人生はポップコーンな話
人生は諦めが肝心。なんて言葉はやはり真理だと思う。
一度どこかで躓いてしまえば、そこから這い上がるのなんて相当な難行だ。努力して努力して這い上がれるのなんてほんの一握り。
小学生の内からこんなことを考えるものじゃないが、周りを見ればそう思わされる。
みんな死んだ魚のような目をしている。
表面上は明るくしていても、心のどこかで一般人と比べ、自分を卑下してしまっている。
そんな孤児院の中でも、お兄ちゃんの存在は異質であった。
高校入学前にこの施設へやって来たお兄ちゃんは、簡単な自己紹介だけ済ますと、それからあまり話すことはなかった。
いつも一人、隅の方で本を読んだりしていて、話しかければ答える。そんな程度だ。お姉ちゃん達も手を焼いているのがわかる。そこらの悪ガキを相手にするよりも大変そうだ。
「小説は良いぞ。知らない世界に連れて行ってくれる」
一度、話しかけたことがある。
その時はそんなことを言われてもよくわからなかったが、宝島を読んだ時のわくわく感を思い出すと、そんなことが言いたかったのだろう。
それからはちょくちょくお兄ちゃんと話すようになった。
話してみれば、外から見ていた印象と違って、気さくに話せる人なのだとわかる。それでもお兄ちゃんの周りに人が集まることはなかった。
お姉ちゃん達も、お兄ちゃんの相手は私に一任するようだった。
「……お兄ちゃんはどうしてここに来たの?」
仲良くなれたと錯覚したのだろうか。今ならこれがどんなにデリケートな質問で、不躾な質問だったかわかる。しかし言い訳させてもらうと、当時の私はまだ小学生だったのだ。
読んでいた本をわざと音が鳴るように閉じ、お兄ちゃんは考え始めた。
言葉を探しているようである。
「……人生はポップコーンみたいだと思わないか?」
たっぷり時間を使って考え、お兄ちゃんが最初に言ったのがこれだった。
小学生相手には難しすぎる例えで、質問の答えにもなっていない。
「ポップコーンってあの……」
「そう。火にかけて破裂させるやつだよ」
ちゃんと説明をされても、やっぱりポップコーンと人生は結びつかなかった。
流石に小学生相手にこれでは不味いと感じたのか、お兄ちゃんは諦めたようにため息を吐いた。
思えば、あまり話したい内容ではないのだろう。その時の私はお兄ちゃんの気持ちを察することができなかった。
「俺の親父はある日急に自殺したんだよ」
何でもないことのように言う。
目はどこか遠くを見ていて、私を合わせないようにしていた。
「リストラされてたらしくてな。ずっと言えずに隠してたんだってよ。それで耐えきれなくなって自殺」
チラリとこちらを見る。咄嗟に言葉は出なかった。続く。
「そんでそれからは母親に育てられてさ。貧乏だったよ。それでも俺はあんまり不満は感じてなかったな。それでも母親は違ったみたいでさ、こっちも急に自殺した。ごめんって遺書で残してな」
「……そうなんだ」
「二人に共通してること、わかるか?」
首を横に振る。
「二人とも耐えきれなかったんだよ。誰にも相談できなくてストレスを抱えに抱えて。それで耐えきれなくなってボン、だ」
わざとおどけて言っていたのであろう。
少しの沈黙の後、それで話は終わりとばかりにお兄ちゃんは本を開いた。
私も何となく、その隣に座り続けていた。
そんなお兄ちゃんが自殺したのはそれから一年と七ヶ月後だった。
人生は諦めが肝心。諦めれば溜まっていた熱もどこかに逃げる。ポップコーンみたいに弾けてしまっても、私達は美味しくなれないのだ。
毎朝早起きして小説書くなんて言い出したやつ誰だよ




