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【3章終了後に修正予定】黄昏のイズランド  作者: カジー・K
第2章 悪路編 -サバイバルな道中と静かなる破壊者-
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第24話 なんで、どうして、だって

 もっと血みどろ編。



(やられた! 矢が――射られた!? 千草が……っ!!)


 今すぐに、何かをしなければならない。考えることをやめて、絶望に打ちひしがれていればいい訳じゃない。蓮は、それだけは分かっていた。


(――現代の人間は昔よりずっと強い! 矢は喉の中央を外していた! 首を斬り飛ばされた訳じゃない! 千草は絶対助かる!!)


 自分を納得させるための理論を展開しながら、蓮は千草の頭部を軽く持ち上げ、肩に手を回し、ガーランドを治療するエリナの元まで引っ張っていく。


 持ち上げることはできなかった。あまり首を動かしてはいけない気がしたから。


「……っ! 蓮、矢は森の中から飛んできたはず! 次がすぐに来ます……っ!!」


 エリナの叫びに、蓮は今自分がすべきことの答えをもらう。今はヴィンセントの方を見ている場合ではない。そちらに関しては、ビルギッタとアンリを信じるしかない!


 素早く森へと向き直りながら、左手で残った長剣を抜刀し、二刀流のスタイルを取る。


 ――その時にはもう、二本目の矢が飛来していた。


「クソがぁぁぁぁっ!!」


 怒声を上げながら、蓮は右手の短剣でその矢を打ち払う。蓮の装備は、今回の旅を前に新調されていた。藍色の短剣は、水竜メロアからの贈り物だと、師匠である功牙より渡されたものだった。


 木製の長刀は、ガーランドを参考にして細身のロングソードへと変更されていた。短剣と長剣共に両刃となったため、きちんと刃を格納するためのフルサイズの鞘が必要になった。もっとも、いつかそうなることを見越してか功牙は元から蓮に重い木刀を持たせるようにしていたため、装備品の総重量としては変わりがない。


 矢は、蓮の目と身体能力を持ってすれば充分に対処できる速さだった。もっとも、今はまだ発射元から距離があるからかもしれないが。矢の軌道は、蓮の胸の中央を狙っていた。命中率を重視した一発だったのだろうか。


「よくも千草を……殺して……殺してやるっ!!」


 恐怖で動けずに固まるよりはまだ、怒りに支配されて突撃した方がマシだろう。今の蓮の姿を見れば、果たして功牙はなんと評価しただろうか。満点からは程遠いだろうが……。


 怒髪天を衝く。蓮は地面を強く踏みしめると、稲妻のようなステップを踏んだ。怒りによって、力のリミッターは一瞬で外れていた。並の戦士であれば呆気に取られ、成すすべなく斬り殺されても不思議ではない気迫。だが、その敵と蓮の間にはいかんせん、距離がありすぎた。


 ――そして、蓮にはまだ、()()()()()ができていなかった。


 森の中でチラつく影。迷彩柄の衣服の間に見える、水色の髪……。清流人が帝国人であるヴィンセントに雇われたか。裏切者め。売国奴め。蓮が足を動かした後、その場所に矢が突き立つ。いいぞ、相手は追いつけていない。勝てる。殺せる! 蓮は焼き切れそうな思考の中、森林地帯に足を踏み入れ、四本目の矢をロングソードを寝かせて受ける。そのまま体勢を低く保って突撃し、相手の懐に飛び込み、逆手持ちした短剣を相手の心臓目掛けて突き出す――その直前。


 緑色のバンダナと、鼻から首までを覆っている黒いマスクの間から覗いた、青い目と。視線が交錯した。


 ――えっ?


 混乱し、緩慢になった蓮の動きに対し、弓兵は己が持つ武器を閃かせた。


 鈍い銀色の……鉄製の弓。その上下にはそれぞれ格納可能なブレードが着けられており……今現在、下側のブレードが展開されている。


 上部で蓮の短剣を受け止め、そのまま蓮の懐に潜り込むように前進。持ち上げられた下側のブレードが、蓮の胸の中央を突いた。


 蓮が身に付ける防具は殊更(ことさら)優秀だった。胸の中央に穴を空けられることはなく、蓮は押された勢いを殺さず、後方へと吹き飛ばされるように後退した。


 少しでも、考える時間が欲しかったためだ。


「――モっ……モーリス……さん…………っ!?」


 胸部を襲う激痛に表情を歪めながら、絞り出された蓮の言葉。


(なんで、どうして、だって)


 そう、千草の喉に矢を放ち、今また蓮の身体に刃を通そうとした人物は。


(あなたは、あんなに……良い人で……!)


