嘘つきと閻魔様の話
「有罪! ……あんたは無罪!」
かわいらしい少女の声で判決が言い渡される度に、列は一歩ずつ前に進む。
まさか本当に死後の席亜があるとは思っていなかった。周りを見渡すと、皆一様に死に装束である。そしてそれは俺も変わらない。お揃いの衣装を着て大人しく列に並んでいる。
遠くの方で聞こえる判決の声を聞きながら閻魔様の姿を想像していると、遂にその姿を拝める位置にまで来た。
とても高い台の上に居る。遠くに居るから台全体を見渡せているが、先頭まで来たら閻魔様の姿は見られないのではないだろうか。
その台の上で、ペラペラと閻魔帳をめくり、判決を言い渡している。
不思議な光景だったが、それを眺めている内についに俺の番が来た。
「えーっと……。うわっ! 極悪人じゃないですか!」
開始早々にこれである。自覚はあったので驚きはしないが、このまま大人しく、有罪をもらうこともない。
「閻魔様! 聞いてください」
跪いて懇願する。台の下に控えていた二人の鬼が、棍棒で地面に押さえつけて来た。死んでいるからって扱いがひどすぎる。
「何か申し開きがあるなら聞きましょう」
「すべて誤解なんです!」
その時、閻魔様が現れた。台の下に扉のような物がついていて、そこから現れたのだ。
声の通りに少女だった。見るからに子供である。豪華な服は裾を引きずっていて、帽子はずれている。持っている尺も体の半分くらいの大きさである。
閻魔帳を広げながら俺のことを警戒するように見ている。
あの閻魔帳には生前の罪が事細かに書かれているはずだ。しかし言い訳を聞いてくれるということは、まだ可能性は残っている。
「えーっと。日本の法律に照らし合わせて……。詐欺。詐欺。詐欺詐欺詐欺。人を騙してばかりの極悪人ですね。あなたみたいな人とは会話するのも一苦労ですよ」
笑いながら「全部が嘘ですからね」と付け加える。
完全に俺のことは信じられていなくて、閻魔様がここに下りて来たのも気紛れなのだろう。
「確かに昔は人を騙してばかりでしたが、死ぬ前は反省して正直に生きてきました」
「ふむ。確かにそうみたいですね」
実際には、警察に追われに追われ、ほとぼりが冷めるまで大人しくしていただけだ。しかし反省はしていなくとも詐欺をしていないのには変わりない。
「ではこの由美子という女性については?」
「本当に結婚するつもりでした。しかし事情が変わってしまって……」
他の女性と結婚することになったのだ。
不思議なことに結婚資金を貯めていた口座の通帳は俺の手元に残ったままだが、由美子と結婚する気はあった。事情が変わっただけだ。
「ほー、土地持ちだったんですか」
「それ預かっていただけです。その人が管理できないんで代わりに管理をしていただけです」
まぁ、その人も知らない所で勝手に駐車場にしてしまったのは反省だな。
しかし土地の権利書は彼の方から俺に渡して来たのだ。あの土地の所有権はほぼほぼ俺にあったと言っても過言ではない。
「よくもまぁこんなに言い訳が続くものですね……」
閻魔様は呆れたように言う。
どうやら俺の必死の弁解も通じていなかったようだ。まぁ、わかりきっていたことだが。
再び閻魔帳をめくりながら閻魔様は唸っている。
「反省の色はなし……。ここで一発かましときますかね……」
不穏な台詞を言いながら鬼に合図する。すると鬼達は俺の両脇を抱えて、さっきまで閻魔様が居た台の上に引きずっていった。
そして閻魔様も後から台に上がる。
「死者の皆さん注目してください!」
濁った目が一斉にこちらを向く。
「閻魔帳の前ではどんな言い訳も無意味。嘘八百を並べ立ててこの閻魔を騙そうとするやつがどうなるか見せてやりましょう」
そう言うと閻魔様は袖の中に腕を突っ込む。そしてそこから取り出したのは、巨大なペンチに似た道具であった。
「それはまさか……」
「そう! 嘘つきは舌引っこ抜きの刑です!」
鬼が俺の舌を無理矢理出す。そして閻魔様がペンチでそれを掴む。金属の味が気持ち悪かった。
「閻魔の前で嘘を吐いたこと、後悔しなさい!」
ブチブチブチと、音を立てて俺の舌が引っこ抜かれる。
もう死んでいるのに死ぬかと思うほどの痛みだ。
「いってぇぇぇぇぇ!」
「な、なんで喋れるんですか?」
閻魔様はキョトンとしている。ペンチにはちゃんと俺の舌が挟まっていた。
答えは簡単。
「だって俺は二枚舌だから」
人を騙すのは悪いこと、というお話




