詩乃と健太
雪がチラつき寒さを増幅させる。駆け込む様に家を目指す。玄関のドアノブすら氷のようにキンキンに冷えている。
「ただいま」
『おかえり!パパ!』
息子と娘が出迎える。双子なので声が見事にハモった。
「詩音、麗音、良い子にしてたか?」
「うん、あのね、今ね、ママがおひめさまなの!」
「うん、すごくかわいいんだよ」
そう言われて、手を引っ張られて、連れて行かれたのは脱衣場だった。
「あれ、ウチに子どもは2人のはずだが?」
そう言われて、詩乃は頬を膨らます。水色のドレスがよく似合っている。娘の言う通り、どこかの国のお姫様のようだ。ここで優奈さんのように「写真スタジオの迷子かな?」と言ってしまうとケンカになる。
「ごめん、あまりの美しさに混乱したようだ。ウチのお嫁さんがこんなに可愛い訳がないって」
「昔のライトノベルじゃないんだから、でもありがとう。『七五三』て言葉を飲み込んでくれて」
詩乃は身長が140cmぐらいしかない。先週、ショッピングモールに行って、子供と3人で迷子に間違われるほどに。詩乃さんも気にしているので、少しは気を使う。
「冗談はさておき、どうかしら?来週の優奈の結婚式のために、綾ちゃんがつくってくれたのだけど?」
優奈さんは来週、ここらの選挙区から選出された国会議員の息子と結婚する。詩乃さんに合うドレスがサイズ的にないので、綾ちゃんがデザインしてくれたようだ。綾ちゃんは僕の幼なじみであり、詩乃の親友でもあり、ビジネスパートナーでもある。大学生時代に綾ちゃんがデザインして、それを元に詩乃がパターンをCADで作成し、工場で量産するといった手法で会社を立ち上げ、今や年商数十億の会社となった。綾ちゃんが社長を務め、詩乃は相談役という立場にある。今でも、綾ちゃんと顔を合わせるたび、『詩乃ちゃんが欲しい』と言ってくる。というのも、詩乃がパタンナー(デザインから型紙を作る人)として優秀であるが本業は学校の非常勤講師をやっているからである。それで相談役という役職を設けて、何とか繋ぎ留めていると綾ちゃんが言っていた。
閑話休題、かわいいお嫁さんに素直な言葉をかける。
「かわいいよ。結婚式に出すのが心配なぐらいに」
「健太さん・・・・・・」
「あらあら、ごめんなさいね。いい雰囲気のところ」
母さんだ。今日はこっちで夕飯を食べるようだ。そういえば父さんが学会で遠方に行っていた。空気をぶった斬った事を気にもせず、夕飯の支度が終わった事をつげる。詩乃も僕も急いで部屋着に着替え、リビングで5人で食事をとる事にする。
「そういえば詩乃ちゃん、正職員になるの断ったんですって?」
母さんがどこから情報を仕入れたのか、そんな事を言った。
「ええ、週4日勤務で充分ですし、正職員になってしまうと部活の指導なんかもあって、子供といられる時間が減ってしまうんです。それに収入面でも、綾ちゃんの会社を手伝う事で少しは貯金もできていますし」
「あの預貯金が更に増えるの?」
母さんが驚く。無理もない。僕の学費は全て詩乃が支払っている。それに加えて光熱水費も子供の教育費も生活費も全部だ。結婚時点で詩乃は25歳、社会人3年目で当時は正職員だった。ボーナスや給料を株やFXや仮想通貨に投資して増やし、3000万ぐらいの貯金があった。詩音と麗音の出産のために退職して、収入が0の年があっても全く問題なかった。現在はアパートを建てて、家賃収入もあったりするがそれは母さんには内緒のようだ。それと今の僕は完全にヒモと言われてもしょうがない立場である。
母さんがそのお金で親子2人でクリニックができないかと詩乃と盛り上がる間に子供2人と風呂に入る。
「・・・・・・・・・27・28・29・30!パパいい?」
「よし、あがろうか」
子供2人を拭いてあげる。先に詩音が終わった。
「パパ、今日はパンツでいい?」
「おととい失敗したから、今日までオムツだな」
