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文芸部の先輩と後輩の話

 秋の日はつるべ落としなら、冬の日はバンジージャンプだろう。

 いや、それでは太陽が戻って来てしまうか。他に上手い例えは思いつかないがとにかく、それくらいの勢いで日が沈んでいくのだ。

 先輩ならもっと上手い例えが浮かぶのだろうか。

 窓際の椅子に腰掛けて聞いたこともない小説を読んでいる。雪がチラついており、それも合わせてとても絵になった。


「……先輩。そこで読むの、寒くないですか?」

「大丈夫。ここが好きなの」


 先輩はいつもあの位置で読んでいる。

 ボクはと言うと、ストーブの近くに椅子を持って行って、少し暑いくらいだ。

 中々丁度良いストーブとの距離感が掴めなくて、この冬の間はもう少し寄ったり離れたりを繰り返すだろう。

 部室には紙をめくる音だけが響く。

 文芸部と言えばずっと本を読んでいるだけで、盛り上がりもなく、楽しくもなさそうな部活である。

 我が文芸部も実質、本を読むだけの部活である。しかし盛り上がりや楽しさに関しては選ぶ本次第でどうとでもなる。

 ちなみに、先輩にオススメされたこの本は気分が憂鬱になる。

 僕たちが同じ文芸部が舞台になっているから感情移入しやすくて読みやすいかも、とオススメされたが、感情移入し過ぎてしまう。

 主人公は本が好きでもないが、何か部活には入らなければならない決まりなので、サボれそうな文芸部に入ることにする。漫画しか読んで来なかった主人公は、唯一の先輩にオススメされる本を読んでいく内にすっかりハマり、いつの日か先輩に恋をするのだ。

 僕は先輩に一目惚れしてこの文芸部に入った。

 細部では違うが、先輩が気になって本に集中できなかったり、先輩に良く本をオススメされたり、所々で主人公と自分が重なるのだ。

 ストーブの上でシュンシュン鳴っているヤカンを火から外し、マイカップに白湯を注ぐ。

 物語はいよいよクライマックスである。

 主人公が憧れの先輩に告白する。

 卒業も近くなって、いよいよ別れを意識し始めた主人公の見せ場である。

 最期の部活の日でも普段と活動内容は変わらない。本を読み、暗くなったので帰ろうとする。そんな先輩を引き留めた主人公。実は隠れてあらゆる恋愛小説を読み漁っていた主人公。考えに考え抜いた告白。

 しかし、先輩からは友達で居ましょう。

 読了。

 自分の姿を重ねてしまって憂鬱になる。僕も先輩に告白したところでフラれてしまうのだろうか。

 事実は小説よりも奇なり、なんて言うが、小説でハッピーエンドにならなければこれ以上どんなエンドがあるというのだろうか。


「うわっ!」


 本を閉じて顔を上げると、すぐ近くに先輩が立っていた。

 流石に雪の降る日に窓際は寒かったのか、ストーブに手をかざしている。


「好きになりました。本も……先輩も」


 先輩が言った。

 ドキリとした。


「最後の告白の台詞、私は好きだな」

「……そうですね」


 ほんの数秒前にほんの中で出た台詞なのに、どうしてそれが自分に向けられた物だと勘違いできたのか。

 我ながら恥ずかし過ぎて、穴があったら入りたい。


「でも残念ですね。小説ならハッピーエンドになって欲しかったですけど」


 主人公が先輩に告白してめでたしめでたし。それが最高だろう。

 特に主人公に感情移入していた身としては、是非そうなって欲しかった。


「何がハッピーエンドかにもよるけどね」

「どういうことですか?」

「先輩の方は主人公との関係を変えたくなかったのかもしれない。恋人ではなく、オススメの本を貸し借りできるような関係」


 作中では一度だけ、主人公から本を貸したことがある。ただの漫画本だったが、作中の先輩は夢中になっていたようだ。

 確かにそう思うと、恋人になるだけがハッピーエンドではないのか。

 それでもやっぱり、という思いはなくならないが。


「君は、どうなればハッピーエンドになると思ってる?」

「そりゃあ、好きな先輩とは付き合いたいですよ。ずっと憧れてたんですから……」


 僕だって、と続けて言いそうになって慌てて口を閉ざす。


「……気持ちがこもっているね」


 ドキリとした。


「せ、先輩のハッピーエンドはどんな風ですか?」

「どんな風だろうね」

どんな風なんだ! その時どんな顔をしていたんだ先輩! どういう意図の言葉なんだよ!

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