表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【3章終了後に修正予定】黄昏のイズランド  作者: カジー・K
第2章 悪路編 -サバイバルな道中と静かなる破壊者-
32/96

第26話 不死狩り


 気を抜けば崩れ落ちそうになる身体を、お互いの肩で支え合うガーランドとビルギッタ。


 数秒後には、二人が同時にヴィンセントに向けて飛び出していた……はずだった。


 ――が、そうはならなかった。



『……みな……さん…………』



「――――!」


 ガーランド以外の全員が、突如として脳内に響き渡ったその声に目を見張った。ビルギッタは、咄嗟に左足でガーランドの右足を軽く踏んでいた。攻撃を取りやめるように合図したのだ。


 エリナの治療を受けつつ荒い息をついていたアンリも、その声に目を空けていた。


「――千草っ!?」


 心神耗弱(しんしんこうじゃく)状態に陥っていた蓮も、意識を取り戻したように顔を上げることができた。


「千草ちゃん!」


 腕に抱えた千草が戻ってきたことに感激し、その頬へとポタポタと涙を零したエリナ。


 千草の喉には、相変わらず矢が突き刺さったままだ。


 エリナは医学に精通している訳ではない。もっと大雑把な方法、つまりは大量の≪クラフトアークス≫を与え続けることで、対象の自然治癒を活発化させているにすぎない。


 エリナはいたずらに傷口を広げることを避け、千草の喉に刺さった矢を抜かないまま治療に当たっていた。千草の声帯は働きを失ったままであり、声を出すことなどできない。……故に。その極限状態こそが、他の意思伝達手段を呼び覚ましたのかもしれなかった。


 ちなみにだが、吸血鬼とアニマのハーフであるアンリよりも、水翼に適性を持つ清流人である千草の方が、エリナによる回復効果を受けやすい。が、アンリの肉体には元より両種族特有の回復性能が備わっているため、実際の両者の自然治癒速度に差はなかった。


 ――その状況には、敵対者であるヴィンセントもまた驚いていた。


 しかし、それは年若い少女が≪クラフトアークス≫の高みに登ったことに対してのみではないようで……。


 興味深げな顔でガーランドを見つめつつ、


「くくっ……念話かぁ。少し意外だよ、アシュリーくん。まさか君が()()()()()()だなんて」


「黙れ」


 どうやらこの場でたった一人だけ、千草のものと思われる念話を聴けない状態にあるらしいガーランド。


 彼は、次なる念話に集中する面々の邪魔をするなとヴィンセントを恫喝した後、静かにその一挙手一投足に集中し、警戒を続ける。ガーランドは自分にできること、やるべきことを正しく理解していた。


「あぁ……。こんなに面白いこと、邪魔なんてしないさ」


 その宣言を裏付けるかのように、ヴィンセントは蓮の前から右方向へと歩く。他の誰からも近くない、孤立した場所へと。


 敵対した者たちに再起の機会を与え、作戦を考える時間すらも与える。俗に言う、舐めプとしか思えない立ち振る舞い。


『……そのヴィンセントって人、一本目の槍ばかり重用しているんです。他の、自分の影から取り出した槍は、使い捨て……みたいな感じで……』


 自分にも聴こえる、チグサ・アケボノの声。それが己の秘密を暴いていく工程を、くつくつと笑いながら楽しむヴィンセント。


 真っすぐに千草を見据えるヴィンセント。だが、その視線を受けて尚。エリナの腕の中で青い顔をした千草に、怯む様子は一切ない。


(チグサ・アケボノ。これほどとは……)


『きっと、使い捨ての槍たちに備わった“竜狩りの力”は強くない。いえ……刃の部分にしかないのかも。それをわたしに悟らせないように、その人は動いていた……』


「はは、合ってるよ。この≪黒葬(こくそう)≫以外は、全部模造品だからね」


 もし、今この場にアラロマフ・ドール王国が誇る戦士、本代(もとしろ)の一族がいたとすれば。


 有利になりつつあるのかもしれない蓮たち一行をいつまでも邪魔せずに捨て置く、いやむしろその流れを助長するヴィンセントのことを、痛烈に批判しただろう。


 ――だが、この男はそうじゃない。この男に常識は通用しない。


(まだ僕が楽しめる余地が残っているのかな……? いいよ、どうぞいくらでも……強くなってくれ……)


