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宣伝

 その夜は知り合いのバーニー夫妻の結婚記念パーティーがあり、マーテンスは仕事先の妻と待ち合わせ、彼女の運転する車で海岸通りのバーニー宅に向かった。前夜夜勤で、今日も早く病院に出勤したため、運転に自信がなかったからだ。

「お久しぶり、元気かい」

 到着が早かったらしく、まだ客に囲まれていなかったため、わざわざ玄関まで出迎えてくれたピート・バーニーに、マーテンスが挨拶した。

「この国で、珍しく離婚経験のない、きみたち夫婦に乾杯しよう」

 家の中に案内され、薄いハイボールを渡されるとマーテンスは言った。すると、

「まあ、ラルフ、あなたたちだってそうじゃないの?」

 メアリィ・バーニーが笑いながら答えた。

「実際、今日呼んだメンバーは、殆どが離婚非経験者カップルなんだ」

 歳の割には頭髪の後退が進んだ、夫のピートが、にこやかに微笑みながら口を挟んだ。

「保険会社からは、国賊扱いされる仲間のパーティーだな」

 やがて、総勢二十名ほどの、年齢も様々なカップルがバーニー家を訪れ、みな口々に同じような祝辞を述べては、その都度乾杯した。唯一離婚経験のあるヘンゼル夫妻も、結局三度目の結婚で元の鞘に納まった夫婦だったから、祝辞の内容は同じようなものだった。

 歓談は弾み、やがて夜も更けた頃、マーテンスは建築業を営むハーヴェイ・スマザーズから奇妙な話を打ち明けられた。

「看板がね、見えるんだよ」

 とスマザーズは言った。

「趣味のいい看板なんだが、書いてあるのは【安売り】という文字だけ。商品名も何も書いていない。ま、それだけならどうってことないんだが、これが急に生えてきたんだな。……っていうか、生えてきたとしか表現できないように、急に通り道のマーケットの上に現れてたんだ。偶々、そこが前の取引先だったから――改装工事をしたんだ――、そこの店主に『あれ、何?』って聞いてみたら、びっくりさ。店主は何も知らなくて、『あんなもの許可した憶えはない』って、怒り出す始末。で、行きがかり上、しょうがないんで、市の建設許可係を店主と一緒に尋ねると、これが奇妙じゃないか、許可されているんだよ。一月も前にね。で、店主、またまた怒っちまってね。でも、店に帰ってみると、消えてたんだな。その看板が。そこから先が奇妙な話で、ときどき現れては、また消える。だから、気がヘンになっちまったんじゃないかと思ってさ。でもそのうち、看板はそこに居着いたんだ。いつ見てもあるようになった。常識的に考えれば、店主が金を貰って許可したってことになるんだろうな。それまであったりなかったりしたのは、店主と看板主の抗争でね。あんだけデカイ看板だから、上げたり下ろしたりするのは、さぞ大変だったろうと思って、よせばいいのに、また店主に、それを聞きに行ったわけよ。すると店主は、こう言ったんだ。『いや、もうあの看板はないよ』。ひぇっ、とおれは驚いたね。店主を表に出して看板を指差し、『じゃ、あそこにあるのは何だ』って、聞いてみたんだ。すると店主曰く、『どこに看板がある? 何もないじゃないか……』。店主には看板が見えなかったんだよ。でも、おれには見えた。で、急に、ぞっと気味が悪くなってね。それ以来、そのマーケットの前を通らないようにしてるんだ。が、これって、亭主かおれか、どっちかが病気なのかな?」

 日頃は滅多に見られない真剣な表情のハーヴェイ・スマザーズに上目遣いでにじり寄られ、マーテンスが答えに窮していると、

「あら、あんた、またお化け看板の話をしてんの?」

 如何にも恰幅の良いスマザーズ婦人が話に首を突っ込んた。

「そりゃ、ラルフは精神のお医者さまだけど、あんたのは、ただの疲労よ」

 マーテンスをじっと見つめ、

「この人があんまりしつこく言うもんだから、あたしも車を飛ばして見てきたのよ。お化け看板を。そしたら何のことはない、マイク――っていうのは、あの店の主の名前なんだけど――のマーケットって、ちゃんと書いてあるじゃないの。【安売り】看板の下の方に……。だから、あたし、この人に言ってやったのよ。宣伝。これは宣伝よ。ちょっと変わってるけど。確か御伽噺にあったじゃないかしら? 正直者にしか見えない服の話が。あれと同じで店主が仕組んだ宣伝なんだってね」


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