第9話 ヒーローのグロニクル
「……なるほど、三百年前にそんなことが……」
蓮がそう、しみじみと呟いた。
メロアは、神妙な顔で頷いている子供たちを満足そうに眺めた。
(さすがは優秀な子たちだ。語り部として話し甲斐がある)
『――その頃から、帝国はメロアのことを「恩義があるせいで無下にできない、しかし四華族の上に居座られ続けるのは危険な存在だ」と考えていたのであろう』
良いところを持っていくように引き継いだダリの言葉に、エドガーは得心がいったように頷いた。
(……いや、帝国式の名前を名乗ってる手前、大声で「納得しました! それで帝国はメロア様を殺したいんですね!」なんて言えねえけどさ)
エドガー・オールブライト。帝国式の名前を名乗ってはいるが、エドガーの出身はデルだ。
それに今では完全にメロアラントに染まり、自分が清流人の一人だという誇りを持って生きている。
むしろ、名前のせいで帝国贔屓だと思われると嫌な気分にすらなる。できればいつかは外国の女性に婿入りして、エドガー・タナカなどと名乗りたいくらいだ。
いや、タナカが高貴な身分の者の苗字だとは思えないので、ただの例え話だが。
あと、結局は元の身分が高貴な場合、エドガー・タナカ・オールブライトと名乗ることを周囲には求められてしまうだろう。普段はオールブライトを略しても咎められることはないだろうが。
一般的に、高貴な身分の者がそれを隠して民草と会話することはよく思われない。ぞんざいな態度で応対した後に「実はぼく、高貴な身分でした~」などと言われては、民草としてはたまったものではないからだ。身分を隠してお忍びで行動するならば、最後まで隠し通せという話だ。途中で声高に素性を宣言してドヤりたいならば、俺ツエー系の異世界に転生できるようにでも祈ってろ。
『メロアはそれを……ともすれば帝国に狙われる立場であることを察していたからこそ、僅か二十年ほどのみ活動したのち、二百八十年もの長き眠りについたのである』
『眠りが長すぎたせいで、現代までにどんどん影響力が薄れていって、清流人の誰もが≪クラフトアークス≫を発現させることも無くなってしまっていた、という訳だね。青い≪クラフトアークス≫も、姉が使った紺色の≪クラフトアークス≫のどちらも失われたということが、我だけでなく、姉もまた眠りについたと考えられる根拠だね』
まぁ、龍という生命体に関わる現象はどれも完璧に知り尽くされている訳じゃないから、未だに謎も多いし、抜け穴もあるのかもしれないけど、とメロアは重ねた。
『どの龍よりも長い期間眠り続けた我の師匠が、どの龍よりも多く竜門を生成したゼーレナ様……と考えると、中々面白いだろう?』
(それだけ聞くと、ただ単にぐうたらなだけの龍では?)
と蓮は思ったが、言葉にするはずもなかった。
「その二十年……のうち、十数年は戦争に費やしたのですよね。残りの何年かの間、メロア様は何をされていたのですか?」
『特にこれといって、自分からは何も』
エリナの質問に答えるメロア。
(やっぱりぐうたらじゃないか!)
と考えた蓮だが、
『まぁ、人々に助けを求められれば応じてたかな。山を拓いたりとか。海岸線に岩を積み上げて、大型のモンスターが入って来にくいようにしたりとか。オールブライト川が良い感じに流れるように整備したりもしたかな』
(ごめんなさいっ! 魚おいしいです、いつも助かってます! 川ならアユの塩焼き、海ならセイリュウメヌケの昆布醤油焼きが大好物ですっ!)
続いたメロアの言葉に、即座に脳内で謝罪した。
ちなみにセイリュウメヌケとは、地球で言うところのアラスカメヌケ……つまりは赤魚のことである。普段は水深二百メートル以上の深い海に暮らしているため獲れにくく、故にちょっとお高い。地上に引き上げられた際には水圧の関係で目玉が飛び出し、グロテスクな様相となるのが特徴であり、メヌケという名前の由来でもある。余談だが、蓮は四華族と幼少期から仲良くしていることもあって、そこそこ以上に良いものを食べ慣れており、舌が肥えている。
『あと、≪ミル≫も生み出したね。姉の真似事……という訳でもないが、温厚で、可愛らしい生物を創ろうと頑張ってみたんだよ』
「それに関しては本当に、ありがとうございます!」「≪ミル≫ちゃん大好きっす!」「メロア様の美的感覚は確かです」
女性陣の勢いに、男子どもは苦笑いするしかなかった。
『ティシーの子供の、更に子供。つまりは孫……我から見れば姪孫が生まれたのを見て、満足したね。もうそろそろ眠ってもいいかな、と』
「ティシーさんのお子さんやお孫さんは、やはり、可愛かったですか?」
とは、エリナだ。彼女にも余所に嫁いだ姉がいるため、気になったのかもしれない。
『――そりゃもう、とんでもなく可愛かったさ! その末裔である功牙を、代わりに愛でてしまう程度にはね!』
メロアは興奮し、まくし立てるように言ったが、
(こき使ってるの間違いでは……?)
