとすら思うのだが。


 どうやら、蓮の精神が回復を見せたのは、マリアンネが始めた話と関係があるらしい。その熱っぽい視線から感じ取れるものがある。……いや、蓮がマリアンネに魅了されているだけという可能性もあるが、エリナはそう思いたくはなかった。


 また、そうであれば千草がもっと露骨に機嫌を悪くしているだろう。


「ええ。あなたは信頼のおける仲間だもの。それに、これから≪レンドラン≫に合流するのだから、血が流出する心配もないでしょう」


「……そうだな。助かる」


 優しく声を掛けるマリアンネに、頭を下げながら礼を言ったガーランド。


(≪レンドラン≫とは……炎竜グロニクル様が頭目となる、炎竜一派と呼ばれている勢力の本当の名前……でしょうか)


 炎竜グロニクルの本名がレンドウというのであれば、それは尤もらしく思える。もしかすると、世間一般に「炎竜一派」と呼称されていることを、彼女らは良く思っていないのだろうか。特に蔑称にあたる言葉ではないはずだが。


 マリアンネはクーラーボックスを開くと、その中から……彼女の血液が保存された、試験管を一本取り出した。


 そしてそれを、ベッドの上のガーランドへと差し出す。


「……まさか。……そのマリアンネさんの血を飲めば、ガーランドさんの失った左腕が戻る……のですか?」


 エリナは、その差し出された血液に向けた蓮の熱い視線を見て、確信に近いものを抱きながら問うた。


 彼女には、婚約者である蓮の考えていることが、なんとなく分かるような気がした。


(……吸血鬼の血。それを飲めば、あの治癒能力が手に入るのか。“双槍の騎士”ヴィンセントが見せたような、あの治癒能力が。欲しい。オレは、あの血が)


 あの悪魔のような戦士に蹂躙された上に、剣士としての生命である利き腕を失った今の蓮。それが、明るく振る舞えていることがそもそもおかしいのだ。


 歪んだ感情に支配されている可能性がある。今の蓮は、力を渇望している。


 もし蓮が暴走するようなことがあれば、自分がそれを止めなくてはならない。エリナはそう決意しながら、マリアンネの返答を待つ。現状では、蓮は満足に動ける状態には見えないが……。


「……ええ、アシュリーの場合は、ほぼ確実に……問題なく定着するでしょう。でも、拒否反応が起こる可能性はゼロではないし……しっかりと説明するから、落ち着いて見ていて」


「はい」


 エリナは横目で蓮の様子を窺う。今のマリアンネの説明もあって、蓮はガーランドの様子をじっと観察するに留まっているが。


「じゃあ、飲むぞ」


 そう言うと、ガーランドは……試験管にされていた蓋を引っこ抜くと、その中身を一息に流し込んだ。恐らくだが、人間の味覚としては全く美味しくないのだろう。


 空になった試験管をマリアンネに返すとともに、横に用意されていたコップを手に取り、水をゴクゴクを飲み干した。


 すると……どういうことだろうか。ガーランドは途端に痛みを忘れたかのような顔色になると、左腕を覆っていた包帯を外し始めた。一人では上手く行かないだろうと、マリアンネもすぐに手伝い始めたが。


「治る感覚があるのね」


「ああ、間違いない。すぐにでも生える気がする」


 そんな馬鹿な、とエリナは目を見開く。喉を通してマリアンネの血液を摂取した訳で。それが胃に到達したところで、即座に栄養が身体に吸収される訳でもなかろうに。


 それを身体に取り入れた瞬間、吸血鬼の持つ力が身体に宿ったとでも言うのか。この惑星にあるという「食べるということは、相手の力を己のものとすること」というルールは、ここまで荒唐無稽なものだったのか、と。


 包帯を取り払って晒されたガーランドの左腕の断面は、もはや黒ずんでおらず、帝国人らしい白い肌の肉が蠢いていた。赤い肉の断面だろうが、白い肌が蠢いていようが、どちらにしてもグロテスクだっただろうが。エリナはお粥を口に含むことを一旦やめていてよかった、と思った。


 肉が膨張し、その間に白く長い骨が伸び、またそれを包むように赤い筋肉が伸びる。三十秒も経つ頃には、ガーランドの肘から先に、新しい左手が生えていた。


 それは、肘より後ろの肌よりも僅かに白い。日焼けをする前の元々の色、ということだろうか。


「それが吸血鬼の血が持つ、治癒の力……」


 興奮した様子で言った蓮。


「……正しくは、純血の吸血鬼の血が持つ力、となるわね。現代を生きる吸血鬼の誰しもが、ここまでの治癒能力を有している訳ではないから」


 静かに訂正したマリアンネ。そんな冷静な彼女とは対を成すように、


「――くださいっ!! オレにも、その力を! それがあれば、オレはヴィンセントにも負けない……いや、勝てる!!」


 蓮はヒートアップし、今にもベッドから飛び出しそうな勢いだった。片腕を失った状態では、いきなりそんなことは無理だろうが。


「……落ち着け。冷静になれ」


 白く艶やかな左腕を生やしたガーランドが、蓮に対して諭すように声を掛けた。血の力とやらにより、全身の疲労も癒えたのだろうか。彼はゆっくりとブーツを履き、ベッドから降りる。


「冷静じゃないかもしれないことは認めます。でも、あなたにだけはそれを言われたくないですよ。あなたはその血の力を受け取って、もう腕を取り戻してるじゃないですか。オレはまだなんですよ……」


 蓮は左腕一本で身体の動きを補助し、床に立とうとする……が、片腕では靴すら満足に履けない。身を屈めてブーツへと手を伸ばせば……そのまま体重を支え切れず、床目掛けてずり落ちそうにすらなった。


『せ、せんぱい……っ』


 再び念話を使ってしまう千草にも、良くないものを感じたのか。マリアンネが千草の左手を右手で掴んで、首を振る。


 ガーランドは蓮のベッドまで歩き、ずり落ちかけた蓮の身体を支えると、ベッドの上へと戻した。


「落ち着いて、マリアンネから話を聴け。今日は俺も、いくらでも時間を取ってやるし、何でも話してやるつもりだったんだぞ。こんなところで仲を悪くして、お前の兄貴の話が聞けなくなってもいいのか?」


 うぐ、と押し黙る蓮。それを突かれると痛い。


(兄貴の話……そうだ。ガーランドさん……本名をアシュリーさんというこの人は、かつて兄貴と一緒に旅をした仲間……)


 彼の機嫌を損ねるのは得策ではない。抵抗してはならないと、身体が動きを止める。


「……何も、あなたには絶対に私の血を渡さないと言っている訳ではないの」


 千草の手を握りながら、マリアンネが蓮に向けて諭すように言う。


「ただ、そのためには厳しい条件があって……あなたには私の血を飲んで欲しくないことも確かなの。……だから、きちんと説明を聴いて欲しいのよ」


 雲行きが怪しくなったことを察し、アンリも重い身体に鞭打って、ベッドから降りていた。


 もはや自分が暴れたところで、適う相手たちではない。


 蓮はそれを理解し、握りしめた左腕をぶるぶると震わせながら、「はい」と了承したのだった。


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