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【3章終了後に修正予定】黄昏のイズランド  作者: カジー・K
第1章 出立編 -水竜が守護する地-
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第12話 より上位の搦め手使い、元レンジャー現る!


 傭兵ギルド支部から出れば、燦然と輝く太陽がお出迎えしてくれた。


 振り返れば、軒下には盾の上に剣が描かれた、傭兵ギルドの紋章が掛けられている。


 右手には広々とした野外演習場が設けられているため、恐らくはそこへ移動することになるのだろう、と蓮は思った。


 傭兵ギルドの前は大通りと言ってもいい、馬車などが通り易いように整備された道ではあるが、特に石材などを使って舗装してある訳ではない。ただ単に水はけのいい土が敷き詰められているだけだ。


 そもそも、元から人が集団で生活を営むための好条件が揃っていたがゆえに、この周辺が行政の中心地として活性化したと言うのが正しいかもしれない。


 傭兵ギルド支部に背を向ければ、大通りの向かいには木造建築を主とした住宅地が広がり、右手奥にはそれら住宅の陰にはならない、大きな建造物が屹立している。


 この時代には珍しい鉄筋コンクリート造のその建物は、全明(ぜんめい)帝国(ていこく)総領事館(そうりょうじかん)。全明とは、オールブライトを和風に直したものである。


 領事館はサンスタード帝国から移住を考える人間や、実際にメロアラントで暮らしている帝国人の身分・人権を保証するための機関であり、メロアラント内で帝国人が犯罪を犯してしまった場合等に、帝国の法を持って領事裁判を行うための裁判所も併設されている。


 それだけ聞くと「ああ、いつもの帝国による横暴ね、要は不平等条約によるものでしょ?」と思われるかもしれないが、全明と名を冠している通り、それは今やメロアラントへと帰化しているオールブライト家が預かるものである。


 そのため、元になった言葉そのものほど、帝国を贔屓するような運営体制ではない。


 休日にはエドガーの家でビデオゲームに興じることもある蓮は、良く知っている。オールブライト家が、決してサンスタード帝国の言いなりではないことを。


 むしろ帝国貴種の血を引くことを利用し、帝国に対するメロアラントが誇る防波堤として、代々己の身を捧げ続けているオールブライト家を、蓮は尊敬している。


(エドのお父さん、最近会ってないけど元気にしてるかな……)


 と考えながら視線を戻すと、ギルドからぞろぞろと出てきた傭兵たちはみな、既に功牙に連れられて演習場の方に移動してしまっていた。


 蓮の後ろに残っていたのは、千草とエリナ、そして名も知らぬ灰色の髪をした受付嬢が一人だけだった。


「いやー、せんぱい。大変なことになっちゃいましたね!」


「まったくだよ……師匠、オレより弱い人に護衛を任せる訳にはいかないとかなんとか言って煽りまくってたけど……あれって」


「功牙さん自身が戦うつもりには見えませんでしたね。あれ、間違いなくせんぱいと傭兵さんたちを戦わせるつもりですよ」


「だよなぁ……」


 千草と話し、はぁ~とため息をつく蓮。こうしている間にも「何をちんたらしてんだ!」と傭兵たちから怒声が飛んでくるかとも思ったが、意外にもそれはない。


 ここからでは見えないが、演習場では元々設置されていたかかしなどの設備を、功牙を含む傭兵たちが移動させている最中だった。


 と同時に、功牙は何やら傭兵たちに説明している様子。


「昔の僕を弟子たちに知られると困るってだけで、別に君たちと面識があることまで隠す必要はないんだよ」


「ちっ、だったらそこまで事前に説明しとけってハナシだぜ……」


「言っておくけど、うちの蓮は強いよ。それに、不意打ちとか、奇策の類を得意としてるからそのつもりで。……負けた後に「今のはナシで!」とか言われたくないからね」


「言わねえよ」


 傭兵たちも荒くれ者とはいえ、あくまでも功牙に対して抱いた怒りを、その弟子に向ける程直情的とは限らない。


 先程の支部内での功牙と蓮の会話からも、蓮が素直そうな少年だということが充分に察せられたためでもあるだろう。


「とりあえず、怪我をしない程度に頑張ってください」とエリナが言い、千草も同じ気持ちとばかりに頷いた。


「言っとくけど、あんまり期待しすぎないでくれよ? 相手は本職の傭兵なんだ。どう見てもオレより強い人も数人いたから、最終的には負けることになると思うし」


 蓮はそう言い、ひらひらと手を振りながら演習場の方へと歩いていくが、


(いや、そもそも成人もしてない子供が、本職の傭兵の何人かに対して勝てるつもりでいるのが異常な気もするんだけど……)


