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後編1

 いつか登った時よりはずっと簡単に壁を登り、振動で弾き飛ばそうとする仕掛けもかわす。

「わかっていればなんということもないねぇ」

 壁を這う細いパイプの上に器用に雪駄で立ち、猫は壁を見上げる。少し上に小窓を見つけ、そこまでのルートを少し考えていたようだったのだが。

「もういい、飽きた」

そう言うと背中に背負った傘を抜く。

「満足したのか?」

「満足というか……つまらないねぇ」

右手で柄を持ち、左手を畳んだままの傘に添える。

「今更だけどな、傘ってのはそんな持ち方をする道具じゃないんだぜ」

「昔見た子供たちは、こんな構えをよくしてたけどねぇ」

傘のあきらめたようなため息とともに、猫の目の前の壁が崩れ、人一人が入れそうな穴が開いた。

「そのうち銃弾を出せとか言われそうだな」

「ずだだだだだ、って言ってあげるよ」

「出さねぇからな!」

冗談を口にしながらも猫の目は鋭い。

「こんなところにいるものだったかね?」

その視線の先には、サーチライトを照らしながら近づくドローンが三機。しかし。

「まてまて、いつもの虫じゃないしその向こうに何か……」

「おやおや、躾の成ってない猫ちゃんだな」

逆光になっていてよく見えないが、目を細めてみるとドローンの向こうから現れたのは、周囲にいくつかの球体を浮かべた人型の何者か。よく見ると腕は肩から少し離れて浮いている大きめの球体から生えている。

「野良なものでね、マナーが成ってないのは大目に見てほしいね」

「……カードキーを持っているのだろう?素直にゲートから入ってきたら良かっただろうに」

 ドローンがどうやら猫の袂に入ったメディアの存在をスキャンしたらしい。

「使い方を聞いてないんだよ。これを持っていけば話が聞けるらしい、ということしか知らないからね」

「だからといってあまり無茶をしないでほしいのだが……まあいい、壁は直させておくからそこを出て左へ行くといい」


 猫は部屋を出るとすぐ右に(、、)向かった。

「なあ、今更左右がわからないとか言わないよな」

 傘が怪訝そうな声で問うが、猫はどこ吹く風である。

「先にあの子供を迎えに行かないといけないだろう?」

 木の床に濡れた足跡をつけながら猫は古ぼけた木造校舎のような通路を歩いている。

「場所がわかってるような口振りだなぁ」

「場所はわからないさ。だけどねぇ」

 言葉とは裏腹に、行動には迷いがない。

「さらったのが蛮勇教会なら、聞きに行く先も蛮勇教会だ。違うかい?」

 そして、口調にも迷いがなかった。

「なるほど、天使の見立てだの何のって話は後回しってわけだ。で、蛮勇教会の場所はわかるんだよな?」

「わかるわけがないだろう?」

 これも何の躊躇もなく言い切る猫。

「ただね、こっちが勝手に動き回ってれば、それが気に入らない連中が向こうから来てくれるんじゃないかと思ってね」

「あのなぁ……」

手に提げられた傘があきれた声を出す。

「向こうから来るのは、来てほしい相手だけじゃないだろ……」

通路を歩く猫の上では、天井の直管蛍光灯が時折ジジッという音とともに暗くなる。

「まあ、何が来てもいいんだよ」

傘の柄を持ち替え、床をとんとんと突きながら進む。いつの間にか、左右には窓がずっと遠くまで続いていた。右側の窓からは灰色の雲が見え、窓には雨が当たっている。

「このあたりははじめて来るねぇ」

「場所に意味があるのかは知らんがな」

とんとん、とんとん。

「ここかな、ちょっと止まれ」

「ふむ」

猫が片膝立ちになり、床をなでる。直接ノックする。音の違う場所を見つけると、また少し周辺をなで、目的のものを見つけた。カチャカチャという音は、何か金具を操作しているのだろう。

「もう少し付き合って歩いていても良かったんだけどね」

腰から刀を抜き、床に突き立てる。悲鳴にも似た金属音が遠くから響き、木造校舎のような通路に見えていたものが薄くなっていった。

「景色が変わらないとつまらないだろ」

「とはいえ、こんな劇的に変わられると、ちょっとびっくりするねぇ」

 足元のコンセントボックスのような空間に収まった機械は、刀に貫かれて火花を弾けさせていたが、猫は気にもとめず上を向いていた。工事現場のような鉄骨と足場、そして階段が複雑に組み合わさった構造物。その上の方には大きな黒い球体の底面が見えている。その向こうには星空。本物かどうかは猫にもわからない。

