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【3章終了後に修正予定】黄昏のイズランド  作者: カジー・K
第2章 悪路編 -サバイバルな道中と静かなる破壊者-
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第23話 四騎士最強の男

 お待たせしました(?)、今作もここからちょいグロというか、ゴア表現を増やしていきます。


 過度なエログロを扱うつもりはありませんが、ボロボロになって打ちのめされている主人公が好きなタイプなので、登場人物をガンガンいじめていきますよ~。……最低な宣言をしてしまったな。



 ジェイと別れた後の蓮たち一行。


 時間が正午になろうとしていたところで、


「――待て、止まれ」


 ガーランドから鋭い声が掛かった。身を竦ませる子供たち。


「嫌な気配を感じる。ビルギッタ、地面が揺れていないか」


「――あー、たしかに。四足歩行の足音がするネ。馬……カナ……?」


 同意したビルギッタが睨むは、一行の背後。


 なだらかな上り坂になっている川沿いの道。きちんと整備された街道ではないが、多くの人が行き来することにより、雑草の類は殆ど生えていない。時折アマリュウ川が増水した際には、上昇した水位によって雑草の成長が阻害されていることも関係しているのだろう。


 二百メートルほど離れた位置に、一つの点が現れる。蓮の“心眼”は、それが馬のようなものに乗った一人の人間であることを認識した。


 右手のレピアトラ方面には広大な森。左にはアマリュウ川。あれが敵対者なのだとすれば、戦いを避けて逃亡することは難しい地形となる。


「なんだアレ……? 暗い……オーラを纏った馬……? でも、赤にも青にも……緑にも黄色にも見える。体表の色が変わり続けているような……な、なんかキモい……」


 自分が見ているものが理解できず、周囲に知識を求める為にも、見たままを口にした蓮。


「チッ」


 ガーランドは舌打ちすると、蓮たちを庇うように、ビルギッタの隣も越えて最前まで移動した。先程までは最後列だった場所ではあるが。


「あの気持ち悪い色の吹き溜まりは、異界から召喚された生物の特徴だ。……どうやら、ジェイの予想は当たっていたらしいな」


 ガーランドは細身の長剣を抜いた。既に、戦いは避けられない相手だと判断したらしい。今は、即断即決が必要な場面だった。


 不気味な馬の進行速度は速い。あと十数秒もすれば、それは一行と激突する!


「幻竜の手の者でしょうか……?」


「そいつから力を借りた、帝国人あたりかもナ」


 アンリとビルギッタは予想を立てつつ、子供たちを護るように数歩下がった。


「森側も警戒しておけ」


 ガーランドの言葉に頷く二人。


(オレだって、護られてるばかりじゃダメだ。もしもの時は戦いに参加するつもりで、まずは相手や周囲をよく見て、情報を集めないと)


 蓮はちらりと森の中を見やる。今のところ、そちらに怪しい雰囲気は感じないが。


 不気味な騎兵に、こちらを轢き殺す意思はないらしい。減速し、馬を少し横に向けて止まらせた。


 そして、馬から飛び降りる。その人物の背後で、不気味な色合いをした馬のシルエットが、空気に溶けるようにして消えていく。役目を終了し、異界へと送り返されたのだ。


(まるで幽霊馬だ……)


 蓮はこの世界に魂など存在せず、故に幽霊と呼ばれる類の存在もいないと考えているが。それでも絵本を始めとした多くのフィクションにはお化けという概念が登場してきた。


 たった今目の前で消えた馬のシルエットは、この世に恨みを残して逝った馬の怨念が形を成したとすれば、ああいうものなのかもしれない……と。そう思わせるだけの説得力があった。


 馬から降りた人物の背中からは、一本の長槍が顔を出している。


 アシンメトリーに波打つ黒い刃を持つ、しかし柄は銀色の槍。それはまるで、先端から闇を吸っていったかのように、不気味なグラデーションを実現している。


 横に流した髪は赤みがかっているが、顔立ちからして間違いなく帝国人であろう男性。


 黒を基調としたその衣装は、ともすれば≪黒妖犬≫の一員かと勘違いしてしまいそうだが。現状睨み合う形となっている≪黒妖犬≫と男が、仲間であるはずもない。


 いや、男はこちらを睨んではいないが。むしろ、無感情に。……否、その口元だけは孤を描いており。


 この状況を……楽しんでいる?