 と、それらの会話を黙って聞いていた受付嬢……コリンナは思っていた。


 蓮だけが演習場へと足を踏み入れ、邪魔しないようにと気を遣ってか、千草とエリナは柵の外側から中の様子を見守ることにしたらしい。


 蓮が離れたことを確認すると、コリンナは気になって、つい、


「お二人のどちらかが、あの男の子の彼女さん?」


 と訊いてしまった。


「えっ!? えっ……げほっ、いえっ、げほげほげほっ……!」


 コリンナの視線が主に自分に向けられていることを察したからか、盛大にむせてしまった千草と、


「……蓮は私の婚約者ですね」


 そんな千草の背中をさすってやりながら、淡々と答えたエリナ。


 その反応を見ながら、


(あ……蓮。そうか、あの男の子が神明蓮で、その婚約者がこのエリナ・リヴィングストン……!)


 コリンナはメロアラントに来てまだ日が浅かった。有名人であるエリナの外見的特徴くらいは知っていたが、その相手である蓮の存在にまでは頭が回らなかった。


 てっきり、傍から見れば蓮に懐いている様子を見せていた、活発な少女の方が恋人なのかと思ってしまっていた。


 しかし、実際は澄ました顔の美少女の方が、彼の婚約者なのだという。触れるべきではない事柄に触れてしまったのかもしれない。


 やらかしてからすぐそれに気づいても意味ないよ! とコリンナは脳内で自分の頭を叩いた。


(やばい、下手したら首が飛ぶかも……)


 コリンナは支部から出てきて早速、「一分前に戻りたい……」と思うのだった。が、ただの人間である彼女に、世界の時間を戻すことも、相手の記憶を書き換えることもできるはずがない。


 まぁ、エリナは初対面の相手をいきなり処断するような気質でもなければ、そもそもそんな風に家柄を振りかざすこともないのだが。



 余計なものがどけられ、乾いた土を踏みしめ、ただ相対した者一人だけに集中できる環境が整えられた演習場。


 入口から真っすぐに道を空けるように、左右へと分かれた傭兵たち。功牙は支部の側壁に背中を預けるような位置に立っている。直射日光に当たることを嫌ったのかもしれない。


 ――蓮の前に最初に立たされたのは、額にバンダナを巻いて、水色の髪を逆立てた軽装の男。名をモーリスという。


 仕事中でない為に軽装なのかとも思ったが、周囲の人物の多くは借り物とはいえ、ギルドの備品であるレザーアーマーやアイアンメイルを運んできて、着用し始めている。


 一応は実戦形式ということで、普段の装備重量を再現しようとしているのだろう。勿論、オフの日ではない普段の彼らは、もっといい装備をしているのだろうが。


 となると、バンダナの男モーリスは、恐らくはその軽装で完成された姿なのだ。


 オフの日にただ町で飲み食いをする際にも、酒を入れず、いつ仕事が舞い込んでも問題ないように心がけている傭兵もいる。


 そうした傭兵たちのために、ギルド内の椅子は鎧を着こんでいることを想定した大きさになっている訳で……実際、蓮が指名した人物にも、残念ながら指名できなかった人物の中にも、重そうな鎧を身に付けている者は数名いた。


 飲食の際には兜だけ外して、椅子の手すりにある突起に引っ掛けていた者たちだ。


 蓮の見立てでは、モーリスも何の防具も身に付けていないという訳ではなく、恐らくは洋服の下に、小さな金属のリングが連なった、鎖帷子(くさりかたびら)と呼ばれるものを着込んでいる。


 着たままで日常生活に耐えられる程軽いものではないが、それでも隠せるはずもない通常の鎧よりはずっと軽いし、身体の動きに柔軟に対応してくれる。


 やはり、モーリスはスピードタイプの戦士なのだろう、と蓮は結論付けた。


 蓮よりも頭一つ分背が高いモーリス。厳しい鍛錬……を己に課していたかまでは分からないが、普段の仕事でも鍛えられているだろうその筋力が生み出すトップスピードは、蓮のそれを凌駕する可能性もある。


(ふーっ……。師匠の教えを思い出せ。油断はしない。慢心もしない。でも、恐怖で固まるのはダメだ)


