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【3章終了後に修正予定】黄昏のイズランド  作者: カジー・K
第2章 悪路編 -サバイバルな道中と静かなる破壊者-
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第22話 魔人ジェイ

 本日は2話に渡って更新しています。第21話を先にどうぞ。



「敵じゃねェさ。……オマエらは、オレの敵じゃねェ」



 一行の前に現れし、ジェイと名乗った血塗れの男。


 ……いや、どちらかと言えば、ヘルハウンドの死骸の山に座り込んでいたジェイの前に、一行の方が現れたと表記するのが相応しいのか。


 間違いなく重要なポイントになるのは、男が意図してここで一行を待ち受けていたのかどうか、だろう。


「オレはオマエたちの敵ではない」とも、はたまた「オマエらごときじゃオレの相手にはなんねェよ」とも。


 そのどちらとも取れるような、曖昧な共通語を使ったジェイ。


(あんまり言葉選びが上手くないタイプの人なのか……?)


 ジェイの眼光に怯みつつも、蓮は思考を巡らせる。


 これで本当に敵ではないのだとすれば、相当なお騒がせ野郎ということになるが……現状、一行は警戒を解けるはずもない。


「敵じゃない……とは、俺達と敵対するつもりはない、という意味か? それとも、俺達ではお前に勝てない、という意味か?」


 会話相手の言語能力を探るような、短く区切りながらのガーランドの言葉。


「はァ? 何勘違いしてやがンだ。敵じゃねェよ。……あァ、違うな、この言い方がダメなのか。オレはお前らとは…………まァ、仲間だよ」


 いや、その距離の詰め方はおかしいだろ。急にパーティINすな。と蓮は呆れた。蓮の中で、ジェイという男の知能レベルは中等教育生における不良男子生徒程度に見積もられてしまった。


「お前がここに……俺達の前に現れたのは偶然か?」


「あァ、偶然だよ。急に襲い掛かったりするかよ。信じろって方がムリなのかもしんねェけど」


 ガーランドは口元に手を当てて思索に耽りながら、質問を重ねていく。蓮としては、ガーランドが長剣の柄を握っていないことに緊張を覚えてしまうが……。もし次の瞬間襲われたとしたら、対応できるのだろうか。


 彼には左手のガントレット……抜くまでもなく効果を発揮できる魔道具があるからこその余裕なのか。確かに、剣の柄に手を掛けることは、相手の神経を逆なでしてしまう可能性も秘めている……。


「わざわざ旅人に人気のルート上で、モンスターの大量殺戮をした理由は?」


「あァ~……オレの頭がワリィからだな。犬どもを別の場所まで引っ張ってってから殺すまでァ、気が回らなかった」


「そうか。お前は、どこから来た何者なんだ」


「……ふー、そうだなァ。…………そこの白髪(しらが)の坊ちゃんには、オレァどういう奴に見えるよ?」


(……………………えっオレ?)


 ガーランドが誰何(すいか)していたはずなのに、ジェイが急に、蓮に対して水を向けてきた。


 繰り返すが、ジェイという男は被っていたフードを上げた頭頂部以外、ほぼ全部位にヘルハウンドの返り血を浴びて紅に染まっている。慰める奴はもういなさそう。


 それでも、部分部分には血を被っていない場所もある。そこから読み取れるものもあるかもしれない。


 蓮は僅かな時間、“心眼(しんがん)”を解放する。青い輝きを放つその瞳に、ジェイは目を細めた。


(“見通す眼”……なるほど、コイツがレン・ジンメイか……)


 相手を観察している時は、自分もまた相手に観察されているかもしれないということ。蓮はそこまでは意識が回らず、ジェイの服装を足先から順に眺めていった。


 ――多くのベルトでがっちりと拘束されたような黒いブーツ。教会騎士長エルヴィスが履いていた半長靴に似ている。


 仕立てのいい、頑丈そうなズボンは血で着色こそされているものの、染み込んではいないらしい。その元の色は、純白。


 よく見てみれば、フード付きの茶色い上着によって隠されているものの、ジェイという人物の服装は、全体的に白を基調にしていたものだと分かった。


(隠密行動にはとても向いていない、己の潔白さを証明するような配色……教会系の? ……いや、違うか)