この高祖母は、と功牙は冷めた目で床を眺めていた。
いや、確実に高祖母どころでなく、もっと上だが。
バババババババババババババアくらいだろう、恐らくは。
『それにしても……ううむ。これほどの時間を置けば、帝国も少しは温厚になっているかと思ったのだがね……』
『帝国が隠したがる過去をはじめとし、やつばらに不利な情報は語らぬよう、ぬしがこれだけ徹底しているにも関わらず、であるからな』
(帝国を怒らせないように、メロアさまは気を遣いすぎるくらいに遣っている、それは誰の目にも見て取れる。それでも帝国は、“世界の真実を語る龍”を排除したがっている……)
メロアとダリの言葉を反芻し、千草は考える。
(それにはなにか、近年になって帝国が進めている計画があって……メロアさまこそがその邪魔になる、と。そう考えているのかも?)
「竜の時代の終わりを宣言し、黄昏の時代と改めた帝国……黄昏……斜陽? ものごとが終わりに向かう……つまり……」
千草がぶつぶつ呟きと、絡まった思考を纏めるように整理している。
それを邪魔しないようにしつつ、幼馴染たちは千草の様子を見つめた。
(なんか突発的にヤバいことを言い出さないだろうな)
と、蓮は脇に汗がにじむのを感じた。
ノっている時、千草の頭の回転が異常なのは全員が知っているが、突飛な結論を大声で叫んで、神たちの機嫌を損ねるような状況が少し怖い。
まぁ、当のメロアがワクワクしたような顔で千草を眺めているので、大丈夫だとは思うが。いや、でもダリはどうだろう。
静かになった空間に退屈したように、ダリが右手に持つ錫杖を左手に持ち替えた。
――ちなみにダリが錫杖を持つ理由は、地球における仏教徒がそれを持つ理由とは異なるため、不浄手である左手で手にしても何ら問題はない。仮に問題があるとしても、いちいちそんなことを指摘していれば神罰が下る上にハゲるからやめておこう。
その際に先端に通された四つの遊環が打ち合わされ、シャンと高く美しい音が鳴る。
――その瞬間。
「――わかったーっ!!」
『うぎゃっ!? ……うっせぇわ! ――である!』
千草が大声を上げ、ダリがそれに文句を言い、 メロアの隣でうつらうつらしていたカラテアは飛び起きた。敦也は己のこめかみを押し、蓮は目頭を抑えた。
(もう全部そうならないでくれって思ってたことそのまんま過ぎて泣けてきた……)
「サンスタード帝国は、全ての龍を倒そうとしている……いや、それだと正しくないか。命を奪った場合、別な人間が新たに龍の力を受け継ぐだけかもしれないし。――なら、全ての龍を封印状態にして、その力だけを我が物にしようとしている!!」
思い思いの仕草でその暴走を見守りながら(メロア様、ダリ様、どうか千草を許してやってください後生ですから、と全員が祈っていた)、千草の言葉を聴く面々。
だが、メロアの顔は驚愕と共に、喜びに彩られていた。
――殆ど独力で、よくそこまでたどり着くものだ。
『……いや、実に尤もらしいのだが、千草。……どうして君はそれに気づけるのだろう?』
そうしてメロアは、隠していた情報を補足する。自分がこの内容を語ったことは、決して帝国人に知られてはいけないよ、と念を押した上で。
――五年前に水竜メロアが目覚めたのは、黒竜イズによってその時代に生きる全ての龍が一堂に会した時だった。
数多の世界、それぞれの龍の現在地が、黒竜イズがいる花畑……≪龍の花園≫を中心に接続された日。
恐らく、休眠状態に入っていた龍も例外なく呼ばれ、起こされたのだろう。
黒竜イズは何も語らなかったが、状況を見るに議題は「金竜ドールがこのまま殺されてもいいと思うか?」というものだったのだろう。
≪氷炎戦争≫の終盤、炎竜グロニクル……となる寸前だった紅き少年は、氷竜ナージアと同じ側に立ち、共に金竜ドールに挑みかかっていた。
そう、この時点でおかしい。
――これは、本当の真実。
帝国に配慮して騙られた、「氷竜ナージアが悪竜グロニクルを暗黒大陸の奥地へと追いやった」という嘘に、真っ向から対立する内容だ。
メロアは寝起きであり、状況を黙って見守るに留めていたのだが……それでも永い時を生きただけあって、察せられることはあった。
他の龍たちから“幻想”と呼ばれていたそれが、かつて師匠である初代竜ゼーレナを傷つけた幻竜であること。
そして、その幻竜が姿を現した闇の世界の中に、地竜ガイアが隠されているだろうこと。
