第14話 先に言えバカヤロウッ!!
「あの男の子……蓮君って、めちゃくちゃ強いんですね!」
「――そりゃそうですよ! なんたって、わたしのせんぱいですからね!」
いや、それは果たして理由になっているのだろうか。君の先輩にあたる人間は他にも、リンドホルム学園にいくらでもいるのではなかろうか。とコリンナは思ったが、耐えた。
もう余計なことを言うのは避けたいという思いが強かった。
元レンジャーであるモーリスとの初戦こそ敗れてしまったものの、その後は蓮が連戦連勝していたこともあり、千草は上機嫌だった。
今戦っている相手はどうやらSランクの傭兵らしく、それに敗れるのはさすがに仕方ないというか、むしろ当たり前だろうという意識が観客の全員にある。
そのため、見ている方としても気が楽だった。
もっとも、模擬戦には怪我が付き物なため、大切な人がそれに挑んでいる最中に、よそ見をすることもできなかったが。
「さすがはSランクと言えばいいのでしょうか。纏う雰囲気からして違いますね……」
柿渋色のマントを被っていた間は、エリナの目ではその雰囲気には気づけなかったが。
こうして戦いが始まれば分かる。
立ち回り、特に足運びには無駄の無さが光る。そして、相対する蓮が常に緊張した面持ちなのが、蓮を応援する側としては手に汗握る要因だった。
演習場を囲う柵に身を乗り出すようにして、内部を観察している女子たち。
その後ろに、少女たちも良く知る人物が姿を現していたのだが……このタイミングでは、まだ気づかれなかった。
前方へと小さく踏み出しつつ、前に突き出すように構えた鞘つきの長剣が、僅かに右後方に引かれる。
――来る。蓮は右足を下げて半身の構えを取ると、しなるように打ちだされた長剣を、左手の短刀で打ち払う。
それで終わりじゃない。刃渡り九十センチほどもある鞘付きの長剣は、こうして打ち合わせてみると、蓮の振るう木剣よりも細いくらいだと分かる。
長い分、軽量化を施されているのか。それを振るうのは筋骨隆々としたSランク傭兵のガーランド。
既に一分以上に渡る攻防。その連撃を捌き続けることがいかに難しいかは、語るまでもない。
今のところ大ぶりな攻撃はなく、蓮の短刀でも問題なく弾けている。だが、当然それはガーランドの本気の攻撃ではない。
小さな動きで剣先を揺らすように打ちかかってくるが、その奥でゆらゆらしている左手の白いガントレット。そちらが本命とみて間違いない。
なにせ、それに掴まれれば――もしかしたら触れられた時点で――功牙によって負けの判定を出されてしまうのだ。
ある意味、長剣が長いおかげでガントレットとの距離が開き、蓮は精神的に落ち着けているとも言える。しかし、本命の攻撃ではない長剣の揺らぎだけでも敗北する可能性は高い。
(筋力の総量が違いすぎる……っ!)
ガーランドの身体が右側を前にして斜めに……右足で大きく踏み出したのだ。瞬間、蓮は長剣の長さが一・五倍にもなったように錯覚した。
この相手、羨ましいくらいに足が長い。蓮から見て左側から襲い来る長剣を、左手の短刀で押さえようとした。が、抑えきれない。
そのまま左の側頭部を鞘の腹で打たれそうになる。蓮は全力で首を右側へと傾けた。結果、コツンと側頭部に鞘が当たるも、功牙からのストップは掛からなかった。
(もう、これ以上後ろには下がれないっ!!)
後ろには柵があり、そこには千草やエリナがいるはずだ。観客がいる位置まで追い込まれるなどあってはならない。というか、そこまで逃げると少し反則っぽく感じられ、蓮としても好ましくない。
ガーランドとしても、観客を巻き込むような戦い方をしたがるはずがないためだ。
(前に出る! 潜り抜けて、向こう側に――っ!!)
