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円盤

 翌日は非番だったので、マーテンスがその騒ぎに巻き込まれたのは翌々日のことだった。

 マーテンスが車で聖パトリック病院に乗り入れると、順番を待っている患者らしい人々が大勢おり、その列は道路にまで溢れていた。

「何の騒ぎだ?」

 経理課を抜け、看護婦詰め所まで行くと、マーテンスは婦長のメアリィ・フィリフェントに訊ねた。

「円盤が見えたんです……って、患者さんたちは言ってますけどね」

 両手を左右に広げ、幾分うんざりしたように首を振るとフィリフェント婦長は答えた。腕が太く、がっしりとした体格の、如何にも叩き上げの看護婦といった風情のキャリア・ウーマンだ。

「円盤が見えたのなら、何も病院に来ることはないのに……」

 ふうっとため息を吐くとフィリフェント婦長は言った。

「お告げがあったそうですよ。もっとも細かい内容は聞こえた人たちによってまちまちなんですがね。『街の東にある白い棟が四つある建物に行け!』というのが、共通見解みたいです」

 聖パトリック病院は、確かに壁の色が白く、四棟で構成される建物だ。

「円盤を見て、お告げを聞いた、だって?」

 婦長の話を聞き、呆れたようにマーテンスが呟いた。詰め所の窓から、百名はいると思われる老若男女を見遣り、

「いかがわしいテレビ番組でもやっていたのかな? ときどき、そういった番組が流れるじゃないか。ある種の分析心理学者に言わせると、円盤は歴史の浅いこの国の神話なんだそうだ」

「神話は神話で結構なんですがね」

 とフィリフェント婦長。

「わたしたちは昨日からてんてこ舞なんですよ」

 マーテンスを見遣り、

「先生は昨日休みだし、通いのマスタースン先生は、お子さんが熱を出したとかで、来るのが夕方になってしまいましたし……」

「実際には、昨日の何時から?」

「昼過ぎからです」

 そういうと、婦長はマーテンスに向き直り、にわかに口調を変えて言った。

「さあ、先生。お仕事ですよ。早く診療室へ行って下さいな。とにかく話を聞けば、皆さん、帰ってくれますから。中には二度三度とやってくる患者さんたちもいますけれど、その辺は先生にお任せしますから……」

 太い両腕で廊下に押しやられると、マーテンスはどうにも奇妙な気分になった。できれば患者たちに会いたくない。けれども気合を入れ直して仕方なく診療室に向かうと、廊下を曲がったところでリック・ヘンスンに呼び止められた。

「先生、こっち」

 と、柱のところで手招きしている。マーテンスはそちらに向かった。

「何か用かい、リック?」

「看板なんですよ」

 声を潜めて、リック・ヘンスンが言った。

「わたしは円盤は見ていませんが、これだけ信者がウロウロしてれば、話だって漏れ聞こえます」

「何のことだ?」

「だから、看板なんですよ。この人たちは……」

 と、廊下を整列し、静々と診療室に向かう円盤患者たちを顎で指し、

「『東の白い建物に向かえ』でしょう。それに『四棟ある建物』だったかな? で、それがこの病院を示すっていうのは、もうひとつ理由があるんですよ」

「というと……」

 とマーテンス。

「『看板に囲まれている建物』っていうのが、それです」

「だが、看板って」

 言って、マーテンスは空恐ろしさを覚えた。

「あの【安売り】看板は、聖パトリック病院を囲んでいるのか?」

「それは、先生がご自分でお調べになればわかりますよ」

 リック・ヘンスンはそう言い残し、咳払いを一つすると、すぐにその場を去った。


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