新入部員と怪しい部長の話
部活動見学の最終日。
私はついぞ、入る部活を決めることなくこの日に来てしまった。
高校生活をバラ色にするためにも部活には入らなければならない。クラスの最初の自己紹介で何の爪痕も残せなかった私としては、クラスよりも部活動にバラ色を求めるのは当然の帰結であった。
しかし中々、ビビッとくる部活がない。我が儘を言っている場合ではないが妥協はできない。
特別な部活動を求めて校内を回り、私が辿り着いたのは文化部の部室棟であった。
「天文学とか研究会?」
将棋部とパソコン部に挟まれた位置にその扉があった。
扉のネームプレートには大きく天文学研究会と書かれているのだが、真ん中辺りに小さく、とか、と書き足されているのだ。
怪しい。怪しいが、面白そうでもある。
しかし一人でこの扉をノックするほどの度胸はなかったが、その必要はなかった。
「ようこそ!」
と勢いよく扉が開かれたのだ。
外側に向けて開く天文学とか研究会の扉は、私の額を強かに打ち付ける。
言葉も出せずにその場にうずくまる。
「あぁ!? ごめんねごめんね。誰か来たのがすごく嬉しかったからつい」
心配してくれるその人は「手当するからね」と言いながら半ば無理矢理、私を部室の中に招き入れる。
大した怪我もしていないので、私はやるな、と思いながら従った。
天文学とか研究会の部室は、一言で言えば混沌としていた。
美少女フィギュアが並んでいたかた思えば、戦車のプラモデルの上で百人乗っても大丈夫とやっている。壁には謎の仮面がいくつもかけられ、隅の方にはゴミが積まれ「誕生日おめでとう」と書かれた横断幕が見えていた。
天文学部の名残である小さな望遠鏡が、申し訳なさそうに机の横に並んでいた。
「まぁまぁ適当に座ってくださいな」
椅子の上に積まれていた「漫画でわかる玄人の登山」全七巻を机の上に置く。
中から出てきた人――多分、この天文学とか研究会の先輩は、タオルを冷やして渡してくれた。
そしてその後は、お茶の準備を始めるのだった。
「大福とシュークリームどっちが良い?」
「……シュークリームで」
「じゃあ緑茶だね」
普通は洋菓子なら紅茶かコーヒーではないか。色々な嗜好があるのだから、シュークリームと緑茶を合わせる人だった別に少なくはないだろう。
和菓子にはコーヒーの方が合う、なんてネットニュースを見たこともある。
額の痛みも引いたので、そのタオルでついでに手を拭きつつ、出されたシュークリームをいただく。
「この部活は何をする部活なんですか?」
「特に何もしないよ。私がただただ楽しむだけの部活だからね」
開いた口が塞がらないとはこのことか。
自分の楽しみのためだけに部活を私物化するとは驚いた。しかし部室が与えられている以上、部活動としては学校に認められているのだろう。
そんな先輩も、それを面白いと思ってしまった私も変わり者だ。
「入部する? 入部するならこの部室を自由に使えるよ」
改めて部室を見渡す。
背の順に並べられたビーカー。隣り合わせに貼られたグラビアアイドルと芸人のポスター。ブラウン管のテレビ。
雑多すぎて何がここにあっても驚かないだろう。
ただ、こんな部室に魅力を感じてしまっている自分を否定することはできなかった。
「入部させてください」
悩んだのは五秒間だけだった。
私がそう言うと、先輩は素早く入部届を取り出し、私が名前を書くと「私から提出しておくね」と素早くポケットにしまった。
入部すると決めた後だが、何となく後悔したのは言うまでもない。
「良かった。一週間後に将棋部とバドミントンのダブルスで戦う予定だったんだけど、人が居ないから困ってたんだよ」
やっぱり入る部活は間違えたかもしれない。
「ちなみにその勝負に勝つとどうなるんですか?」
「王将の駒が三つもらえるよ」
やっぱり入る部活を間違えたかもしれない。
「勝てたら次のおやつもシュークリームにしようね」
「それはちょっと嬉しいかも……」
学園ものが書きたかったのです。




