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小石を蹴れなかった男の話

「いってええええぇぇぇぇぇ!」


 道ばたに落ちていた小石を蹴ろうとしたら蹴れなかった。地面に引っ付いているかのようにピクリ戸も動かなかったのだ。

 覚悟の出来ていない時に来る痛みは筆舌にし尽くせない。

 一度でも小指をどこかにぶつけたことがある人ならわかるだろう。どうして小指はあれだけ痛がるのに無防備でいられるのだろうか。

 そして同じように、出来ると思っている時に出来なかった時も痛いのだ。

 蹴り足の、親指は嘆き、人差し指は怒る。中指は神に祈って、薬指は絶望する。そして小指は我が身かわいさにその身を縮こませる。反対の足はそれらのお薄を見て、次は自分達なんじゃないかと戦々恐々であるのだ。

 靴の上からでは満足に指を癒やすことも出来ない。

 なぜかさらに打撃加え、新たな痛みによって核爆弾のような痛みを取り去ろうする。


「痛い痛いって叫びたいのは俺の方だ!」


 体がビクリと跳ね、声の出所を探る。

 あれだけ大きな声で叫んでしまったのだから近所迷惑になってしまったのだろう。


「何をキョロキョロしているんだ。こっちだよこっち」


 声のする方に顔を向ける。

 足下では、ついさっき蹴り上げようとしていた小石が、声に合わせてカタカタと揺れていた。まさかとは思うがこの小石が喋っているのだろうか。


「そんなわけ……」

「おい! 人に悪いことをしたら謝れって教わらなかったのか!」

「……ごめんなさい」


 小石は人に入るのか、なんて疑問は飲み込む。本当にこの声の主が小石であるなら、そんな口答えをしてしまったら後が怖い。

 拳大の小石である。

 蹴るには少し大きすぎたが、丁度良いと言えば丁度良い。足の覚悟さえ決まっていれば良い飛距離を出したであろう小石であった。

 しかしその小石を蹴ることは出来ず、なぜだか喋り出す始末。

 足の痛みを忘れることはない。


「なんで石が喋っているんだ……?」

「俺からしたらなんで人間が喋っているんだ、って話だがな。いつもはギャーギャーわけのわからんことばかり叫んで……。今日だけなんで言葉が通じるんだ」


 どうやら小石と俺とで考えていることは同じようだ。

 小石同士でも喋ったりしているらしく、それが俺ら人間には聞こえていなかっただけのこと。小石も人間の言葉が聞こえて驚いていた。

 それでも目鼻口のない小石がどこから声を出しているのかは不思議な話である。

 とはいえ、人間の常識を石に当てはめるわけにもいくまい。


「まぁ、なんだ人間? お前悩みでもあるんだろ。俺で良ければ聞くぜ」

「急に……」


 確かに悩んでいた。悩んでいたと言うよりむしゃくしゃしていたから、たまたま目に付いた小石を蹴ろうとしたのだ。

 しかし急に悩み相談に乗る、なんて言われても戸惑うばかり。むしゃくしゃの原因もすっかり忘れていたのだから当然だ。

 しかしせっかくの機会だから話すことにしよう。

 小石と会話出来る機会なんて今後一生ないだろう。


「彼女にフラれたんだよ」

「なんだ。それくらいで人のことを蹴り上げようとしていたのか?」


 馬鹿にしたような声音にムッとする。

 どこかに蹴り飛ばしてやろうか、と考えたがこっちの足が怪我をしそうなので止める。


「お前にとっちゃそれくらいかもしれないけどさ、俺は好きだったんだよ。それが他に好きな人ができたとかで……聞いたら俺より馬鹿だし俺よりチビだし、なんでそいつなんかに……」

「へっ。それでむしゃくしゃして人のことを蹴り飛ばそうってか。良いご身分だな」


 流石にそこに人間が座っていたら蹴ろうとは思わなかった。小石が小石であったから蹴ろうと思ったのだが、それを話したところでこの小石は納得してくれないだろう。

 むしろ火に油を注ぐような結果になるのは目に見えている。

 小石がこちらの考えを読んでいるかのように「蹴るなよ?」と念を押してくるのが余計に腹立たしい。


「まあなんだ……お前は俺のことを蹴り飛ばすようなやつだからな。フラれても仕方ないんじゃないか?」

「なんでそこでお前が出て来るんだよ……」

「簡単な話さ。道ばたの小石を大切に出来ないやつが彼女を大切に出来るか? そういう所を見られちまってるんだよ」


 妙に納得させられるのが腹立たしい。

 しかし小石の言うことも最もで、彼女には辛く当たることも多々あった。

 これからは意識して優しくなろう。そう考えると不思議なことに、ムカムカした気持ちもどこかに消えていくのだった。

 お礼を言おうと小石を見てみると、さっきまで喋っていたのが嘘のように、ポツンと寂しく、何の変哲もないただの小石だった。

そこらの小石を蹴って車にでも当たったら、と考えると恐ろしいよね

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