詩乃と優奈
「乾杯〜!」
2人の声がハモった。詩乃と成人のお祝いを2人だけでやっている。まぁ、お祝いというのは建前で、要は詩乃の部屋で宅飲みなのだ。
ちなみに4日連続のお祝いだったりする。1日目は家族と2日目は成人式後に中学の同級生と3日目はこっちに帰ってすぐに早苗先生の家で、そして今日である。場所が詩乃の部屋なのは彼女の事情のせいである。要はオムツ交換がしやすいって事である。2日目は大変だった。詩乃ったら、横漏れしても気づかないんだもの。
「昨日の早苗先生の奥さんの手料理、すごかったね」
早苗先生は私の主治医の先生である。世間は狭い。何とその先生の息子さんの家庭教師が詩乃なのである。私は昨年知って驚いた。
「貴子さんは料理上手いもん。バイトの時もついつい食べすぎちゃうもの」
「そういえば詩乃がおばさんにオムツがバレた時も早苗先生家族にお世話になったらしいじゃない。ウチのお母さんが言ってた」
詩乃のお母さんとウチのお母さんは仲が良い、詩乃の相談事としてウチのお母さんに持ち込まれたのだ。
「そう。建一さんも凄くダンディでかっこいいよね。健太君もああなるのかな?診断書を書いてくれて、パパとママに説明までしてくれたんだもん、助かったよ」
そんな話をしながら、小一時間、安いワインを一本空にした時だった。
「優奈ごめんねぇ〜〜〜!」
「何よ!いきなり!」
詩乃は泣き上戸なのだ。さらに言えば、普段から完璧主義なところがある。自分のせいで誰かに迷惑や被害が出るのを極端に嫌う。
「事故の事とか、色々・・・・・・」
「もういいって、治ったんだし。それより、詩乃までそうする事なかったんじゃない?」
このやり取りも何回目だろう。飲むたび言ってる。次に出て来る言葉まで分かる。
「あったの!オムツしてなかったら、貴子さんと出会えなかった。そうしたら、健太君とも会わなかったから、今こうして優奈とも仲直り出来てないよ!それに綾ちゃんとも出逢えないと思うの!だから優奈もオムツしよう?」
「大丈夫よ。ほら、もうしてるでしょ?詩乃と違って、大人用だけど」
予想通りの詩乃の答えに私はいつもと違う答えを返す。入院していた時に使っていたオムツが実家にあったので、成人式で帰省した時に持ち帰った。私自身が排尿障害だったので、他の人より詳しい、だから分かる。詩乃はもう治らない。それなら1度くらい付き合ってあげてもいいと思った。
「ホントだ。ありがとう、私に付き合ってくれて」
「はいはい。詩乃ちゃん、あなたは交換しようね」
「あ、本当だ。いつの間に」
「どうせ寝ちゃうんだから、テープタイプにしとこう」
そう言われて、詩乃はためらいなく乳児がオムツを換える時の様にごろんとなる。昨日の早苗先生の家でもそうだった。オムツのサイドを破ると詩乃の大事な部分が露出する。高校の時はあったアンダーヘアがなくなっている。そしてそれを当たり前と思える詩乃は、見た目相応の年齢に見える。詩乃は高3のときで139cmだった。そのせいで今日お酒を買う時も大変だった。店員さんはもちろん、帰り道でお巡りさんに声をかけられたりもした。小学生に見える子がワインやリキュールを持っているのだ、当然とも言える。さらに言えば、小学生だと思い込んでる娘もいるんだっけ?
「出来たよ。詩乃ちゃん。次は汚さないように頑張ろうね〜」
3年前を思い出す。あの時、突然されたオムツにショックが隠せなかった。間に合わないのだ、全く。そんな混乱状態で謝ってきた詩乃に私は「自分も同じようになってみろ!」と啖呵を切った。本当にそれを実行した詩乃。そもそも事故だって、私が道路に出る必要なんてなかった。詩乃を止めるだけなら、背中のカバンを掴んでおけばよかったのだ。それを知っているお母さんは詩乃を責めなかった。詩乃は車にはねられたと思っているらしいけど、車のドライバーさんだってサイドミラーにすら私にあてる事なく、車を止めた。車にビックリした私が縁石で尻もちをついただけなのだ。それが一時的に障害を引き起こし、パニックになった私が詩乃を変えた。悪い方向に。
私は詩乃に何を返せるだろう?