 傭兵の一人によってドスンと置かれた木箱。多くは木製の武器が乱雑に突っ込まれているそこに手を伸ばし、モーリスが引き抜いたのは……やはりというか、短剣だった。


 ただ腰に締め付けるだけの簡素な剣帯(けんたい)も合わせて着用し、左右それぞれに、その木製の短剣をいつでも仕舞えるようにする。


 蓮が身に付けている剣帯と同じく、鞘ではなく、短い輪っかのようなものがついていて、木剣の鍔を受け止めて支えるタイプだ。


 剣帯自体は軽く済むが、刃の部分は覆われることがないため、真剣には使えない。


(わざわざこの模擬戦のためだけに剣帯を? ……ってことは、他にも武器を使うつもりなのか)


 蓮の疑問に答えるように、ギルドの裏手からまた別な傭兵が二人姿を現す。モーリスと同じクランに所属する仲間だろうか。その手には、弓。もう一人が持つ籠には……大量の矢が入っていた。


(弓使い……探索兵……レンジャーってやつか……!)


 国境沿いの森などに拠点を置き、国から逃亡しようとしている犯罪者を追跡、捕縛したり、時には危険な原生生物を討つこともあるという。


 そうした職業なら、確かにその軽装も頷ける。そうでなくては、森を素早く行軍することなど叶わないためだ。


(前職の経験を活かして傭兵をやってるタイプなのかな)


「――あ、蓮に説明しておくけど」


 矢筒を右腰に、弓を背中に装備しておくためのベルトを左肩に通しているモーリスを尻目にしながら、功牙が口を開いた。


「なんですか、師匠?」


「今回は模擬戦だから、勿論矢は偽物だよ。先端には重りを布と綿で包んだものしか付いてない。でも、僕がしっかり見ているから、当たった場所によっては致命傷を負ったものとして、すぐに止めるからね」


「分かりました。というか本物の矢だったら、当たるイコール突き刺さって抜けなくなるってことで、そんなのはどこに貰っても致命傷みたいなもん……ですよね?」


「そこまで分かってるなら、よし」


 満足そうに功牙が頷いたところで、モーリスの方も準備が出来たようだ。


(でも、あのベルトから弓矢を外す時はいいけど、あれって一回外したらそう簡単には付け直せないよな?)


「じゃあ、そろそろ始めるよ。頭部に首、心臓部、股間等……わざわざ言わなくても分かると思うけど、打撃での急所狙いは無しで。お互いに最初から本気でね。負けた後に「まった」はなしだからね」


「あぁ、いつでもいい」


「お願いします」


 功牙の確認に、モーリスと蓮が応じる。モーリスは背中の弓も腰の短剣も持つことは無く、どちらをメインに使うのか、蓮に悟らせないつもりらしい。


 蓮は左腰に纏められた長刀と短刀を引き抜くと、前方でゆったりと構える。


(なら、一回弓を使わせた後に短剣に持ち替えさせれば、もう弓はそこら辺に投げ捨ててるってことで、心配する必要は無くなるんじゃ……)


 できれば最初に弓を使って欲しいな、と蓮が考えながら両の拳に力を入れると、


「じゃあ――はじめっ!!」


 功牙の合図が響き渡った。


 まず、その瞬間にモーリスが突っ込んでくることも、蓮は一応想定していた。自分もその手の奇襲を得意としているためだ。


 瞬間的に身構えて、左足を下げるようにして半身(はんみ)の構えを取るが、その手の奇襲はなかった。


「――行くぜ坊主っ!」


 モーリスは正々堂々が主義なのか。声を上げると、左手を背中へと回した。


 それが引き戻されたと思った時には、既に右手も矢筒から矢を引き抜いており、それが(つる)に掛けられたと思う暇もなく、既に引き放たれていた。


「――うえっ!?」


(そんな一瞬で狙いを付けられるもんなのかっ!? そりゃとんでもない弓の名手……っ)


 と、蓮がまごつくことは想定済みだったのか。


 力なく放たれた矢が、蓮に到達することなく、地面に落ちる。


(えっ……あ……っ)


 右に跳び、着地するところだった蓮。そこに向けて、どうやら同時に引き抜いていたらしい二本目の矢を弓につがえたモーリス。その眼光が突き刺さる。


(やられた……!!)


 放たれた矢が、蓮の左の脇腹目掛けて跳ぶ。左の短刀で打ち払うことには……成功した。


「――おおっ」「あの体勢から弾きやがった」「すげぇな、あのガキ!」


 成功したものの。わっと湧くギャラリーの声も、蓮を慰めるには足りない。


(――今のが本物の矢じりだったら、もっと速かったはず……!)


 だとすれば、今頃僅か二手で敗北した蓮は、血を吐いて地面に頽れていた可能性が高い。


 ――本来、この手の奇策はオレがやる側なのに……!


