P01桜の花開く刻
これは実春と桜花が小学3年生の時の話。
桜花視点のエピソードです。
一部気分が悪くなる描写があるかもしれませんのでご注意ください。
わたしには生まれもった友達がいる。
同じ病院で生まれ、同室だった母親同士が親友となり、退院後も家族ぐるみで付き合いのある子だ。
その名は相野実春。
小さくてかわいい女の子。賢くて、運動もでき、周囲のことに気が回り、みんなからとても可愛がられている。だけど、いつも無表情で何を考えているかわからない。
この間も、「私はトイレの花子さんになる」と言い出して、急に髪型をおかっぱにしていた。そして学校のトイレの個室に隠れていたりする。何をしたいのか本当に訳がわからない。
実春は言動のおかしさよりもすごい特徴がある。それは運のなさだ。
わたしの兄たちに連れられて駄菓子屋さんに行った時のこと、箱から出た紐をひっぱり、飴が付いてくる駄菓子があり、飴の大きさで当たりはずれがあるんだけど、わたしと兄たちがやったら普通よりも大きめの飴が当たった。
実春の番になり、ひっぱった紐の先には……何も付いてなかった。
不思議がったおばちゃんがもう一回させてくれたけど、次も何も付いてなかった。
そしてもう一度ひき、ようやくすごく小さな、欠片とも言えるぐらいの大きさの飴が付いていた。
おばちゃんは飴が溶けちゃってたかなと言って、他のお菓子と交換してくれようとしたけれど、実春は断り、その飴を宝物のように大事にしていた。
お店の不手際なんだから交換してもらえばいいのに、本当に意味のわからない子だ。
実春とは幼稚園、小学校と同じ所に通っている。
小学校では、私たちの学年は3クラスあり、1年毎にクラス替えが行われる。
わたしと実春は1年2年と同じクラスだったが、3年の時に別々のクラスになった。
クラスが分かれて少し疎遠になったけど、親に連れられてよく会っているので、まだ友達と言える関係だろう。
小学校に入りたての頃はみんな初々しく、周りを気遣い合う関係がとられていた。
それも2年間の間に、ある程度のグループ形成が成され、クラスの中でわたしは完全に孤立していた。
当時のわたしは成績が悪く、運動も下手で、人見知り。兄たちや実春とばかり遊んでいたので、他の子たちとの関係は良くなかった。
引っ込み思案のくせに、3年になったわたしは急成長し、身長がクラスの中の誰よりも高くなり、体のある部分も普通の女子より大きかった。
出る杭は打たれる。
クラスの有力グループのリーダーが私のことを敵視し、ちょっかいをかけてくるようになった。わたしは誰にも言えず、次第にエスカレートしていき、誰が見てもいじめと言われるぐらいになっていた。
クラスの中では完全に無視、廊下を歩いていると足をかけられ、トイレでは髪をひっぱられて……いや、詳しくは言いたくない。
とにかく、わたしはクラスの中でいじめられていた。
衝撃的な出来事が起きたのは、ある日の昼休みも終わりにさしかかった頃だ。
わたしは昼休みになると、クラスから逃げるようにすぐ教室を出ていた。
逃げ場所に特定の場所はない。図書室だったり、校舎裏だったり、とにかく人のいない場所がわたしの安全地帯だ。
その日は体育館裏だった。
体育館裏の草むらにひっそりと身を隠していたわたしは、事件の目撃者となってしまう。
クラスのリーダーが現れ、なんだかそわそわしていると、さらに別のクラスの男子が来た。その男子は学年で一番かっこいいと言われている人だった。
リーダーが男子に告白して、……ふられた。
ふられた理由?
「ほかに好きな子がいるから」
よくある理由だったよ。
「座敷わらしの横にいる大きな子」
とも言ってたけど、誰のことかは知らない。当時のわたしは本当に人づきあいがなかったからね。
男子が立ち去り、リーダーだけが取り残された。
リーダーは気丈にふるまっていたけど、男子が見えなくなった後、顔をうつむけて泣いていた。
しばらくたってリーダーが顔をあげる瞬間、誰かと目が合った……わたしだよっ!
気まずい雰囲気になったけど、気を取り戻したリーダーはわたしをにらみつけて走り去った。
教室に戻りたくないなとは思ったけど、そういうわけにもいかず、わたしはのっそりと動き出した。
教室に戻ると、リーダーは子分たちを従えて待ち構えていた。
わたしは囲まれ、教室の隅に追いやられて完全に逃げ場を失う。
リーダーたちに望まぬ壁ドンをされ、髪をひっぱられて詰られた。
「でくのぼう」
「とうへんぼく」
「地味娘のくせに生意気だ」
「根暗イアン」
「この、泥棒猫がっ」
……所詮小学3年の語彙力だった。
言葉攻めも同じ言葉ばかり繰り返されるようになり、苛立ちが積ったリーダーは直接的な暴力に訴えるようになった。
女の子らしくパーで、大人たちにばれないように見えないところを。
さすがに子分たちは気後れしたのか躊躇ったけど、逆らって次の標的にされたくないとおもったのか、弱弱しくも手をあげた。
もちろん教室の中にはほかにもクラスメイトがいたけれど、みんな見て見ぬふり。騒ぎを聞きつけて廊下側のドアから顔をのぞかせる人もいたが、みんな干渉せず。
助けてくれる人は誰もいなかった。
しばらくして、開いていたドアがなぜか一度閉められ、
ドンっ!