 身長はガーランドに比べれば低い。百七十センチ台後半だろう。鍛えられた肉体は、だがやはりガーランドよりは薄い。


 だというのに。その場にいる全員が、その男はガーランドよりも強い。危険だと感じ取っていた。


 首回り、そして腰回りで二回に渡ってマントを被り、それは体型や装備を隠す役割を担っているのだろうが……それでも、蓮には軽装の戦士であることが分かった。


(スピードタイプの槍使い? いや、槍意外に攻撃手段が無いと決めつけるのは危険か)



「――やぁ、皆さんはじめまして。僕はヴィンセント・E・パルメ。短い付き合いになるかもしれないけど、よろしくお願いするよ」


 落ち着いたトーンの声が、微かな喜びを乗せて届けられた。


 ……なんだか戦闘狂の臭いがするな、と蓮がストレスから鼻をピクピクさせる。ガーランドは再び舌打ちをした。


「チッ……帝国の≪四騎士≫か。それも、現四騎士中で最強の武を持つと名高い、“双槍(そうそう)の騎士”……」


 眼前で長剣の切っ先を揺らすようにしながら、油断なく情報を背後の仲間に伝えるガーランド。


 もたらされた情報に驚き、目を見開く一行。


「ご存知頂けたようでなによりだよ。ま、僕が四騎士最強と呼ばれるようになったのは、本当の最強が四騎士よりも上の位に行っちゃったからだけどねぇ」


 楽しそうに目を薄めたヴィンセントに、蓮は身を震わせながら、


(――よ、四騎士最強の男!? こういうのって、最初はまだ弱い方の人から順番に登場するもんじゃないのかよっ!?)


 背中側に、斜めに担ぐように固定されていた長槍を手に取ると、石突を地面に突きたてるヴィンセント。


「僕に与えられた任務は、メロアラントの貴族たちの回収。生死は問わない」


「まずは小者から順番に送り込んで来るのが、お前らのやり方じゃなかったのか?」


「……確かに、メロアラントの子供たち。それを攫うだけなら、僕が出る程でもないとは思ったんだけどね」


 ガーランドの問いに答えつつ、ヴィンセントは唇をぺろりと舐めた。きざったらしい所作だが、細身の割に野性味のある顔つきのせいで、妙にさまになっているのが腹立たしいと蓮は思った。


「久々に楽しめそうな相手が、人間社会に潜伏していたみたいだからさ」


 そのワードに、何かを察したように息を吐いた者がいた。


「――ビルギッタ・バーリ。きみをアニマ容疑で逮捕する」


「……なーにが逮捕だ。殺してやろうって意思しか感じねーゾ?」


 怯むことなくヴィンセントを真っ向から睨み返したビルギッタ。


(……アニマ容疑? え、ビルギッタさんが?)


 蓮の脳裏には疑問が飛び交う。いや、彼女は確かに、アニマに似た特徴を持つ種族ではあったが。吸血鬼であることは別に、生まれながらにしての罪ではないだろう?


 ヴィンセントはまるで戦場を舐めているかのように、槍を手にしていない方の左手で目を覆うと、


「全く、ぼくと同じ帝国人だというのにね。≪魔導籠手(マドーハンド)のガーランド(・ガーランド)≫。Sランク傭兵にまで認められたきみが、アニマと仲良くしてしまうなんて。特級の犯罪に手を染めてしまうなんて…………」


 声に滲ませた喜色の色を、いっそう強めた。


「――このぼくに、強者と戦う理由を与えてくれるなんて、ねぇ…………」


 やはり戦闘狂で間違いないらしい。蓮は吐き気を覚えながら、左腰の短剣に右手を添えた。


「お前たち、油断するな。二つ名は≪静かなる破壊者(トランキーデストルカ)≫、四騎士としては“双槍の騎士”の称号を持つヴィンセントは、本気を出すと二つの槍を手に戦う」


「……今日は一本しか持ってきてないように見えますが!?」


 ヴィンセントはまだ仕掛けてきてはいないが、いつ襲い掛かって来てもおかしく無さそうなテンションに見えるせいだろう。ガーランドが早口で伝えた情報に、アンリが叫び返した。


「恐らく、≪カームツェルノイア≫だ。自分の影の中にでも、もう一本の槍を隠しているんだろう。奴は親の代からの吸血鬼ハンター。数多の吸血鬼の肉を喰らい、特有の≪クラフトアークス≫を身に付けている……!!」