 悔しさと共に、今まで出会ったことのない強者との邂逅に、心が昂る。


 次はこうはならない。オレの力を見せるんだ。師匠に、千草に、エリナに。


「うおおっ!!」


 叫びながら、前方に向けて低く跳躍。モーリスは次の矢を矢筒から引き抜きながら、後ろへと跳んでいた。演習場は、まだいくらでも距離を取ることはできる広さだ。


 前方へ跳躍しながら、両手を後ろへと回していた蓮。


 それが引き戻された時、モーリスの三射目。またしても胴体に向けられたそれ――特性の矢は心臓部に当たったとしても害がないため、心理的にも胴体が狙いやすいのだろう――を打ち払ったのは、蓮が右手に持った剣だった。


「――おおっ!?」


 驚愕の声を上げるモーリス。


 蓮は背中で、左右の剣を持ち換えていた。右手の短刀で矢を打ち払ったかと思えば、下から救い上げるように伸びた長刀が、矢筒の底を打つ!


 硬い音が響き、僅かにモーリスの身体が跳ねる。本体がダメージを受けた訳でもなく、それ故に功牙からストップが掛かることもない。


 ただ、矢筒の中身が――特製の矢が十本以上――宙にばら撒かれる。そのまま、僅かに引き戻した後、すぐさま横殴りに叩きつけられる長刀。


 利き腕でない左手一本で振るわれた長刀に、試合を終了させるだけの威力があると功牙に思わせられるかは謎だが……元から相手と近い位置にあったため、勢いをつけることもままならず。


 それでも、長刀はモーリスの右腕の付け根を打った。モーリスは顔を歪めすらせずに耐えたため、痛みを与えてしまったと心配する必要はないようだが。


「――やるじゃねぇかっ」


 言いながら、モーリスは押されて自分の左側へと動いていた右腕を下げ、左腰の短剣を掴む。同時に反時計回りにその身を回転させながら、飛び退る。


 蓮の長刀は押し当てていた相手の身体を失い、勢い余って振り抜かれる。それを蓮が引き戻そうとしたところに、


(え――っ!?)


 それほど強い勢いではない、だが、短刀の一本が放るように投げられ、蓮の胸に迫っていた。横向きに投げられたそれは、そのまま当たってもなんともないだろうが……。


(これも、モーリスさんの優しさってことだよな)


 まともに投げてそれが当たれば、子供に大怪我をさせてしまう恐れがある。だからこうして優しく投げるしかなく、それ故に蓮もまた、苦も無く反応できてしまうのだ。弾き飛ばされ、地面に転がる短刀。


(これは、全力で投げられても反応できたはずなのに……!)


 分かっている。モーリスはこちらの実力を計りかねている。だからこそ、何度も奇襲が実現していながらも、戦いを長引かせるかのように、手加減を多めにしてくれている。


 しかし、それをされている側の蓮としては、「弄ばれている」というような感覚が無くもない。いや、それが相手の優しさだということは理解できているのだ。


 だが、どうしても、「本当の本気を出してくれよ! そして、それに対応したオレを認めてくれ!」と思ってしまうのは……恐らくは、蓮もまだ子供だからなのだろう。


 その少し憤ったような表情を浮かべた蓮の様子を見て、功牙は口元を上向きにした。


(いいね、さすがモーリスだ。蓮はいつも敦也や他の生徒にこういう思いをさせる側だからこそ、こういう機会を設けることは、良い薬になるだろう)


 功牙自身は蓮の年齢にそぐわない強さを気に入っているが、だからと言っていつまでも負けなしでいていいとも思っていない。


 ――同世代の間で最強だから、なんだというのか。これから旅に出るのであれば、相手の年齢には制限がなく、圧倒的な暴力に襲われることもあり得る。


(勝敗なんてどうでもいいんだ。蓮、僕が目を掛ける君なら。この戦いから得られるものがあるはずだよね)


「があああっ!!」


 蓮が吠え、左手の長刀と打ちあわされていた短剣を……右手の短刀を逆側から打ち付けることで、挟み込んだ!


 と周囲が認識した頃には、既に左の長刀は下に下げられ、右の短剣は外側へと力を掛けられ……モーリスの右手が握る短剣は、捻じるように持っていかれた。宙を舞う短剣。それは、ギャラリーの傭兵がキャッチした。


「――その短剣はもうあっちに戻さなくていい」


 すぐさま功牙が指示を出した。これで、モーリスからは短剣が一本失われたことになる。


 飛び退るモーリス。左手には弓。右手には今拾い上げた、先ほど地面に転がった方の短剣。右腰には空になった剣留めの輪と、その下には矢を失った矢筒。


 それを追って掛ける蓮。こちらはまだ、武器を一本も失っていない。


 その状況が、蓮に自信を生み出させたのか。


(オレだって、同じことくらいできる……!!)