「風情も何もない、ただ在るだけ(、、、、、、)の足場だねぇ」

「風情とか飾りの部分は俺らがたった今壊したんだよ」

「ああ、そういうことになるのかね」

火花を散らす機械から刀を抜き、鞘に収めると同時に足で床のふたを閉じる。

「とはいえ、わかりやすくはなったんじゃないの」

 当分傘はいらないと判断したのか、傘を背負いなおしながら猫が言う。

「わかりやすいかなぁ……」

納得していない様子の傘。

「あれが基底聖堂なら、あそこに行けば面倒な話は終わる。ほら、わかりやすいだろう?」

「いいやなにひとつわかんねぇよ!基底聖堂がなんなのかもわかんねーし、そこに行けばどうなるのかもわかんねーよ!」

 ふぅ、と猫が小さく息を吐く。

「……わかるとは何か、を問うている?」

「そういう哲学的ななにかじゃねぇよ!」

そんな話をしながらも、猫は階段を上り、球体に近づいていく。

「大きいね、そして遠いね。なかなか近づいた気がしないよ」

「もう化かされてはいないと思うんだがなぁ」

猫が立ち止まり、鼻を少し動かした。

「あの小さな小さなからくりどもは、下よりずっと濃いけどね」

周囲を目に見えないナノマシンが漂っているらしい。

「それは……何が起きても不思議はないなぁ」

「少し急ごうかね」

そう言うと、特段駆けているようにも見えない猫の移動速度が上がった。


「やはり案外遠かったねぇ」

猫の前には大きな丸いハンドルのついた、たくさんの鋲の打たれた扉。いくつも並ぶ同じような扉のひとつに手をかけながら猫がぼやく。

「本来ならたどり着くことのない(、、、、、、、、、、)場所だからな」

 扉の向こうから声がした。

「基底聖堂にようこそ、と言うべきかね?」

「招かれなければ入れない類の怪異とは違うのでね、挨拶はなくても結構だよ」

 猫がハンドルに手をかける。

「それに、たどり着けさえするなら、誰にでも門戸は開かれているのだろう?」

「たどり着けさえするなら、確かにその通りだよ」

声の調子は些か挑発的だ。

「なるほどね」

傘が猫の背中で言う。まるで腕組みでもしているかのような声だ。

「まあまあ。別に入れてもらえなくてもいいんだよ」

扉の向こう、見えないはずの誰かを見据えた猫の目が細くなる。

天使(、、)を一人、返してくれないかい?片腕の子なんだがね」

「返す?おかしなことを言うものだ」

空気が震える。

「天使を?地上の者に?返す?」

「ああ、その子は地上の者だからねぇ」

明らかな怒りの表現をどこ吹く風で流しながら、しかし猫の目にも確かに何らかの意志が浮かんでいるようだった。

「攫った子供を返せといってるだけなんだが、わからないかい?」

扉を挟んだ両者の間で緊張が高まる。

「そもそも、私はここから動いていないし、ここに誰かが人を連れ込んだりもしていない。天使がどうというのは脇に置くとしても、ここに返すべき何者かが居るということは有り得ないのだが」

「御託はいいんだよ」

背負った傘を手に持ち直す。

「他に言い残すことはないね?」

「何?」

轟音とともに、猫の前にあった頑丈そうな扉は吹き飛んでいた。

「穏便に済ませてやろうと思ってたんだけどねぇ」

そう言いながら傘の先端から鳥の羽のようなものをはずして袂に仕舞う猫。

「嘘吐け」

気圧差があるのか、扉のあった空間からナノマシンを多く含んだ風が吹きつける。

「馬鹿な、不連続空間結界だぞ」

「いやな風だね。紛い物の妖気が濃い」

その奥で何かを叫んでいる声を気にもかけず、猫が呟く。

「まあでも、そのおかげで呼べる(、、、)んだろ?」

「それはそうだがねぇ」

ぱん、という小気味良い音とともに傘が開く。

「ま、まずはあれを何とかしてからだねぇ」

 目を細めて奥をのぞく猫。中は薄暗く、複雑にパイプの走る壁に覆われた空間が僅かに赤く光っている。その中心にわだかまる影から、怒りに震える声が響く。

「何とか、だと?地上の者が、何とかできる、と?」

「とりあえずご自慢の結界とやらは、何とかなったみたいだけどね」

 声の位置を中心に妖気のようなものが渦巻き始める。

「余りに無礼だと手加減もできなくなるのだぞ」

「おお怖い」

 意に介さず猫は空間の内側へ一歩踏み出す。さらにもう一歩。体が境界線を完全に越える。後ろにあるはずの壁が失われた。

「そういう仕掛か……」

 ひげをふるわせる猫。

「思ったよりしょぼいな」

 傘の声が後を追う。

「基底聖堂、さすがに名前負けじゃないかね。さしずめ……」

「黙れ!」

 空気が震え、変わる(、、、)。声の位置と猫の間に無数の赤い鳥居。いや、間だけではなく、左右にも無限に広がる鳥居。

「闇雲に頼る(、、)んじゃないよ」

 空には満天の星空。視線を落とすと、雪駄が踏みしめているのは石畳に変わっている。

「こっちの方が好みではあるけどね……」

 ついヒゲを引っ張ってしまう。

「しょぼいことにかわりはないな。手品の仕掛けはもうないのかね」

「いくら強がってみても、近寄れはしないだろう?」

「なるほど」

 その言葉はため息とともに吐き出された。

「つまらないねぇ」

 猫の手が水平に動く。その手には刀が握られていて。

 近寄れないはずの、距離の概念を超越し無数の鳥居の先にあったものが、横一文字に斬られていた。


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