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【3章終了後に修正予定】黄昏のイズランド  作者: カジー・K
第1章 出立編 -水竜が守護する地-
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第13話 Sランク傭兵、ガーランド


(さて、ここからは蓮の気分を盛り上げてやるかな)


 功牙はそう考え、次に指名する相手を選ぶ。


 まず、蓮に“より上位の搦め手使い”との戦いを経験させるために、特に優秀である元レンジャーのモーリスを指名していた功牙。


 その後は、結論から言えば、蓮による連戦連勝だった。


 蓮は軽装であり、元々持久力に優れ、モーリスとの試合直後こそ気落ちした様子を見せていたものの……殆ど疲労の色を見せることなく、むしろ試合ごとに活き活きとし始めるかのようだった。


 ――それは勿論、勝てれば気持ちいいからであろう。


 蓮のスピードに翻弄され、武器を打ち落とされ、胴体の中心に木剣を突きつけられて敗北を認めるしかなくなった傭兵たち。


 彼らの全員がもし、普段通りの装備をしていれば。蓮にここまで簡単に負けてしまうとは功牙も思わない。


 蓮もそれが分かっているため、決して自分の強さに驕ることはない。そこら辺は、功牙による他人へのメンタルコントロールの上手さが光っていると言えるだろう。


 傭兵側が負けても、蓮が負けても、どちらにも言い訳を用意してやる。そうすることで、変に軋轢が生まれないようにしている。


 そうした誤魔化しを抜きにした、言い訳一切無しの真剣勝負は……それこそ、自分が相手をしてやればいいだろう、と功牙は考えていた。


(それに、旅の間にはうってつけの教師もいるしね……)


 と、功牙の中では、既に誰に護衛を依頼するべきなのかが決まっているようだった。未だにそれを口にしないのは、それを当てて見せることすらも、蓮へのテストにしようと考えているためかもしれない。



 ブレストプレートにガントレット、レッグメイルを装備した中装の女性傭兵、カトリーナ。


 その胸部は鎧に守られているため、そこを正面から狙っても、功牙に有効打だと認めてもらうことは難しい。


 彼女が裂帛の気合いと共に振り下ろした木製の大剣を、木剣で受け止めるのも危険だろう。


 後ろに跳ぶことで回避し、カトリーナが振り下ろした剣を持ちあげようと力を入れ始めるところで、蓮は大剣を踏みしめて跳躍。左手の短刀は既に剣帯に戻されていた。


 空中で逆さまになった蓮は、カトリーナの肩に左手をついて動きのベクトルを変更。彼女の身体を前面に押し出すようにしつつ、右手の長刀でレッグメイルの隙間……両足の膝裏をなぎ払うように打った。


 当然、その威力は大きく手加減されている。打ったというより、撫でたといった方が適切なほどに。


「うおおっ」ギャラリーから歓声が上がる。それは蓮の超人的な動きを褒めたたえる類のものであったが。


 功牙はそれを見て、今回は蓮の負けとして試合を止めるべきかとも考える。


(あのタイプの大剣は裏側でも勢いさえあれば斬れるからなぁ……ああやって足場にすることを奨励していいものか……)


 大剣はそれ自体が斬れ味に優れているとは限らず、多くは打撃武器として運用される。刃を踏みつけるように体重を掛けた際、靴が斬り裂かれるかどうかは場合によるとしか言えない。


(……いや、旅立ちに際してめちゃくちゃいいブーツを買ってやれば解決か……)


 子供たちには話していないが、功牙は放浪時代、もしくは冒険者時代と言えばいいのか、とにかくその引退間際に溜めた貯蓄が相当ある。


 端的に言えば、金持ちである。


 メロアラントに定住して以降は、彼を孫か曾孫のように可愛がる水竜メロアによって生活を保障されているため、それらの貯蓄が減ることも早々ない。


 弟子をはじめとした、己が教育を任された子供たちを甘やかしたくないという指導方針のため、あまり残る形でご褒美のようなものを与えることはせずに来たが……。


 万が一にもこの旅の間に死なれては困るし。それに、蓮の超人的な動き……まるでドール国に名高い本代(もとしろ)家の戦士のようにも見えるその才能を、「危険だから」と封殺し、腐らせてしまうのも忍びない。


(そろそろ、一級品の装備を身に纏わせてやるか。それで一気に増長されちゃうと、また困るんだけど)