(セント)レムリア十字騎士団…………?」


 千草とエリナは目を見開き、ビルギッタは人知れずにやりと笑みを浮かべた。


「――ンあ? こいつァすげェ。……よく知ってるなァ坊ちゃん。それも、わざわざ正式名称とは」


 ――人類は長らくの間それと微妙な関係にあったため、この時代になっても尚「魔王軍(まおうぐん)」と呼称する者は多い。


 別に魔王軍と呼んだからといって蔑称という訳でもないが、その組織に所属している人物に好印象を持たれようと思うならば、正式名称で呼んでおくことは悪い手ではない。


 暗黒大陸に栄えた魔国領……ベルナティエル魔国連合が備える軍隊、聖レムリア十字騎士団。


 千年竜にして先代の魔王であったルヴェリスが、古の昔に立ち上げたという組織。それに所属する魔人が、なにをどうすればイェス大陸の北部、レピアトラ領に現れるのだ。大人しく共存国家であるアラロマフ・ドール王国に留まっておけ。


 魔人であることは間違いないはずだが、蓮の“心眼”をもってしても種族がわからない。どうやら、≪名無しの魔人(ネームレス)≫と呼ばれる類の人物らしい。


「いや、もうそんなの諜報員か何かにしか思えないんですけど……」


 と千草が呟く。蓮も内心で同意する。


「スパイだったらよォ、もちっと人間社会に潜むようなカッコすると思ってくれねェかな、嬢ちゃん」


「確かに……?」


 ジェイのどうでも良さそうな声色での弁明に、千草も翻弄されるように、側頭部を左手で押さえた。


(というか、さっきからオレや千草を坊ちゃんだの嬢ちゃんだの呼んでくれてるけど、ジェイは何歳なんだ)


 眼光と漂わせる強者のオーラの割に線は細く、顔立ちも若く見える……十代だと主張されれば、ギリギリ信じられる程に。


 もっとも、人間よりもずっと寿命が長い魔人なのだとすれば、外見が二十代に見えたとしても、百を越えている場合もある。


「階級は?」ガーランドのシンプルな問いに、


客員騎士(きゃくいんきし)伯爵(アール)待遇。崇めてくれてもいいぜェ」


 隠すことはないとばかりに即答するジェイ。しかし、伯爵待遇とは。それが本当であれば、紛れもなく他国の貴族様ということになる。蓮は言葉遣いに気を付けようと決めた。


 ガーランドも、一瞬と言うには長い時間の間、固まった。次に喋ろうとしていた内容を、改めて相応しい言葉選びに直そうとしたのだと思われる。


 その隙間を縫うように、ビルギッタが一歩前に出る。


「ロード・ジェイ……だと、少し違和感があるケド。苗字は無いのカイ? ……デスカ?」


「あァ~……」


 ビルギッタの取り繕うような言葉遣いを特に気にした風もなく、ジェイは右手で頬を掻いた。


「オレは婿入りでなァ。あんまり家名をひけらかすように名乗りてェと思わねェんだが……。フレム・ル・ジェイ。正式名称だと、そうなるな」


 ジェイはどうやら既婚者らしい。しかし、よくある名前が先に、苗字が後に来る名乗り方をしなかった。


(まぁ、東陽人(とうようじん)清流人(せいりゅうじん)も国内ではその並びで名乗るけど。でも、外国では普通、レン・ジンメイの並びで名乗るはずだよな?)


 ジェイの名乗り方が誤りでないとすれば、それは魔国領においても例外。特に古くから続く名家に属するものだということを示している。


 ビルギッタは得心がいったという風に、手をポンと打った。


「フレム家……つまり、妖狐(ようこ)の一族の婿養子だったのデスね!」


「思い至ってもらえたようで何よりだぜ」


 言葉とは裏腹に、どうでも良さそうな口調のジェイ。


 いや、聖レムリア十字騎士団客員騎士、フレム・ル・ジェイ。


 本人が言っているように婿養子であり、彼自身の種族は妖狐ではない。それは蓮の“心眼”による見立てでも間違いない。


 しかし、妖狐の一族の関係者とは。


 妖狐と言えば、全世界にその名を轟かせる“九尾の狐”。個人名、フレム・ラ・ロードクロサイト。≪名有りの種族(ネームド)≫中のネームド、()()()()()()()()の身内ではないか!