そこで感じた違和感、導き出された答えは……その後、メロアに会いに来てくれたダリによって裏付けされた。
――サンスタード帝国は現在、地竜ガイアを何らかの手段で拘束、封印し、その力だけを抽出する方法を探している。
――そして幻竜は、恐らくサンスタード帝国に何らかの協力を申し出ている。
――闇の世界の中から、帝国の支配階級の人間たちが、≪龍の花園≫での出来事を観察していただろうこと。
『とまぁ、これだけの情報があったなら、その推論を立てられるのも頷けるのだが。……千草、君の頭は一体どうなっているのか……』
というメロアによる一連の説明を聴きながら、蓮は両の拳を握りしめ、ぶるぶると震わせていた。
(――やっぱり、やっぱりだ! オレが考えていた通り、炎竜グロニクルは悪に染まった龍じゃなかった! 兄貴からの手紙にあった通りなんだ!)
かつて汚職を働いた父親に失望し、家を出た兄……神明守。
その兄と、兄と共に旅立った真衣さんが行方知れずとなって二年以上が経過した頃。
一度だけ届いた手紙に書いてあった名前。
「この人は自分で語る内容とは裏腹に、とっても熱いヒーローみたいな人なんだ。いつか蓮にも会わせたいよ。“ヴァリアーの紅き鬼”と呼ばれているこの人の名前は、」
炎竜グロニクルとは、彼が龍の位を引き継いだ後に、世界に対して自ら名乗った名前だ。
しかし、彼自身が名乗りを上げる以前に、先代の炎竜ルノードが創出した魔人、アニマと共に帝国に指名手配を掛けられた際。
初めに帝国が流布した名前は、グロニクルではなかった。
(――手紙で兄貴が言っていた、レンドウさん! それこそが今の炎竜グロニクルであり、彼は悪人じゃない! むしろ人格に問題を抱えていた、金竜ドールという龍から人類を救い出した人なんじゃ……?)
それに関しては僅かに語弊があり、実際は金竜ドールは完全な悪ではなかった。
確かにアラロマフ・ドールに生きる民草に気付かれることなく、容赦なく実験動物として利用していたが……その悪の面と同時に、人間界全体の発展を目指し、尽力していたこともまた事実だ。
このイェス大陸において現代を生きる全ての人間の肉体が大幅に強化されており、例外なくその恩恵に与っている蓮は、むしろ感謝するべき面も無くはないのだが……まぁ、それを推し量るように求めるのは、まだ厳しいかもしれない。
五年前、レンドウという少年が金竜ドールを殺したことが正しかったのかどうか。
その答えは未だに出ていない。誰にも出せるものではないのかもしれない。
金竜ドールが存命のままだった場合の世界を確認することは、もうどうやってもできないのだから。
蓮は時オカ蹴る少年にはなれないのだ。いや、オカリナを蹴るな。
「――っていうかメロアさまもダリさまも、そこまで分かってて知らないふりをして、わたしたちを試してたんですね!」
『う……まぁ、それを言われると痛いのだが』
ノリにノっている千草によって、最早メロアはたじたじだった。
「メロアさまがあまりにも長く眠っていたことで、清流人の中に≪クラフトアークス≫に目覚める者はいなくなった、と仰っていましたね。なら逆に言えば、龍たちが休眠中であったとしても、少なくともしばらくの間は眷属たちはその力を発現できるということ。龍の力を行使することに、龍本体の活動は必須ではない。なら、休眠中の龍に働きかけて、それを定期的に更新してさえやれれば……人間が龍を管理することもできるようになる、かもしれない。まず、龍を強制的・恒久的に眠らせる手段が必要でしょうけど……いや、そもそもその前に、いきなりそんな龍に反逆するような計画が上手くいくわけがない。実験に実験を重ねる必要があるはず。魔法や魔術を掛けられても拘泥しない龍。人間に協力的な龍。それが、現在帝国が保有している地竜ガイア……?」
『……すまないが誰か、千草を元に戻してやってくれるかな』
メロアがそう言うと、美涼が千草に寄って、その頭を掴んで自分の胸元に押し付けた。
「ちーちゃん、起きなさいっ!」
いや、寝ながら喋っている訳ではない筈だが。
「もがむが……もごーっ!?」
息が苦しくなったことで正気に戻った千草を、ホッとした顔で解放する美涼。
「良い匂いを嗅ぎながら死ぬところでした……」
千草の言葉を受けてほんのり頬を紅潮させながら、
「……旅に出た後にちーちゃんがこうなったら、ちゃんと戻って来させられるのか心配なんだけど」
