2 長兄の悩み (改稿)
『ローレンス兄様!助けて!お母様が死んじゃう!』
五人兄弟の末っ子ロゼリアからの魔法伝言が私の所へ飛んで来たのは、昨日だった。真面目なロゼリアに鉄砲玉のロベルトを抑え込むことなど無理だろう。ただでさえ、今回ロベルトが引き起こした事件に巻き込まれたのかもしれないと言うのに。願わくば、最愛の妹からの魔法伝言がただの間違えであって欲しいと、そう女神にでも祈るしかあるまい。
私はローレンス ディン ホーウェインス。歳はまだ二十四だが、苦労性のせいか年上に見られがちだが、まだ二十代だ。ソルヴェレーヌ王国、ホーウェインス辺境伯爵が長子である。きっちりと肩につくか付かないかに切りそろえられた銀髪は父上譲りの色。見る人によっては冷たく見えるらしい薄青色の双眸は、母上譲り。長子たる者、人の手本となれと言われ当主教育も含め、剣術、魔術、帝王学と厳しく育って来た。
父上からの魔法伝言に溜息しか出ない。
大体、今回の騒動の原因は王子が王家の婚約の意味すら分からずに、破棄した事から始まった。それにロベルトも一枚も二枚も噛んでいると聞けば、類は友を呼ぶのかだったか…。ロベルトが侯爵令嬢に暴力を振るったと聞いている。これは学院だけの問題では済ませられないぞ。既に背びれ尾びれ付きの噂が社交界にも広がっているのは間違いない。
全く母上も母上だ。今まで私やランドルフ、ラインナルトが母上にロベルトの教育は間違っていると何度も苦言を刺したにも関わらず、頑として母上はご自分の魔力を濃く受け継いだのがロベルトだからと、溺愛されていたからなぁ。
「ローレンス様。お返事はどうされますか?」
侍従長のパウエルに聞かれるも、ローレンスには既にどちらを優先するかは決定済み。それでも溺愛する妹ロゼリアからの懇願。これを蹴らなければならないとは…。血の涙を流すくらいに悔しすぎる。この状況を恨んでしまうのは、まだまだ自分の嘴も尻も青いせいかとローレンスの眉間の皺がより深くなる
「…パウエル、ロゼリアに『今は無理だ』と伝えよ」
「御意」
パウエルの魔法伝言は光の矢となって空中に消えた。
国境上にある不可侵の樹海からのA級、S級モンスター達の突如溢れ出た。それにより普段は大人しいはずの雑魚モンスターまでもが縄張りを追われた。運悪くこの時期が雑魚モンスターの繁殖期だという事もあり、普段は滅多に種族大移動などする事のないA級モンスターまでも呼び寄せてしまった。
「このA級モンスターの突発的大移動の徴候が見られる中、時期辺境伯の私が家族の一大事だからと皆を残して王都の別邸には行けぬ。母上とて、辺境伯爵夫人だ。この様な状況になれば駆けつけたこちらの命の方が、危うくなるのは目に見えてる。ここは一旦、母上の様子は次男のランドルフか、三男のラインナルトにでも行ってもらうことにしよう」
誰だって林檎をデコピンで粉々にしてしまう母上とは、平和的に話し合いたいものだ。
年の近い兄弟で話し合った結果、皆考えることは同じ。母上の逆鱗には極力触れたくはないの一言で、ロベルトと一番歳の近いラインナルトが王都へ行くことになった。
彼もやはり自分達と同じ辺境伯領護る騎士の一人として、「ローレンス兄さん、やはりここは全てを片付けてから王都の別邸に行きましょう」と青筋を立てているが、腹の中では母上を怒らせたくないのだ。
どうやら、二人ともこの忙しい時期に問題を起こしたロベルトに物申したいのだろう。
「わかった。ロゼリアにはそう伝えておこう」
ロザリアの魔法伝言の内容が泣きじゃくっていて、最初の言葉しか解読できなかった三人は、憂さ晴らしと称してモンスターの大移動を止めるべく次々と魔法を放つと、槍、剣、弓で魔物達の大群を屑っていく。
「最愛の妹ロゼリアを泣かせる者は誰だ!!」
