重い刑罰
闇の中にうっすら、数人の人間が座っているのが見える。
闇からの声「被告人、ヤジマケイタに****の刑を言い渡す」
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「うわあああああっ!」
私、ヤジマケイタは自分の叫び声で目を覚ました。隣で寝ていた妻のサエも、驚いて目を覚ました。
時計を見るとまだ朝の5時台だ。しかも今日は休日。
「また同じ夢?」
「ん・・・うん。ここんとこ、同じ夢ばかり見るな」
数日前から同じような夢ばかり見ている。決まって何か刑を言い渡されている場面だ。もちろん心当たりはない。
「どこか身体の調子でも悪いのかしらね。いい機会だから人間ドック行ってくれば?
最近、全然行ってないでしょ」
「・・・そのうち、な」
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朝7時。ダイニングで新聞を読んでいると娘のリカが2階の部屋から下りてきた。
「あら、リカはずいぶん早いのね」
「だってぇ、今日はぁ、お誕生日のお買い物に行くんでしょ!」
今日は娘のリカの7歳の誕生日だ。近くのショッピングモールへ誕生日のプレゼントを買いに行く約束をしていたので、朝からソワソワしているのだ。普段は生意気なことばかり言っているが、まだまだ子供だ。ふふ。
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朝食を済ませると、3人でショッピングモールに出かけた。娘は誕生日プレゼントに、自分と同じくらいの大きさのクマのぬいぐるみが欲しいらしい。
モール内の店舗を見て回っていると、ふと、どこからか視線のようなものを感じた。気になってあたりを見回したが、それらしい人物はいなかった。
5店舗目でようやくお気に入りのクマちゃんに出会えたようで、包装してもらうこともせず、店からそのまま抱きかかえて出てきた。ほぼ同じ大きさなのでどっちが抱えているのかわからない。
ニコニコ笑って出てくるサエとリカを見ていると、後ろから悲鳴のような声が聞こえて、即座に後ろを振り返った。
見ると、ヘラヘラ笑った若い男が包丁を持ってサエたちの方を見ている。
えっ、と思った瞬間、若い男はサエたちに向かって小走りに迫っていった。
「やめろー!やめてくれー!」
急いでサエたちの元へ駆け寄ったが、包丁がサエとリカをめった刺しにする方が早かった。
クマのぬいぐるみが2人の血で赤く染まっていく。
「サエ…リカ…貴様ああああ!」
私は一心不乱に刺し続ける男の頭を蹴り飛ばすと、もんどりうって倒れた男に馬乗りになった。
「娘はなあ!娘は、、今日誕生日なんだぞ!これからいろんなことに挑戦して、いろんなことを経験して、素敵な人生を送るはずだったんだ!…それを…それを貴様ーーー」
そこまで言ったところで若い男の顔を見た。見覚えのある顔だ。・・・そうだ、この男はーーー
私が10数年前に殺した母娘の父親だ。
私はこの男のように、通りがかりの親子連れの母娘を何の理由もなく、包丁で刺殺したのだ。
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・・・全て思い出した。私は自分の犯した犯罪の裁判で、刑罰として「自分の妻子を目の前で刺殺される」と言う刑を言い渡されたのだ。今の今まで忘れていた。
そうだ、あそこで血塗れになって死んでいる女性2人は私の本当の妻子ではなく、裁判所が刑の執行のために用意した「役者」なのだ。そう、だから私たちは本当の家族ではなかった。そう、
あの夜景の綺麗な公園でのプロポーズも、
シャンパンを飲み過ぎて失敗した結婚式も、
衣装を徹夜で手作りしたおゆうぎ会も、
舞い散る桜の花びらが綺麗だった入学式も、
全て「ニセモノ」だった。だから何も悲しむ必要はない、必要は・・・
あとからあとから涙が溢れてくる。物凄い喪失感に押しつぶされそうになる。俺はこんなことをしてしまったのか…
横から背広姿の人間が数名現れた。付けているバッジを見ると公務員のようだ。身分証を差し出してきた。
「私どもは法務省執行局の者です。ヤジマケイタさんの量刑はただいまを以て執行を完了いたしました。事務手続きを行いますので法務省までご同行下さい」
私は立ち上がると、妻に刺さったままの包丁を引き抜いて自分の左胸に突き立てた。