「パパ、僕は?」
「昨日もオムツで失敗しただろ!オムツ!」
「じゃあ、私は?」
「詩乃は昼間からオムツでしょ!て言うか、パンツ持ってないじゃん!」
子供の着替えを手伝いに来た詩乃までふざけて言う。
「ねえ、パパ。なんでママは大人なのにオムツなの?」
詩音が聞いて来た。
「病気なんだ。パパはママを治したいから、お医者さんになるための学校に行っているんだよ」
納得したのか「ふーん」とだけ言った子供を連れて寝室へ連れて行く。
「おつかれ様、ビールでも飲む?」
詩乃が言った。子供を寝かしつけ、やっと2人の時間である。詩乃はパターンを引いていたのだろう、そのノートパソコンを閉じた。
「ありがとう。でもいいや、明日の朝は早いし。それより、そろそろオムツは詩乃だけになりそうだね」
そういいながらリビングのソファーに腰掛ける。詩乃が炭酸飲料を持って来た。
子供は4歳、母さんからは遅いと言われるけど、母親がこの状態なのだ。ゆっくりとやってきたが、もうすぐトイレトレーニングも終わりそうだ。3人並べてオムツ交換してた時代が最早懐かしい。
「じゃあ、また私が1番子供ね」
いいながら僕の上に座ってくる。詩乃が小さいからこそできる事だ。
「そうもいかないかもよ?」
そう言って、僕は手紙を3通取り出す。
『サンタさんへ オモチャはいらないので、おとうとか いもうとが ほしいです (れおん)』
『サンタさんへ わたしがひるのおむつじゃなくなったので ママがひとりぼっちになりました ママのためにきょうだいがほしいです (しおん)』
『詩音と麗音のサンタさんへ 孫がもう1人ほしいです。ただし、家の壁が薄いのでお正月に旅行に行っている時にお願いします (貴子)』
苦笑する詩乃。
「クリスマスに間に合う訳ないじゃない!」
とツッコむ。それはそうだ。クリスマスは今月である。
「この話は追々考えるとして。詩乃、聞きたい事があるんだけど、いい?」
僕の上に座っているので、僕からは表情は見えない。でも、嫌ならそう言ってくるのを知っているので、構わず続ける。
「詩乃はこの先どうしたいのかと思って」
今は非常勤講師として、教師という職についているが、そもそも教育学部をとったのも優奈さんのためである。続いて、綾ちゃんの会社の相談役の仕事もしているが、これも綾ちゃんのデザインを生かすためと詩乃が出産前で時間があったのが重なったからだ。更に投資家という顔もあるが、前に「貴子さん達にこれ以上迷惑をかけられないから」という理由だった。結局のところ、どれも詩乃が好きでやっている事ではない。
「僕も来年は卒業だし、詩音も麗音もその年には小学生だ。詩乃には今まで金銭的にも世話になった分、好きな事をしてもらいたいなと思ってる」
「私ね・・・・・・」
そこで言い淀みながら、僕の手をギュッと握った。
「私ね。酷い人間なの。優奈の人生を滅茶苦茶にして、綾ちゃんと貴子さんから健太さんを取り上げた・・・・・・そんな私が更に好き勝手にしていいなんて思えない」
詩乃は今、どんな顔をしているのだろう。
わからないが、僕は詩乃の手を握り返す。
「ずいぶん前に、この家に3人が勢揃いしていた事があってね。詩乃が教育実習で学校に来た頃だ」
「そんな事が?」
「その3人が口を揃えて、詩乃の幸せを願っていたよ。少なくとも僕はその3人の為に、詩乃を幸せにする義務があると思う。まあ、そんな事がなくても詩乃を幸せにしたいけどね」
「うん、でもね。私のやりたい事を言っても笑わない?」
「笑わないよ」
と笑って答えてしまう。それを聞いた詩乃が僕の上で回り、向かい合う様になる。
「私、普通の主婦になりたい!スーパーのチラシに丸つけて鼻息荒く特売を狙うような!」
そういうと、詩乃は無邪気に笑った。
その顔があまりにも可愛くて、僕はキスした。
ありがとうございました。




