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【3章終了後に修正予定】黄昏のイズランド  作者: カジー・K
第2章 悪路編 -サバイバルな道中と静かなる破壊者-
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第29話 慨嘆の逃避行


 帝国による追っ手を警戒しての逃亡の道のりは、過酷なものだった。


 まず、そもそも休憩を最小限にして、眠らずに歩み続けていることを前提に。


 右手一本で槍を突き、失った左腕の激痛に耐えながら、一行を最前で導くガーランド。


 アニマと吸血鬼双方の能力を扱えるアンリは、全身の傷については既に癒えているようだったが。二日間近くに渡って、ぐったりと脱力した千草を背負って進む役目を担い続けており、その肉体的・精神的疲労は計り知れない。


 喉に矢を受けていた千草は、命は取り留めたものの意識を保っていられる時間が短く、その上、声が戻らないままだった。意識に関しては、ヴィンセントとの戦闘中に目覚めたばかりの能力である、念話を多用しすぎたせいで激しく消耗したのだと思われた。肉声が出ないことに関しては、今の状況ではまだ何とも言えない。


 アンリに代わって残った荷物を引くエリナが、一行の中では無事な方だった。彼女のみ、ヴィンセントとの戦いで直接的な怪我を負っていなかったことも大きい。その反面、元から体力的に秀でた戦士ではなかったため、息は相応に上がっている。その精神力故か、一切弱音を漏らすことなく、黙々とアンリの隣をキープしていた。


 そして蓮は、


(ガーランドさん……。あなたは本当に、兄貴と一緒に旅をしたアシュリーさん、なんですか…………?)


 棒になりそうな足の疲労感から意識を逸らすように、ひっきりなしに思考を巡らせていた。


(どうして秘密にしていたんですか。ヴィンセントが言ってた通り、炎王グロニクルから人間界に送られてきたスパイだからなんですか。兄貴も同じように、今もまだ炎王と共に行動しているんですか)


 水竜メロアの加護のおかげだろう、右腕を半ばから失っている割には、そこからの激痛が絶え間なく蓮を苛むことはない。


 絶対に無視できないはずの大怪我を負っているというのに、痛みは非常に薄い。それが逆に、不気味と言えば不気味なのだが。


 全ての感覚を麻痺させては逆に危ないだろう、と。加護を与える際にメロアがそこまで考えていたかは不明だが、失った右腕には何の感覚もない、という訳ではない。


 もしそうであったなら、鬱蒼と茂る針葉樹林の中において、すれ違う木々に右腕をぶつけずに進むことは不可能だっただろう。


 この道なら、確かに追っ手も馬を走らせることは不可能だろうし、そう簡単に追いつかれることはないと思われるが。馬で踏破できない道が、怪我人に優しいはずもない。


 蓮の右腕の断面、何重にも巻かれた包帯の下から、僅かに青い光が漏れ出ている。時折僅かににじみ出る痛みのおかげで、蓮は正気を保っていられたのかもしれない。全身の感覚を失っても今までと変わらない調子で歩ける人間は、そうそう存在しない。


(オレは……なんだ……………………?)


 今回の戦いにおいて大して役に立てたとは思えない、自分への苛立ち。


 実際には蓮がいなければ千草やエリナが更なる怪我を負わされたかもしれないし、モーリスという男が命を奪われずに無力化されることもなかったかもしれない。


 決して何もできなかったという訳ではないのだが……。あくまで蓮自身の認識としては、悔いしか残らない戦いだった。当然、モーリスを助けることが出来なかったと思い込んでいることも要因だ。


(まだ何も知らないんだ。このまま死にたくない。皆で生き残りたい。……あんた達が予め全てを共有してくれていたら、もう少し上手くやれたんじゃないのかよ)


 体力を無駄に消耗することを避けるため、それぞれが会話を最小限に留めて逃亡を続けているが故に、仕方ないことではあるのだろうが。


 未だに自分たちに対して多くのことを秘密にしたまま押し黙る、ガーランドへの苛立ち。


(旅は始まったばかりだっていうのに。もう利き腕を失って。この先の人生、武功を立てることなんて出来るのかよ……ッ)


 そして自らの、剣士としての生命が断たれたのではないかという不安。


(モーリスさん……クソッ…………)


 それら全てが折り重なり、蓮の意識は攻撃的になっていた。


 この逃避行が始まる当初はまだ、きっとガーランド達にも理由があるのだ、と理解できていた……つもりでいた。


 それなのに。腹が減り、脚に激痛が走り、先の見えない森の沼田場ぬたばに転びそうになり、慌てて左手に握る長剣を突き立てて耐えると。


 恥ずかしさと情けなさから逃げるように、いつしか恨み言を脳内で反芻するようになる。


(違う……そんなこと考えて、何になる……)


