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在職日数5日目

 その言葉が合図だったのか、フィカという少女――いや、老女?――は背中を向けて、自身の机に向かってしまった。いくつもの綿毛を携えて、書類に何か書き物を始めている。


 しかしいまは、このライランという男だ。まだ気を許すわけにはいかない。一応自分が倒れたときに看病は手配してくれているようだが、身代金目的ならそれもアリだ。人質に死なれては困るからな。


「ははは、そう緊張なさらずに。では始めましょうか」


 太郎の隣に腰掛けるため、彼は椅子を引き寄せた。こちらはズズズ、と引き摺る音が聞こえる。机の上は掃除するように左腕で拭ったかと思ったら、何やら模様が浮き出てきた。精度のいい、プロジェクションマッピングだろうか。


「こ、これは……!?」

「まだ魔法には慣れませんか? あまり馴染みはなかったのですね」


 それは科学ではなく、魔法だと言う。馴染みどころか、日本に――いや、地球には存在しない。超能力などを特集するエンタメはあれど、それは全部偽物だ。たまに本物のように見えるときがあって、それは若い頃とても心を躍らせた記憶はあるが。しかしそれに真実はない。


 だから信じることなどできない。虚偽を認めてしまえば、おかしなことを支持したと言われてたちまち失脚だ。


「まぁ、いいでしょう。まずはこちらの世界のお話をさせていただきます。ざっくり言えば、こちらはタロウさんの住まわれている世界とは異なります。別次元……、分かりやすく言えば異世界ですね」


 それが、正直言って良く分からない。いきなりここが異世界だと言われても、知らない他人を信用できるはずもなく、それでも説明ができない事象に戸惑うばかりであった。


「その、異世界とは……? 本当にここは日本ではないのですか?」

「ええ、ここはソルアンジェルス大陸。その中央に位置するブルーム=ブバルディア学園です。ここでは主に魔法科、魔獣科、鋳造・加工科、社会科を学びます」


 ライランは浮かび上がった模様の真ん中を指し、現在地を教えてくれる。指の先に四角い図形が見えるが、それがこの学園ということで間違いないようだ。大陸、と彼は言ったが、ではこの大きなシミが土地だろうか。両手の平を広げたくらいはある。


 ダイヤ型の薄茶色の周りには、いくつもの小さな斑点が飛び跳ねたようにあった。ならば、これは島か。

 しかしどこを見ても日本らしき影はなかったし、このような形の大陸は見たことがない。そもそも地球にはそのような名前の大陸は存在しなかった。


「それぞれの地域に関しては、いまご説明しても良くは分からないでしょう。この学園のことをもっと知ってもらわなければなりません」

「あー、その……。わたくしが、そちらのことを知って、何をしたい――いえ、何をさせたいのですか?」


 おおかた支援をしてもらいたいとか、この名を広めてほしいとかであろうと踏んだ。総理大臣が存在を認めれば、国中いや世界中に大騒動を巻き起こしてしまうに決まっている。はぐらかされる可能性もあったが、ここははっきりと訊いておかねば、後々こちらが不利になってしまうと考えた。


 聞いていない、では済まされない。聞いていて、なおかつ虚偽ということであれば、太郎にも言い逃れはできる。


「本来は、リュウタロウさんをお招きする予定でした。ご子息には、魔法の才能がありましたから」

「わたくしの――、息子がですか?」


 いやいや、有り得ない。倅が魔法を使っているところなど見たこともないし、聞いたこともなかった。


「ニホンにいらっしゃる間は、きっとご自身でも気付かれないでしょう。もちろん皆さんすぐに使えるわけではないですが、リュウタロウさんは高い潜在魔力を持っていました」


 是非うちにと思ったのですが、と口の中で愚痴ったが、なってしまったものはしようがない。太郎には魔力の一欠片も視えなかったが、ここで術式のひとつやふたつでも覚えて帰ってもらえれば、彼の息子のためになるだろう。


 このへそ曲がりなおじさんが、素直に勉強してくれるかも甚だ怪しいものだが。いいや、疑ってはいけない。信用を得るためには、こちらも信頼を向けなければ。


「まぁ、そう言われても半信半疑と言ったところでしょう。むしろ、あまり信じてはいただけていないようですが」


 ライランは苦笑を作り、ひとりの年老いた男を絆そうとしている。駆け引きはあまり得意ではないから、これで押し切るしか自分には道筋はない。気長に待つとしよう。


「授業内容については口より見た方が早いですかね。フィカさん、タロウさんをお借りしますよ」

「返さなくてもいいですよ、健康体ですから」


 では、と一呼吸置いて、ライランは腰を上げる。膝の上の机をまた指一本で軽々と動かすと、太郎の手を取り、起き上がれるように促そうとした。


「あ、あぁ、しかし大丈夫です。自分で、立ち上がれますから」


 男の手を取るのは正直恥ずかしいし、趣味ではない。それに向こうも気付いたのか、素早く身を引いてくれた。


「これは失礼を。では、案内も兼ねて学科紹介とさせてください。命の危険はありませんから、ご安心を」


 背を向ける若者からは、こちらをどうにかしようと画策する雰囲気は感じ取れなかった。何かを言うべきかとも思うが、掛ける言葉が見つからない。それに、本来の目的は息子のようだ。誘拐して、やはり身代金でも要求するつもりだったのか?


 しかしそうであれば、いまは絶好のチャンスだ。龍太郎では得られない大金を、国が用意してくれる可能性がある。それほどまでに重大な立場の人間を攫っておいて、ここまで野放しにしているだろうか。そもそも太郎には、あまり関心がないように感じた。

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