大きな音を立てて開けられた。
そして入口にはトイレの花子さんが立っていた。
「あなたたちが落としたのは赤い紙? それとも青い紙?」
いや、トイレの花子さんじゃないかもしれない。
突然の闖入者の出現に、その場にいた全員が凍りついた。
その瞬間わたしを含めてすべての人が思っただろう、
「この子はいったい何を言っているんだ」
と。
花子さんは場の空気をものともせず、つかつかと教室の中を進み、リーダーに近づき、なにも言わずに、
ドスッ!
「ぐえっ」
リーダーのお腹を殴りつけた。
グーで。
リーダーはお腹を押さえて床に沈んだ。
さらに花子さんは近くの取り巻きに近づきブロー。も一人おまけにブロー。
さすがに状況に思考が追いついてきた子分たちは、花子さんから逃げた。
花子さんは逃げた相手を無理には追わず、近くの椅子を持ち上げると子分に向って投げた。
さすがに椅子は当たらなかった。けれど、投げられた子分は青い顔になる。
外したことを気にしない花子さんは他の椅子を手に取り投擲。はずれ。投擲。はずれ。
そもそもこの花子さん、運動神経がいいはずなのに運がなかった。当たるわけなかった。
「あなた、なにをしているかわかっているの?」
床に放置されていたリーダーが復活して、花子さんに話しかける。……やめておけばいいのに。
花子さんはリーダーに振りむき、すかさずブロー。
「ぐふっ」
リーダーはまたもや床に沈んだ。
花子さんは投擲作業を続けようとしたけど、もう、近くにあった椅子が全部無くなったので、机に手をかけた。
さすがに机は椅子より重いのか、なかなか持ち上がらない。
そこにドアから2人の男子が入ってきて、花子さんの肩を押さえて止めに入った。
花子さんは忌々しそうに振り返り、男子たちの顔を確認して動きを止めた。
「遅かったですね」
2人の男子はわたしの兄たちだった。
後から聞いた話では、兄たちはわたしがいじめられていることに薄々気づいていたそうだ。
だが、下手に家族が止めに入り、見えないところでいじめがエスカレートしてはいけないと考え、しばらく様子を見ていたらしい。
今回は昼休みの終わり間際で次の授業に備えて自分たちの教室にいたので、助けにくるのが遅れた。
ちなみに、助けを呼んだのは花子さんにパシらされた、花子さんと同じクラスの男子2人。
内1人はわたしを助けに行きたがったそうだが、花子さんに睨まれて止められたと風の噂で聞いた。
花子さんが暴走を止めてしばらく、騒ぎを聞きつけて複数の教師がやってきた。
そして事情聴取。
リーダーと子分たちはなにも語らず。一部恐怖に震えたまま。
花子さん。
「あっしは旅の流れ者。
可憐な一輪の花が踏まれてしまうのを、ただただ見ていることができず、止めに入っただけでごんす」
うん、先生たちも呆気にとられて、わけがわからない雰囲気。
みんなこの子を成績優秀で品行方正ないい子と認識してたから、何を言っているのか分からず困惑。
わたしの兄たちも沈黙。最後に止めに入っただけで状況がわからないし、妹のわたしと妹分の実春(もう花子さんはいいよね)が関わっているので、2人の立場を悪くする可能性のある説明はできない。
そしてわたし……もちろん沈黙。いや、もともとわたしは人見知りで、教師に囲まれた中で説明できるような性格じゃなかったからね!
当事者が誰も何も語らず(1名除く)、状況がつかめない教師陣。
一番多くを語ったのはいじめグループ以外のクラスメイトたちだった。
怪人の闇討ちや二次被害を恐れたのかもしれない。
あったりなかったりしたことをあれこれしゃべった。
教師陣も一応の納得に至ったのか、当事者たちを厳重注意(兄たち除く)、仲直りの握手をさせた。
「汚物に触れたくございません」
1人ぶれない人物がいたけど、短時間でみんな理解できたのかスルーされた。
◆◆◆◆◆
帰り道。一緒に帰る友人がいないわたしは、1人ぽつぽつと帰る。
ふと視線を感じて振り返ると、電信柱の陰に女の子が1人隠れて立っていた。
女の子はじーっとわたしを見つめて、足元にいる犬におしっこをかけられていることに全然気づかない。
わたしは無視して帰ろうとおもったけど、声をかけてみた。
「実春なにしてるの?」
実春はわたしに見つかったことに驚き、完全に電信柱に隠れてしまう。
「見えてるから出てきなさい!」
実春は渋々柱から出てくると、とてとてわたしの前まで歩いてきた。
「ずっと隠れて見てたの?」
実春はなにも言わないし、全く表情が動かない。
「一緒に帰る?」
笑顔になり、わたしの手をとって歩き出した。
わたしは実春が何を考えているのかわからない。でも、はっきりわかったこともある。
「実春はわたしのこと好き?」
こくり。
「わたしは実春の特別?」
こくり。
「なら、これからはあだ名で呼び合おう。……そうだね、実春のことは『ハルミ』でどうかな? ギョーカイジンぽくてかっこいいでしょ」
実春は立ち止まり、不思議そうに見つめてくる。
「テンカイのシースーたべたいねー?」
一瞬実春が何を言っているのかわからなかった。けれどその言葉を理解した瞬間。
「あは、あはは、あははははははは」
なぜか笑いが止まらなかった。
実春は何を考えているかわからない子だ。だけどハルミはわたしのことを大好きなんだ。
わたしはそう信じられた。
ハルミは突然わたしに笑われてムッとなると、
ドスッ!