 それが己の弱さ故、未熟さ故に表出してしまうものだと認識しながらも。舌打ちすることを我慢できなかった。


(好きな女の子の前で……オレはもう、本当にダメかもな……)


 正確には、千草は蓮よりも前で背負われており意識もないため、蓮が多少みっともない行動をしたところで見られることはないのだが……気持ちの問題だろう。


 前を歩くエリナとの間に距離が生まれかけ、慌てて歩を進める蓮。ともすれば再度転びそうなそれを、左腕を背中に回すようにして支えてくれた人物がいた。右手でヴィンセントの愛槍であった≪黒葬≫を突く、ビルギッタだ。


「……あと、本当にもう少しだかラ。頑張ってネ」


「……はい…………」


 了承の声を返しつつも、


(痛い。一体、なにがもう少しだってんだよ。痛い。オレはあんたと違って吸血鬼の治癒能力なんて持ってない。痛い。こんな樹海に、人の集落がある訳ない……。苦しい)


 脳内では、親切にしてくれているビルギッタに対してすら、恨み言を漏らしてしまう。


 そんな自分が一番憎らしくて、情けなくて。蓮はまた涙を流した。



 ヴィンセントとの戦いが終わった後の逃避行が開始されると共に、ガーランドとビルギッタは最善策を即座に実行に移していた。


 まず、ビルギッタが多少無理してでも周囲を駆けまわり、黒翼をふんだんに使い、一匹の若い鹿を捕らえ。その鹿の胴体に、ベルト式のポーチを括りつけて放したのだ。


 その中には、ガーランドにビルギッタ、アンリが所持していたギルドカードが入れられていた。


 ヴィンセントが蓮たち一行の後を迷わずに追うことが出来たのは、モーリスという追跡のプロを従えていたこと以上にも理由があると、ガーランドは考えていた。


 恐らく、向こうは傭兵ギルドのギルドカードの位置を探索する術を用意して来ている。ならば、野生の鹿にそれを括りつけて移動させることで、少しでも追手へのかく乱になると判断した。


 もっとも、その動きの規則性の無さを見れば、人間の動きでは無いということはすぐに看破されてしまうだろうが……少なくとも、それを持ち続けているよりはずっといい。


 ヴィンセントもまだメロアラントに帰り着いてはいないだろうし、例え帰り着いたとしても、ガーランド達が即座に全ての街から罪人として扱われる訳ではない。


 この時代には早馬よりも早く国外へと連絡する手段がないため、今からでも一週間以内にドールの首都ロストアンゼルスへと到着できれば。ガーランドらは問題なく船に乗り、帝国による影響の薄い国へと逃げることが可能な目算だった。


 帝国と公国、メロアラントの間には馬車が問題なく通行できる街道が整備されているが、今回ばかりは荒れ果てたドール国までの道のりが、一行に味方してくれた形となる。


 それでも、元々予定していた安全なルートでは、馬で駆けられる部分も多い。故にガーランド達は、もう一つの策を実行に移した。


 まず、アンリが背中から黒い影を立ち上らせたかと思えば、それがカラスのような形を取り。昼間でも暗い森の中へと飛び去った。曰く、“予備選力”へと助力を求めたらしい。


(今まで一緒に行動できなかったってことは、その予備戦力とやらは……人間や吸血鬼に扮することが難しい人物……。もしかして……純粋なアニマ……か?)


 蓮がその疑問を口にしていれば、果たして答えは返って来ただろうか。


 だが、ガーランドによる的確な指示は次々と飛ばされ、口を挟んでいい空気ではなかった。


 ――安全なルートは捨て、鬱蒼とした針葉樹林へと入る。


 諸々の準備を終えた後、東へと進路を取ったガーランドに対し、蓮は反対こそしなかったが。「正気か……?」とは思ってしまった。


 そちら側へと進み続ければ、恐ろしい亜竜……ワイバーンたちの住処である、飛竜の丘と呼ばれるエリアがあるはずだ。


 まさか、ガーランドが実はそれら飛竜を従えることが可能な能力者だったという訳でもあるまい。


 どんな地図にも乗っていない場所へと足を踏み入れ、丸一日以上。エリナが≪クラフトアークス≫を元手に生成した飲み水に、瓶に詰められたハチミツを舐めるくらいの食事で。


 十分以上の休憩は許されず、蓮たちはただただ歩き続けた。その間、ビルギッタが追い払ったのは猪が二匹に、毒持ちらしいオオトカゲが四匹、スライムが一匹、ヘルハウンドが五匹。


