ゴーストと子供を亡くした研究者の話
長年、研究してきてわかったことがある。
「ねぇねぇ、キャンディちょうだいよ!」
「わかったからほら、これで静かにしていろ」
「やった! ありがとう」
子供はゴーストになってもうるさくて、キャンディ一つですぐに静かになる。
「何か思い出したことはないか?」
「全然!」
そして、ゴーストに生前の記憶は残っていない。
「じゃあ、いつものを始めるから椅子に座ってくれ」
熟れた様子で子供のゴーストはガチャガチャと機材のついた椅子に座る。魔術の粋を結集して作ったゴーストのための椅子である。
ゴーストでも難なく座ることができ、そのエネルギーを吸うことで抵抗できなくする。
お陰でこの子との付き合いも二年近くになる。
もうすぐ息子の命日だ。
「今日は何をするの?」
「座ってるだけで良いよ。もうすぐ終わるからね」
ゴーストはつまらなさそうだが、大人しく椅子に座っていてくれる。
足をばたつかせる姿が息子と重なり、二年前の光景がフラッシュバックする。
必死に、あの子と息子は違うのだと言い聞かせるが、これに効く一番の薬はアルコールだった。
「おじさん、大丈夫?」
「大丈夫だ。今日はこれ全部食べて良いからな」
「良いの? 今日はすごいね」
小袋に入ったキャンディは十個かそこらだろう。それでも喜んでしまう辺り、やはり子供であった。
ゴーストについては未だにわかっていないことも多い。どうやって生まれるのか、ただの魔物なのか、議論は終わっていない。
しかしその存在においては大きく二つの意見がある。
死んだ人がゴーストになる説と、魔物が死んだ人の思念を写し取ってその姿をしているだけの説。
私が支持しているのは後者の説である。そうでなければやっていけない。
「おじさん、何だか苦しそうだね」
キャンディ二つを同時に頬張りながらゴーストは言う。
ボリボリとかみ砕いて食べないところに生前の様子が窺えた。
「これから悪いことをするからね……」
蘇生魔術。
一般的に禁忌とされていて、その魔術体系もまとめられていない。
しかし人道的に許されなかったとしても、それにすがる人達は一定数いるのだ。私もその一人である。
そんな心の弱い人達が誰も知らないところで集まり、段々と可能性が見えてきている。
誰にも許されない。自己満足に過ぎない。それでもすがると心に決めたはずだ。
「……悪いことしたらちゃんと謝らないとね」
「そうだな。この後言わせてもらうよ」
息子の墓にも行っていない。もうすぐ不要になるはずだ。
地下室に下りる。
厳重にかけられた結界を少しずつ解き、中に横たわっている息子の死体を抱き上げる。
大きな傷もなく、体温以外は生前とまったく変わらない。
「その子……僕に似てるね」
「そうだな。でも別人だよ」
人を構成するのは肉体と魂である、というのが大勢の意見だ。
肉体は大事に保管した。あの結界も同志によって開発された魔法だ。
残るのは魂のみ。
その魂をどこから持って来るのかが重大な問題だった。
「じゃあ、いつものを始めるよ」
「あれ、力が抜けるから苦手なんだ」
と、言いながらも椅子に座り直してくれる。キャンディさえあれば子供は大人しくしてくれるのだ。
肉体というものを持たないゴーストは魔力のガスのような存在だ。その魔力を取り除いていくと不思議なことに、写し取った思念が最後に残るのだった。
最初はもやのような存在だったのが、次第に形を成していった。実験を繰り返す度にアルコールの量も増えていった。
しかし今日で最後である。
スイッチを入れる。
昨日は単純に目覚ましのセットを忘れました。
それでも五時半に起きられた自分に感謝。