表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【3章終了後に修正予定】黄昏のイズランド  作者: カジー・K
第1章 出立編 -水竜が守護する地-
12/89

第11話 お待たせ傭兵ギルド、さぁ功牙の煽りを受けるがよい


 ――水竜メロアへの謁見から、二日後。


 オールブライト領にて。



 午前十時を回った頃、傭兵ギルド、オールブライト支部の扉が開かれる。


 温かみのある木製の建物であり、その木材は特性のワニスで塗装されているため、耐久性・耐火性共に優れている。ワニスは水竜メロアが目覚めて以降、水の≪クラフトアークス≫を得た職人が、樹脂やテレビン()に加え、炎を嫌う性質を持たせた≪クローズドウォーター≫を混ぜ合わせることで生み出された、現在のメロアラントが他国に対して誇れる主要産業の一つである。木製の建物に高い耐火性を持たせられるという魔法のニス(実際、魔法のような力が使われている)は、どの国家も欲するものだった。炎を操るアニマという種族が悪とされている時世であれば、尚更だ。


 入口の扉から遠く、正面にはカウンターがあり、内部には三人の受付嬢が立っている。


 入口から受付嬢までの距離が遠いのは、全員が全員、受付嬢に話しかけるために訪れるとは限らないためだろう。受付嬢側としても、カウンターが入口から近すぎると、入って来た人全員に挨拶しなければならない空気になるため、これくらい距離がある方がありがたい。


 右手を見れば、多くは護衛者の募集であろう、依頼書がいくつか張り付けられた掲示板がある。


 冒険者ギルドと違って、掲示板はそこまでびっしりと紙に覆い尽くされてはいない。冒険者ギルドであれば、いくらでも薬草採取や、特定のモンスターから素材を回収してくるなどの依頼が尽きないだろうが、ここは傭兵ギルドであり、少し毛色が異なる。


 わざわざ依頼者本人がダンジョン等の危険な場所に直接赴く必要があるとしても、その際の護衛すらも、モンスター慣れした冒険者の方が相応しい場合が多い。


 この時代における傭兵の主な使われ方は、商人や旅人が国から国へ移動する際の護衛がまず一つ。


 次に、イベントなどが催される際に、その会場を護衛することが一つ。


 最後に、国同士が戦争を起こした際に、雇われた側について戦う……という非常に血なまぐさいものもあるが、これに関しては殆どの傭兵が「戦争なんて起こらなくていいよ」と思っている。


 これは、傭兵ギルドの本部がサンスタード帝国にあることもあって、規約に盛り込まれているのだろう。


 要するに、帝国は「ウチが戦争する時にはお前ら傭兵を必要とする可能性があることを了承した上で、傭兵ギルドのギルドカードを受け取るんだな。断ることは許さん」と言っているに近い。


 そうした帝国による影響を過剰に嫌う者は、冒険者ギルドを選ぶのだろう。実際、冒険者ギルドと傭兵ギルドには重なる仕事もある。


 例えば、素材採集のためにダンジョンに挑む冒険者たちが、実力不足により更なる人手を募る場合。同じ冒険者ギルドに所属している者たちは既に別な依頼を受けていたり、長らく街を留守にしている場合も多い。なら、傭兵ギルドの支部で仕事が舞い込むのを待っている、暇そうな傭兵を連れて行けばいいじゃないか……という具合に。


 必ずしもそうという訳ではないが、冒険者ギルドには自分から仕事を取りに行く者が多く、傭兵ギルドには仕事の方から来るのを待つ者が多い傾向がある。


 左手を見れば、いくつもの丸いテーブルが床に固定され、その周りには背もたれ付きの椅子(一つ一つが鎧を着た大の男を想定しているように大きい!)が並べられた、酒場……のような空間が広がっている。ここでは休憩エリアと表記する。


 清流人が清貧さを誇りにしている節があるためか、はたまたオールブライト支部のギルドマスターが酒嫌いなためか、酒類の提供が禁じられており、そこを酒場と言っていいのかは怪しいところなためだ。


 もっとも、酒類を提供しないこと以外は、この手のギルドにおける酒場のイメージそのものだろう。


 そして、酒など入っていなくとも、荒くれ者どもは絡んで来ることが多い。


 決して子供が立ち入るべき場所ではない。


 休憩エリアのテーブルは八個あるが、それらの周りの椅子に誰も座っていないテーブルは一つもない。時間帯の割には人でごった返していると言ってもいい。椅子にはまだ空きがあるにも関わらず、相席はせずに別のテーブルに向かう者が多いのは、それぞれが別のクランに所属しているためだろう。


 本来なら護衛者を見繕いにきた依頼人が、受付から待たされている際に座る為に設置されたふかふかのロングソファすらも、三個あるというのに全てが使用されている。


 受付嬢を除いても、総勢で二十五名にもなった。


(――これ、どう考えても人の数が多すぎるよな……?)