『この人は、双槍の騎士ヴィンセントには≪クラフトアークス≫が通用しない、というイメージを作ろうとしてるんです。それは裏を返せば、≪クラフトアークス≫で攻撃されることを好まないということ……』


 千草の言葉を聴きながら、ビルギッタがガーランドから身体を離す。二人でヴィンセントを挟み撃ちにしようというのだろう、まだ傷の浅いビルギッタが、速足で回り込む。


『無効化する手段がある相手だから、使わないんじゃなくて。使いまくって、そっちの対処で手いっぱいにしてやればいいんです! ――エリナ姉なら、できます!!』


 その言葉を受けるや否や、エリナが涙を断ち切って目を見開いた。その全身が蒼い光に包まれたかと思えば。


「ぁぁああああああああっ!!」


 エリナらしくもない叫び声に呼応するように、彼女の背後で水しぶきが……否。


 ――アマリュウ川が、持ち上がっていた。


 荒波のように持ち上がったそれが、エリナ、アンリ、千草を飲み込むように陸にせり上がり、彼女らに影を落とす。


 しかし、それが彼女らを濡らすことはない。獲物に威嚇する最中の熊が固まったかのような、両腕を振り上げた水の怪物の中から。


 水の線が放たれる。その数は五本。水の大蛇とでも形容できるそれは、蓮の胴体よりも太く、蒼く輝いている。完全にエリナの支配下にある、≪クローズドウォーター≫だった。


「いいね」


 迫りくる水の大蛇を、ヴィンセントは嬉しそうに待ち受けた。長槍を回し、一つ目の大蛇の首を落とす。


 竜狩りの力が働いた結果か、切り落とされるや、水の大蛇は根元まで千切れるように水滴となって飛び散る。だが、大本の川の塊までは消えない。


「エリナがヤツを防戦一方にする、アタシ達で隙をついて仕留めルッ!!」


 ビルギッタによる早口すぎる情報共有。ガーランドは無言で頷き、ヴィンセントの間合いの外から、正面を塞ぐように立ち塞がる。


 大蛇の群れの中を、舞い踊るように駆けるヴィンセント。向かう先は、当然ながらエリナだ。彼女が害されれば、この水の猛攻が止むことは想像に難くない。ガーランドはそれを阻みたいのだ。しかし、両腕でも勝てなかった相手に、片腕で対処できるはずもない。前進してくるヴィンセントを直接止めることはできないまま、二歩三歩とバックステップを余儀なくされる。ガーランドは、ひたすらに必殺の瞬間を狙っていた。


 二つ目、三つ目の大蛇の首が落とされる。だが、その水に終わりはない。六本目、七本目の首が大本の塊の中から射出され、ヴィンセントへと迫る。


 更に、エリナの攻撃手段はそれだけにとどまらなかった。ヴィンセントですら、それに気づくのが遅れた。


 気づけたのは、蓮だけだった。いつの間にか、地面に薄い水が張っている。川を伝って、ここまで流れてきたのだ。


 蒼く淡い光を放つその水は、ガーランドの足元を越え、倒れていた蓮の元まで到達しても、彼らを濡らすことはなかった。


≪クローズドウォーター≫。発動させたエリナ以外には、その性質を変えられない、閉じられた水。彼女だけに許された、彼女にとって都合のいい水は。他の誰にも影響を与えることなく、ヴィンセントの足を這い、彼の動きのみを鈍らせる。


 ヴィンセントはそれに気づくも、上方から絶え間なく襲い来る水の大蛇を打ち払いながら、自分の足だけは傷をつけない繊細さを保ったまま、両足を這う≪クローズドウォーター≫を切り裂くことはできなかった。


 いや、≪黒葬≫というらしい竜狩りの槍は、その全体に竜狩りの性質を持っている。ならば、一瞬でもその柄や石突を足に触れさせられれば、動きを鈍らせる水の膜を破壊できたのではないか。


 否、一度だけ破壊しても意味がない。ヴィンセントは、最早周囲一帯を満たす水の膜もまた無尽蔵に補充され、消しても消しても這い上がって来ると直感していた。


(ははっ、いくらでも水のあるところで、喧嘩を売っていい相手じゃなかったみたいだ!)