 ヘルハウンドに関しては襲い掛かってきたため、ビルギッタは容赦なく四肢を“影縫い”で拘束し、次々と首を落とした。


 もし戦いに参加しろと言われれば、既に普段のパフォーマンスを披露できる状態にはない。子供たちが抱える精神的摩耗は、想像に難くないだろう。


 まともに動けるのがビルギッタ一人だけでも問題ない程度には、襲い来る生物の危険度が低いことは救いだったろう。いや、一般人であれば、ヘルハウンドというモンスターは決して油断していい相手ではないのだが。


 蓮が無力感に嘆き、涙を流しながらの行軍が三十時間に達したあたりだろうか。


「……お前達、ここまでよく頑張った。見えて来たぞ」


 先頭を歩くガーランドが、蓮が待ち望んだ言葉を発した。


 ビルギッタが「もう少しだかラ」と蓮を励ましてから、ニ十分ほど後のことだった。どうやら、本当にもう少しだったらしい。


(でも…………こんな森の中に、なにがあるって…………?)


 朦朧としたまま、蓮は前方の空を見上げる。確かに、背の高い針葉樹同士の合間。青みを付けてきた空に、象牙色の建造物が見え隠れしている。


(鐘……鐘楼(しょうろう)? 有事の際、村人に危険を知らせたりする……人が大勢いるような、集落……が、あるのか? 本当に?)


 蓮の瞳が、無意識に青い光を明滅させる。


(いや……あれは……放置されて久しい。管理する者がいなくなった後の寂れ方だ)


 錆びついた鐘は、かつてと同じように音を立てることができるのかは疑わしい。いや、さすがに何の音も発しないというほどではないのだろうが……。


 灰色に腐食した鐘を目指すように、一行は改めて脚に力を入れた。


 そうして、しつこいくらいに広がっていた針葉樹林を抜け、石造りの街へとたどり着いた時。


 その光景に何らかの感想を述べるより先に、蓮の視界は暗転していた。


「ちょ、レン…………」


「――蓮っ!? しっかりしてください……!!」


 蓮の意識の中で、ビルギッタとエリナの声が急激に遠くなる。蓮の左手は身体を持ち上げようとするように……潰れることを拒むように動いたが、それもすぐに脱力した。


 キャリーバッグから手を離し、蓮の傍に膝をついたエリナ。


 蓮の身体へと腕を回し、抱き起そうとするそれを止めるように、


「――待って、不用意に動かさない方がいいわ」


 そう、凛とした女性の声が頭上から降ってきていた。


 そのプレッシャーに硬直するエリナの左斜め後ろに、その人物は降り立った。近くにある、見張り塔の上から飛び降りていたらしい。


「味方だ」


 短く告げられたガーランドの言葉に、一先ず安堵するエリナ。が、それでも、強大な気配が自らの後ろを取っていることに変わりはない。


「限界をとっくに越えていたようね。私が今から移動させるから、全員そのまま動かないで」


 エリナは蓮の左手を右手で握った状態のままで固まっている。まるで、ビルギッタに“影縫い”を掛けられたかのようだが……ビルギッタのそれでは、優れた≪クラフトアークス≫使いであるエリナを拘束することはできないはずだった。


「あな……たは、一体…………?」


 口だけを動かし、なんとか背後の人物に対して誰何(すいか)したエリナ。


 返答は、景色の全てが一変するまでお預けとなる。


 視界の全てが暗転し、地面の感覚が無くなり。呼吸は問題なくできるが、ともすれば後ろ向きに倒れそうになるような不安を覚える。


(……これは……何…………!?)


 身も凍るような不安は、数十秒程度は続いただろうか。握った蓮の手まで含め、エリナの全てを包んでいた漆黒の闇が晴れると。


 そこは、石造りの建物が立ち並ぶ、街の入り口ではもはやなく。


(教会…………? 強制的に、移動させられた……この僅かな時間で……?)


 厳かな内装の、どこか既視感を感じる建物の中だった。目の前には、自分が手を握ったままの蓮がうつ伏せに、白いベッドの上に寝かされている。いや、倒れていると言った方がいいかもしれない。ブーツも変わらず履いたままで、そっくりそのまま移動させられたことが分かる。


 目まぐるしく移り変わる状況を何とか把握し、必死に心を落ち着けようとしているエリナへ。


「驚かせてしまってごめんなさい。私はフェリス・マリアンネ。あなたたちが雇った傭兵たちとは旧知の。……吸血鬼よ」


 ――そう、かつての吸血鬼の姫は名乗った。



 タイトルの「慨嘆がいたん」は「嘆き、いきどおる」という意味の言葉です。


 蓮にカメラが戻ると言いましたが、しばらくはエリナメインになりそう。

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