「あぁ……、戦う前からネタバレは良くないよぉ……。でもさすがは帝国人なだけあるね、アシュリー・サンドフォード。……いや、帝国の情報を特に、念入りに集めていたのかな?」


 ガーランドの推察に対し、即座に自ら答え合わせをしてしまうヴィンセント。だが、蓮にとってはその後に繋げられた言葉の方がずっと、頭をガツンを殴られたような衝撃を伴っていて。


「炎竜一派と一緒に旅なんかしちゃったせいで、アニマに肩入れしちゃうようになったのかなぁ……っと」


 突如として前に踏み出し、長槍を突き出したヴィンセント。


「これは追えるかい?」


「――ぐ、がらああっ!!」


 ガーランドの反応は速かった。迫る穂先に対し、長剣を下から合わせて跳ね上げると、槍の刃の下辺りを左手のガントレットで掴んだ。これで、砕くことができる。魔道具であるそれを発動すれば!


(――今、ガーランドさんのことを、アシュリーって……? アッシュ・ガーランドは偽名で、本名はアシュリー・サンドフォード……っ!? だけど、その名前は、兄貴の手紙にもあった、あの…………)


 混乱する蓮の前で、アシュリー……と。そう呼ばれたガーランドが飛び退る。


「――龍由来だからか、魔道具が発動しない! 警戒しろ、奴の槍は“竜狩りの武器”だっ!!」


 ガーランドの怒声。竜狩りの武器。それについては、初日の夜に彼から説明を受けていた。


 傭兵ギルドでの模擬戦の際、蓮の≪クローズドウォーター≫を無効化して見せた、ガーランドの長剣にもまた、そういった性質があるのだと。


 古の昔、巨人族の技術で作られた武器群。神としての龍を殺す目的で作られたのかは定かではないが、竜狩りの武器は≪クラフトアークス≫の結合を溶かし、無力化してしまう。吸血鬼やアニマに対しても有効打となるその特性ゆえに、帝国の勢力は近年、それを熱心に集めているのだと……。


 ガーランドに対し、訊きたいことは無限にある。だが、今はそれらを考えていていい時間ではない。蓮は左手で頬を叩くと、右手で短剣を引き抜いた。


「――待って、蓮君」


 こちらを振り返りもせずに。蓮の前に立つアンリが、蓮の動きを制すように左腕を横に伸ばしていた。


「戦うとしたら、僕が先だ。これは傭兵側としての意地とかじゃない。君の方が、周囲を観察する能力に長けているから言ってるんだ。背後や、森側の警戒を頼むよ」


「…………分かりました」


 蓮は短剣を納刀こそしなかったが引き下がり、右手の森を見て、背後を見て。「後ろはわたしが警戒します!」千草の申し出に頷いて、前に向き直る。


(助かる)


 森側への警戒は続けるが、実際の所、蓮は横目にでもいい、自分こそがヴィンセントの戦闘を見ておくべきだと思っていた。これに関しては、慢心と言い切ることは誰にもできないはずの、蓮の天賦だ。


 その戦い方の癖、あるとするならば弱点まで。全ての勝ちの目を明らかにしたかった。


「ふふ、ふふふふふふ……」


 両手で握った長槍を、大振りに振り回しながら迫りくるヴィンセント。ガーランドはその攻撃を長剣で打ち払い、魔法が発動しないにせよガントレットで防ぐも、その度に衝撃を受け、後退せざるを得ない様子だ。


 大男であるガーランドに対し、線の細い身体のヴィンセントが、あの猛攻だ。どれだけ質のいい筋肉をしているというのか。


(ただの人間じゃないな……)


 奴は数多の吸血鬼の肉を喰らっている、と。ガーランドは先ほどそう言っていた。だとすれば、ヴィンセントの肉体は吸血鬼のものに近づいている……? そんなことがあり得るのか。だが、「この世界において、食べるという行為には特別な意味がある」とは、水竜メロアも言っていたことだ。


 ビルギッタが天高く跳躍する。黒い火花を散らしながら、そう表現したくなる光景だった。彼女は背中に生やした黒い翼を使って身体の上下を反転させると、両手で握ったそれぞれの短剣を合わせるように持ち……叩きつける途中で、それは黒い炎を音もなく纏い、大剣となってヴィンセントの頭部に襲い掛かる!


「ふふっ……ははははっ」


 ヴィンセントは静かに笑い声を上げながら。ガーランドを圧倒する槍捌きを緩めぬまま、左足で踏みしめた地面から――二本目の槍を召喚した!


