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鬼と悪魔の話

 男は部屋の中で槌を振るい続けていた。その度に金属と金属のぶつかる甲高い音が響いていく。部屋の奥には巨大な炉が大口を開けており、そこから中を覗くと、ゴウゴウと燃え上がる炎がまさに地獄の様相であった。

 ひとしきり手元の金属片を叩き続けた男は、それを掲げて光に透かす。


「……これもダメか」


 舌打ちでもしそうな、それでいて舌打ちすらもできぬほど沈んだ様子で、男は炉に近づく。

 蓋を開けられた炉の明かりで、男の姿が映し出される。

 筋骨隆々。頭に生えた小さな角は、オーガと呼ばれる鬼に共通した特徴だった。

 今さっき叩いていた金属片を炉の中に放り混み、傍らに置いてあった石材も追加で放り混んでいく。

 そして溶かされた物を型に流し込み、また叩き始めるのだった。

 鬼は無言でそれを続ける。

 この部屋を訪れる者はいなかった。

 鬼は一人ずっと金属片と向かい合っていたのだ。

 納得のいく物はできないのか、男は何度も叩いた金属片を何度も炉に焼べた。それが何度目になった頃だろう。金属片を入れた瞬間に、炉の炎がおかしな動きをした。

 渦巻き、一定の形を成そうと集まったり離れたりしながら、遂には炉の中から飛び出した。


「な、なんなんだ……?」


 ずっと黙っていた鬼も思わず口に出してしまうほど、異様な光景だった。

 飛び出した炎は部屋の中をグルグルと飛び回った。

 何か気になる物でもあれば、観察するようにその周りを浮遊する。そして最後に鬼の周りを一周すると、再び炉の中に舞い戻った。


「本当になんなんだよ……」


 いつの間にか尻餅をついていた男が最初にしたのは、炉の確認ではなく周囲の確認だった。

 鬼にとって驚くことは恥とされている。

 長年、一人で生活していたこの鬼にとっても、魂にまで刻みつけられた種族の矜持には逆らえなかった。

 そして、誰にも見られていないのを確認した鬼はようやく、炉の中を覗き込むのだった。

 鬼が炉を覗いた瞬間、炎が再び噴出する。


「うわぁ!」


 思わず声をあげて尻餅をついてしまう。

 そんな鬼をあざ笑うかのように炎は周囲をグルグルと回ると、やがて人の形になって鬼の前に現れた。


「アッハハハハハ! ビビりすぎでしょ! うわぁ、だってうわぁ」


 現れたのは女だった。

 炎が女になったことは驚くべき現象なのだが、全身を使ってまで馬鹿にしたようなその女の態度に、鬼が耐えられるはずがなかった。


「殺す……!」

「ちょ、ちょっと落ち着いて!」


 女が指を鳴らすと、男の鼻先で小さく炎が爆ぜた。

 まさに出鼻を挫かれた鬼はそこで改めて、この事態の異様さに気づいた。


「お前は何者だ?」


 さっきまで金属片を叩いていた槌を今度は武器として握り直し、鬼は尋ねた。


「あたしは火の悪魔。特に呼ばれてもないけどあなたが必死だったから来ちゃった」


 女の名乗りに対して、鬼は平静を装いながらも内心では冷や汗を流していた。

 魔術に疎い鬼達の間でも、悪魔の恐ろしさは語り継がれている。

『絶対に呼ぶな。もしも現れたら気分良く帰ってもらえ。悪魔と約束をしてはならない』

 おとぎ話のように語られていた悪魔が目の前に現れたのだが、鬼は目の前の存在を悪魔だと確信していた。


「あなたは何のために何を作ろうとしていたの?」


 悪魔は鬼の持つ槌に視線を注ぐ。そしていつの間にか、そしてどこかから、鬼がこれまで叩いては炉に焼べた金属片を並べて眺めていた。

 祖父からの教えでは、悪魔とは言葉を交わしてはいけないらしい。舌戦で悪魔に勝てるわけもなく、巧みに誘導させられて契約を結ばれてしまうからだ。

 押し黙った鬼の様子に、悪魔は白けたような表情を浮かべる。


「最近はみんなそうなのよねぇ……。あなたが作っているのは『魔王の肉切り包丁』かしら? こっちの世界だと確か……切った相手を地獄に落とすとかそういう代物だったわね……」


 鬼の背中を冷たい物が走る。

 見透かされているとかそういう話ではない。見透かした上でこちらを弄んでいるのだ。弄んでいる内は良い。気分でも悪くしたら、何をされるかわかったものではない。

 しかし言葉を交わす決心も中々つかない男の目の前に、一つのナイフが落とされた。


「あなたの目的の物とは違うけど、それも似たような効果よ。それを使ってそうね……十人は殺してくれたら良いわ。誰を恨んでいるかは知らないけど、その魂をおもちゃにしてあげる」


 魔王の肉切り包丁なんて存在していたかも定かでない武器だ。それを再現できるとは鬼も思っていなかった。しかし、それを作ろうとしている間だけは、何も考えずに居られて楽だったのだ。

 しかし悪魔が現れたお陰で、鬼には恨みを晴らす選択肢ができてしまった。

 逡巡している鬼の様子を眺めながら、悪魔は恍惚の笑みを浮かべているのだった。

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