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逆トイレトレーニング日記  作者: 062


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綾と貴子


「久しぶりね。8時までは大丈夫よ。今日は詩乃ちゃんの家で勉強してもらう事にしたから」


幼稚園の時から知っている、(あや)ちゃんにそう言いながらコーヒーを出す。綺麗になったなぁ。アーモンド型の大きな目はそのままなのに、どことなく大人のような雰囲気がある。あたしが歳を取る訳だ。


「お時間頂いて、ありがとうございます。健太君ママ」


まるで何かの面接みたいに綾ちゃんは緊張してる。あたしは少し雑談で解きほぐすことにした。


「健太君ママはやめてよ。おばさんはもっとイヤだし、『貴子さん』でどう?詩乃ちゃんもそう呼んでるし」


「わかりました。貴子さん」


「本題の前にこちらから聞いてもいいかしら?あたしも詩乃ちゃんの事なんだけど」


「はい。どうぞ」


「ありがとう。それで詩乃ちゃん、教育実習だったんでしょ?どうだった?」


「まず初めに驚きました。綾は詩乃ちゃんが同級生ぐらいだと思ってきたので」


少し不機嫌そうに答えた。騙されたと思っているのかもしれないわね。


「そうだったわね。あの子ずいぶん悩んでいたもの。『健太君や綾ちゃんの学校だ』って」


詩乃ちゃんの通う大学の附属中が健太と綾ちゃんの通う学校なので、ある意味当然ね。


「そうだったんですね。それと今日、授業を受けたんですけど、健太君がうらやましくなりました」


「うふふ、6年生の時、健太の成績をD判定からA判定に上げたのも詩乃ちゃんなのよ」


我が子の様に言ってしまう。実際、あたしは詩乃ちゃんを本当の娘の様に思っている。まだ健太が1歳になる前、健太の本当の母親が亡くなった。健太の父親である建一はそのきっかけで酷く投げやりになっていて、当時看護師だったあたしはつい身体を預けてしまった。それで妊娠した。あたしは仕事も辞めて、建一とも離れて1人で育てるつもりだった。けれど、建一から求婚されて舞いあがってしまい結婚した。若かったのだ。

その後、妊娠7ヶ月を迎えようかという頃、駅のホームの階段から突き落とされて、お腹の子は助からなかった。あたしに手を伸ばして押したのは、健太の本当の母親の母親だった。我が子が死んですぐに再婚して子供までつくった建一を許せなかったらしい。そして、あたしは2度と子供の産めない身体になった。


「男の子の時は建一さんが決めて下さい。『健二』は却下です。女の子の時は『詩乃』と名づけさせて下さい。言葉を大事にして欲しい、人生を楽しんで欲しいという願いです」


あの時の自分の言葉が胸をえぐる。健太だって、あたしの子供という気持ちはある。行き場を失った母乳をたいらげてくれたのは健太なのだ。悲しむ時間さえ与えないほど、小娘(こむすめ)だったあたしに子育てはバタバタと忙しかった。

健太も大きくなってパートを始めた頃、詩乃ちゃんが現れた。あの子を初めて見た時、あたしは思い知る。お腹の子をあきらめてなどいなかった事に。奇しくも同じ名前の詩乃ちゃん。私は無意識にお腹の子と大学生の詩乃ちゃんを重ねている。無事に産まれていても年齢が全く違うのに、それを補うように詩乃ちゃんは幼い。成長期を迎えた健太の横にいれば本当に兄妹のようだった。


私は自分が恐い。ふとした瞬間に義理や恩で詩乃ちゃんを私に縛っておけないか考えてしまう。きっと私はその時自重しないだろう。


大人(おとな)げないのも、大人の特権だと思うから。

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