悪魔襲来
「はぁ〜、どんだけ歩くんだよ〜、喉かわいた…。」
飛ばされた場所から何キロ歩いただろうか、街どころか建物も見えない。各々ツアー客達に少し疲労が見えはじめる。
「村田さん、そろそろ少し休憩にしませんか…?これじゃぁ街に着く前に倒れてしまいます。妻と娘も少し休ませたい…。」
新井俊樹が、家族の様子を心配して、先人を進む村田に休息を提案する。
「そうですね…、ほかの皆さんもかなり消耗してるようですし、ここで少し休憩しましょうか。」
そういうと、俊樹はホッとしたようだった。
男1人ならまだしも、幼い娘と嫁にはこの道のりは厳しいだろう。
リュックサックから水筒を取り出し冷たいお茶を注いでそれを自分の娘に渡した。
ゴクゴクゴクッ
プハーー
「パパありがとう、うち足疲れちゃった〜。」
「ごめんな、こんなことになって…でもな、パパが何があっても加奈子の事守るから、だから安心してくれ、な。」
俊樹は優しい手で加奈子の頭を撫でた。
「あなた、この先で助けを呼べるかしら…」
「わからない…ただ、道がある以上、近くに人がいるはずだ。ひとまずそれを信じて前に進むしかない。」
妙子が不安の表情で呟いたが、俊樹の言葉を聞いて少し、それも和らいだようだった。
「哲喜、平気?」
ゼェ…ゼェ…
「大丈夫…」
「有希こそ平気か…?」
「私は陸上部だから、このくらいの距離全然平気だけど、哲喜は運動苦手なんだから無理しちゃだめだよ?」
この距離を歩いて汗ひとつかいてない有希に対して、哲喜は全身汗だく、満身創痍といった様子だ。
有希は学年でも1位、2位を争うほど脚が早く、長距離でも全国高校駅伝のアンカーを担当するほど体力があった。
「俺は…少し運動不足だな…」
「もう、いっつも夜まで深夜ゲームばっかりやってるからだよ!」
そう言われ、哲喜は何も言い返さず、いや、もはや言い返す体力も残ってなかったのであろう、その場で腰を下ろしてそのまま大の字で寝転がった。
「俺、ちょっとトイレ!」
「ほーい」
ツアー客の男性1人がトイレをする為に草をかき分けて歩いていく。
「ごめんミキ…私もトイレ行ってくる…。」
「リナったら〜、あんまり離れないでよ?」
「離れないとほかの人に音聞こえちゃうよ〜。」
片瀬ミキは注意のつもりで言ったのだが、へきぞのリナは涙目になりながら木陰へ走っていった。
「結構歩いたけど、なかなか森から森抜け出せねぇ、どうなんてんだここは…?」
「わからない。私も色々な森を探検してきましたが、ここまでずっと同じ景色なのは初めてです……まるで同じような場所を何度も通っているような…。」
キャァァ!ーーーーー!!!
「リナ!?」
突然、森から女性の悲鳴が聞こえてきた。先程トイレで離れたへきぞのリナのものだ。
悲鳴を聞いた者たちがへきぞの声がした方へ駆けていくと…。
「うそ…だろ…。」
誰がいったのであろう、そう呟き、その場に現れていたなは、先程の先にトイレに行った男性。
ただ、
両手、両足、眉間に矢のようなものが刺さっている。
「な、なんだよ…これ…。」
へきぞのは驚きのあまり腰を抜かしまったのであろう、彼女の下には黄色い水溜りができていた。
「誰がこんな事…。」
有希は口元を押さえ、必死に下からくるものを抑えていた。
「わからない…だけど、殺されたって事だよな…?」
哲喜は今、目の前に起こっていることを理解できないでいた。
「立てる?」
「は、はい……。」
村田がへきぞのに手を伸ばした。
ドスッ
「…ん?」
「キャァァァー!!!!!!!!!!!!」
一瞬何が起こったのかわからなかった。
ただ目前にあるのは村田の胸に矢のようなものが刺さり、背中に貫通している。
村田はその場でバタリと倒れ、動かなくなってしまった。
「「「ウワァァァァァァァァー!!!!」」
目の前で起きた事の恐怖に耐えられなくなったツアー客達が一斉に走り始める。
すると、
「クックックッ」
ツアー客達の脚が止まる、先程の道に突如現れた『それ』が、道を塞いでぞろぞろと歩いてくるからだ。
哲喜達は完全にパニックになっていた。
「人間狩りじゃぁ!!」
そう言うと、きた道からそして森の茂みから、次々と現れ、一斉に弓矢を放ちはじめる。
青い瞳に黒い肌、ボロボロの服を着て背中にはコウモリの翼のようなものが生えている。
その姿は…まるで悪魔…。
「助けてくれー!!」
「嫌だ…死にたくない…!!」
「イヤーーーー!!」
まさにそこは地獄絵図、降り注ぐ矢に腕、脚腹に刺さり、痛みのあまり助けを求めても誰も助けてくれない。
「くそったれぇぇぇぇ!」
岩本裕也が叫びながら悪魔の一体に殴りかかる。
岩本の強烈な一撃に悪魔は後ろに吹っ飛ぶ。
しかし…
吹っ飛ぶ瞬間に悪魔は矢を手に持ちかえ、岩本の右足に刺した。
グアッ!