 傭兵ギルドで出会った、モーリスという男だったのだ。


「モーリスさん……なんでぇっ!!」


 蓮の怒声。二回目となるそれ以前に、一回目の時点で、優れた聴覚を持つビルギッタは蓮が誰と戦っているのかを認識していた。


(チッ……モーリス!? 元レンジャーの肩書きのせいで、ヴィンセントに雇われちまったカ……!)


 顔を念入りに隠しているというのに、一瞬にして正体が看破されたことに動揺するは、一瞬。モーリスは蓮の“心眼”を既に知っていた。


 少年が混乱から回復することを嫌うように、後退した蓮に肉薄する。蓮を森から出さないつもりだ。


 顔見知りの出現に動揺し、千草を傷つけられた怒りすらも忘れ、及び腰になった蓮。咄嗟に両手の剣を交差させて防御しようとするも、弓を左手一本に持ち替えたモーリスの右腕が伸び、蓮の右手首ががっしりと掴まれる。


 そのまま、蓮の世界は回転した。一瞬、血しぶきを上げながら突進するヴィンセント、それに対し防戦一方になっているアンリが映る。だが、すぐに見えなくなる。景色の全てが森の中に変わる。


「ぐっ……がっ……!」


 投げ飛ばされたのだ。手から長剣が弾き飛ばされる。地面に転がされ、うつ伏せになる。右手の中に短剣が残っていることを認識しつつ、左手を付いて飛び上がるように起き上がる。


 その時には既にモーリスは地面に右膝を立て、必殺の一矢を溜めていた。その目は、既に覚悟を決めている。


 知り合いになったばかりの、同族の少年を殺す覚悟を。蓮はそれを理解して、ぶるりと身を震わせた。


 男は、謝罪の言葉など口にしはしない。後の世に悪と罵られることを気にしていないかのような、既に諦めているかのような。


 モーリスがつがえた矢は、二本。中指と薬指だけで挟まれていた矢が、力なく放たれる。


(フェイント……っ)


 蓮は、まんまとそれに対して防御態勢を取ってしまっていた。蓮がもう少し冷静であったなら。モーリスとの模擬戦での出来事を、しっかりと思い出した状態で戦えていれば、それに対応できたかもしれないが。


 だが、顔を守るように短剣を持ち上げた後。モーリスが人差し指と中指で挟んでいた方の本命の矢が、蓮の胸の中央を捉えた。


 影矢(かげや)。一部でそう呼ばれる必殺の一撃が、蓮の身体を弾き飛ばした。優秀過ぎる鎧がなければ、蓮は即死していただろう。


「――がばァ…………っ!?」


 大木に背中から叩きつけられた蓮。角度が良かったのか、それとも悪かったのか。蓮の身体は弾かれ、地面に倒れ込む。柔らかい草むらに突っ込んだが、頬が傷つけられ、裂ける感覚があった。



「――覚悟を決めやがレ、レンッ!! ソイツは自分の命だけじゃナイ、確実に女房と子供を人質に取られてやがルッ!!」


 朦朧とした意識の中、女性の声……ビルギッタの怒声が、ぐわんぐわんと脳内を揺らす。


「――キミをここで逃がせば、そいつは家族もろとも処刑されルだけダッ!!」


 その声の合間に、草木を踏みつけて迫りくる、モーリスの足音が混じる。


 蓮の身体が丁度草むらの中に隠れたことが幸いして、即座に矢による追撃を受けずに済んだのだ。


「――キミがここで手心を加えたところで、何も変わらねーんダヨ! 一思いに……ガッ! グ……や、やれェェッ!!」


 モーリスは接近して、鉄弓のブレードでとどめを刺すことを決めたのか。


「蓮っ!!」


「蓮……君ッ!!」


 エリナの声。アンリの声。特に後者は、痛みを抱えた響きをしていた。


『せん……ぱい……っ』


 ――そして、幻聴にも思える、千草の声が脳内に響いた瞬間。


(これがオレの、成すべきことなのかよ。――この狂った世界で、オレたちが生き残る為に)


 蓮は目を空けると、その“心眼”を解放する。今までのように一瞬だけではない。常時解放。


 草むらから身を起こすと、鉄弓を振り上げたモーリスと目が合った。彼が狙うは、蓮の首……いや、左肩だ。


「があああぁぁぁぁぁぁぁああっ!!」


 するりと抜けるように鉄弓のブレードを回避し、蓮はモーリスの左の脇の下に向けて、左手の手刀を打ち付けた。跳ね上げられたモーリスの左の手首を右手で掴み上げながら、跳躍。


 モーリスが右手で持ち、振り下ろした形になっている鉄弓。それを左足のブーツで踏みつけ、弾き飛ばす。


 右手に短剣を握ったままでは、それでモーリスの左手首を掴めたはずもない。持っていたはずの短剣は、相手が反応できない程の速度で、既に左手へと移動していた。短剣を逆手持ちした左手が閃き、モーリスの右肩を切り裂く。腱版が断裂し、モーリスの右腕には力が入らなくなる。


