はじまり
「キャー、綺麗な景色~!」
「……」
「見て見て、見渡す限り草原しか見えないー!」
「……」
「みーどーりーいーろ~‼ キャー‼」
「おい」
とうとう我慢が出来なくて俺は声をかける。
「何よ、ディートリアン」
彼女がかなり不満そうに顔をこちらに向ける。
彼女の名前はキャラリア。
俺の幼馴染。
明るい亜麻色の髪をおさげにして、ピンクの水玉のリボンを結んでいる。
瞳は春の空色の景色をそのまま映したような綺麗な水色だ。
年齢は花も恥じらう乙女真っ盛りの17歳になる。
……俺としてはコイツのどこが花も恥じらう乙女なんだと思うが。
あ、さっきから声には出さずに解説している"俺"は誰かって?
俺の名前はディートリアン。
黒髪に黒い瞳の、この世界では非常に珍しい組み合わせの男だ。
年齢は、不詳。
しかもディートリアンとは、本名ではない。
本当の名前は翼だ。
それしか、俺に記憶は無かった……。
ディートリアンこと翼は、幼い頃にこの見知らぬ世界に来てしまった異世界の住人らしい。
キャラリアの父親が、倒れていた俺を家に連れて帰り名前を聞いたところ異世界から来たことが分かった様だ。
何しろ、この世界の何処の国も言葉でもない言葉を話していたし、名前も聞いてみたが理解できない発音と意味であったからだ。
そこで、キャラリアの父親は適当に流行りの名前を俺に付けてくれた。
そして実の息子同様にキャラリアと共にここまで育ててくれたのだ。
親父には本当に感謝の言葉しかない。
回想に耽る間も、キャラリアは相変わらず叫びっぱなしだ。
キャラリアとディートリアン(翼)は只今、蒸気機関車に乗っている。
窓からは草原しか本当に見えない。
そんな飽きる景色でもキャラリアにとっては嬉しいことらしい。
そりゃあそうだ。
キャラリアと俺は寄宿学校の休暇中に帰省する為にこの蒸気機関車に乗っているのだ。
故郷に帰れることは誰でも嬉しいのだ。
例外なく、俺もである。
窓から身を乗り出そうとするキャラリアを慌てて引き戻してから、溜め息をつく。
車内を見渡すと、また溜め息が出る。
俺たちが乗るこの車両は、1両まるまる貸し切りである豪華ビップルームである。
どれだけ親父が帰省を喜んで切符を送ってくれたのかが分かる。
愛娘に愛息子へ、と書かれた手紙絵を見たときは不覚にもウルっときたもんだ。
しかし、親馬鹿も程があるってもんだと思わずにはいられない程の豪華なきらっきらの装飾の車内にはやはり気後れがしてしまう。
俺、庶民派だからかな。
そんなこんなであと少しで駅に着くというその時だった。
まず最初に気付いたのはキャラリアだった。
「……ディートリアン」
「くー」
「ディートリアン」
「グー」
「ディートリアンったら、起きろー! あんたの秘密叫んでやる!」
「わあーっ」
転寝をしていた俺は飛び上がって大声を出す。
「何なんだよ! ってゆーか秘密って何だ⁉」
「え、あんたが寝る時は必ずぬいぐるみ抱いて寝るってこと」
「わーわー!」
真っ赤になって俺はキャラリアの声に被さる。
「いつの間に部屋に来たんだ!」
「それどころじゃあないのよ」
キャラリアの声はとても真面目だ。
「おかしいと思わない」
「何がだよ」
「外の景色が真っ暗よ。こんなトンネル無かったはずだわ」
そう言われてみれば、車窓から見えるのは闇の真っ暗だ。
汽車が走っている音すら聞こえない。
「おかしいな」
「他の車両に行きましょう!」
俺が先に立ってキャラリアの手を握る。
彼女が不安であると思っての行動だった。
顔が赤くなったがキャラリアは大人しくそのままにされている。
扉に手をかけて、お互いの顔を見てから一気に横にスライドさせた。
「な!」
俺は目の前の光景に絶句した。
扉の先には何も無かったのだ。
声も出ずに震えるキャラリアを思わず抱き締める。
「落ち着けキャラリア」
「ディートリアン! だってだって変よ! これ異常事態よ!」
「大丈夫」
とにかく俺はキャラリアを落ち着かせる事に専念する。
何故だ。いつから汽車はこうなった。
必死に考えるが、分からない。
その時だった。
ぱあーっと光が急に目の前に溢れてきた。
「…………」
「っ! キャラリア!」
突如キャラリアが俺の手を退けて一歩踏み出す。
しかし彼女は何も答えない。
また一歩キャラリアが踏み出す。
その目には何も映らない。
「キャラリア‼」
光が強くなって、俺は堪らずに目を閉じてしまった。