激痛がはしり、思わず声を上げてしまう…。
「大丈夫か!」
僧侶が駆け寄り岩本を近くにある木の影まで引きずる。
しかし、悪魔達はそれを許さない。
すぐに弦之助達めがけて矢が飛んでくる。
しかし、いつまでたっても矢が当たらない。
悪魔達も、揃ってなんだ?って顔をしている。
「と、止まってる…」
弦之助の目の前まできた矢が刺さる瞬間、すべて空中で止まっているのだ。
「ほうぅ…。」
1人の悪魔がスッと手を挙げると矢の雨が止んだ。
何人残っているだろうか、矢で串刺しになった死体がそこら中にあふれ、地面が赤く染まっている。
中には恋人同士だろうか、男女で抱き合いながら死んでいる人もいる。
「面白い、力の源は………オマエだな?」
親玉らしき悪魔が、有希を指差して笑っている。
「有希が…?」
哲喜と有希はかろうじて弓矢の雨から逃げていたのだが、村田が襲われそうなのを見て、助けようとしていた。
「貴様から、魔術の流れを感じる。まだ人間に魔術を使えるものがいたとは、面白い…。」
そう言うと
親玉らしき悪魔が有希に向かって歩いてくる。
「有希に近づくな!!」
「ただの人間には興味はない、邪魔だ。」
親玉の蹴りが右腕から左に流れ、哲喜が左に吹っ飛ぶ。
うああああ!!!
あまりの激痛に声をあげる哲喜、どうやら今の蹴りで右腕が折れているようだ。
「哲喜!!」
「そこを動くなよ人間…殺されたいのか?」
ニヤニヤと笑いながら近づいてくるそれを見て、まるで蛇に睨まれたカエルのごとく、有希は恐怖で身動きが取れなくなっていた。
「今の、もう一度やってみろ」
親玉らしき悪魔は近くの死体に刺さっている矢を無理矢理引っこ抜き目の前に投げた。
生死がかかった状況化で、冷静な判断がつかないのか、有希は目の前に転がってる矢を見て強く念じる。
何度も心の中で思う…。
できなくちゃ…
ーーーー殺される…。
ーーー嫌だ…死にたくない…。
有希はさらに力を念じる。
『浮け』と
しかし、矢はぴくりともしない。
ーーー死にたくない…嫌だ…死にたくない…
嗚咽を吐きながらそれでも念じ続ける有希。
しかし一向に矢は浮かない。
「どうした?さっきはできたじゃないか?つまらないな〜」
悪魔の親玉はやや嫌味ったらしくそう言うと
近くにいたツアー客の1人を掴み、目の前まで引きずりだした。
「今からここにいる人間達を矢で射っていく、お前がその矢を止める事が出来なければどうなるかわかるよな?」
まさに悪魔の所業、有希は真っ青な顔になり立ちすくした。
「嫌だ…嫌だ…、死にたくない!!」
「嫁が今妊娠してて、俺の帰りを待ってるんだ……頼み…殺さないでくれ!!」
男は泣きわめきながら有希にすがる
そんな男を嘲笑うかのように悪魔達がカウントを始める。
「5、4、3、2、1」
ビュンッ
気がつけば目の前には頭部に矢が刺さっている男の姿があった。
男はその場でバタリと倒れ、あたりは血の水溜りと化していた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……。」
有希は泣きながら謝っていた。
「あーあ、死んじまった。」
「次は誰でやるかな〜」
悪魔達はこの殺戮を楽しんでいるようだった。
「次はコイツだな」
ニヤニヤとしながら次の的を探す親玉はまた1人、倒れている男の首根っこを掴み目の前に引きずり出す。
グハッ…
「哲喜!!!」
有希が今にも飛び出しそうな声で哲喜を呼ぶ。
「次はこの男を撃て」
あまりにも残酷な光景に有希はとうとう飛び出した。
「おっと、動くなよ、殺されてぇのか?」
「いいか、お前がこの矢を止められさいすりゃこいつは助かるんだぜ?」
「……」
しばらく沈黙が続いた。
他のツアー客も、誰も何も言わない。
ただ願うのは、自分には回ってくるなって言う想いだけだった。
「ゆ…有希…」