「「最愛の妹ロゼリアを泣かせる者には鉄槌を!!」」
ローレンス達の声に応えるかの様に、兵士たちの声と共に大気が唸る。と同時に地面が波の様に揺れ始めた。三兄弟は崩れた岩の下敷きになった兵士達を助け、ベースキャンプへと送還魔法で送り出した。
「大事ないか?」
「ローレンス兄上!我が隊は半数やられました」
「ローレンス兄さん、我が隊は負傷者数名おります。それよりも、あれは…破壊級と呼ばれる魔獣ではないですか!!」
「「タルタロス…SS級モンスター!」」
ローレンスはゾクゾクする様な興奮を抑え、槍に魔力を乗せる。ランドルフやラインナルト達もここまでビシバシと感じる大きな魔力に、剣や弓を持つ手が震えてしまう。
山の様に大きなタルタロスは形は巨大な亀だが、その動きは素早い。攻撃しても硬い甲羅と皮膚に守られ、普段は北大陸の山林で眠っている。五十年から百年に一度の大移動をする他は、至って大人しいモンスター。
国はタルタロスをSS級モンスターに認定されている。今回の突発的モンスター大移動は、このタルタロスとキメラタルタロスと呼ばれる、これまたSSS級のモンスターの交尾から始まった。
キメラタルタロスにはタルタロスと同じ硬い岩盤の様な皮膚と甲羅、尻尾に八匹の蛇がうねっている。普通の蛇ならまだ可愛いが、一匹一匹が違う能力を持っているらしく、それらを倒すのに国の兵士達総出で戦っても倒せるかどうかと言われるほどのモンスター。
「タルタロスだけでも、大変だって言うのに、なんでまたキメラタルタロスまでいるんだ? 我が領の近くで交尾なんかするな!タルタロスの故郷ルイトリニアでやれ!それか大人しく地底でも潜ってろや!」
「ローレンス様、お言葉が乱れております」
「チッ!わかっている。ランドルフ、ラインナルトもこれから俺がやることを説明するから耳の穴穿ってよく聞いておけ。今から大魔法を発動させる。二分でいい時間を稼げ」
「「はっ」」
二人は次々と魔法を放ちながら、二匹の地雷級モンスターの周りを攻撃している。その間、ローレンスは詠唱魔法を唱えると、巨大魔法陣を空中に浮かばせた。
「行くぞ!巻き込まれたくなければ退け!」
魔法陣を描き終えたローレンスが取り出したのはロザリアからの魔法伝言。指を軽く噛み血で魔法伝言を包み込むと巨大魔法陣へと投げつけた。
辺り一面が白く光り、三兄弟が溺愛するロザリアの声が魔法で大共鳴する。
「兄さん、鼓膜が破れる!」
「防御壁を五重に張れ!」
防御壁を作って兵士達をこの魔法の被害から守ると二人の弟から辛辣な声が上がる。 ロゼリアの慟哭は衝撃波となってSS級SSS級モンスターを襲い、木々をなぎ倒し地面を抉り、空からは幾重にも光る稲妻が一つに重なり落ちた。落雷した場所が狙いを定めたかの様にタルタロスとキメラタルタロスの頭に直撃。二頭は大量の電撃を浴び脳を焼かれた。さしものSS級とSSS級モンスターも脳を焼かれては、生命維持も出来ずに討伐された。
「可愛い妹の声をモンスターにきかせるなんて、勿体無いぞ兄さん。それに趣味悪い」
お陰で五重に張ってた防護壁も辛うじて残っているのは、一つ。
「ロゼリアがこれを知ったら、兄上は絶対にロゼリアから嫌われますね」
「でもみてみろ。やっぱりロゼリアは声でもSS級とSSS級モンスターを気絶させれるんだな。キメラタルタロスの蛇達も伸びているじゃないか。今のうちにやるぞ」
ローレンスの機転により、未曾有の事態が起こる前に二頭のSS級、SSS級モンスターを仕留めることができた。
後始末は辺境伯騎士団に任せ、三人は魔力回復薬を手に取ると勝利の美酒(回復薬)に酔い痴れる。溺愛する妹ロゼリアが待つ王都のホーウェインス別邸へと魔術で無理矢理馬を身体強化させると王都へと急いだ。