巨人の子供とハーフドワーフの話
天気は晴れ。所により雨が降るでしょう。
「えーん、えーん」
傘を持って来れば良かった、と後悔しても、こんな事態は誰が想像できるだろうか。
目の前で泣いている子はまだ幼い子供だろう。でなければこんなにわかりやすい泣き方はしないはずだ。しかしその身長は男の二倍、もしかしたら三倍はあるかもしれない。
ただ、男に比べてしまったら大抵の人の身長は大きく見える。
ドワーフのハーフである男は一般的な人間の身長よりもいくらか低い。見上げながら喋るのももう慣れていた。
目の前で泣く子供を見ながら、男はどうしたものかと途方に暮れていた。
つい先日まで軍人だった男は、かねてより折り合いの悪かった上官と衝突し、軍を去ることになった。蓄えはあったものの、今後の生活のことも考えなければならない。
幸い、男の住む町の近くには鉱山があり、そこで石でも掘って売ろうと考えたがその途中で泣いている子供である。
遠回りしようにも子供が泣いているのはよりにもよって橋の手前である。崖に沿って歩いたところで他に橋がかかっている保証はなかった。
「君! ちょっと良いかい?」
少し声を張り上げて問いかける。
あまり近づくと涙に濡れそうだったからだ。
「へ?」
滅多に人の訪れない場所だ。子供も話しかけられるとは思っていなかったのだろう。キョロキョロと周囲を見渡している。
「下だ。下」
屈辱的であるがこれは仕方がない、と言い聞かせる。
座ってる時点で三倍近い身長差があるのだから、立ったら踏み潰されてもおかしくない。
それに、下に見られることも多かった。
意図せず憎らしい上官のことを思い出してしまい、苦虫を噛み潰す。
「おじさん……どうしてそんなに怖い顔をしているの?」
女の子だろうか。ずいぶんとかわいらしい声をしていた。
「何でもないよ。それよりお願いがあるんだが、そこを退いてくれないかな?」
怖い顔をしてしまった手前、できる限り優しい声音で問いかける。
しかし、
「ヤダ」
「……どうして?」
「ヤなの」
理由は教えてくれないらしい。これだから子供は嫌になるのだ。
とはいえ、ここに来るまでも半日かかる道程だ。諦めて帰る気にもならなかった。
「じゃあ……なんで泣いてるのか教えてくれる?」
まずは仲良くなろう。そうすればお願いも聞いてくれるかもしれない。
男は結構な歳である。子供と仲良くしようなんてそれだけで憲兵が飛んで来てもおかしくないが、この身長差で何か邪なことを感じる人も居るまい。
少女――と呼べるような身長ではないが――もお琴に対してそれほど警戒した様子はない。
「みんなが……チビって馬鹿にするの」
この時の男の心中は推し量れない。
今更、身長コンプレックスに悩むわけもない。この大きさでまだチビか、と巨人の世界のスケールの大きさに笑ってしまうか。
ただ、どの世界でもいじめがあることだけは変わらないか。
どうしたものかと考えていた男だったが、ふと思いついてしまった。
背中のカバンから取り出したのは――男の手に比べて――大きな人形。これは厄災が降りかかる時に身代わりになるというお守りであった。
今日から危険な鉱山に行くということで男の妻が持たせた物だった。
「コンニチハ! ナカヨクシマショウ!」
「わぁ!」
裏声で人形の声を作ってみる。子供だましというか、自分でも笑ってしまいそうになるが効果はてきめんだった。
「これをあげるよ。新しい友達だ」
「良いの? ありがとう!」
少女は何気なく受け取ったつもりかもしれないが、その力強さに男は戦慄する。
そんな男の修羅場も想像せずに、少女は無邪気に人形と遊んでいた。
これで退いてくれれば良いのだが、そんな気配はなかった。
「そうだ! おじさんにお礼しなきゃ……」
子供のお礼なんか高が知れている。そのポケットから巨大などんぐりでも出てくるかと思ったが、少女はゴロゴロと大きい石を並べた。
「あそこのお山で拾ったキラキラあげる」
パッとみた限りでも宝石の原石であることはわかった。男の中の半分の血が騒いでいるのだ。
「ありがとう。もし君が良かったらまた明日も来ようかな?」
「うん、良いよ。おじさん優しいから大好き」
大きくても子供は子供で、小さくても大人は大人であった。
明けましておめでとうございます。
本年も頑張って早起きします。