「やれ。」
次の瞬間、一本の矢が哲喜の頭部めがけて飛んできた。
「ダメーーーー!!!!!!!」
有希の手から緑色のスパークが迸り哲喜の目の前でピタッと矢が止まる。
哲喜もゆっくりと目を開けるとそこには空中で止まる矢があった。
「あ、有希……」
「なんで…なんでこんな力…」
「フハッハッハッハッハッハッハ!」
悪魔の笑い声がその場に響く。
「面白い!面白い!やっぱりか!こいつはベリアル様のとこに連れていこいこう。きっと魔術を使える人間を久しぶりにみてお喜びになられるぞ!」
有希はその場で、へたりと座り込み自分の力に唖然としていた。
「よし、あの娘、連れて行け。」
悪魔の親玉らしき男の命令に他の悪魔達が動きだす。
「やめろ!!有希ー!!!」
哲喜は必死に走り出そうとするが、悪魔の親玉の蹴りによって阻止されてしまう。
「く…くそ……」
「こいつらは邪魔だな、魔術使いは1匹いりゃいい、殺せ。」
冷たい声がその場に響いた。
そして悪魔達は再び弓矢を生き残ったツアー客達に向ける。
「その力ってのは、こいつの事か?」
どこかで声が響いた。
悪魔達が振り向くと、そこには三体ほどの悪魔の死体。
そしてそこにはツンツン頭に日本刀を持った僧侶のような格好をした男が立っていた。
「僧侶さん……。」
僧侶は襲ってくる悪魔達を岩本を庇いながら一人で戦っていたようで、全身はボロボロだった。
「なんだあの人間?さっさとやれ。」
次の瞬間、僧侶めがけて数本の矢が飛んでくる。
「僧侶さん!!!!」
哲喜が叫ぶ。
脚、腹、頭部に直撃する。
誰もがそう確信した瞬間。
パシッ!パシッ!パシッ!
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
しかしそこには、全ての矢を日本刀でさばききり矢を放った悪魔めがけて走りだす僧侶の姿があった。
日本刀は剣先から塚までに青いスパークが迸り、とても人間の反射速度とは思えない勢いで悪魔達の懐に入る。
グアア!
ア、アアアア!!!!
一人、また一人と悪魔達を切っていく僧侶、しかしもう体力の限界であった。
両膝をつきその場に倒れこむ僧侶。
「さっさと殺せぇぇ!!!!!」
悪魔の親玉の怒声が響く。
数体の悪魔達が僧侶めがけて矢を放つ。
僧侶も自分の死を覚悟し、目を瞑った瞬間。
ドパンッ ドパンッ ドパンッ
放った矢が何者かに全て撃ち落とされた。
「あんまり調子に乗ってくれるなよ…。」
そこには負傷した岩本が猟銃を片手に悪魔達を狙い撃ちしていた。
その猟銃もまた黄色いスパークを迸らせ、弾が1発1発完全に命中していた。
「魔術持ちがこんなに嫌がったっは…、チッ、忌々しい人間どもめ…もうすぐ夕刻だ。撤収するぞ、その人間は連れてこい。」
そういうと、悪魔達は有希を縛り付け森の中に消えて行った。
「待て!!!有希を返せ!!!」
哲喜は必死に叫ぶが骨が折れた激痛と極度の疲労により動くことができない。
必死の雄叫びも虚しく、ただ連れさられる所を見ていることしか出来なかった。
「クソ……クソ……有希……」
自分の非力さ、無力さ、に絶望感が哲喜を襲う。
「立てるか?」
僧侶が哲喜に歩み寄り手を差し伸べる。
哲喜は泣きながら僧侶の胸にしがみついた。
ツアー客23人のうち、生き残ったのは12人
それぞれがみな、困惑と絶望でその場で声を出すこともできず、ただその場に立ちすくしてしまっていた。
「このままここにいても拉致があきません。ひとまず皆さん、先に進みませんか?街についたらその場の人に何が起きてるのか聞けるかもしれませんし…」
1人、家族を守る事に必死でボロボロになっていた新井俊樹が提案をする。
「そうですね…先に進みましょう…。」
近くにいた杉内美里も同意し、ツアー客たちはおのおの負傷者を庇いながら、道の先へと足を運ぶのであった。