 ぱしゃん。音を立てて踏み抜かれた地面。ビルギッタの右足による蹴りが、ヴィンセントの背中を捉えた。


「うっ」


 前のめりになるヴィンセント、その両腕に水の大蛇が絡みつき、宙吊りにするように彼の身体を持ち上げようとする。


「おおっ凄いっ」


 その時には、正面に位置取ったガーランドが、右手を振り上げていた。「黙って死ね」竜狩りの性質を持つ細身の長剣が、ヴィンセントの左腕を付け根から斬り飛ばした。


「――首は最後にしロッ!!」


 叫びながらの、ビルギッタの一撃。両腕のダガーをそれぞれヴィンセントの右肩に突き刺し、捻じり、食い破るように引き裂く。ヴィンセントの右腕もまた、その場に落ちる。


 ビルギッタがヴィンセントの背中を蹴りつける。それでも、怪物は耐えようとした。顔面から地面に崩れ落ちるまでは行かず、地面に膝を突くのみとなる。


「ズァラッ!!」


 叫びと共に、ビルギッタの右手のダガーが、ヴィンセントの左胸を背中から貫いた。確実に心臓を潰した、と彼女は判断した。それだけで終わる相手だとは、最早思ってはいないが。


 頭上には、今も自分を狙う水の大蛇が五本うねり。背後には、自分の心臓を貫いた状態で静止しているビルギッタ。


 目の前には、自分の首に長剣を当てるガーランド。


 絶体絶命の状態で、ヴィンセントは。


「……そうそう、()()()()()()()くん」


 それまでと変わらないトーンの。……いや、戦いの中で見せていた高揚感は少し失われただろうか。冷静さを取り戻した声を発した。


「今回の作戦の前にね、きみの家族にも会ってきたんだよ」


 帝国軍人は作戦行動の前に、強敵の親族や交友関係を調べることが多い。人質に使えるためだ。それを知るガーランドは顔を歪ませるが、同時に疑念も抱く。


 ――そうした揺さぶりは、勝敗が決する前に使っておくべきものではないのか、と。だが、


(いや、こいつが戦う相手を揺さぶりたいと思うはずがないか……)


 ヴィンセントの人格を考えれば、納得できないものではなかった。


「全然覚えてなかったんだけど、きみって僕の同級生だったんだね」


 ……どうやら、ただの世間話以上の意味はないらしかった。そう判断したガーランドは、残った右腕に力を込める。


「昔の話だ。斬るぞ」


「つれないね。どうぞ」


 ガーランドが右腕を曲げる。


「……それじゃあみんな、次に会う時を楽しみにしてい――」


 ――ガーランドが、長剣を振り抜いた。


 ヴィンセントは言い終わるより先に、首を飛ばされていた。蓮の瞳が、離れた地面に落ち、水しぶきを上げた首を見届けた。


(……勝った? 勝った……のか?)


 蓮は混乱する頭を振ってから、地面に手を突いて立ち上がろうとする。が、中々力が入らない。……違う、右腕が半ばから存在しないのだ。傷口を包む青い光のせいか、痛みがないせいで忘れそうになってしまう。


 一度は絶望させられ、勝てるはずがないと思わされた怪物。≪静かなる破壊者(トランキーデストルカ)≫、ヴィンセント・E・パルメ。


 自分が地面に頽れ、立ち上がれないでいる間に。千草が突破口を伝えるや、仲間たちが下してしまった。


(よかった……)


 その最後に自分が活躍できなかったことなど、どうでもいい。いや、不甲斐なさは感じるが、それよりも生き延びられたことが嬉しい。


「――気を抜くな! ここからが肝心だ!」


 だが、ガーランドが声を張り上げたことで、蓮の脳は即座に覚醒した。最初に考えたのは、ヴィンセントが再び動き出すこと。首を失った状態で自分を突き飛ばしてきた狂気を思い出し、蓮は恐怖に突き動かされるように起き上がった。左腕を肘まで地面に付けることでの、格好のつかない起き上がり方ではあったが。


「ま……まだ復活するんですか……」


「そうさせないために、不死対策はアタシがやるッ!!」


 蓮の問いに答えたのはビルギッタだった。彼女は頭部や両肩から血しぶきを上げ続けているヴィンセントの右足にダガーを通していた。どうやら、両足も切断するつもりらしい。そこだけを見ると、とんでもない猟奇殺人鬼だが……。