 既に膝裏を叩かれたカトリーナが大剣を下ろし、負けを認めるような態度を取っているのも手伝って、功牙は蓮の動きを認めることに決めた。


「――そこまで。勝者、蓮っ!」


 傭兵たちの間で歓声が上がる。


「これで五連勝じゃねぇか!」「もう、俺なんかこの装備じゃ、やる前から負けるって分かるぜ!」「俺が選ばれなかったのも納得だ! ってか、デリック、お前があんなにやれるヤツだとは思ってなかったぞ!」「あ、ありがとやす、兄貴っ」


 それらの声を聴いて、蓮の表情は晴れ晴れとしていた。


 ガントレットを外して腰に吊り下げたカトリーナが、快活な笑みを浮かべながら蓮に歩み寄る。


「――やるわね、蓮クン。またいつか、手合わせをお願いしたいわ」


「はいっ、カトリーナさん!」


 年上の女性と力強く握手を交わした蓮を、遠くから千草が複雑そうな表情で見ているが……知らん、僕には関係ない……あんまりは。と、功牙は首を小さく振る。


 普段はリンドホルム学園で、敦也を始めとした生徒たちに辛酸を嘗めさせ、それ故にやっかみの言葉を受け続けていた蓮。


 となれば、こうして実力主義の傭兵たちの中に放り込まれ、「すげぇな坊主!」「傭兵に興味が出たら、うちのクランに来なぁい?」などとチヤホヤされるのは、さぞ気分がいいことだろう。


 ――物事には、何事もバランスが重要だ。


 出過ぎてもいけないし、叩き過ぎても壊れてしまう。


(……んじゃ、そろそろ本命に移ってもいい頃合いかな)


 そうして功牙は、彼の本命を指名する。


「ガーランド。次は君にお願いできるかな」


「構わん」


 特に何らかの感染症に配慮して三密さんみつを避けているという訳でもないだろうが、功牙から微妙に間隔を空けて、左隣。


 傭兵ギルド支部の側面に背中をつけて座り、リラックスしていた様子の二人組。


 どちらもフード付きの大きな柿渋色(かきしぶいろ)のマントを羽織り、顔の大部分を隠していた。


 功牙の声に応じた片割れが立ち上がると、それは大柄な男性であることが遠目からでもありありと分かった。


 ばさっと音を立てるようにマントを脱いで丸め、後ろへと投げた男。


 蓮はその男を見て、目を見開いた。


 別に、以前からの知り合いだったという訳ではない。


(――顔を隠していても強そうだと思ってたけど、こうして見ると、更に……!)


 傭兵ギルド支部において蓮がその二人組を指名した理由は、周囲にいる他の傭兵たちによって形作られた、空気感だった。


 避けられている訳ではないが、隣に座って肩を組むこともない。実力を評価されているが故に、そのライフスタイルを邪魔しないようにと……そう、周囲が彼らを気遣っている雰囲気が察せられたのだ。


 あの空間で最も強いのはその二人組なのだと、蓮の“心眼”は言っていた。


(でも……帝国人、だったのか……)


 勿論、蓮も帝国人にだって悪人ばかりでないことは理解している。


 三百年前まで遡れば、蓮の幼馴染がいるオールブライト家もリヴィングストン家も生粋の帝国人であったし、その二家以外にも沢山の帝国人が≪レメテシア戦役≫において水竜メロアから祝福を受け、今となっては完全な清流人として帰化している。


 向こうが他の人種を見下すことのない、歩み寄る姿勢を持ち合わせた帝国人だと確信できれば、蓮も恐れを抱くことなどないのだろうが……。


 最初から相手を「きっと善人に違いない」と決めつけられるほどに、蓮は帝国人との間にいい思い出を持っていなかった。


 というより、実際に誘拐されたことが一度ある。その他にも、小さな小競り合いに巻き込まれた事例は枚挙(まいきょ)にいとまがない。


 つい二日前には二人組の帝国人に襲われかけ、返り討ちにしたばかりだった。


 一般的に、清流人として帰化した元帝国人は、その外見に清流人としての特徴を増やしていく傾向にある。だからこそ、帝国貴種は己が金の髪と白い肌、恵まれた体格に高い鼻を後世に残す為にも、他民族との交わりを避ける思想を持っていた。


 それ故に、眼前に現れたそのガーランドという男性に流れる帝国の血の濃さも、傍目に分かってしまうということが問題だった。



「≪黒妖犬(ブラックドッグ)≫のガーランド……!」「模擬戦とはいえ、あいつの戦いが生で見れるとはな……」「ええっ、あれがSランク傭兵の……そうなんすか兄貴っ」「あァ、あいつの武器はヤベェ。いや、実力の方も……な」


(えっ……Sランクだって!?)