 天を貫くように伸びたそれが暗闇の大剣に触れるや、大剣が空気に溶けるように霧散してしまう。一瞬で振り返ったヴィンセントが蹴りを放ったかと思えば、まるで巨大な矢のように二本目の槍が撃ちだされ、ビルギッタの腹部を貫いた。


 空中に鮮血を撒き散らしながら吹き飛ばされ、背中から地面に叩きつけられるビルギッタ。


「ビティィィッ――!!」


 ガーランドが叫び、ヴィンセントに背後から飛び掛かる。竜狩りの武器を避け、その胴体を直接ガントレットで掴むことができれば。


 それだけでヴィンセントを殺すことができる……はずなのだ。


 ヴィンセントの左足が踏みしめた場所から、三本目の槍が伸びる。


 ガーランドの左腕……丁度ガントレットが途切れた辺りに突き刺さったそれは、途端にヴィンセントの影の中へと戻ろうとする。蓮には見えた。その三本目の槍の穂先には、一度肉に刺されば簡単には抜けないようにするための、ミツバチの針を彷彿とさせる、返しの刃が付いていた。


 地面に縫い止められるどころか、槍と共に引きずり込まれるように前のめりに沈むガーランド。振り返り、その顎を右膝で弾くと、ヴィンセントは右手の槍を救い上げるように振った。


 宙を舞う白い物体……ガーランドが身に付けていた、ガントレット。


「――――――――ッッッ」


 果たして、アドレナリンによって痛みが麻痺していた故だろうか。それとも、持ち前の根性故か。ガーランドは左腕の肘から先を斬り飛ばされながらも、右手を突き出していた。


 彼の長剣が、ヴィンセントの左の脇腹を抉った。ヴィンセントは痛みに何らかのリアクションを取ることはなく、右足でガーランドのみぞおちを蹴り飛ばした。


(腕――っ!! 人間の腕が、飛んでっ……、ガーランドさんの、腕がっ……!!)


 地面に飛び散る朱に、蓮の脳が焼けるような痛みを覚えた。彼の人生において、間違いなく最もショッキングな光景であり。だというのに、無意識に身体が動いていたのは、師匠による教育の賜物か。


 吹き飛ばされたガーランドを両手で抱きとめた蓮。「ガーランドさんっ!!」蓮の叫びに、「私が死なせません! 傷口を塞ぐくらいならできます!」背後よりエリナの叫びが重ねられる。


 わざと怒りや恐怖を煽るかのように、ゆっくりとこちらへと歩を進めるヴィンセント。


 その前に、アンリが立ちはだかる。


「……子供を護る、きみも殆ど子供じゃないか! 四騎士を、舐めすぎだよ……」


「――これでも成人してるんですよ。どうやら僕の情報は、持ってなかったみたいですね……!」


 そう叫んだアンリの背中から、光が爆ぜた。ガーランドを地面に横たえさせ、エリナに渡しながら。蓮は目を見張った。


 確かに、アンリエル・クラルティという人物からも≪クラフトアークス≫の気配を感じてはいたが。秘密にしているのならと、それを暴かないように気を遣っていた。


 だが、提示されたのは明確な答え。


 アンリの背中には……右側に、燃えるような赤い翼が。左側には、漆黒の翼が生えていた。それは瞬く間に形を変える。肩甲骨あたりから迸るエネルギーが螺旋を描き、アンリの両肩の上を通るようにして、赤と黒の大蛇のようにヴィンセントへと向かう!


 ――吸血鬼の扱う黒い≪クラフトアークス≫、黒翼(こくよく)と。アニマの扱う……緋翼(ひよく)


 そうか、そういうことだったのか。ヴィンセントが先ほどビルギッタに掛けた疑いは。蓮の脳裏に電流が走る。


 ビルギッタは吸血鬼であると同時に、アニマでもあったのだ。つまりは、この世界には吸血鬼とアニマのハーフが存在するということ。そして、他ならぬアンリもまた……。


 気づかぬうちに、世界から存在を赦されていない、悪の種族とされるアニマと交友を深めていたとは。いや、しかし。アニマの現在の境遇はサンスタード帝国によってそう誘導されただけで、本当に悪の種族だと決まった訳ではない。蓮は拳を強く握った。


 だが、これ見よがしに上方向から襲い掛かる二匹の大蛇など。武の達人であるヴィンセントには届く筈もないのではないか。蓮の懸念は、すぐに現実となって襲い来る。


 右手によって長槍が振り上げられ、赤い大蛇が首を狩られたかと思えば。地面から生えてきたようにしか見えない四本目の短槍が左手に握られ、黒い大蛇ももまた霧散させられた。


(何が“双槍の騎士”だ、もう四本も使ってるじゃねぇかちくしょうッ!)