身を屈めると共に短刀を下げる。蓮の短刀による妨害が無くなったことで、先ほどの勢いのままに頭の上を通り抜ける鞘付きの長剣。
蓮が頭から突っ込むような形でガーランドの懐に飛び込むと……当然、そこには身体の前面でゆったりと構えられた、ガーランドが誇る最強の盾にして剣。白いガントレットが待ち受けている。
(大した胆力だ。これに掴まれれば、脳みそが吹っ飛ばされることもあると理解しているだろうに)
小石を一瞬で砂にするパフォーマンスを見せたのだ。ただの子供であれば、それの前に頭部を差し出すなど……その魔法の力が行使されることは無いと分かっていても、早々できるものではない。
何も一撃で相手を葬ることに拘りがある訳でもない。ガーランドはいつものように、最も狙いやすい部分……相手の身体の中央、胴体へと手を伸ばす。
別に、蓮の頭によってそのまま胸部に頭突きを受けても、自分にダメージなどある筈がない、と。
そう思ったのだが、蓮の頭頂部がガーランドに衝突することはなかった。蓮はまるで尻から落ちるように転んだ……のではない。
両足に力を込め、まるでバック宙返りをするように跳んだかと思えば、ガーランドの左腕に組み付いたのだ。その、付け根に足を絡めるようにして。
(――ははっ、なんて奴だ)
白いガントレットを装備した左の掌が曲げられ、何かを掴もうとする……が、それが蓮の何かに触れることはない。
(まさか、この一番恐ろしいはずの左腕に向かって来るとは)
ガーランドが組み付かれたことに気付き、それを振り落とす為に左腕全体を動かそうとした時には、既に蓮は絡みついた両足を解きながら木剣を握っ両手をそれぞれ伸ばし……そこから無色透明な水を撃ちだしていた!
蓮の身体がその勢いに寄って押し出され、振り返りながら伸ばされた白いガントレットを躱す。
端まで追い込まれていたはずの蓮は、奇策によって窮地を脱することで、一気に広い逃げ場所を手に入れた。今度こそ尻を削るように後ろ向きに着地した蓮は、「いってて……」と言いながら慌てて起き上がる。
ガーランドが本気であれば、なりふり構わずそこに追撃を狙って走り出していただろうが。
彼もまた蓮の才能に目を見張り、なるほどと考え込んでいた。
「うおおおッ」「あれが水竜メロアの眷属が身に付ける水翼ってやつか!」「ただの水翼じゃねぇ、あの透明な水は≪クローズドウォーター≫っていうらしい!」
蓮が≪クラフトアークス≫を使ったことで盛り上がる傭兵たち。
だが、ガーランドはむしろ、≪クラフトアークス≫ではなく。
それ以外の蓮の戦い方について、冷静に思考を巡らせていた。
(兄とはまた、随分と違うタイプだな)
蓮はその異常な身体能力とスタミナを活かした戦い方をする、紛れもないスピードタイプの戦士だ。
ならば、重い防具を身に付けていないことは理解できる。
だが……ただの木剣を武器として訓練させ続けてきたのは、どうなのか? と、ガーランドは僅かに視線を功牙の方へと向けた。
(それこそ魔法剣でも与えて攻撃力を強化してやれば、やられる前にやる、高水準の剣士になれるだろうに)
いつまでも木剣など使わせているから、攻撃を相手のどの部位に当てても勝てるでもなく、しっかりと有効打へと繋がる場所を考え続けなければならなくなっているのだ。
――そうまでして弟子を調子づかせたくないのか、とガーランドは功牙に対して少し呆れた。