「……確かに大物の身内すぎて、逆にスパイっぽさが消えますね、それだと」


「魔人のお貴族様ともなれば、人間が軽く散歩するくらいの気持ちで、ドールからここまで一息に歩けるのかもな」


「頼んだら魔王様のサインとかもらえたりしますかね?」


「千草って有名人のサイン欲しがるタイプだったっけ」


 急に魔王の関係者と言われても想像が追い付かず、小声で緊張感のない会話を繰り広げてしまう蓮と千草。


 それにため息をつくエリナを尻目に、ガーランドが口を開く。


「一応これだけは訊かせて欲しいのですが、何か家名を証明できるものはお持ちですか?」


 ジェイは少し思案するそぶりを見せた後、


「……あァ、あるわ。もっと早くこれを見せときゃ良かったんだな」


 と言いながら、腰に下げていた長剣を、鞘ごと持ち上げて見せた。そこに刻印されている紋章をまじまじ見ると、ビルギッタは深く頷いた。


「間違いなくフレム家の紋章だナ。信じていいと思うよん」


 彼女の言葉に頷き返すと、ガーランドはジェイに向けて一礼した。


「疑ってしまい、申し訳ありませんでした。あなたを信用いたします、ロード・ジェイ」


「…………ありがてェんだけど、やっぱ口調はそれじゃなくていいわ。普通に、傭兵仲間にする態度で頼む。イヤってんなら、命令って形を取るけどよォ」


 帝国の影響下にある一傭兵に過ぎないガーランドが、魔国領の貴族からの命令を、果たして受ける義務があるのだろうか? と蓮は思わなくもなかったが。


「……そうだな。こちらもその方が助かる」


 ガーランドは優れた順応性を見せ、魔貴族を相手に砕けた口調を取り戻したのだった。



 ――あまり立ち止まって長話していると、さすがに旅程が狂う、と。


 ガーランドの要請に応じ、ジェイは一行に付いて歩きながら会話することを受け入れた。


 今は最後尾を護るように歩くビルギッタの、右隣りに居ついている。


(ビルギッタさんが最初にジェイさんの素性に思い至ったこともあるだろうし)


 吸血鬼といえば、妖狐に同じく、古より存在すると言われる種族だ。


 どちらの歴史の方が古いのかは分からないが、暗黒大陸の北に浮かぶシャパソ島では、吸血鬼の生活圏に隣り合うように魔王城ルナ・グラシリウスが建つという。


 恐らく、それなり以上に友好関係にある一族同士なのだろうと思われた。ジェイ自身は、妖狐でないとしても。


 それにしても、このジェイという男。ヘルハウンドの死骸の山から下り地に足を付けると、相当な長身だった。


 百八十は越えているだろう。ガーランドには及ばないが、少しだけ蓮の劣等感が刺激されてしまう。登場する男性、誰もかれも蓮より背が高い。


「――ジェイの子供には、妖狐特有の狐耳とか、尻尾は受け継がれたのカ?」


「オイオイ、質問に遠慮がねェ奴だなァ。もしガキに妖狐の特性が遺伝してなくて、それをオレがめちゃくちゃ気にしてたらどうすんだよ」


 ジェイの呆れたような言葉を聞いてから、確かにと蓮は思う。だが問いを放ったビルギッタは緊張した風もなく呵呵(カカ)と笑った。


「はッ、テメェはそんなことをいちいち気にするタイプじゃねぇダロ」


 そのあまりに遠慮のない言葉遣いに、


(ん? 実はこの二人、元から知り合いだったとかないよな?)