 と、まず第一に蓮がそう疑念を抱いたことにも頷ける。だが、蓮はあいにく傭兵ギルドの支部に足を踏み入れるのはこれが初めてであり、それを理由に師匠に質問することは無かった。


 扉を開いて、周囲を観察していた十数秒。その間、支部内にいた全ての人間たちの目がこちらを捉え続けていることも……非常に居心地が悪いが、それが異常とまでは思い至らない。


(まぁ、戦い慣れてる人達だし。誰か人が入って来たら注意を払ってもおかしくないよな? こんなに長くじろじろ見られてるのは、違和感が無くもないけど……)


 身長百六十九センチの蓮の左肩越しに、師匠である功牙のにこやかな顔が覗いている。


(やあ、傭兵ギルドの皆。約束通り、祭に招待しに来たよ)


 その笑みには、そんな意味が含まれていた。


 受付嬢たち、そして食っては飲んでいた傭兵たちが手を止め、注視していたのは……多くは蓮ではなく、功牙の方だ。


 更に後ろには千草とエリナも同行しているが……こちらはそもそも二人の男性に阻まれて、殆ど見えていない。


(うお、マジで宝竜功牙だ……)


(薄く笑ってやがるのが逆に怖えな)


(――功牙か、懐かしいな)


(今は髪伸ばしてんのか〜)


(相変わらず顔だけはいいわね)


(……前に立ってんのが弟子だってやつか? あいつ、人にものを教えることなんて出来たのか……)


 と、昔の功牙を知る者たちは考えていた。


 その全員が、傭兵ギルドを通して、前もって功牙に金を握らされている。


 後日弟子を連れて顔を出す際、昔の功牙についての情報を徹底して隠すこと。


「その日、傭兵ギルド支部で祭を開くから、なんもしないで金だけ受け取ることを情けなく思う奴は、全員来てね?」という、腹を立てない方がむしろ難しい伝言付きで。


((誰が逃げるか、ボケが!))


 と多くの傭兵は考え、こうして当日の朝早くから集まり、朝食がてら功牙に対する愚痴で盛り上がっていた、という訳だ。


 もっとも、そもそも功牙と面識がない者たちの中には、「いや、その日は支部に顔を出す予定も無いし、関係ねえよ」と口止め料を受け取ることを辞退した者も多い。


(しかし、祭ってのはどういう意味なのか……)


 と、額にバンダナを巻いた男が一人、隅のテーブルで考えを巡らせていた。


 見たところ……そして聞いたところ、功牙は弟子を始めとした己が関わる子供たちに、己の本性を知られることを嫌っている様子だ。


 ――そんな状態で、ごった返している傭兵たちに向けて大きなアクションを取ることなど難しいのではないか?


 功牙は自分たちをどう使うつもりなのか。などと考えていると、


「ほら、蓮。進んで進んで。真ん中まで行って。あ、エリナ、ちゃんと扉は閉めてね」


「分かりました」


「……えっ……真ん中に突っ立ってたら邪魔になりません? オレ、怒られるの嫌なんですけど……」


「大丈夫だから。傭兵の皆さんは蓮が思ってるよりずっと優しいからね」


 功牙が蓮の背中をグイグイと押し、中央まで歩かせる。


(お前の手前、優しくしてやるしかないだけじゃボケ)


 と怒りを浮かべかけた傭兵もいたが、蓮と功牙が移動したことで見えたものに、毒気を抜かれた。


(あらかわいい)


(お、可愛らしいガキが……って、後ろのシスターはエリナ・リヴィングストンじゃねぇか!)


(清流人の血が混ざってるとは思えないくらい、鮮やかな金髪だな……)


(修道服だけど、神官なんだよな?)


