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考察

「患者が言ってたんだが……」

 夜勤を終え、家に帰ると、マーテンスは妻に言った。

「看板が気になるそうなんだ。このところ、急に増えてきたらしい。意味不明といっていたが、要するに【安売り】と書いてある看板なんだ。が、それが何の安売りなのかは明記されていない」

「車かなんかじゃないの?」

 タウン誌の編集をしている妻のエドナが答えた。自分と夫のために作った軽い夜食を持ち、テーブルまで歩いてくる。

「それとも、ダイエット・コークかしらね。それとも、冷蔵庫? ……何にせよ、目新しい商品だとは思えないわ」

 夜食はツナとトマトのサンドイッチだった。妻が一口先につまむ。それを見ながら、マーテンスは妻に紅茶を入れてやった。ついで、自分も一口つまむ。

「新しくは、ない。ふうん。とすると、きみは宣伝の方法がヘンなのは、それ自体に意味があるといいたいわけだ。【安売り】と、ただそれだけを宣伝して奇妙に思わせておき、実は、と内容を明かして一気に売り込もうという」

「もしかしたら、そんなに単純じゃないかもしれないけど……」

 エドナが答えた。

「ただ安いだけじゃ、今では商品価値はないでしょう。去年だって、安売りパソコン・メーカーが不良品詐欺で捕まっているじゃない。他にもあったわよねぇ。天然オイル入りガソリンと、それにあの毒々しい色の果物。栄養があって、体内カリウム濃度を調節するとかいってたけど、実は紛い物だった」

「イチジク・フルーツか……。あれは、たしかに偽物だったな。遺伝子改良した果実と謳っていたが、結局のところ失敗品で、発癌性物質を大量に含んでいるのがわかった」

「あなたの病院でも患者が出たわね」

「ああ。でも因果関係がはっきりしなくて、それがわかる頃には、製造販売元のヴェンチャー企業はなくなっていた。聞いた話だが、食品医薬品局の職員が警察と一緒に工場に踏み込んだときにはもぬけの殻だったそうだ。虫一匹いなかったという」

「別の州にでも逃げたのかしら?」

「あるいはね。……もっとも、また売ろうと思えば、今度はFBIが黙っちゃいないだろう」

 それにしても、とマーテンスは思う。需要と供給のバランスが単に取れているだけでは新規商売は成り立たない。それが可能になるのは、新しい商品価値を持った新製品で新しい市場を作り、特に手を尽くさなくともそれが売れてくれる間だけなのだ。やがて市場には競合他社が進出し、商品が飽和すると安売り合戦が始まる。すると当然のことながら、企業の儲けは少なくなる。商売の旨味が絶対的に減少してしまうのだ。しかし、そうだとすると……

「きみは」

 とマーテンスは妻に問いかけた。

「それが難しいから、あの、【安売り】の看板は、新規商品ではないと推理したわけだ」

 妻が首肯く。

「だが、本当にそうなんだろうか? 街のあちこちに看板を出し、いざ蓋を開けてみたら、冷蔵庫かコーク。それじゃ、みんながっかりだろう」

「逆に、安心するかもしれないわよ。少なくとも、そこかしこに看板を出す財力がある企業だったら、通常商品では、可笑しなものは売らないだろうって……。消費者はバカかもしれないけど、いつまでも同じ手口で騙されるわけじゃない。少なくとも、わたしはそう信じているわ」

 しばらく考えてから、マーテンスが妻に答えた。

「おれも、そう信じたいね」


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