 と蓮は胡乱な目を剥けた。何故かガーランドが咳ばらいをして、ビルギッタが地面に躓きかけたのも違和感がある。


「――それが、実はまだガキはいねェんだ」


「……アー、嫁との仲がワリィのカ……政略結婚?」


「同情すんな! そうじゃねェ、嫁の体調がずっとワリィんだよ!」


 人通りがそこそこある川沿いの道を、大量の死骸で塞いでおくのは間違いなく悪い。一度に大量の血液が川に流れることも、生態系に取っては良くないだろう。


 こうして歩き出し始めるより前。これ以上は血に塗れることを気にする必要もないとばかりに、ジェイが線の細い身体に似合わぬ怪力を見せ、ヘルハウンドの死骸を一つ一つ森の中へと投げ込んでいった。


 一分ほどその工程を眺めていたことで、ヘルハウンドの総数が三十五匹であったことが判明した。


 ヘルハウンドというモンスターは好戦的で、敵対者が自分より強いと理解しても、逃亡を選ばない。ということは、この三十五匹という数が、この群れの総数でほぼ確定だろう。


(戦いが終わった後、そのまま座り込んで休憩していた……って風だったけど)


 蓮は、先ほどジェイがフレム家の家紋を見せた長剣が気になっていた。


(それなら、血塗れになった剣をそのまま鞘に突っ込むとは思えないし。あの長剣は使わずにヘルハウンドの群れを倒したってことか……?)


 だが、それにしては死骸に残された傷口は鋭利だった。鋭い切れ味の得物により、一撃で仕留められたように見受けられたのだ。


≪名無しの魔人≫が持つ能力は千差万別だ。名無しが名有りを羨む風潮があるとはいえ、それは同族間の結びつきを羨んでのことであり、持って生まれた能力とはまた別の話だ。


 名無しとは、決して弱者を意味するものではない。


 むしろ既存の常識に捕らわれない、対策の立てようもない名無しの中にこそ、人間の英雄に対するキラーとなれる存在が眠っている気がするよ、と。いつだったか、そんな話を功牙にされたことを思い出す蓮。


 ヘルハウンドの大群を素手か、もしくは未知の魔法で殺めたと思われるジェイ。


 その力の矛先が、自分たちに向かないことを。蓮は祈らずにはいられなかった。


 今のところは、急に激昂して襲い掛かって来そうな人物には見えないが。ただ、ちょっと掠れた感じの声は怖い。大声を出されたら足が縫い止められそうだとは思う。


 蓮が抱えた不安をよそに、ジェイを加えたその日の午前は、何の問題もなく進行した。


「――なるほど、お前がこのエリアにいること自体は、魔王ナインテイルもご存知な訳だ」


「そういうこと。力のねェ連中はドールから出ねェ方がいいからなァ。オレみてェにバカ強ェ奴が、空白地帯の辺りを実際に視察するのが大事なワケ」


「そう言う割に、レピアトラ領まで入り込んでいたようだが?」


「ちょっとの誤差だろ、誤差」


「少しの基準が人間とはずれていそうだな。その認識だと、誤って災害竜の領域を侵しそうだが……」


「テンペストかァ……まァ、さすがにオレでも勝てねェな」


「何を当たり前のことを」


 ガーランドとジェイは、意外……と言う程でもないか。普通以上に相性がいいらしく。一行の最前と最後尾で言葉の応酬をしている。


 ちなみに一行の隊列だが、リーダーであるガーランドが最前でルートを指示。


 その後ろに護衛対象。左から蓮、千草、エリナが横一列に並び。その更に後ろに荷物持ちのアンリ。


 最後尾で、背後を警戒する役割なのがビルギッタ、という訳だ。


「……というか、視察というなら尚更、普通は護衛が付くものだろう。お前よりも頭のいい護衛に、地図を読んでもらえばいいものを」


「十字騎士団は人手不足でなァ。人間どもはオレを怖がって、ガイドになんてなってくんねェし。オマエらが異質なんだよ」


 ジェイの言葉に、


(いや、オレはしっかり怖がってますけども)