(曙の娘……千草だったかしら。あの子でも傭兵ギルドはさすがに緊張するのね)


 露わになった二人の少女にも視線が向けられ、彼女たちも居心地の悪い思いをする。


 エリナの方は、顔には出ていないが。もっとも、何か嫌な気配を感じたかのようにきょろきょろと辺りを見渡しているため、普段通りでないことは確かだ。


 空間の中心点に立った蓮は、目をしっかりと開け、身体ごとゆっくり回転するように、ぐるりと空間内を見渡した。


(あれが“心眼”。……目で見た以上のものを情報として取り込む、神明家に時折発現するという異能か)


 その目が僅かに青い光を放っていることに目敏く気づいた人物は、そう考えていた。


 功牙に予告されていたこともあり、その弟子である神明家の男児について、あらかじめ情報を集めていたのかもしれない。


 その視線に値踏みされていることは確実で、傭兵たちもまたいい気分では無かったが、先にじろじろと眺め始めたのは自分たちの方だという自覚があったため、何も言う者はいなかった。


「どうだい、蓮。目ぼしい人材はいたかな?」


 功牙が楽しそうに訊いたことで傭兵たちは苛立ち、しかし蓮は気まずそうに声をひそめた。


「……分かりましたし、良さげな人もいましたけど。傭兵さんがたに順位をつけるようなこと、この場で言える訳ないじゃないですか」


 こっそり飲食の手を止めて耳をそば立てていた傭兵たちは、


((あ、功牙の弟子は結構まともそうだ……))


 と思った。


「じゃあ、特に強そうだと思った人を片っ端から挙げてくれるかな? 強いと思った順番じゃなくていいから」


「あ、はい」


 功牙に提案され、蓮はこっそりと耳打ちする。それを満足気な顔で聞いた後、


「よーし、じゃあ傭兵の皆さん聴いてください、いやどうせ既に盗み聞きモードでしたでしょうけども! ……そこのあなた! それからそっちのあなた! とあなたと、あなたとあなたとあなたとあなたたち! 誰に護衛を依頼するか決めたいから、表に出て実力を見せてもらえるかな? まさか、護衛対象となるうちの弟子より弱い人に任せる訳にもいかないからさぁ……協力、お願いできますよね?」


「しっ、師匠ォ!?」


 急に饒舌になり、まるで年下に対するようにフランクに、煽っているような口調で捲し立てた功牙に、驚愕の悲鳴をあげた蓮。


 しかし、蓮は気づいていない。弟子たちからは見えないように数歩前に出た功牙は、傭兵たちにのみ見えるように、変顔をして遊んでいた。煽っているような、というより、確実に煽っていた。完全に地面に伸びた相手を前に、屈伸でもし始めそうな顔だった。「協力、お願いできますよね?」という言葉すらも、傭兵たちには「逃げんなよ?」と聴こえた。


(やっぱ功牙の方はまともじゃねー!!)


 そう悲鳴のように感情を迸らせたバンダナの男の前で、他の傭兵たちが次々と音を立てて立ち上がった。


(ぶっ殺す! いや、功牙の弟子は殺さんが!)


(上等じゃゴラァ!!)


(なんで弟分だけ指名されて、オレが選ばれないんじゃあ!!)


(祭って、こういうことかよ……まぁ金は貰えたし、見てるだけで楽しそうだからいいけどよ)


(実力の確認方法がトーナメント方式なら、賭け事にできねぇカナ……)


 思うことは人それぞれだが、誰一人として逃げようとはしなかった。指名されなかったものすらも、怒り混じりであれ、例外なく口元は吊り上がっていた。


 客観的に見て、楽しそうだった。


(またあの人は、変なことを考える……)


 と、受付嬢の一人、灰色の髪のコリンナは呆れた顔で功牙の背中を見つめた。


「あの、先輩方。怪我人が出たり、周囲の建物に迷惑が掛からないように、私も見て来ますね」


「オッケー」


「いってらっしゃーい」


(まったく……やっぱりテーブルを床に固定するように進言してよかった……ああっ、もう! もうちょっとゆっくり出さないっての!)


 荒くれ者どもは、そこにある食器の全てを一息に破壊しかねない。実際、以前にはそういった事例が度々あったための進言だ。


 コリンナは最後の傭兵が外へ出て行ったのを見て、慌てて駆けだした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