「エリナ、力はもう解いていい。千草の首の矢を抜いて、それの治療だけに集中しろ。この……ハイポーションを一本丸々使ってやれ。飲ませるだけじゃなく、傷口にも垂らすんだ」


「は、はい」


 ガーランドはエリナに対して小瓶を渡しながら指示を飛ばした後、ヴィンセントの首を持ち上げると、川の中へと投げ捨てる。


 怪物の首が、流れに逆らうことなく流れていく。


「どれだけ対策しても、こいつはいずれ生き返る。時間稼ぎの措置をした上で、急いでこの場所を移動する必要がある。 ――アンリ、荷物は殆ど捨てろ!」


「はいっ……」


 蓮と同様に、這うように起き上がったアンリが大荷物を開封し、次々と中身を転がしていく。捻じ曲げられていた左腕は、なんとか治癒することができたらしい。衣類と食料を、容赦なく捨てるつもりのようだ。


 ビルギッタはヴィンセントの胴体に馬乗りになって、より細かく解体する作業に移っていた。それを見ていると気分が悪くなりそうだったので、蓮もまた、急いでアンリの元へ向かう。


 エリナと千草を軽く抱こうとして、改めて右腕を失ったことを認識する。左手で千草の頭を優しく撫でてから、自分の荷物を入れてもらっていたアンリのキャリーバッグを、苦労しつつも開ける。


(兄貴のおさがりのマフラーは……諦めるしかないか)


 季節感もずれており、有用度が低いと判断したものは、容赦なく諦める。甘いことを言っていい場面ではないと、蓮は分かっていた。


(少しでも重量を増やすなら、水や食料を優先しろってなるはずだし)


 暑いからと外していた、メロアより与えられたマントを引っ張り出す。ドラゴンスケイルの鎧があれだけ効果を発揮したのだ、このマントにもかなりの防御性能があったはずだ……外すべきではなかった。己の浅薄さを恥じながら、蓮はマントを身に付けた。


 それに関しては、今回の旅の際に与えられた各種装備がどれだけ常識を覆す性能をしているのか、しっかりとレクチャーしていなかった宝竜功牙のミスのようにも思われるが。


『……今日この場で、その人にとどめを刺すことはできないんですか?』


 エリナに治療を受けながらの千草の念話。ビルギッタがそれをガーランドへと伝えると、彼は首を横に振った。ビルギッタがわざわざガーランドに情報共有しているのは、やはりリーダーであるガーランドこそが、一番博識である故なのだろう。


「残念ながら、無理だ。この怪物はとんでもない量の力を溜め込んでいる。この場で完全に殺せるだけのエネルギーを生み出せない。何日もここに留まって、殺し続ければ可能かもしれないが……どう考えても、それより先に敵の増援が来る。次の四騎士あたりがな」


 次の四騎士。こんな化け物があと他に三人もいて、その上にも“刺殺卿”イービルモートが控えている。それに、ヴィンセントは「次に会う時を楽しみにしているよ」と。そう言いかけていた。