 内心で突っ込む蓮だった。


「というか、お前の目的地はどこなんだ。なし崩し的に同行しているが」


「あァ、それについちゃァ、絶賛逆走中って感じなんだけどな。別に急ぎの用事はなんにもねェから、オマエらと会話して情報を共有できることは有意義なんだよ」


「メロアラントを目指していたのか」


「まァな。そういうオマエらはドール行きか」


 若い護衛対象を連れた傭兵が、わざわざ危険地帯である空白地帯や飛竜の丘を目的地にするとは考え辛い。アラロマフ・ドール王国の首都を目指していることに、ジェイが当たりをつけられたことは特に意外でもない。


「……それくらいなら教えてやってもいいか。確かに、俺達はドールに向かっている」


 蓮はジェイという魔貴族に対し、どこまで自分たちの情報を開示していいものか判断に困るため、ガーランドが積極的に会話を担当してくれるのはありがたかった。


「なら、オレがここ最近集めた情報は、オマエらの役に立つかもしれねェな」


 そうして、ジェイはこの近辺で起きているという異常について語り始めた。



 空白地帯を抜けてレピアトラに入っても、出会うモンスターの量が減らない。ジェイにすれば、これは異質なことであるという。旅慣れたガーランドもまた、その話を聞くと同意した。


 レピアトラ領を繫栄していると表現していいものかは微妙なところだが、人間が安定して生活できている圏内とは、すなわちモンスターの脅威が少ないエリアで間違いない。


 他の国家のように組織的なモンスター対策・討伐活動がされている国ではないが、そもそもレピアータ人は一人一人が頑健である上に。なにより災害竜テンペストとその一派の影響なのか、レピアトラ国の中心部には、不思議とモンスターが立ち入らないという現象が報告されている。


 龍には自らや庇護下にある種族を護るため、結界を貼る能力が備わっている。水竜メロアはその範囲を絞り、自身の竜の核心(ドラグハート)に堅牢な護りを実現している。また、かつての炎竜ルノードは、庇護下にあるアニマを護るため、里全体に対して結界を掛け続けたという。


 災害竜テンペストの場合、レピアトラ国の全域に向け、結界の力を緩く展開しているのかもしれない。


 だというのに、ジェイは空白地帯からレピアトラ領内に入ってからの二日間で、多種多様なモンスターと戦闘になっている。あまりにも一方的に終わったそれらを戦闘と表現していいものかは疑問だが、それがジェイでなく一般人であれば、高確率で死人が出ていただろう、と。


 今日のヘルハウンド三十五匹をはじめとして、大型のオークが五匹に、翼が退化した亜竜が一匹。


 そして、極めつけは()()()()()()()()()だ。


「――異形のリザードマン? それは……まさか。腕は何本あった?」


 そこまで聞いた時点で、ガーランドが口を挟んだ。ジェイは満足そうに頷いた。


「やっぱオマエもそこに思い至るか。四本腕だよ」


 リザードマン。蜥蜴人(とかげじん)とも呼ばれるそれは、似て非なる種族が多く存在する。人語を介し、人里で生活するまでになった魔人もいるが、そうした個体は殆どが人族の頭部をしており、今となっては身体の一部に鱗が残るのみである。


 逆に、蜥蜴の頭部を残しているものは全身まで鱗に覆われていることが殆どで、人語を理解できず、無条件に人間に敵対する。二本足で立ち上がったオオトカゲといった風貌だ。


 しかし、四本腕のリザードマンと言えば、六年ほど前に大きく話題になった事件がある。


 聖レムリア十字騎士団の大幹部、魔王ルヴェリスの腹心であったはずの男、軍師ニルドリル。


 最高幹部であった男が十字騎士団を裏から引っ掻き回し、騎士団の一部に偽の命令を出すことで人間の治安維持組織である≪ヴァリアー≫を襲撃させ、その結果世界には大きな混乱がもたらされたことは余りにも有名だ。


 結局、魔王からの信頼も厚かった軍師ニルドリルの乱心は、幻竜と呼ばれる謎めいた龍の仕業だったと、今では各国の首脳部は理解しているはずだが。一般の民草に浸透するほどまでニルドリル氏の名誉が回復したかと言えば、そうでもない。