 正直、蓮は認定されたランクによって傭兵の強さがどれほど異なるのかはよく分かっていない。分かっていないが、恐らくは自分の“心眼”が選んだ人物たちが当然のようにAランク以上の傭兵だろうとは思っていたし、なんといってもSランクという響きがもう既に強い。格上感が半端ない。


 額には黒い鉢金のようなものを装着しており、アッシュブロンドのミディアムヘアがそれによって持ち上げられている。


 黒い鉢金からは角のようにも、そして耳のようにも見える突起が二つ突き出しており……なるほど、それが観客の言った≪黒妖犬≫という言葉に繋がっているのだろう。≪黒妖犬≫と言えば、イェス大陸なら空白地帯で見られることがあるモンスター、ヘルハウンドの別名だ。


 首元まで覆う薄手のボディスーツを着用しているのか、白い肌を晒す顔以外、素肌は殆ど見せない。


 あまりゴテゴテとした厚手の防具は身に付けず、伸縮性の高そうな洋風の服装の上から、胸や肩、股間や太腿など、必要な部分だけを黒革の防具で補強しているという印象。


 全体的に黒い出で立ちで、左腰に吊り下げた長剣を握るであろう右腕は、器用さを確保するためか薄手の籠手(こて)のみを着用。反対に、左手には盾を握る訳でも無さそうな……特に甲側が分厚くいかつい、白いガントレットを装備している。


 あまり防具で覆われていない箇所があるからこそ、その鍛え上げられた肉体がよく分かる。


 それになにより、蓮よりニ十センチは高いんじゃないかというほど背が高い。敦也を日常的に見ている蓮には分かる。それよりも大きい。百八十五センチは超えているだろう。


(いつ依頼が来てもいいように……? いや、違う……)


 その装備たちのどこにも、ギルドからの借り物だろう要素は見受けられない。


(町中にいる時ですらも、いつ戦いに巻き込まれても大丈夫なように心がけてるタイプの人……ってことか……!)


 第一印象として、まず恐ろしい。これが蓮でなく、同じ帝国人の視点でも威圧感を覚えておかしくない。


「ガーランドだ。よろしく頼む」


「……れ、蓮です。もう知ってると思いますけど。よろしくお願いします……っていうか、師匠!」


 相手にそのつもりがなくとも見下ろされる形になり、内心の恐怖を必死に打ち消しながら。蓮は功牙に向けて叫ぶ。


「どうかしたかな?」


「もう戦う前から分かるんですけど、こんな凄い人を雇えるほどお金があるんですかっ!?」


 別にガーランドとの模擬戦から逃げたいという訳でもないのだろうが、緊張感を払拭するためにか、蓮は気を紛らわせたかったのかもしれない。そうした理由もあっての、師匠に対しての指摘だ。


 功牙は自分が金持ちだということを子供たちに知られたいと思っていないため、少しだけ眉を落とし、


「そりゃ、正直辛いけど。でも、君たちにいい護衛を付けられるなら、ここで全財産をはたいても惜しくはないね」


「……………………」


 その様子が少し芝居じみていたからか、


(うそくさ……)


 と蓮は思った。が、その会話のおかげか、蓮の身体から緊張感が少し抜けたようだった。


「……ところで、功牙」


「なにかな?」


 ここで、ガーランドの方から功牙に声が掛かる。


「俺は見ての通り、フル装備すぎるくらいなんだが。何か外した方がいいのか」


 特にこれは反則級だろう、という仕草と共に上げられる左腕。功牙はそこで存在感を放つ白いガントレットを眺めたあと、


「いや、そのままでいこう。蓮の対応力も見たいし。木剣も使わなくていいから、鞘ごとその剣を振るってよ」


 という指示。それを聴いていた蓮は目を丸くする。


 特に両刃(りょうば)の剣のために作られた鞘は、軽く振り回したくらいで、そう簡単にすっぽ抜けるようなことはない。


 鞘を付けたまま振るえば、確かに非殺傷の武器として使うことが可能だろう。もっとも、鞘付きの剣だろうが木剣だろうが、当たり所さえ悪ければ人は死ぬ。模擬戦であっても、どこまでいっても戦闘には変わらない。決して気を抜いて挑んでいいものではないことをここに明記する。


