ロボットと博士の話
ロボット三原則というものをご存知だろうか。
人を傷つけない。
命令には絶対服従。
自分を守る。
簡単に言えばこの三つである。
「博士……早くそのスイッチを押してください……!」
彼女は私に懇願してくる。瞳をオイルで湿らせ、唇を細かく震わせる。
制作者の私ですらクラッとしてしまいそうなほど、庇護欲をかき立てる仕草だ。並みの男であれば彼女の言うことをすぐに何でも聞いてしまいそうである。
我ながら恐ろしい物を作ってしまった。
「お願いします。それを押していただかないと……私が!」
「押せるわけないじゃないか!」
一週間前、どこの誰とも知らぬ組織に彼女が拉致された。そいつらはどうやら国際的に指名手配のされているテロリストらしく、私は国連軍と協力して彼女を探すことになった。
道中は様々なことがあった。
隊長の死。情けなかった下っ端の覚醒。いがみ合っていた男女のラブロマンス。悪の道に墜ちたかつての仲間。これだけで映画が一本撮れそうな出来事が起こった。
そしてそれらを乗り越えて私は今、囚われた彼女の前に立つ。
「早くしないと時間が!」
「わかっている! だが……だが……!」
一週間ぶりに見た彼女は何か巨大な装置に接続されていた。
下半身は埋め込まれ、腕も左右に繋がれ、自由に動かせる場所はほとんどない。何本ものコードが接続されて目は虚ろ。それでも自我を失っていないのだからかわいそうだ。
彼女が接続されているのは世界中の核のシステムにハッキングできる装置だった。
彼女は私の最高傑作。至高のAIを搭載しており、それを使ってハッキングしようと考えていたのだろう。
テロリストはすべて倒した。
しかしシステムすでに作動し、核の発射までもう五分とない。
「早く! 私のことは気にしないでください」
「気にするに決まっている! 君は……君は私の娘なんだぞ……」
ロボットなのに、と笑う奴は何人もいた。
しかし生まれた時から家族の温もりを知らない私にとって、彼女は本当の家族であった。共に笑い、怒り怒られ。不幸があれば涙を流す。そんな彼女がロボットなどと一括りにできるわけがない。
目の前にあるボタンを押せば強制的に彼女とシステムをシャットダウンすることができる。
世界を救うにはこれしかない。しかし彼女のAIはどうなる。すべての記録が消えてしまうのではないか。私と過ごした五年間のすべてが。
日頃人間扱いをしておきながら、ここぞという時では機械として扱ってしまっている自分が何とも情けない限りか。
「博士、スイッチを押してください。あなたと過ごした五年間。他の生活を知らない私ですが、それが最高の物だったと知っています。私を作ってくれてありがとうございます。博士は、私にとって、最高の父親でした」
「私にとっても最高の娘だよ……!」
「ありがとうございます。なら私も博士の娘として最高の娘になりたいのです。私のために世界を犠
牲にしてはいけません。世界を、守らせてください」
しっかりと私の目を見て語りかける。
こちらの庇護欲に訴えかけるような小細工はしない。彼女は一個の個体として、真摯に私にお願いしているのだ。
彼女の制作者として。父親として。その願いをはね除ける事ができるだろうか。
ロボットとはいえ彼女にも恐怖の感情はある。自分の命と世界を天秤にかけてもなお、恐怖を押さえつけているのだ。
彼女はとても強い。とても強い娘だ。
「博士……」
カウントダウンのタイマーは残り僅かだ。
私も覚悟を決めよう。
「ありがとう。私の最高の娘よ」
「こちらこそ。ありがとうございました」
スイッチを押した。
流石にネタ切れです。こっちを更新しない分は他のやつを更新したりしなかったりしようと思ったり思わなかったりしています。