 彼が得意としていた召喚魔法で使役していた、爬虫類系のモンスターたち。そのどこまでが彼自身の能力で呼び出したもので、どこからが幻竜によって貸与されたものであったかすら不明ではあるが。


 四本腕のリザードマン、異形のシルエットを取る異界の大蛇グローツラング、紫色の毒霧を纏う大蜥蜴マジム。


 これらは今現在でも、人間や魔人を問わずに民衆から深く恐れられ、悪いイメージが拭えないものとなっている。


 ガーランドも例外なくそんなイメージを抱いたのか。


「そういえば、エスビィポート襲撃事件では、ヘルハウンドも大量に出現していたな……」


「あン時と同じ、作為的なもんを感じるだろ?」


 六年前の事件や、それに端を発した戦争。当時の蓮は小さな子供であったし、そもそもメロアラントは戦火に巻き込まれていない。それらの話に疎いのは仕方がないことだろう。


(ただ、兄貴はその真っただ中にいたんだよな)


 蓮の兄であるマモル・ジンメイは、現在は炎王グロニクルと呼ばれている人物と共に、エスビィポート襲撃事件と、そこから派生した≪氷炎戦争(ひょうえんせんそう)≫を乗り切った……はずだ。戦争が終結する直前、蓮の元に兄からの手紙が届いた以上、きっと今も生きている。蓮はそう信じている。


「幻竜か、その息の掛かった者が、現在このエリアで何らかの作戦を実行していると?」


「少なくともオレはそう思った、ってハナシだ。どんな目論見があるにせよ、幻竜のクソヤロウはルヴェリス様の仇だからなァ。オレがそれを妨害してやりてェって思うのは、理解できるだろ?」


「あぁ、それに関しては分かった」


 特定の誰かを憎む気持ちは、誰にとっても理解しやすい感情だ。共通の敵を作ることで、様々な国や民族は同盟を築いてきた。


 ジェイの行動原理は蓮にもスッと理解しやすく、彼を信用してもいいと思わせた。


「幻竜の派閥はこのエリアで……誰か消し去りてェ奴がいるのかもしれねェ。オレとしちゃあ、それがオマエら一行でも不思議じゃねェと思うワケよ」


「なるほどな」


「オマエら全員の素性に関しては……さすがに訊きすぎか?」


 ジェイが全員を見渡しながら言う。まぁ、その見渡している様子は前を向いて歩いている蓮からは見えないのだが。言葉を受けた後、蓮たちは後ろを振り返った。彼らほどの身体能力を持ってすれば、後ろ向きに歩いても転ぶリスクはほぼ存在しないが。彼らは自然と足を止めていた。前を歩いていたガーランドが足を止めるそぶりを見せたからだろう。


「ジェイ、今はお前のことを全く信用していない訳じゃない。が、それでもやはり、護衛対象の素性を明かすことはできん」


「そォか。しゃーねェな」


 だが、とガーランドは付け加える。


「護衛メンバーの名前くらいは明かしてもいいだろう。俺は既に名乗った通り、アッシュ・ガーランド。Sランク傭兵で、クラン≪黒妖犬≫の一員だ」


「アタシがビルギッタ・バーリ。同じくSランクで、≪黒妖犬≫所属」


「あ、僕はアンリエル・クラルティです。無所属の荷物持ちで、ランクはBです」


 護衛組が名乗るのを聴いて、


(アンリさんの本名、そういう感じなんだ)


 と蓮は思った。そういえば、旅が始まるまではガーランドの名前も一部しか知らなかった。というか、ガーランドが苗字ではなく、名前の方かと勘違いしていた。


「……あンがとよ。そんじゃァこのオレ。フレム・ル・ジェイは、またメロアラント方面を目指して、旅人共に警告して回ることにするぜ。メロアラントの連中にも現状を説明してェしな」


 彼は報酬が約束されている訳でもないのに、世のため人のために行動できる善人だった。蓮は密かに、ジェイのことを中等教育生の不良男子生徒レベルの知能だと考えたことを恥じた。