まぁ、自分が手塩に掛けて育てた弟子が増長した結果、悪名を轟かせでもすれば、確かに末代までの恥だろう。弟子を持ったこともないガーランドが、後進の育成に手を出して四年になる功牙に異を唱えるのもお門違いかもしれない。
(いや、それとも)
――考え続けることを、やめて欲しくないのか。全身を固い装甲に覆われたモンスターや、自分が使う魔法剣すらも弾いてしまう、同種の力を使う敵に相対するなど。
そういった日々こそが日常となる、激しい戦争に身を置くような……蓮がいつか、そんな戦士になることを想定して育成しているというのであれば。
確かに、どこまでも楽をさせてやらず、“考える力”を鍛え続けてやることは、清く正しい剣豪を生み出す為には必要なことなのかもしれない。
今度、飯でも食いながらゆっくりと弟子の育成論について話しておきたいところだ……と考えていると、ガーランドが功牙によそ見しているところを狙う決意が付いたのか、蓮が動き出していた。
「ざぁぁっ!!」
蓮が振るう長刀から斬撃が飛んだかのように、大きな水しぶきが上がる。恐怖からではない悲鳴が、観客から上がった。地球における水族館のイルカショーで、かなり後ろの方に座って安心していたというのに、水をぶっ掛けられてしまった観客という感じだ。
しかし、その水が観客を濡らすことはない。確かに触れたはずなのに、服に吸い込まれることなく地面に落ちた水滴は、その殆どが地面に到達するよりも前から、宙に溶けるように消えていた。
蓮は、他の観客を濡らさないように。そして、ガーランドだけを濡らすようにと念じながら、水の刃を放っていた。
――立て続けに、もう一度。救い上げるように右から左へと切り上げ。
木剣本体は届かなくとも、蓮の≪クローズドウォーター≫によって伸びた水の斬撃を二度に渡って受けたガーランドは。
白いガントレットを付けた左の掌を前に、顔を庇うようにしていた。結果、ガントレットに宿る魔法のおかげか、顔は守られていた。
逆に、それ以外はずぶ濡れだった。≪クローズドウォーター≫は地面へと流れることを拒否するようにガーランドの衣服に染み込み、または染み込みにくい素材の部分をも覆った。
それによって、ガーランドは先ほどまでの倍近く、己の身体が重くなったことを実感する。
「……これは凄いな。服を脱げば重りから逃れられるという訳でもない。肌にも纏わりつかせることができるんだろう」
「ええ、そうみたいです。ぶっつけ本番でしたけど。……あ、濡れて困るものとかポケットに入ってませんでしたか?」
蓮が振るった才能――もっとも、それに関しては水竜メロアの力だが――を褒めたたえるガーランドに、今更ながら確認する蓮。
「問題ない。それより、身体が重くなった分、少し本気を出す必要が出てきた。……いくぞ」
嫌な予感を感じたのか、目を見張る蓮。その“心眼”が自分の一挙手一投足を見逃さないようにと青く光ったことを確認しつつ、ガーランドは口の形だけで笑った。
地面を踏みしめ、前へと飛び出したガーランド。その速度は、水によってのしかかられ続けているとは思えないほどに、先ほどまでと遜色ない。
(速っ――)
いや、むしろ今までで一番速かった。
≪クローズドウォーター≫を両手の木剣にそれぞれ纏わせ、ガーランドが振り下ろした長剣を左右から挟み込む。
(次はその長剣を水で封印して、――――えっ?)