 蓮は相手がもう矢を放つことができないと確信していたためか、やり返すように、右手に持っていた短刀をモーリスに向けて放っていた。


 同じ理論でいけば、これが撃ち落とされずにモーリスの身体に当たれば、蓮の勝ちとなるはずだ。


 もっとも、そこら辺は功牙の匙加減なため、功牙がどうしても蓮を勝たせたくないと思えば、ストップが掛からない可能性もあるが。


 しかし、とりあえずその心配は要らなそうだった。モーリスは右手の短剣でそれを撃ち落とす。


「――そこォっ!!」


 そうして、蓮が両手で持ち直した長刀の突きが、モーリスの右胸に突き立てられる寸前――、


「――ストップ!! そこまでっ!!」


 それがモーリスに触れる以前から、既に功牙の発声は始まっていた。それ故に、蓮はモーリスを傷つけることはなかった。


 そして、同時に。


「――勝者はモーリスだ」


 モーリスがいつまでも左手に持ち続けていた弓。その上側の先端が、蓮の鎖骨あたりに押し付けられていた。


(…………やられた……んだ……)


 一瞬「オレが負けたんですかっ!?」と叫びたくなったものの、蓮は不可解な状況も含めて、まず第一に師匠の言うことに従うようにしている。そう癖をつけていたからこそ、抑えることができた。


 人によっては、何もついていないただの木弓の先端が触れただけで、なぜ負けになることがある、と食って掛かったかもしれない。


 だからこそ、見物して「おおっ」だの「すげぇ!」だの盛り上がっていた傭兵たちも、今は静観している。


 弟子をどう教育するのかは、功牙の勝手だ。自分たちが口を出すことじゃない。というより、変に口を出した結果、功牙の恨みを買うのが嫌だった。


「もしかしたら蓮は不服に思うかもしれないけど、レンジャーの中には弓の上下どちらか、もしくは両方に刃を付けている人が多いんだ。だから、蓮は致命傷を負った……と僕は判断したよ」


 功牙の言うことは事実である。実際、モーリスは普段であれば短剣を抜くことすらなく、鉄弓と、その上下に備え付けられたブレードを持って戦う。


「なるほど……です。……もちろん、従いますよ」


 蓮は極度の緊張によるものか、体力的にはまだ問題ないだろうが、はぁはぁと肩で息をしていた。


 そんな蓮を労うように、モーリスが手を伸ばしてきていた。


「――いや、若いのにいい動きをする。凄い少年だよ、君は」


「ありがとう、ございます……」


 悔しいが、相手に悪いところはない。蓮はモーリスに右手を伸ばし、握手に応じた。


「君は手加減されたと感じているかもしれないが、君なら本物の矢でも対処できていたと思う。そう考えれば、先に俺の右腕に一撃を入れていたのは君になる訳だからね」


 露骨に慰められてるな、と感じた蓮は微妙な顔になって、


「いや、でもあの威力じゃ致命傷には……」


 しかし、握手を解いたモーリスは、首を横に振った。


「いやいや、そんなことはないさ。真剣を使っていれば、多少の勢いのなさなど埋められる。あれだけで俺を倒すこともできたはずだよ。そうしょげないでいいから」


 ははは、と笑いながら下がるモーリス。


(そうか……ここにいる人たちは皆、真剣で人間相手に戦ったことがある……のか)


 それは、覚悟からして違うはずだ。傭兵ギルドの人間と言えば、昼間から飲めや歌えのどんちゃん騒ぎ、酒も入ってないくせによくもまぁあれだけ騒げるものだ……と、ギルド内から漏れ出てくる音だけで粗野(そや)な印象を持っていたが。


(このモーリスという人は、師匠の弟子ってだけでオレに対して礼節を尽くして、手加減もしながら試合を引き延ばして、それでいて油断することなく勝ってみせた)


 今まで傭兵に対して持っていた偏見が、洗われるかのようだった。いや、勿論乱暴で粗雑な傭兵も中にはいるが。というか、結構な割合で存在するが。


(……すごい人だ、モーリスさん)


 少なくとも、最初に蓮が話すことになった傭兵が人格者であるモーリスであり、それに敗北する結果に終わったことは、きっとこれからの蓮の人生において、とてもいい財産になる。


 功牙はそう確信し、にこにこと笑った。


 珍しく、嫌味の無い笑みだった。


 ――それを見た周囲の傭兵たちは、大層気味悪がったが。


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