 力の抜けた右手から離された鉄弓が地面に落ちて音を立てるより先に、蓮は右手でモーリスの首を掴み。


 ――自ら覆いかぶさるように、地面へと叩きつけた。


 即座に左手から右手へと短剣を投げ渡すと、先ほどと同様に左肩の腱も切り裂いた。そうして、モーリスの左耳へと顔を寄せた。


「――静かに、黙って従ってください。後で治療しに来ますから、死んだふりをしていてください……! これ以上オレに敵対すれば……殺します」


 脱力し……というより、もう両腕に力が入らないのだろう。モーリスは諦めたように、小さく首肯した。


「……君に、従おう。……だが、俺のことは……殺しておいた方がいいと思うがね」


 それは恐らくは、蓮を気遣っての発言だったのだろうが。


「黙ってろ」


 相手が年上だということも忘れ、低い声で恫喝する。相手が顔見知りだったせいで極度の混乱に陥ったが、そもそも蓮は千草を傷つけられたことでスイッチが入っていたのだ。その怒りが、今になって復活してきていた。


 蓮はモーリスから手を離すと立ち上がり、森の外を見る。ここからでは、向こうの状況は分からない。


 ロングソードを拾ってから、足早に外を目指して走る。“心眼”はあまり長くは持たない。五分も連続して発動し続ければ、気絶してしまうこともあるのだ。


 もう三十秒以上連続で発動している。このままヴィンセントとの戦いに割って入るのならば、全力を出さない訳にもいかないだろう。もう、後のことなど考えない。出し惜しみは一切しない。


 ――そして、ヴィンセントという帝国人を殺すことにも、躊躇はない。


 モーリスという清流人を殺めることに比べれば、ずっと心意的ハードルは低い。あいつなら、やれる。極限状態において、蓮は心のリミッターまでをも外しかけていた。


 森から飛び出した蓮。そのブーツの底が地面を掠り、土煙を上げる。


 うつ伏せに倒れ、その周囲に血だまりを作っているビルギッタ。その身体からはしゅうしゅうと、黒いもやが音もなく立ち上り――まだ生きている証だ――、全身を治癒しようと、本能で戦っているらしい。意識はないように見える。


 アンリは打ち捨てられた荷物の山に突っ込むようにして、仰向けに倒れている。全身に裂傷が刻まれ、その顔面は額から流れた血によって真っ赤に染まっている。左腕は曲がってはいけない方向へと捻じ曲げられており、随分といたぶられたことが分かる。


「ゼヒューッ……ゼヒューッ……」


 荒い息をつくアンリの腹部を踏みつけたヴィンセントが。不気味に波打つ刃の長槍の先端を、エリナの首に沿えていた。


 エリナは、地面にぺたんと座り込んだ状態で。右腕でガーランドを、左腕で千草を抱くようにしながら、今も治療を続けている。


 目を閉じて、大量の涙を零しながら。己の首に添えられた刃に、気づいていないはずはないだろうに。次の瞬間には死が与えられると確信しても尚、一心に自分の成すべきことだけに集中しようと努めていた。


「――あぁ、モーリスくんはもう殺しちゃったの? けっこう早かったねぇ、レンくんの覚悟完了」


 落ち着いたトーンのまま、少しだけ驚いたような声色で、ヴィンセントは言った。短剣に血液が付着していたおかげで、モーリスを殺さずに済ませたことに気づかれずに済んだらしい。


(人の皮を被ったバケモノが。殺す。コロシテヤル……)


 獣に席巻されつつある蓮の脳内で、ヴィンセントを殺すことは人を殺めることではなく、モンスターを討伐する程度にまでハードルが下がっていた。


「さっきよりは、楽しめそうに育ってくれたかな」


 目を青く輝かせ、貪欲に自分の弱点を探る蓮を見て。ヴィンセントは嬉しそうに舌なめずりをした。


「何度でも立ち上がってくれた方が楽しめるから、わざとトドメは刺さないでおいてるんだけどさ。もしかして全員殺した方が、レンくんはやる気が出るタイプかな?」


 ぺち、とエリナの首を軽く刃の腹で打った後、手前に引くヴィンセント。


「あっ……!」


 左肩を軽く切り裂かれ、身体をビクッと震わせたエリナ。


「ほら、早くしないと女の子たちが死んじゃうよ……」


 最低最悪の教師によって、己の中に眠る獣を急激に育てられながら。


「――――――――ァァアアアアアアアア――――――――」


 地獄の底から響いたのかと思わせるほどの怒号を上げ、蓮はヴィンセントを殺す為に疾駆した。



 わぁい己の内に獣を飼ってる系主人公。カジー己の内に獣を飼ってる系主人公だーいすき!

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