蓮が双剣に纏わせていた≪クローズドウォーター≫が、霧散する。
――ヤバい、と。
水の力が破られた原因は分からないまま、それでも蓮は対応しようとした。振り下ろされた長剣を挟み込もうとしていた双剣をそれぞれ内側へと引き戻すようにして、両腕を自分の胸の前で小さく交差。
クロスさせた双剣で勢いを殺そうとする……が、相手は片腕一本であるにも関わらず、その怪力で蓮のガードをこじ開け、頭部へと長剣を振り下ろした。
コツン、と。
その勢いは既に衰え、それが頭部に触れても功牙からストップが掛からなかったことで、蓮は一瞬安心を覚えてしまった。
――その時には既に、小さく交差した蓮の両腕を包み込むように、白いガントレットが軽く触れていた。
「あっ……」
「――終了だろうな。実戦なら、お前はこれで両手を失っている」
近距離からぼそりと呟かれた冷静な勝利宣言に、
「……はい……」
と返しながら、蓮は双剣をだらりと下げた。
「……えっと、師匠。なんで試合の終了を宣言しないんですか?」
ふと、不思議に思って右を見ながら問えば、
「いや、もう少し眺めてたら、アツくなった蓮が構えを解いたガーランドに向けて不意打ちしないかな~と」
「――そんな失礼なことできるかっ!!」
そうやって弟子を試すように煽り、また弟子の方も砕けた口調で突っ込む様子を見ながら、ガーランドは。
(なるほど。こうやって「武士として恥ずかしい行いはしない」ということを、普段から自分の口で言うように誘導しているのか)
そう考えていた。
言葉には力がある。日常的にそう口にさせていれば、確かに人道にもとる行為を平気で行うような大人には育ちにくいのかもしれない。
模擬戦を終えた蓮とガーランドがそれぞれ武器を腰へと戻し、握手を交わしている。
「いや~、見ごたえある試合だったなぁ」
その光景を眺めていた女子たちに、後ろから声を掛けた人物がいた。
「――うぎゃっ!?」
柵に手を打ち付け、身体を勢いよく横回転させるように振り返りながら、千草は背後の人物を注視する。
極力音を立てないように後ろに立ったのだとすれば、それは害意があると警戒されても仕方ないだろう。
もっとも、
「エッッッッッ…………ド」
「それはめちゃくちゃエロいものを見た時に男子がする反応じゃねえか?」
千草が発した声にオタクらしさ満載の返しをしたのは、彼女らの兄貴分、エドガー・オールブライトその人だった。
エドガーが挙げた手に、「こんにちは、エドガー」とエリナが応じた。コリンナは突然背後から声がしたことで内心めちゃくちゃ驚いていて、最早声も出ないくらいだった。が、別に話に参加するつもりもないので問題はないか。
千草は半目になると、
「エドぱいせん、いつからそこにいたんですか?」
「あのめちゃくちゃ強い人と、蓮が戦い始めるあたりにはもういたけど」
と、エドガーは腰に両手を置いて、胸を張りながら答えた。
それによって、彼が着ている高級そうな黒のスーツに皺が寄る。子供っぽいこともあり、あまり褒められた動作ではないだろう。
(なんかいつもより良い恰好してるし……もしかして、さっきまでエドぱいせんのお父さんと一緒だったとか?)
近くにはエドガーの父が勤める総領事館がある。そこで父親の仕事を見学でもしていたのだろうか、と千草は考えつつ、
「はやっ。もっと早く声かけてくださいよ。それとも、わたしたちを驚かせたかったんですか?」
だとしたら大成功ですよ、とでも言いたげな恨みの籠った視線を受けたエドガーは、薄く笑みを浮かべながら、懐から何やら布を取り出した。
それを己の胸の前に広げると、千草の隣で正面から柵にもたれ掛かった。一応、スーツを汚したくないという気持ちはあるらしい。だったらそんな動作するなと千草は思うが。
「お前が蓮の試合に集中してたから、声掛けて邪魔すんのもあれかなって」
「あ、そうですか。ふーん……」
冷めた返事をしつつも、千草の顔はほんのりと紅潮していた。蓮の一挙手一投足に注目していることを指摘されるのは苦手らしい。いや、今回に限っては、蓮の試合に集中していたのは千草だけではないのだが。
とりあえず千草に対しては、蓮関係のことで婉曲的に攻めてやれば、負けはない。そもそも戦いと言う訳でもないが。
ついつい弟分、妹分たちをからかいたくなってしまうのも、兄貴分としてのさがだろうか。兄貴分さがシリーズ最新作って感じだ。
