エピローグ(下)
コーヒーをテイクアウトして、公園に座った。先生は少し眉を寄せてすするように口をつけた。きっと、熱いのが苦手なのだろう。
コーヒーが少し冷めた頃、先生が口を開いた。
「反射性尿失禁って知ってる?」
僕は首を横に振る。
「簡単に言うと、オシッコが溜まったよって信号が脳に伝わらず、おもらししちゃう病気よ。ゆうな、あっ!さっきの病室にいた友達ね。その、ゆうなの場合は脊髄が傷ついたのが原因なんだけど、その原因を作ったのが私なの」
1年ぐらい前、まだ高校生だった先生はイヤホンをしてスマホで動画を見ながら徒歩で帰っていた。信号待ちで歩行者信号はまだ赤だったのに先生は車道に向かって歩き出し、それを止めたのがゆうなさんだった。しかし、ゆうなさんはそのせいで車に接触し、縁石で身体を打った。後にそれが障害の原因となる。本人の自覚症状が何もなかったので、その場ではドライバーの住所やナンバーも確認せず、謝罪を受け入れてゆうなさんは帰宅したらしい。3学期が始まって、先生はゆうなさんの状況を知った。
先生の話を要約するとこうなる。すっかり冷めたコーヒーでノドを潤し、さらに先生は続ける。
「だから、お見舞いに行ったの。症状も知らずに、そうしたらいきなり『帰れ』って、『こんな身体になった!』って症状を知らされて。ゆうなのお母さんの話だと、大学受験もあきらめて、治療に専念するつもりらしいし、ゆうなには先生になるって目標もあったのに・・・・・・」
先生の目的がわかった気がする。僕は意を決して、口を開いた。
「だから、先生はこんな状態なんですね?」
「そうよ。さっき病室でも言ったけど、ゆうなには何も諦めてほしくないの。私のワガママかもしれないけど。健太君にも感謝しているの、全くの偶然だったけど、私の事を『先生』って呼んでくれて」
「僕にとってはずっと『先生』ですから」
「私はまだオムツの取れない子供よ。健太君の方がずっと大人よ」
「じゃあ、僕が先生を守ります!」
「・・・・・・いいよ。あの時の写真をネットに上げてもいいならね」
そう言って先生は笑った。子供の様に無邪気に、大人の様に妖艶に。
エピローグと銘打っておきながら、あと2話ほど続くと思います。