「お前はいい奴だ、ジェイ。いつかまた再会できることを願う」


 頷いて、相手を賞賛したガーランド。


「おう。じゃ、坊ちゃん嬢ちゃんらも、お達者で」


 ジェイは背筋をピンと伸ばすと、右腕を水平に曲げ、握られた拳を右胸の上に置く。


 聖レムリア十字騎士団の敬礼だろうか。目は瞑られていたが、それは小さく頭を下げると共にすぐに開けられた。全体で一秒にも満たないそれは、略式なのかもしれない。


 そうして、一行に対してプレッシャーと共に有意義な情報をもたらした≪名無しの種族≫、ジェイとの邂逅は終わった。


「――そういう訳だ。俺達のやることとしては変わらない。ただ、今までよりも周囲に警戒して進む必要はあるだろうな」


 ガーランドが纏め、一行は頷いた。


(もっとも、あいつが念入りに狩り尽くした後のようだし、この先モンスターに一切会うことなく終わる可能性もあるだろうが)


 そう考えつつも、ガーランドに油断はなかった。本当に敵に召喚魔法の使い手が存在するのであれば、新たに補充されたモンスターによる包囲網が敷かれていてもおかしくはない。


 一瞬、三日目の今なら、まだメロアラントに引き返すこともできる距離だ。その方が護衛対象の安全に繋がるのでは、とも考えた。


 だが。


(いや……ないな。メロアラント内部には既に帝国の四騎士が到着していると功牙は言っていた。そこに、ウィークポイントになり得る子供たちを残しておく方が悪手だろう)


 真に安全な場所など、この世界のどこにも存在しないのだと結論付ける。初志を貫徹し、功牙が決めたようにドール国を目指すことを改めて選択する。


 ――ロストアンゼルスにさえ到着できれば。


 自分たちよりもずっと強く、蓮たちを庇護できる存在がいる。


「……相手が魔人ということもあって、私は委縮してしまって、全く喋れませんでした。……それでも、良い方でしたね」


「きっと、また会えますよ!」


 終わってから罪悪感を覚えたらしいエリナを、千草が慰めたのだった。



 ――蓮たち一行と分かれた後。


 ジェイは一度川に飛び込んで、雑に全身の血を洗い流した。フードつきの茶色い上着こそ、そう簡単には落ちない程に、紅に染められてしまったが。


 白を基調とした十字騎士団の衣装は、表面にこびり付いた血糊を洗い流すことで、眩い輝きを取り戻した。


 そうして、髪や身体を乾かすこともおざなりに、メロアラント方面に向けて一時間ほど歩いた頃だろうか。


 立ち止まればいまだに水たまりを生成してしまうジェイの眼前に、一人の帝国人の男性が立ち塞がったのは。


「……あァ? 誰だ、テメェは?」


「――きみには別に、興味はないかなぁ」


 気だるさすらも感じさせない、無感情な声。ぼそりと呟かれたそれを、ジェイの優れた耳は捉えていた。


 だが、次の瞬間には男は前傾姿勢を取り。


 ――その手に握られた長槍の先端が、ジェイの左胸を貫いていた。


「……がボっ……」


 口内から血液を噴きだす音しか残せず、ジェイは引き抜かれた槍と共に、前のめりに倒れる。


 帝国人はそれだけでは終わらせない。


「さすがにまだ生きてるよね……」


 倒れたジェイの背中を踏みつけ、上体を屈めることでジェイの呼吸音を確かめつつ。念入りにザクザクと、ジェイの背中側を貫いていく。


 何度も、何度も。


「やっぱり、アニマでも吸血鬼でもない。この程度の怪我すら直せない。期待しなくてよかったよ……」


 そのおかげで、落胆を覚えずに済んだ、と。


静かなる破壊者(トランキーデストルカ)≫はジェイの亡骸を踏み越えると、蓮たちの後をなぞるように。


 血に塗れた一歩を踏み出した。



 地味に、魔王ナインテイルの本名は初出です。

 フレム・ラ・ロードクロサイト……宝石ネームは高貴な感じが出せて好き。妖狐という種族の命名ルールもいつか解説したいですね。

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