「……一応、私が頑張ってはみます」
美涼の言葉に、半笑いのエリナが答えた。
『――なるほど。確かに、導き出す為の導線は……千草にとっては在った、ということなのだね。確かに貪欲とも言える帝国の姿勢なら、むしろ龍の力を自分たちのものとする流れは、これでも遅すぎたくらいだ』
何代も前から計画されてはいて、近年になって半ば偶然に地竜ガイアを手に入れたことで、一気に動き出したのかもしれない、と。
それを間接的に手伝ってしまった者として、君はどう思う? と。
メロアがダリへと向けた視線によってでは無いだろう。千草は既にそれに気づいていた。
「あの、わたし……ダリさまの正体にも気づいちゃったんですけど、さすがにそれは言わない方がいいですか?」
目を見開く蓮たち。オイ馬鹿やめろ、詮索するなって言われただろ、とは誰の思考か。
……全員だった。
「バカ千草ァ!!」「すみませんダリ様っ!」「こいつは中々止まることができない性質でして!」「俺が罰を受けます」「いえ、私が受けます」
誰がどの順番で喋ったのか、少し考えてみてほしい。
答えは蓮、美涼、エドガー、敦也、エリナの順だ。正解おめでとう。
子供たちが我先に、我前にと押し合い、妹(分)を庇うように団子になって、わちゃわちゃと騒ぎながらダリの前に立ち塞がる形となった。
『ダリを化け物のように扱うのはやめれっ! お、怒っとらんし! である!』
ダリは全く怒っていなければ、一歩も移動すらしていなかったが。
『……ふん、メロアが話した内容に問題はない。それでおまえが勝手に気づいたと言うのであれば、文句はない。……よい、言ってみるである』
寛大にも、ダリはそれを許してくれた。千草はぱぁっと顔を輝かせると、
「えっと……さすがに本名までは、わからないんですけどっ。地竜ガイアさんに雷を落としてー、骨と皮だけに変えてしまったー……っていう、災害竜テンペストさまの話があるじゃないですかっ」
(……様?)
千草はテンペストを様付けで呼んだ。蓮はその様子に違和感を覚える。
その話自体は、“世界の真実を語る龍”であるところのメロアが、大々的に公表した世界史の一部だ。この世界に生きる中等教育生以上の年齢の者なら、五年前から知っていておかしくない。
このイズランドの元々の原住民である魔人に、地球という惑星から連れて来られた形となった人間は迫害されていた。
まぁ、実際には連れてこられた訳ではなく、初代金竜によって記憶もそのままの状態で複製された、というのが正しいのだが。
とにかく、テンペストとその当時仲間であったルノードが主軸となり、この世は人間がシェアを占める世界へと作り替えられた。主に暴力によって。
そしてそれが一部の人間の努力によって鎮静化したはいいものの、テンペストは未だに魔人が大嫌い。“嵐の海域”によって隔絶された外の世界に魔人たちが出ていけないようにするばかりでは飽き足らず、こちら側の世界でも、魔人が大きく発展しようとした際にはその芽を潰す傾向にある。
地竜ガイアは穏健派の龍であり、人間と魔人達の力を見て、常に世界のバランスを保とうと活動していたらしい。ちなみに、お互い龍になる以前にただの地球人だった頃、ガイアとテンペストは同級生だったとか。
ある年、ガイアが帝国で開発されていた兵器を嫌い、それを手放すように求めた。
その行動を魔人贔屓すぎると感じたテンペストが怒り、直接出向くことで雷を落とし、テンペストを骨と皮だけの姿で、しかし命だけは残した状態で……事実上の封印状態にしたのだという話は。
一度耳にした者は二度と忘れられないほどの、現代におけるびっくりエピソードだ。
――元同級生に対してその仕打ちは容赦がなさすぎる。テンペスト、こわ。
加えて、その話を聞いた多くの者はこう思ったはずだ。
「なんか災害竜テンペスト、能力多すぎね?」と。
体躯も大きく、風を操って嵐を起こせることが確定している上、雷まで操るとは。
一体どんな性質をした≪クラフトアークス≫を持っていればそれが可能なのかと、≪クラフトアークス≫という概念を知った現代人だからこそ抱く疑念。
かつて“博愛の魔王”ルヴェリスも抱いていたその疑念に今、千草が答えを出す。
「――それをやったのって、テンペストさまじゃないですよね。……ダリさま。雷を司る龍であるあなたが……お母さんの代わりにやったんじゃないですか……?」
(お母さんの代わりに……だって……!?)