 蓮は背筋が凍る思いだった。怪物たちは、自分の想像を軽く超えてくるほどの怪物だった。絶対に出会いたくない。


「こっ、こんな……こんな人たちと戦争して、メロアラントはこれから、大丈夫なんでしょうか……」


 師匠が、父親が、水竜メロアが。まだ見ぬ帝国の軍勢に蹂躙される光景が、不鮮明ながらも蓮の脳裏に描かれた。


「それはお前らのような子供が考えることじゃない。今のお前らの仕事は、一刻も早く帝国の手から逃れ、人質にされないようにすることだ」


 心臓がくり抜かれたヴィンセントの胴を持ち上げ、血塗れになったガーランドの言葉。それを抱えて、森の中へと捨てて来ようとしているらしい。


 不死者対策のコツとやらをレクチャーされた訳ではないが、バラバラにした各種部位を、それぞれ離しておこうという意思は蓮にも感じ取れた。


「……分かりました」


 悔しさを唾と共に飲み込んで、蓮は千草とエリナの分まで荷物を纏めるのだった。



 ――だが、蓮にとっての試練はまだ終わりではなかった。


「――なんで、どうしてですかっ!?」


「確認してきたが、この状況でモーリスは足手まといにしかならん。連れて行くことはできん」


 食い下がる蓮を見下ろす、ガーランドの視線は冷たい。


「そんな……そんなことって。そうだ、さっきのハイポーション。あれをもう一本、モーリスさんに使えば……」


 ハイポーション。千草の喉を治療してのけたその秘薬を蓮は初めて見たが、効果の程を見れば、どれだけ高額で取引されているものなのかは……想像も出来ない額であることが、想像できた。竜信仰の国ガイアのみが製造方法を独占するというその秘薬は、さすがのガーランドもそう多くは所持していないのだろうと思われるが……。千草に使った他にはもう一本が、≪クラフトアークス≫による治癒を持たないガーランドの左腕に充てられていた。


「さっきビルギッタも言っていたと思うが。モーリスは確実に、家族を人質に取られている。ここであいつが生き残ったと帝国側に知れれば。それは俺達に通じ、帝国を裏切ったと判断されるだろう」


 苛立ちを隠しもせずに、ガーランドは順序立てて、蓮を理論で叩き伏せていく。


「あいつ自身も家族も、酷い報復を受けることになる。結局は殺されるということだ」


「…………」


「それに比べ、あいつがここで死んでおけば。……裏切りが露見することはなく、あいつの家族は殺されずに済む可能性が高い」


「な……」


「つまり、俺達はここで、あいつを見殺しにすることこそが、最適解ということだ。……あいつも、そう望むはずだ」


 最早、蓮は何も言い返せなかった。



 ――斬られた腕は捨てていく。繋ぎ合わせるだけの異能者も設備もないし、腐らせるだけだ、と。ガーランドの判断に従い、ガーランドの左腕と蓮の右腕は川へと捨てられた。


 勿論、ガーランドが左腕に纏っていた白いガントレットは回収されているが。


「腕を失ったことを気に病む時間すら惜しい。生き残りさえすれば、良い解決策を提示してやることはできる……」


 精巧な義手を提供してくれる業者でも、紹介してくれるつもりなのだろうか。左腕を失ったガーランドは、ヴィンセントが落としていった、一本だけ短めの槍を杖代わりにして、一行を先導する。


 丁度自分の左腕を斬り飛ばされる寸前、それを縫い止めるために使われた槍を利用し返してしまうあたり、心が逞しすぎる。蓮とは異なり、切断された腕には今も激痛が走り続けているはずだが、泣き言の一つも漏らさない。


「追っ手を撒くためには、ルートを大きく変える必要がある。こっちだ、行くぞ……」


 一刻も早く蓮に迷いを断ち切らせるために。自分を恨むことで納得させようとするかのように。従わなければ置いていくと言わんばかりの態度で、蓮を一睨したガーランド。


(誰が……あなたを恨めるもんか……)


 奥歯を噛みしめながら。ゆっくりと歩きだす蓮。


 ガーランドの後ろに、千草を背負ったアンリ。その隣に、最低限の食料だけを詰めたキャリーバッグを引くエリナ。


 その後ろに蓮はついた。こちらは、鞘を被せたままの長剣を杖代わりに突いている。


 最後尾に、衣類と食料に、殆どの便利道具を捨てた後、すかすかになったリュックを背負ったビルギッタ……という布陣だ。彼女は軽傷――というより治癒力が高いのだ――だったこともあり、杖にはあまり適さないと思われるが、ヴィンセントが愛用していた≪黒葬≫を右手で突いていた。


(ちくしょう……ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうっ!!)


 ボロボロの一行は、足早に血塗れの戦場跡を立ち去った。


(モーリスさん……後で助けるって……約束、したのに……!!)


 モーリスという男性を、一度は助けると宣言した上で、見捨てざるを得なかったこと。


(ちくしょう……………………)


 ――この経験は、後々まで蓮を苛むことになるのだった。



 お読みいただきありがとうございます。

 今作初のボス戦でした。うーん、この強さ。最初に戦う相手じゃないだろ。


 日常回が殆どを占めていた第1章では長ったらしいタイトルを連発していましたが、シリアス展開になってくると、短いタイトルしか合わない気がしてます。なので最近のタイトルは短め。


 ここまで、そしてここから先の主人公一行がボロボロになりながらも這い進むストーリーを、楽しんでいただければ幸いです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