大みそか
『一体どうやったら、病院の検査をだませるのよ』
「失礼な、普通にしてただけだよ」
(怒った顔のスタンプ)
『つまり、シノはもう治らないの?』
(首を縦に振るスタンプ)
『そうなんだ、ゴメン』
「私がしたいようにしただけだよ
ゆうながあやまる事はないよ」
『いや私、秋に手術して治るし、リハビリ中だし』
「ええええええええ」
(おめでとうと書いてあるスタンプ)
『それで1月の共通試験受けようと思ってる』
(がんばれと応援するスタンプ)
「私が合格できたんだし、ゆうなならできるよ」
『ところで今、実家?』
「いんや、コロナもあるし、帰省自粛ってやつ
彼氏と紅白観てる」
『彼氏って、まだ小学生じゃ?』
「うん。お義母様が『1人じゃ淋しいだろうから一緒に』って」
『もうどこからつっこんだらいいのか・・・・・・』
「あ、ゆうな、良いお年を」
『ちょ、よいお年を』
詩乃は強引にラインを打ち切った。
ラインの相手は優菜という高校の時の同級生である。
「健太、詩乃ちゃん年越しそばができたわ。食べましょう」
と健太の母である貴子から声をかけられたからだ。今日は12月31日の大みそかである。ちなみに健太の父は医者であり、4・5月はテレワークが出来るぐらいにヒマだったものが昨今の医療体制のひっ迫を受けて、救急外来も担当するようになり、家族の感染リスク低減のために独身寮にいて、今年は不在である。ダイニングテーブルに3人とも座ってそばをすする。リビングにつけっぱなしのテレビからは大みそか恒例の歌合戦が流れる。そんな時に貴子が笑顔で口を開いた。
「そうしていると本当に健太の同級生みたいね」
貴子が言っているのは詩乃の格好の事である。息子の健太とペアルックになるように買っておいたパジャマだが、ピンクのストライプの普通のものである。だが、詩乃がそれを身につけて健太の横に並ぶと彼女の150cmに満たない身長のせいで、同級生の様に見えてしまったのだ。彼女はそれを分かっていて、普段は黒や紺など暗めの色使いを選んで洋服を買っていた。
「ひどいよ、母さん!先生に母さんが用意したんじゃないか!」
詩乃の代わりに健太が抗議する。
「『先生』じゃなくて、『詩乃』って呼んで!」
詩乃はあさっての方向の指摘をする。
「・・・・・・詩乃さん、詩乃さんも一緒に抗議してください」
「未来のお義母さまに抗議するなんて、できません。ペアルックを楽しみましょう!恋人らしく」
「誰が恋人ですか?僕と詩乃さん付き合ってませんよね?」
健太が顔を真っ赤にして反論する。思春期に片足を突っ込む彼には、恥ずかしいらしい。一方、そんな時期はとうに過ぎた詩乃は即座に答える。確実に健太が困る方向に。
「じゃ、私の事嫌いなんだ・・・・・・」
「そんな事ありません!」
「じゃあ、私のこと好きなんだね!よかった両思いだから、付き合えるね!」
「あらあら、そばを食べてる最中だけどごちそうさま!あたしは淋しいわ、息子夫婦が目の前でイチャイチャと・・・・・・」
「お母さんまで!」
困り果てたように健太が言った。一方の貴子も諭すように健太を困らせる。
「健太、あなたが詩乃ちゃんをお嫁に行けない身体にしたのだから、男らしく責任を取りなさい」
さらに詩乃もそれに乗る。完全に悪ノリである。
「お義母さま!そこまで私の事を・・・・・・!オムツの手放せない不束者ですが、どうぞよろしくお願いします!」
「あ!詩乃ちゃん、オムツ濡れてない?」
『オムツ』という単語で貴子がハッとする。
「えっ!・・・・・・ごめんなさい。おもらししてました。貴子さん、この後寝るなら、テープタイプにしたいので手伝って頂いてもいいでしょうか?パットを入れないと折角用意していただいたパジャマを汚してしまいます!」
歌合戦も終盤に入っている。時間的に後は寝るだけだろう。しかし貴子は、
「この後、近くの神社に毎年初詣に行っているの、だから帰った時にしましょう。健太も一緒にね!」
「なんで僕まで!」
「当たり前でしょ、健太のおねしょを詩乃ちゃんにうつしたのだから、逆もあり得るでしょ。それに詩乃ちゃんひとりに恥ずかしい思いをさせる気?」
完全に固まった健太を置いて、詩乃は「わかりました」と答えてオムツを交換に脱衣所に向かう。
「あ、詩乃ちゃん、初詣にはこれを着てね」
そう言って貴子が取り出したのは、ピンクのパーカーワンピースにグレーのレギンス、さらにそれに合いそうなコートまで用意していた。しかも、パジャマと違うのはサイズ表記が「140」であり、つまり完全に子供服である。
「ごめんなさい、女の子のコーディネートもやってみたくて・・・・・・つい、気がついたら買ってしまってたの」
詩乃にもその心境に心当たりがある。健太で一度やってしまっていた。完全にしっぺ返しを喰らった形である。
洗面台で着替えた自分の姿を確認する。どうせならと思って、ツインテールに髪を結び直した。
「貴子さん、洗面台のヘアゴム借りちゃった」
「!・・・・・・詩乃ちゃん!凄く似合っているわ!せっかくだし、リボンにしちゃおう!」
そう言って貴子は興奮気味に寝室の化粧台からリボンを持ってきた。詩乃は完全に小学生に擬態していた。そして、その変化に健太は度肝を抜く。例えば3学期に「転校生です」と紹介されたら簡単に信じてしまうと彼は思った。そんな健太を見て、詩乃は言った。
「これで『先生』なんて呼ばせないよ。『詩乃ちゃん』て言ってね!」
そう言われて健太は首をコクコクと縦に振った。
ずっと後になって、健太はこれが恋に落ちた瞬間だと気が付いた。