(元々凄腕の傭兵さんのはずなのに、師匠、めちゃくちゃ相手側に有利付けるじゃん……)


 ――もしかすると、あの剣とガントレットは、魔法剣と魔道具なのだろうか?


 高ランクの冒険者や傭兵であれば、太古の遺跡から採掘された魔道具の一つや二つ、所持していてもおかしくはない。


 実力に応じた財力があれば、死ぬまでそれをため込み続けるより、強力な装備を購入して生き残り続けた方が利口だ、という考え方もある。


 超高級な魔道具を利用したびっくりドッキリ戦法に、蓮が突発的にどれだけ反応できるかを確認したい……などと、師匠なら考えていてもおかしくないな、と蓮はそこまで考えていた。


 そこで、


「ほら、ガーランド、実演してみて」


 と言いながら功牙がだしぬけに、足元にあった石をガーランドに向けて放っていた。


 いきなりそれを投げられてキャッチすることができるかは人に寄るだろうが、とりあえず打ち払うことくらいは難しくなさそうな速度。


「ふん」


 ガーランドの左のガントレットが動き、その石を包んだかと思えば……即座に開かれる。


 ――そして、そこから砂のように粉々になった、元石ころがサラサラと流れ落ちた。


(げええっ!?)


 あんなのに掴まれたら、木刀も、自分の肉も、骨まで砕かれる! と蓮は恐怖に震えた。いや、さすがに模擬戦だというのにも関わらず、蓮に向けてあの力を振るってはこないだろうと思いたいが。


「見ての通り、ガーランドの左手のガントレットは特別製でね。これに掴まれた時点で、無条件で蓮の負けってことにしようと思うんだけど、異論はあるかな」


「掴まれたら終わりってのは理解しましたけど」


 蓮は基本的に全て師匠に従うスタイルなため、まずは受け入れる。その上で、不満点が無くもないので口を開こうとするも、それよりも前にガーランドが小さく挙手しながら口を開く。


「――俺だけが魔道具を使うというのは、さすがに悪ふざけが過ぎる気もするが?」


 蓮の味方をしているようにも思えるそれに、蓮は少しホッとする。ガーランドという帝国人……にしか見えないこの男性は、人格の方はかなりまともそうだ。


「ふむ、そうだろうね」


 功牙は考えるようなそぶりを見せた後、


「じゃあ、蓮の方もメロア様に借りた水翼(すいよく)を解放しようか」


「えっ?」


 驚く蓮に、功牙はにやりと笑う。


「別に、君がエリナと同じくらい自由自在に≪クラフトアークス≫を使える訳じゃないことは知ってるさ。でも、≪クローズドウォーター≫で自分の身を守ったり、相手だけを濡らすことはもうできるんでしょ?」


「……まぁ、恐らくは……?」


 二日前に帝国人と戦った時の蓮は、千草が攻撃されそうになっていたことでブチキレていた。普段の精神状態では、あそこまでの思い切りの良さが出せるかは定かでない。


 果たしてどんな感覚で使っていただろうか……と考え込んだ蓮に時間を与えないかのように、功牙は両手をパンパンと叩いた。


「――よし、とりあえずやってみようか! あんまりグダグダしてても時間がもったいないし、何だったら二本勝負にしてもいいから! はい、はじめーっ!!」


「――え、ええええっ!?」


 驚愕の悲鳴を上げて飛び退る蓮と、呆れたようにため息をつくガーランド。


 彼なら即座に反応して動き出すことも可能だったが、さすがにそれでは目覚めが悪いと思い、蓮の動きをじっと見つめるに留まっていた。


(いちいち感情を荒立てて、功牙のペースに呑まれるのも癪だからな)


 絶対の防御と攻撃を司る、白いガントレットをゆったりと前面に構えながら。


 ガーランドは鞘を纏ったままの長剣を、蓮の胸の中央を突くように持ち上げた。


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