「ぐふっ」
わたしのお腹に拳を突き入れた。
お腹が痛かった。それは殴られた痛みなのか、笑いが止まらない痛みなのかはわからない。
ただ言える、ハルミはわたしを大事に思ってくれているけれど、それは決して他の人と区別するわけではなく、みんなと同じように扱ってくれるんだろう、と。
……当時のわたしは気づいていなかった、ハルミの愛の重さを。
お腹の痛みから回復したわたしは、ハルミの手を取って歩き出した。だが、横からハルミの視線が突き刺さる。
「どうかしたの?」
ハルミの顔を窺って見ると、ムッとした表情のままだった。
「桜花は、桜花のことはなんて呼べばいいの?」
そうか、あだ名で呼び合おうっていいながら、ハルミのあだ名しか決めてなかった。
「そうだねぇ……桜の花で桜花だから、サクラって呼んで!」
うん、サクラ。我ながらいいあだ名だ。
「さくら、サクラ、さくらさくさく、さくさくら?」
ハルミはなんだかぶつぶつ言ったあと。
「サクラ大好き」
うん、この子は急に何を言い出すんだろうね。
だけど、今日からわたしも素直になろう。
「ハルミ、わたしもハルミのこと大好き!」
2人で見つめ合い、「えへへ」と笑いながら家に帰った。
今なら声を大にして言えるだろう、ハルミはわたしの大切な親友だって!
◆◆◆◆◆
帰宅後。
子供部屋に入ると2人の兄が一番上の兄に絞られていた。
「おにいちゃんたち、なにしてるの?」
わたしの入室に気づいた兄たちが一斉に振りむく。
いや、ちょっと怖いよ。
「桜花、怪我はないか? 痛いところはないか?」
一番上の兄、大喜が心配そうに確認してくる。
大喜の後ろで他の兄、小喜と数喜も心配そうにしている。
わたしは家族に大切にされているのを感じて、うれしい気持ちになった。
「大丈夫、なんともないよ。急にどうしたの?」
私の返事にほっとしたのか、みんな安心した表情になる。
「いじめられて殴られたんだろ?」
大喜が訊いてくる。小喜と数喜から聞き出したのだろう。ごまかしても仕方ないかー。
「うん、そうだけど大丈夫。みんなが助けてくれたから、もう手出しされないと思う」
わたしの説明で大喜が「そうか」とうなづく。
あ、小兄ちゃんと数兄ちゃんが視線を逸らした。助けに入るのが遅れたのをまだ気にしているのかな。
家族の愛を実感したわたしは決意した。
強くなりたい、と。
「大兄ちゃん、わたしに勉強を教えて!」
「小兄ちゃんは運動を、数兄ちゃんは……なんかかっこいい決め台詞を」
3人とも急に何を言い出すんだといった表情をしたが、二つ返事で了承してくれた。
数兄ちゃんだけ、なぜか納得のいかない表情をしていたけれど、それぞれの得意分野だから仕方ない。
わたしは強くなって、誰にも心配をかけない存在になるんだ。
◆◆◆◆◆
後日談。
あのあと、ハルミは様々な称号を与えられた。
「破壊神ミハル」、「黄金の右腕」、「教室の花子さん」、「青手紙」、「忍者」等々。
そして学校中に1つの噂が流れた。曰く、いじめある所に花子さんが青い手紙を持って現れる、と。
わたしの学年が在学中、学校からいじめはなくなった。
「相野実春と四月朔日桜花には手を出すな」
そう、3年のあの日からわたしは強くなった。
恵まれた体格は、小兄ちゃんに使い方を叩き込まれて強い武器に。大兄ちゃんには知恵を、数兄ちゃんには勇気を教えられた。
弱きものを助け、悪をくじくヒーローになったのだ!
もちろんハルミとの仲も依然に増して深まった。
さすがにわたしもハルミの愛の重さを知ったけど、わたしの方が重いはず! ……体重じゃないよ!
これからもハルミと多くの体験ができるのだろうと考えると、胸がわくわくするのだった。