「……………………」
――あんまり私の前で千草ちゃんをからかって遊ばないことですね。
無言だが、エリナの表面上はにこやかな顔からそういった意思を感じ、エドガーは小さく舌を出してから(てへぺろと言われる類のものだ)そっぽを向いた。
(エリナこわ……)
そこに、彼らの後ろから響く足音。エドガーと異なり、隠す様子のないそれに千草たちが顔を向けると。
「――ち、父上っ!?」
エドガーの驚愕の声が響き渡った。
「ふーむ……よくよく考えてみると……」
ガーランドが壁際まで戻っていくのを見届けつつ、功牙は何かを考えるように腕を組んでいた。
周囲の傭兵たちは、「金に糸目を付けないなら、これはガーランドで決まりか」「いや、もしかしたらモーリスかもしれんぞ」などと話していた。
そこに、
「……あのさ、よく考えたら護衛対象には女の子たちもいるから、むくつけき男たちだけじゃなくて、男女混合のクランがいいね」
などと功牙が今更言うものだから、
「――先に言えバカヤロウッ!!」
というようなことを、既に蓮にのされていた男たちが口々に喚きたてた。
自らに正当性があると確信しているためか、その言葉たちはどれも口汚かったが、彼らは本気で怒っている訳ではない。
みな一様に、楽しそうな顔をして愚痴っていた。
この祭に参加できて光栄だった、という顔だ。そういうあたりやはり功牙は、本気では嫌われていないのだろう。
どちらかといえば功牙が恐れられているのは、かつて暴れ回った本当の場所である、冒険者ギルドの方である。
「なら、丁度俺のクラン……というか、所属しているのは俺ともう一人だけだが。そいつは女だし、丁度いいかもしれないな」
そう言ったガーランドに、傭兵たちは確かにと頷き、
「≪黒妖犬≫なら間違いないわね」「あいつらがヘマする訳がねぇ」「そりゃあ、同時に何十人も護れって言われたらさすがにあいつらでも手が足りねぇだろうけど」
そう口々に、≪黒妖犬≫を誉めそやした。
(へぇ、ガーランドさんの相方は女性なのか)
蓮も興味を引かれ、ガーランドの隣に座り込んでいる、柿渋色のマントに身を包んだ人物を見つめた。
「ちなみに、こいつは俺以上の腕を持つ」
そして、ガーランドのその台詞を聴き、目を剝いた。
(ガーランドさん以上に強い女性っ!?)
実際にガーランドと剣を交えた蓮には分かる。彼の強さの大部分は魔道具ではなく、恵まれたフィジカルが占めていた、と。
だからこそ、彼と隣り合うように座っている現在、その女性がマントで覆われていても尚、ガーランドより小さいことがありありと分かり。
――あのマントの下から、ガーランドさん以上に強い人が出てくるなんてあり得るのか!? と、驚愕した訳だ。
「……ふーっ」
目深に被ったフードの中から、成熟した女性らしい声が漏れ出てきたかと思えば……その人物は、注目に答えるように立ち上がっていた。
「……これは、アタシの実力も証明しなきゃいけない感じなのかしら?」
その言葉に、傭兵たちがおおっと湧いた。
「≪黒妖犬≫の両方の模擬戦が見れるのかっ! 今日の祭はマジですげぇな!!」「兄貴、あれが……?」「――あァ、もう一人のSランク傭兵、≪影縫いのビルギッタ≫だ……!!」「俺、あいつの素顔見たことねぇんだよ」
それらの注目と言葉を、意に介した風もなく。
ばさっと柿渋色のマントを脱ぎ去ると、眩しそうに太陽との間に左手をかざした女性。
(鮮やかな金色の髪に……紫紺……の、瞳…………!?)
蓮はその外見的特徴を一度は流そうとして、それから目を驚愕に見開いた。
――その外見的特徴が意味するものと言えば。
「――きゅ、吸血鬼……っ!?」
それは珍しい、いや、非常に珍しい、エリナによる悲鳴だった。
それを耳にして、傭兵からは≪影縫いのビルギッタ≫と呼ばれていた女性から目を離せないまま。
蓮はごくりと唾を飲み込んだ。
――吸血鬼。古代の龍の言葉で、≪鎮めの黒≫とも呼ばれるそれは。
千年近く続いた竜の時代の始まりには、既に伝承の存在として語り継がれていたという、超種族。
人類の歴史に密接に関わる訳でもなければ、しかしその存在だけは確かに確定していた。
「アタシはビルギッタ」
……いつの時代も、僅かながら人間の死因として統計されない年は無かった、人類にとっての天敵。
「ビルギッタ・バーリだよん。ヨロシクね……?」