蓮は最早、顎が外れる思いだった。
(災害竜テンペストこそが、ダリ様の母親だと仮定して……だから様付けをしていたのか!)
「あと、先ほどダリさまは、『二十にも満たない人間とは、このようなものであるか?』と仰っていましたよねっ! それはつまり、普段は殆ど人間と関わらない生活をしているってことで。飛竜の丘……いや、それよりもレピアトラの北東かな? そっちの方でテンペストさまと一緒に、“嵐の海域”を維持しながら暮らしているんじゃないですか?」
(ダリがその台詞を言った際、君らは≪クローズドウォーター≫にはしゃいでいたはずではないか……? なぜあの騒ぎ方をしながらも、ダリの念話を正確に記憶できているのか)
千草は別に完全記憶能力者ではなかったよな? とメロアは首を傾げた。
世界の真実にこれほどまでに近づいた子供は自分たちの他にはいないだろうな、と、幼馴染たちは微かに震えていた。
誇らしい。最初は何を言い始めるのか分からず、ちょっと怖かったのはあるけど。
(ちーちゃんの才能が神様に対して披露されてるの、ちょっと自分のことのようにゾクゾクする……)
「ふへへ……えへ……」
美涼は少し陶酔したような、率直に言ってヤバい顔をしていた。同性愛者ではない筈だが、千草が好き過ぎていつか犯罪を犯しそうだ。
(ヌシ・お嬢様がしていい顔じゃないだろそれ!)
蓮がこっそり背中の肉をつねることで、「――はっ!」美涼は幸いにも正気を取り戻した。
まぁ、もっとも、
(千草の答えにも少しくらい間違っている部分があるんじゃないかと思うけどな……)
と蓮が考えたのも束の間。
『――いや、だからなんでそこまで分かるんだおまえはっ! 一を聞いて十を知るとはこのことであるかっ!?』
と、褐色の肌でも分かるほどに顔を真っ赤にした雷竜ダリの、答え合わせを伴う咆哮が響き渡り。
赤い布で押さえられていたダリの髪の毛が外側へ向けて跳ね、感情に同調するようにビリビリと電流を迸らせた。
幸い、メロアが純水の壁を生成して、子供たちを守ってやる必要は無い程度の量ではあった。
生じた電流はダリが左手に握る黄金の錫杖の先端へと吸い込まれ、ビリビリした遊環がシャシャシャシャシャシャシャン! と音を立てた。
「――クルルッ!? クルルルルッ!!」
カラテアは電気が苦手なのか、大騒ぎしながら奥へと走り出した。突発的に助けを求める鳴き声でも上げてしまっていたのか、それにつられて神殿の奥から十匹以上の≪ミル≫が飛び出してきた。
それによって女子たちは大はしゃぎ。神たちとの会話が再び一時中断される運びとなった。
≪ミル≫たちはカラテアが何に悲鳴を上げたのか分からず、とりあえず神明である蓮を取り囲んで「グルルルルルルルル……」と威嚇し始めた。「オレじゃない! オレじゃなっ……あっ……オレじゃなアーッ!!」≪ミル≫に飛び掛かられている蓮を羨ましそうに見つめた後、あ、助けないとダメなやつだこれ、と女子も男子も関係なく蓮の元へ走った。
(本当にこの子たちは、揃いも揃って何故ここまで優秀なのか……まるで、“四騎士”の時代を見ているようだ)
水竜メロアは喜びと呆れがない交ぜになった表情で瞑目した。
『≪ミル≫には天才をも馬鹿に変えてしまう異能があるであるか……?』
――わからん。ダリの方がカッコいいし可愛いであろう。と、ダリは右手の人差し指で頬を掻いた。