 恐らく、そもそもブラフとしての効果を期待して付けられた称号だったのだろう。いや、もしかすると「二槍流(にそうりゅう)で戦うのが本気の騎士である」という意味に過ぎなかった可能性もあるが。とにかく、蓮は「二度と敵の二つ名なんか信じないぞ」と決意した。


 首を落とされることでかき消された大蛇だが、竜狩りの武器とやらは、何も触れた≪クラフトアークス≫の全てを霧散させたり、奪って使えなくする類のものではないようだ。


 その証拠に、大蛇の頭部が断ち切られた後、残った部分はアンリの体内に吸収されるように戻ってきた。


 アンリは大蛇に続くように飛び出し……いつの間にかその手に持っていたダガーを突き立てようと考えていた、いや、違う。そう見せかけようとしていた。


 本命は、ヴィンセントの後ろで起き上がったビルギッタの方だ。ビルギッタは腹部に刺さっていた長槍を乱暴に引き抜くと、川の中へと投げ捨てた。非常に珍しい武器であるとか、そんなことはどうでもいい。二度とその武器をヴィンセントの手に戻さぬために、容赦なく捨ててしまうくらいが丁度いい。


 ヴィンセントが大蛇に対処した後すぐに背後を振り返ったことで、狙いを看破されていると考えたアンリは、攻撃の手を止めたのだ。さすが傭兵、この状況でも冷静だ……と蓮は感じた。


 アンリとビルギッタはどちらも吸血鬼とアニマのハーフ。≪クラフトアークス≫を除いても人間離れした能力を持っていそうだが……それでも、一人一人の力ではヴィンセントには勝てない。確実に。蓮にもそれが理解できた。


 上手く連携を取ることができなければ、万に一つも勝ちはない。


 自分も動くべきなのではないか。今は振り返る余裕すらもうないが、エリナに抱えられて治療を受けているガーランドは、恐らくもう戦闘不能と見るしかないだろう。しかし、ヴィンセントに弱点らしい弱点は見つかっていない。一か八か自分も連携に参加するべきか。それとも、まだヴィンセントを観察する役目を続けるべきなのか。


 分からない。誰かに意見を求めたい。しかし、会話を挟む余裕がない。ビルギッタもアンリも、極限の集中の中にいる。声など掛けられるはずもない。蓮のせいで注意を逸らしてしまえば、きっとそこを突かれる。


 ヴィンセントは相手が苦戦する様子を楽しむように。戦いがすぐには終わらず、長引くように演出しつつ。それでも、少しずつギアを上げてきている。そう感じる。


 ビルギッタの背中から、黒翼が立ち上る。それは彼女の身体を包むように広がり……腹部に開けられた穴へと吸い込まれていく……それが、吸血鬼の治癒方法なのだろう。だが、ビルギッタは元から正体も看破されており、出し惜しみなどできる状況でないだろうに、未だにアニマとしての炎の力を見せない。


(使わないんじゃなくて、使えない? ビルギッタさんは、アニマとしての炎の力を扱えないのか……?)


 疑問を口に出せる状況ではなく、故に答えがもたらされることもない。


 だが、今ならまだ……蓮が前線に出て戦うことを求められていない――強いられる寸前だとしても――今なら、もう一つ方法がある。


 蓮はヴィンセントから目を離さぬまま、大きく跳び退って……千草の近くまで移動した。


「……千草、オレには無理だ、あいつの弱点も何も分からない! お前ならもしかして何か思いついて……」


「せんぱい、いっ――っ」


 千草には、何らかの答えが用意されていたのか。確かに、何かを伝えようとしていた。


 ――だが、言えなかった。


 ドサッ、という音。


 嫌な汗がブワッと吹き上がり、蓮が振り返ると。


 後ろ向きに倒れかかった千草の……喉に。一本の矢が突き刺さっていた。


「――――はっ?」


 え? と。


 呆けた蓮の眼前で、千草の両腕が力なく地面に垂れた。


「千草ちゃ……いやぁぁぁぁっ!?」


 エリナの上げた金切り声が、蓮に現実逃避すら許さぬ勢いで耳朶を打った。



 どんどん畳み掛けていきますヨ。

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