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解答

 翌日の早朝、マーテンス夫妻は小猫を連れ、向かいのブロックの家を訪ねた。まだ寝ているようなら引き返すつもりだったが、幸い、主人が早起きで、猫を見るとすぐさま反応した。

「これはこれは……。ビーチは、お宅にお邪魔していましたか?」

 マーテンスが事情を説明すると、訛りのないすっきりした英語の発音で主の鄭氏が答えた。

「わざわざ、お届け下さって、ありがとうございます」

 鄭氏は茶を飲んでいって欲しいと申し出たが、マーテンス夫妻は丁重にその誘いを辞退した。

 その朝の立ち話で収穫だったのは、やはり例の看板が、鄭氏も勤める台湾企業の関連会社のものらしいとわかったことだ。鄭氏が勤める企業は台湾資本の医薬品会社だったが、その関連会社は所謂いわゆる日常医薬品を売る薬店で、この地へのドラッグ・ストア進出戦略の手始めがおそらく例の看板だろう、と鄭氏は語った。

 確信がない理由として、

「秘密主義がありましてね。社内で噂は流れていますが、事の真相はわたしたちにも薮の中なんです」

 と、笑いながら鄭氏は答えた。

 とはいえ、完璧ではないにせよ、看板の所在がはっきりしたので、マーテンスは、これで今夜からぐっすりと眠れるだろうと、ほっと胸を撫で下ろした。

「結局……」

 と、その後、家に戻ってからマーテンスは妻に言った。

「看板の【安売り】の中身は薬だったわけだ」

 とりあえず気が晴れたので、マーテンスは心も軽く、聖パトリック病院に向かうことができた。

 だが――

「先生、騙されちゃいけませんよ」

 診察のとき、聞いたばかりの看板所有者の話をすると、声を潜めてリック・ヘンスンが指摘した。

「実際に看板を建てたのは台湾企業かもしれません。だが、それは表面でのことなんです。裏には、別の意思が働いているんですよ」

 口にしてから、ついうっかり不味い話題を振ってしまった、とマーテンスは後悔した。が、それは後の祭りだった。

「政府の陰謀なんです」

 とリック・ヘンスンは続けた。

「円盤騒ぎも、看板も、政府が新型爆弾の輸送を隠蔽するための方便なんです。市民の目を別のことに引きつけておけば、安全にまた秘密裡に、それを遂行することができますからね」

 確信ありげにリック・へンスンが説明した。

 確かに軍の大型トレーラーが数台、翌日の昼頃この街を通過することは、マーテンスもテレビ・ニュースで知っていた。が、それは単に軍用機関連器材のスピンオフまたは払い下げ品を詰んでいるだけのはずだった。疑えばキリがないが、とマーテンスは思った。それを知っているのが、この街でリック・ヘンスンただ一人という仮定を受け入れるよりは信頼度の高い情報ではないだろうか?

 常識的には――

 マーテンスが興味を示さないので、リック・ヘンスンは暫く黙り込み、唐突にこう語った。

「最近、この病院に来た若い看護婦――ええと、ホーネットか、いや違うな、バーネット嬢だ!――にも騙されてはいけませんよ、先生。あの若い女は精神病院経営者のジェイムズ・スミス医師の愛人なんです」

 マーテンスが顔色を変えると、

「いや実際には、どっちがどっちの愛人なのかははっきりしませんがね」

 とヘンスンが続けた。

「バーネット嬢は――もしかしたら本人の意思とは関係ないのかもしれませんが――ある種の男たちにとって魔性の女なんです。前の病院を辞めたのも、それが原因と聞いています。その病院の患者か医師と醜聞があったんですね。それに、街のほぼ中央にある安売りマーケットの主人――ええと、名前はマイク・エイソブといいましたね――ともいざこざがあって、その発覚が元で、マイクは今奥さんにこの街を追い出されています。そういえば、マイクの店の上にも看板が掲げられていましたね。あれ、そうすると、マイク・エイソブも政府の加担者なのかな? いや、それは可笑しい? ……とすると、バーネット嬢の方がスパイなのか? いや、それはありえない。あんなにバカそうなのに……」

 自家撞着に陥り、それきりリック・ヘンスンは黙り込んでしまった。

 マーテンスがいくら話を正常な方向に持っていこうとしてもヘンスンの沈黙は破られなかった。


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